140秋の神子総選挙9
「トキワ、頑張ってるな」
剣舞の練習がひと段落してトキワが汗を拭っていると、父のトキオが様子を見に来てくれた。駆け寄ると優しく頭を撫でてくれて、穏やかな笑顔を浮かべる父にトキワは少し緊張が解れる。
「大精霊祭には楓さんと旭と一緒に応援に行くからな」
「別いいよ。子供じゃあるまいし」
「親にとっては子供はいつまでも子供なんだよ」
「ああそう」
相変わらず親バカなトキオにトキワはつれない返事をしていると、他の神子達もこちらにやってきた。
「トキオさんじゃん!相変わらずイケメンだね。楓ねーちゃんは元気?」
軽い口調で話しかけてきたのは健康的な肌に溌剌としたショートカットが可愛らしい土の神子の要だ。楓が炎の神子を務めていた頃から神子をしていたため、トキオとも面識があった。
「元気にしているよ。要さんも相変わらずだね」
「まあね、そのせいか絶賛嫁ぎ遅れ中だけどね。あはは!」
「あなたはまずそのガサツな性格を直すことから始めるべきね」
土の神子の要に容赦ない言葉を向けるのは艶やかなストレートヘアが印象的で、クールビューティーと崇められる氷の神子の霰だ。
「まあまあ、人の縁なんてどこで転がり込んでくるかなんてわからないじゃない。要にも霰にも、そして私にもいつかイイ男が現れるわよ」
要と霰に優しく諭すのは豊満な胸とくびれた腰、丸い臀部が魅力的で、垂れ気味な目尻に泣きぼくろが特徴的な雷の神子、雀だ。三人とも暦と同世代の三十路で幼馴染みである。
「出会いって言ったって、私たちが神殿内で探すとなると、神官か暦とミナトみたいに神子同士とかになっちゃうじゃない?神殿外部の人だと別居婚になるし。ようやく若い男の神子が来たと思ったらガキと赤ちゃんだしねー」
忌々しげに要はトキワを一瞥する。いくら顔が良くても、彼女は十歳以上年下は受け付けなかった。
「あら、私は年下も全然イケるわ。トキワくん、私と結婚しない?」
色気たっぷりに雀はウィンクするが、トキワは口をへの字にして嫌悪感を示した。
「おばさんは無理。それに俺に彼女がいるの知ってるでしょ?」
トキワが恋人のお願いで風の神子代行を引き受けたことは神子達の間では周知の事実だった。
「ふふ、そうね。浮気しないなんて偉いわ」
雀は艶っぽく笑いトキワの一途さを褒めた。
「あ、そうだ。彼女といえば今日神殿に命ちゃんがお前に会いに来てたよ
「えー!なんで連れて来なかったんだよ!」
トキオが命の来訪を知らせると、トキワは心底がっかりした声を上げた。
「私と偶然会った時にはもう遅いから帰ろうとしてたんだよ。まあそう落ち込むな。命ちゃんから差し入れを預かっているぞ」
そう言ってトキオがクッキーが入った手提げ袋を差し出すと、トキワよりも早く要が引ったくって中身を開けた。
「返せ!」
「おおー!これって手作りクッキーじゃないの!?トキワの彼女女子力高ーい!」
取り返そうとするトキワをかわして、要は魔術で土を操りトキワを生き埋めにした。邪魔者が居なくなったので、早速命お手製のチョコチップクッキーを手に取して口にする。他の神子達も興味を示し、次々とクッキーを食べていく。
「普通に美味しいじゃん!」
「美味しいー!疲れた身体に染み渡るわ」
「うん、まあまあいけるわね」
「トキワの彼女ちゃんはお料理上手なのね」
「ザクザク食感がたまらないな」
要と雀、霰に暦とミナトが口々に感想を述べてから一つ、また一つとクッキーを食べ進んでいき、あっという間に袋は空になった。
「あ、よく見たら手紙も入っている。キャー甘酸っぱいわぁ。私を振った腹いせに読んじゃえ!」
手提げ袋の底から手紙を発見した雀が封筒を開けて便箋を開くと、甘ったるい声で手紙を読み始めた。
「トキワへ、こないだはお腹を殴ってごめんなさい。あの後家に帰ったらきれいなピンクのバラが食卓に飾ってありました。お母さんがトキワが持ってきてくれたと教えてくれました。とても嬉しかったです。それにあのドナドナのドーナツまで買って来てくれて本当にありがとう。長時間並ぶの大変だったでしょう?みんなで美味しく食べました。今は精霊降臨の儀の練習で大変だと思うけれど、体に気をつけて無理しないでね。トキワのかっこいい姿を楽しみにしてます。命より」
雀が手紙を読み終えると同時に要が作った土の塊が音を立てて崩れ、中から出てきたトキワが鬼の形相で左手をかざし強烈な風を発生させた。
「この鬼ババア!悪魔ー!!」
命の手作りクッキーを全部食べて挙げ句の果てに手紙まで読まれたトキワは、怒りとここ二週間積み重なったストレスで力を暴走させた。だがストレスが溜まっていたのは要と霰と雀も同じだったようで、各々魔術を扱い嬉々として対抗した。
「お義兄さん、要達がお見苦しい所をお見せしてごめんなさい」
暦はトキオを守るために結界を張ってから、要たちの横暴を謝罪する。
「これ、こっそりとっておいたので、トキワくんに渡してください」
袖の下からミナトがハンカチに包んだチョコチップクッキーを二つ取り出してトキオに手渡す。
その後もトキワ達の喧嘩は続き、様子を見にきた光の神子の一喝でようやく終わりを告げた。