138秋の神子総選挙7
トキワが精霊降臨の儀を引き受けてくれたことにより、その準備と先程トキワが壊した家具の片付けなどで周囲が慌ただしくなってきたので、命は女性神官の紫に声を掛け、こっそりと神子の関係者口の外まで送ってもらうことにした。道中紫はひたすら感謝の気持ちを伝えて来るので命は恐縮した。
「まあ、命さん。奇遇ね」
あと少しで関係者口を脱する所で命は乳母車を引いた光の神子と遭遇した。
「お久しぶりです」
紫が敬礼をしたのを横目に命は慌てて挨拶すると、お辞儀をする。
「そうね、本当に久しいわね。もっとトキワと気軽に会いに来てちょうだい」
そう言われても自分は神殿関係者でもなければ光の神子とは親戚関係でも無い。そう反論したかったが、命は黙っておく。そしてそんなことよりも、乳母車で眠っていると思われている闇の神子を一目見たくてそちらに注目してしまう。
「よければ寝顔を見てあげて」
命が乳母車を気にしているのに気付いた光の神子は優しく微笑み、闇の神子の尊顔を拝むことを勧めてくれた。命はぱぁと明るい表情を浮かべ、光の神子にお礼を言ってから、ウキウキしながら乳母車を覗き込んだ。
「可愛い!」
綺麗に生えそろった銀髪にぷにぷにのほっぺた、そしてあどけない寝顔の闇の神子に命は虜になった。
「名前はサクヤっていうのよ」
「そうなんですね。初めましてサクヤ様。あー可愛過ぎる銀貨貢ぎたい。こんなことならトキワに銀貨全部あげるって約束しなきゃよかった……」
旭のようにいつまでも眺めていたかったが、通路だし夜が近づいていたので、命は自分を律して立ち上がった。
「トキワが精霊降臨の儀を引き受けたようね」
既に光の神子に話が届いていたことを知り、命は一体どこまで知ってるのか内心ドキドキしていた。
「命さんのおかげよ。本当にありがとう、グッジョブ!」
茶目っ気たっぷりに光の神子は親指を立ててチャーミングにウィンクをした。こういう所は少し楓と似ていると思いつつ、命は顔を引きつらせた。
もしかしたらトキワを精霊降臨の儀に参加させようとした首謀者は光の神子なのかもしれない。そう思いつつ、命は光の神子と闇の神子に別れを告げて神殿を後にした。
「ただいまー」
すっかり日が暮れてしまった。命が家に帰ると既に夕食が並んでいて光と実が先に食べていた。
「わあ、キレイ!可愛い!どうしたのこのバラ?」
食卓の真ん中にピンクのバラの花が花瓶に生けられていて、命は自然と笑顔になった。
「トキワくんがくれたのよ。多分命へのプレゼントね」
台所から命の分の取り皿を持ってきた光の説明に命は驚く。どうやらトキワが神殿に来たのは命を追ってのことだったようだ。
「お花だけじゃ無いよ!トキワお兄さまがドナドナのドーナツも買って来てくれてるんだよ!ご飯食べたらデザートに食べようよ!」
「な、何ですって!あのドナドナの!?」
今港町で最も熱いドーナツ屋、ドナドナのドーナツ。長時間並ばないと手に入らないと話題になっていて、命は暇が出来たら丸一日使ってでも買いに行こうと思っていたドナドナのドーナツ。それをトキワが買って来てくれたということに命は感激すると共に、思いっきりお腹を殴ってしまった罪悪感に苛まれた。
「よっぽどあなたと仲直りしたかったのね」
光の言葉でそういえば喧嘩中だったと命は思い出した。結局二人とも謝らず、あやふやなまま仲直りになるのだろうか。とりあえず今度会ったら、バラとドーナツのお礼をして未だに自分は悪いと思っていないが、形だけ謝って正式に仲直りしようと心に決めてから命は夕食を取ることにした。
しかしその日を境にトキワが命を訪ねてくることは無くなった。