148ニセモノ4
週末、トキワはレイトとギルドの依頼を受けるために港町にいた。以前命から誕生日プレゼントにもらった波をモチーフにしたブローチをつけた外套のフードを目深に被り、トキワはレイトの後ろを無言で歩く。
「その服装で後ろを歩かれるとなんか怪しいやつに狙われた気分になるな」
「師匠のことは正々堂々倒すと決めてるから、後ろから突然は無いのでご安心をー」
トキワの銀髪は元々目立つ上に、昨年の大精霊祭で風の神子代行として精霊降臨の儀に参加した結果、村人達に周知されて、水鏡族に話しかけられる機会が増えてしまい、煩わしくなって来たので、熱りが冷めるまで港町でも外套にフードを被ることにしている。
そのせいで命と港町でデートが出来ないのが、ここ半年のトキワの悩みの一つでもあった。
「あらレイちゃんとトキワちゃーん!ご機嫌よう!」
相変わらず甲高い声でキツい香水の臭いを発するギルドの受付嬢は今日も通常営業のテンションの高さだった。
「よう、受付嬢。あれから誰か採石村のサキュバスを討伐してくれたか?」
出来れば既にサキュバス討伐が完了していることを願いながらレイトが問いかけると、受付嬢は手を振り否定した。
「三人組のBランク冒険者が三日前に行ったけど、帰って来ないわね。骨抜きにされちゃったのかしらー?」
「サキュバスについて情報はあるのか?少しでも対策をして行きたい」
事前対策としてレイトは本気でトキワに鉄製の貞操帯を買ってあげようとしたが、ダサいし動きにくそうだからと却下された。結局時間稼ぎにしかならないが、お互い腰巻きをすることで妥協した。
「討伐は出来なかったけど、何とかギルドに戻って来れた男女ペアの冒険者によると、今回のサキュバスはサキュバスクイーンという上位種みたい。精を奪った男たちを下僕にして冒険者達に襲いかかるのは手紙に書いていたわよね?」
上位種という言葉にレイトとトキワも緊張が走る。普段は出現しない場所に魔物の上位種が現れるということは近くに魔王がいた証拠だからだ。
「それで彼の情報によると、男にしか感じない甘い香りで意識を奪った後にサキュバスクイーンはペアの彼女の顔になって襲いかかって来たの。それをペアの彼女が阻止して辛くも帰還てなったの」
「それって師匠の浮気パターンと似てるね」
「だから浮気じゃねえって!お前しつこいぞ!」
レイトはトキワの頭を叩いて睨みをきかせる。
「なになに?レイちゃんたら浮気したのー?夫婦の危機ー?」
「違う。過去の俺の報告書を見ただろ?漁村の行方不明事件の話だよ」
浮気に興味津々だった受付嬢にレイトは苦々しげに祈と解決した事件だと説明する。
「ああ、あれねー。入ってたら浮気かなー!あはは!でもレイちゃんて祈ちゃんの前は連れてる女の子がしょっちゅう変わってたわよねー!」
弟子の前で女性遍歴を受付嬢にバラされたレイトは
忌々しげにカウンターを蹴った。
「祈以外の女とは色々と相性が悪かったんだよ!もうこの話はいいだろ?要はサキュバスクイーンは甘い香りを出してこっちの意識を奪って姿を変えて襲いかかるということだな。あーめんどくせー!」
「じゃあ依頼受けるのやめる?」
「……報酬は弾むんだよな?」
金次第ではこの件から手を引こうと判断して、レイトは受付嬢に報酬の額を尋ねた。
「依頼者の魔石協会から金貨三百枚、失敗支払金の積み立てとギルドからの高難度手当てで、金貨二百十五枚追加されてまーす!」
つまり合わせて金貨五百十五枚の報酬となる。それだけあれば一般家庭なら三年以上暮らせる金額だ。つまりその分難易度が高いということだ。
「乗った!」
レイトより先にトキワが目を輝かせて依頼を引き受けることを表明した。レイトと報酬を山分けしても、金貨二百五十八枚…それだけあればマイホーム資金が目標に到達する上、結婚式資金の足しになるので、トキワにとっては僥倖だった。
「きゃー!トキワちゃんありがとうね!ささ、こちらにサインをー!レイちゃんはどうするん?」
受付嬢は依頼受付の書類をトキワに渡してから、レイトに引き受けるか確認を取る。
「やるよ。こいつの貞操を守ってやるって約束したからな……」
レイトはぼやきながらも腹を決めて、受付嬢から書類を受け取ると署名欄にサインをした。