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141秋の神子総選挙10

 ついに大精霊祭当日、命は新調した民族衣装を着た。上は襟元がボートネック、袖はオープンショルダーになっていて下はタイトスカートで左サイドに太腿の半分あたりまでスリットが入ったデザインが大人っぽくて気に入っていた。襟と裾には民族衣装特有の装飾が施されて、首には以前トキワから貰った銀の天然石のペンダントが光っている。

 身支度を整えた命は光と桜、祈とレイトそしてヒナタの六人で神殿を訪れていた。実はイブキとデートで別行動だ。


「あ、いたいた!命ちゃん!」


 今日はトキオと楓、旭達と揃ってトキワの晴れ舞台を見守る約束をしていた。精霊降臨の儀の会場である屋外劇場の入り口で待ち合わせをして、受付で観覧席のくじをトキオが引くと、残念ながら見晴らしの悪い西側の一番後方のブロックになってしまった。


「いやあ、面目ない……」

「トキオさんはくじ運が無いな」

「楓さんと結婚出来た時に運を使い果たしちゃったかな?」


 夫婦で微笑ましいやり取りをしてから、一同は所定の席へと移動した。


「なんか両家揃って観覧なんて結婚の顔合わせみたいね!」

「肝心のトキワ君がいないけどな」


 祈の思いつきに桜は一つ笑い、鞄からブランケットを取り出して祈の膝にかけてやった。


「私何か食べ物と飲み物を買ってこようか?」

「いいよいいよ、私が買ってくる。命ちゃんは楓さんと旭の相手でもしてあげて」


 そう言ってトキオは命に旭を託すと、立ち上がり屋台へ向かおうとする。


「開演までまだあるから俺とヒナタもご一緒させて下さい」


 レイトも退屈そうなヒナタを抱き上げてから、同行を申し出ると、男三人で買い出しに行った。


「そうだ。命ちゃんのお母さんはどちらだ?」


 楓がハッとして光と桜、命の母親がどちらかを尋ねてきた。思えばこの三人は初対面だった。


「紹介します。こっちが母の光、それでこっちが叔母の桜です」


 命が紹介すると、光と桜そして楓が顔を合わせて頭を下げ合う。


「は、初めましてトキオの母、楓だす。いつも愚息がお世話になっているでござる」


 楓は慣れない敬語を使い挨拶をするが、夫と息子の名前を間違えるという致命的なミスをした。


「トキオとトキワて一文字違いだから紛らわしいものね……」


 緊張している楓が可愛いと思いつつ、命はこっそり補足した。


「命の母、光です。こちらこそ娘がお世話になっています」

「いえいえこちらこそ、ご迷惑をおかけしてまする」


 ペコペコと光と楓が頭を下げ合う様子がまたおかしくて、命と桜と祈は声を上げて笑う。


 開演まであと二時間になった頃、トキオ達が食事を買って来たので、みんなで昼食を楽しんだ。

 命がデザートにりんご飴を食べながら、ぼんやり客席を眺めていると、白い制服を着た神官達が動き回っている様子が目についた。迷子でも探しているのか、観客席に座っている村人を一人一人確認しているように見えた。


 すると命達の近くを緑の腕章をした見覚えのある女性神官が通り過ぎた。彼女は確か紫と呼ばれていた風の神子直轄の神官だったはずだ。

 命は目が合ったので社交辞令に会釈をすると、紫が目を見開き大声を上げた。


「いた……いたぞー!」


 まさか自分が尋ね人だとは思わず、周囲から注目されて命は居た堪れなくなったが、紫は構わず命の手を掴んだ。


「探しましたよ命さん!風の神子代行が呼んでます!!直ぐ来てください!!」

「え?なんで?風の神子代行て誰……ああトキワか。何かわかんないけど行ってきます」


 そういえば今は神殿関係者からそう呼ばれていたなと命は思い出しつつ、桜達に声をかけてからりんご飴を手にしたまま紫にぐいぐいと手を引かれると、野外劇場の関係者控え室前に連れてこられた。紫は風のマークが刻まれた扉をノックすれば、返事を確認してから開けた。

 

