143秋の神子総選挙12
精霊降臨の儀が終わり、中央のステージでは銀貨の献上を受け付けていた。命たちはそれぞれ推しの神子の列に並んだ。
「いやー命ちゃん、トキワに三枚全部貢いでくれるなんて嬉しいよ」
命はトキワの列にトキオと楓そして旭、レイトとヒナタと共に並んでいた。
「うっかり約束しちゃったので……出来ることなら全神子に献上したかったですね」
人生で最初で多分最後の精霊降臨の儀は、どの神子も素晴らしく輝いていて、命は夢中になってしまったのだった。後日発売されるブロマイドはトキワ単体と神子達の集合写真を買おうと決めている。
「しかし驚いた。割とトキワは人気があるのだな」
楓はトキワの人気に感嘆した。命達以外にもトキワの列には多くの村人が並んでいる。見たところ十代の若い女の子と幼い子供を連れた家族連れが多く見受けられた。
「言ってしまえば他の神子とターゲットが被らなかったのだろうな。水の神子は二十代以上の女性にウケがいいし、光の神子と闇の神子は中高年票、他の神子は女だから男性票が分散したと言った所か。確かに今日のトキワは少年で王道の両手剣使いだからポジション的に子供受けが良さそうだったしな」
レイトの分析を聞いて他の神子の列を見ると、大方合っている気がした。
「お義兄さんもトキワに貢いでくれるんですね!」
「まあ、ヒナタが渡したいて言うし、あいつは一応弟子だし恩を売るのも悪くないだろうしな」
素直じゃ無いレイトの言い回しに命は笑みを浮かべた。そして十分ほどすると命達の番になった。
「ちーちゃん!見ててくれた?」
さっきまで神子モードで精悍な顔つきをしていたのに、命を見るなりトキワはいつものようにヘラっと笑った。
「見ましたー!トキワ様すごくカッコよかったですー!」
命は他の村人に目をつけられたくなくて他人行儀な口調になった。トキワは何となくそれを察して不満は口にしなかった。銀貨を専用のツボに三枚放り込んでからその場を離れて、命は遠くから様子を見ると、トキワは徐々に表情を神子モードに戻していき、レイトとヒナタの番が終わる頃には先程の精悍な顔つきに戻っていたので、命は笑いを堪えるのに必死だった。
全員の銀貨の献上が済んだ後、もう一度観覧席に集合したから、今度は一緒に食事をしようと約束をして挨拶を済ませ解散となった。命は最後に旭を抱っこして柔らかい頬に頬ずりすると、帰り道が別方向のトキオたちと別れて家族で家に帰ることにした。
「ちょっとちょっとー!命さん!何帰ろうとしてるんですかー!!」
神殿の出口に差し掛かった頃、息を切らした神官の紫が大声で命を引き止めた。
「まだ何かありましたっけ?」
引き止められた理由がわからず、命は首を傾げて紫に尋ねる。
「ありますよ!後夜祭!風の神子代行が一緒に過ごすことを所望しています!」
大精霊祭には後夜祭が存在するのは回覧板で知っていたが、命はめんどくさいし疲れているし、家族が一緒じゃないと一人なので参加するつもりはなかった。
「ああ、そうか!ちー、お前危うく婚期を逃す所だったぞ!」
何かに気付いた桜が命の肩をポンと叩いた。祈も思い出したのか、何度も頷く。
「ちーちゃん、大精霊祭の後夜祭を一緒に過ごさなかった恋人達は一年以内に別れるというジンクスがあるのよ!」
「へー、そうなんだ!あ、だからみーちゃんも後夜祭まで残るって言ってたんだー!」
祈の説明で命は初めて知った。学校に通わなくなってからその手の情報にすっかり疎くなっていたのだ。そして精霊祭にはまだジンクスがあったのかと感心した。
「というわけだからトキワ君の所に行ってこい。泊まりになったら明日仕事は休んでいいぞ」
「えーでも私自分に都合の悪いジンクスは信じない主義なんだけど……」
「水鏡族の村の平和を守るために行ってこい」
桜の大袈裟な発言は真剣な目で諭すような口調だったので、冗談ではないようだと判断した命は渋々後夜祭まで残ることにした。
しかし後夜祭まではまだ時間がある上にトキワは神子の仕事が残っている。命は暇を持て余してしまい、どうしようか悩んでいると、紫がまた命を探すのは一苦労なので、トキワが風の神子代行任命と同時に用意された専用の部屋で待っててくれとお願いされ、大人しくそこにいることにした。
急ごしらえで用意された風の神子代行の部屋はトキワが精霊降臨の儀の練習の間寝泊りに使っていた部屋らしく、部屋の中はこれまでよっぽど忙しかったのか、雑然と着替えやタオル、それにゴミが散らばっていた。命は暇だったので部屋を片付けて時間を潰す。着替えとタオルを洗濯された物と汚れ物に分けて、ゴミはゴミ箱に集めた。そして少し埃ぽかったので、窓を開けて空気の入れ替えをする。ひと段落すると同時に眠気に襲われたので、命はベッドで横になり、仮眠取る事にした。