144秋の神子総選挙13
「トキワ、後夜祭も出席しなさい」
「嫌だ」
ようやく大精霊祭が終わり、解放されたというのに、光の神子が後夜祭の参加を強制するので、トキワは容赦なく断った。
「ばあちゃん知ってる?大精霊祭の後夜祭を恋人同士が一緒に過ごさなかったら一年以内に別れちゃうんだよ。俺がちーちゃんと後夜祭を一緒に過ごせなかったら大変なことになるよ?」
トキワ自身このジンクスを知ったのは、銀貨の献上を承っていた時に聞こえた友達同士と思われる少女達からの会話で、トキワは慌てて近くに控えていた紫に頼んで命を引き止めてもらったのだった。
「迷信なんて跳ね除けなさい。そんなことより後夜祭で神子が欠けていたら、村人達に不信感を覚えさせてしまうのよ」
光の神子の言うことは尤もだった。しかも後夜祭があるのは五十年に一度、トキワのわがままで後夜祭にしこりを残すのは、神殿にとって後世語り継がれる汚点となってしまうのだ。
「ならば真打登場としよう」
嗄れた声で二人の間に割って出たのは、祭典仕様の民族衣装を身に纏った風の神子だった。
「どうせ関係者席で花火を見るだけだ。私にも出来る。それに私だって後夜祭といえども大精霊祭に関わりたい」
風の神子の主張に光の神子は考えを巡らせるように腕を組んだ。
「確かに御大の容態を心配している村人たちに姿を見せて安心させるのにはちょうどいいわね。わかりました。トキワと交代してください」
光の神子はため息混じりにトキワを諦めると、風の神子に後夜祭に参加してもらう事になった。
「じいちゃん!ありがとう!」
「お礼を言うのはこちらの方だ。大精霊祭を盛り上げてくれてありがとうな。命さんによろしく伝えてくれ」
風の神子からの援護射撃により晴れて自由の身となったトキワは風の神子代行という身分から逃げるように衣装を脱ぎ捨てて、神殿関係者専用の共同浴場で身を清めた後、光の神子が用意してくれていた普通の民族衣装を着ると、軽い足取りで命が待っている部屋へと向かった。
「ちーちゃんお待たせ!」
ドアを開けて部屋に入ると、多忙のあまり酷い有様となっていた部屋が綺麗に片付けられていた。命がしてくれたのだろうとトキワは予想しつつ、醜態を見せてしまったなと少し恥じる。
命は疲れていたのかベッドの上ですやすやと寝息を立てて眠っていた。無防備な寝顔の彼女の唇にトキワは堪らず口付ける。
「んん……あ、トキワごめん寝ちゃってた」
命は目を覚ますと体を起こして体を伸ばした。
「おはよう、俺の眠り姫」
愛おしげに命を抱きしめると、トキワはようやく日常に戻れた気がした。
「風の神子代行のお仕事お疲れ様。部屋散らかってたから勝手に片付けちゃったよ」
「うん、ありがとう。ねえちーちゃん、後夜祭のジンクスって知ってる?」
トキワの問いに命は苦笑してから一つ頷いた。
「変なジンクスだよね。おかげで家に帰りそびれちゃったよ」
「俺はおかげでちーちゃんとこうしていられるからよかったけどね」
今日はもう会えないだろうと諦めていたので、トキワは後夜祭のジンクスと命を引き止めてくれた紫に感謝してから、やんわりと命を押し倒した。
「こ、後夜祭行かないの?」
出掛ける気配が無いので命が問うと、トキワは悪だくみをしているような顔をして命の首筋を舐めた。
「神殿は後夜祭の会場だから。もう後夜祭に来てるようなものだよ」
そう言ってトキワは一旦体を起こすと、突如詰襟の民族衣装を脱いで半裸になった。あまりに突然なことに命はパニックになって起き上がろうとしたが、トキワが再び押し倒されて唇を重ねてきた。
「五十年に一度の大精霊祭の夜に身も心も結ばれたら最高だと思わない?」
甘い言葉を囁いて熱い視線を送ってくるトキワに命は我ながらムードに弱いと心の中で嘆きながらも、胸のときめきで息が出来なくなりそうになった。
「……シャワー浴びちゃダメ?」
彼を受け入れたい気持ちはあったが、今日一日外で過ごして髪や肌がベタベタなのが命は気になってしまう。
「そのままがいい。ちーちゃんの全部が欲しい」
自分はちゃっかり風呂に入ってきているくせにと石鹸の匂いを感じながら命は恨めしそうにトキワを見るが、大精霊祭で多くの村人達の……特に若い女の子の心を掴んでもなお自分を求めてくれる彼の愛に無性に縋り付きたくなった。
「あげる……私の全部をあげるから、トキワの全部もちょうだい」
瞳を潤ませてまるで自分の声じゃないと思うくらい甘い声で命はトキワを求めると彼の首に腕を回した。
「ちーちゃんっ!」
命への想いが爆発してトキワは貪るように唇を奪い、彼女の服の裾から手を滑り込ませた。
ドン!
突如心臓に響き渡る大きな音と共に部屋が震動し、窓から一瞬光が見えた。一体何が起きたのか、命とトキワは共に驚きながら頭の中で原因を探るうちに次第に冷静になってきた。
ドン! ドン! ドン!
「花火か」
「そうみたいね」
「………」
「………」
「見に行こうか」
「そうね」
お互いバツが悪そうに体を起こすと、そそくさと身形を整えて部屋を出た。後夜祭の会場に行って誰かに見られるのも色々と面倒だったので、トキワは神殿の外に出ると、命を横抱きして飛び、神殿で一番高い塔のてっぺんから手を繋いで見ることにした。
魔石を使った花火は真っ暗な闇の中で色とりどりに大きな音を立てて輝いていた。
「凄い!こんなに近くではっきり見たのは初めてかも!」
小さい頃に命は家族で港町の花火大会に行ったことがあった。人混みが酷く父に肩車をしてもらって見たかったが、私はお姉ちゃんだからと意固地になり、実に譲って半分の花火しか見れなかったのを思い出した。
「どうやらここは特等席だったみたいだね」
塔のてっぺんでは花火を遮る物が何もなく、まるで二人だけのために打ち上げられた気分になり、命とトキワは顔を見合わせると、楽しそうに笑って大精霊祭の後夜祭を満喫した。