「連れてまいりました」


 紫は命の背中を押して控え室に入るように促した。


「ありがとう、俺が良いって言うまで部屋には誰も入れないで」

「かしこまりました」


 衝立の向こうからトキワの声がして、指示を受けた紫は命が控え室に入ったのを確認するなり、扉を閉めてガチャンと外から鍵をかけた。


「えぇ……」


 謎の展開に命はついて行けず短く声を上げると、衝立から顔を出してトキワの様子を窺った。

 上半身が裸で前髪を根元から後ろに流した髪型が普段より大人っぽく野性味を感じて、命は胸がドキリとした。待機中なのか、豪華な装飾が施された椅子に右足を左膝に乗せて粗雑に座っているので、神子というより山賊のお頭の様である。


「何してるの?早く来て」

「状況が全く読めないんだけど?」

「まずは俺の前で今日のちーちゃんの民族衣装姿を披露して」


 問答するのがめんどくさくなってきたので命は、素直にトキワの前に移動して、近くの机にあった皿にりんご飴を置いてから、背筋を伸ばしてゆっくり一回転する。


「ああ、ちーちゃん最高に綺麗だよ。肩の露出と脚のスリットが凄くいい!」


 命はの民族衣装姿を絶賛するトキワに命は見違えるくらいカッコいいのに、そういう所は通常営業だなと心の中で呟いた。


「おいで」


 そしてトキワは膝に乗せていた足を下ろして座り直すと、両手を広げて命を招いた。


「いや、ていうかなんで上半身裸なの?風邪ひくよ?」

「それは衣装を考えた人に言ってよ。あとこれに石とかがジャラジャラ付いた袖なしのベスト着るんだけど、そんなの着て抱っこしたら、ちーちゃんが痛いでしょ?」


 どうやら命とイチャつくこと前提で今の格好になっているらしい。こんなくだらないことで神官達を使って命を捜索させるとは、なんて横暴な風の神子代行だと命は神官達に同情した。


「失礼しますっと……」


 さっさとトキワの要望を叶えて精霊降臨の儀に向けて滞りのない準備をしてもらおうと思い、命はトキワの膝の上に横になって乗った。


「うわあ、ちーちゃん……会いたかったよー!好き好き好き好き好き好き好き好き!!」


 折角カッコいい髪型と服装をしているのに全部ぶち壊しになるような言動で、トキワはハートを飛ばして命を必死に堪能した。命の髪の毛や頬に頬ずりをしたり、胸に顔を埋めてスーハーと匂いを嗅ぎつつ、どさくさに紛れて胸を揉んできたり、スカートのスリットから覗く太腿を撫で回したりと、好き放題だった。


「っん、もしかして緊張してるの?」


 激しいスキンシップに命は一瞬甘い声を漏らしてから、身体を撫で回すトキワの手が震えていたのでトキワに問うてみる。


「いや、全然緊張してない。失敗したらまあいっかーて思うし」

「でも手が震えてるよ?」


 トキワの震える大きな右手を命は手に取り、指を絡めて自分の頬に当てた。


「これは単なる禁断症状だから、もうすぐ治るよ」

「禁断症状?」

「そう、ちーちゃんが足りなくて昨夜から腕が震えて剣が持てなかったんだよね。よって衣装を着るまでにちーちゃんを補給して、儀式を万全の態勢で挑むつもり」


 キリリと真面目な顔をして精霊降臨の儀に対する姿勢を語るトキワだが、つまりはイチャイチャしたいだけだろうがと命は呆れながらも、儀式の途中で剣を落として怪我でもされたら嫌なので、お望み通りイチャイチャさせてやることにした。


 しばらく命はトキワのされるがままになってとろけてしまっていたが、ドアがノックされる音で現実に引き戻された。


「風の神子代行!そろそろ衣装の準備です!」


 ドア越しでも声が届く様に男性の神官が時間が迫っていることを告げると、トキワはつまらなさそうに舌打ちをしてから、これで最後と言わんばかりに命と甘い口付けを交わせば、手の震えもすっかり治まったようで、名残惜しげに命を膝から下ろした。


「じゃあちーちゃん、頑張ってくるから俺だけを見ててね」

「……うん、頑張ってね」


 嫌だ他の神子も堪能するとはとても言える空気ではなかったので、命は口角を意識して上げてから承諾してから、控え室を後にして桜達のいる観覧席へと向かった。

 

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