表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/300

135秋の神子総選挙4

 遡ること早朝、命は朝食後クローゼットから着れなくなった民族衣装を取り出し、シミや汚れほつれが無いか確認していた。今日は休日で時間があるので、神殿に行って民族衣装を寄付しに行こうと考えていたからだ。


 見たところ目立った汚れなどが無かったので、民族衣装を大きめのバッグに入れると、次は実のサイズアウトした衣装も確認する。一部飾りとボタンが取れかかっていたので、裁縫道具を取り出し補修すると、それもバッグに入れた。


 神殿の帰りに弓の訓練をしようと思い、動きやすい服装に着替えてから荷物と一緒に部屋を出て階段を降りたところで、呼び鈴がなった。


 もしかしてトキワが謝りに来たかもしれないと命は身構えつつも、光が忙しそうだったので来客を出迎えると、そこには白い制服を着た男女の神官がいた。神殿の人間が家に来るなんて初めてのことなので、命は戸惑いの表情を浮かべた。


「朝早くにごめんなさい。秋桜診療所の命さんで間違いないですか?」

「はい、私ですが……何かご用ですか?」


 二十代後半位の女性神官が命を確認すると、彼女と同い年位の男性の神官と神妙な面持ちをしてから頭を下げた。


「私たちは然る神子からのご命令であなたをお迎えに上がりました。神殿までご同行下さいませ」


 自分に用がある神子なんて思いつくのはトキワの祖母である光の神子だろうか。しかし一体何の用なのかはまったく思い当たらなかった。


「顔を上げてください。私はあなた達が頭を下げる程の身分の者じゃ無いんですから。それに今日はちょうど神殿に行く用事がありましたので同行します。ただしこちらの用事を先に済ませてから神子と会うという形でいいですか?」


 命はそう申し出ると、神子に会うのにこんな服装は失礼だと思い、神官達に家の中で待ってもらってから、ウエストベルトがついた紺のシンプルなシャツワンピースに着替え、光に神殿に出かける旨を伝えると、神官達と家を出た。


 道中聞きたいことは多々あったが、神官達は無言で話しかけづらかったので、命は黙って神殿までついて行った。


 神殿に辿り着くと命はサイズアウトした民族衣装を所定の場所で寄付をした。大精霊祭が近く需要があるため、衣装の寄付は神官に大いに喜ばれたので、命も自然と笑顔になった。


「どうぞこちらへ」


 私用を済ませた命を神官達は神子関係者以外立ち入りできない場所へと誘導した。要所要所に武装した神官達が厳重に警備をしている中で、女性の神官が代表で身分証を見せてからどんどん奥へと進んだ。


「あれ?私に用があるのは光の神子じゃないんですか?」


 以前訪れた光の神子の間とは雰囲気が違う通路だったため、命は神官に疑問を投げかけた。


「はい、この度あなたにご用があられるのは風の神子です。私たちは風の神子直轄の神官なんです」


 そう言って神官達は腕章を指差す。関係者通路なので誰の依頼か隠す必要が無くなったのだろう。


「この腕章でどこの所属の神官かわかるんですよ。緑色に銀糸で風のマークが刺繍されている腕章は風属性となります。以後お見知り置きを」

「そうなんですね。勉強になりました」


 神官達が腕章をしているのは度々見かけていたが、まさか所属を表しているものだとは命は気に留めていなかった。そもそも神子に仕える神官と関わることがない。


 それにしても何故全く面識の無い風の神子が自分に用があるのか。もしやトキワが仲直りの橋渡しをしてくれと泣きついたのだろうか……しかしその様子は全く想像出来なかった。


 そうこうしているうちに風の神子の間へ辿り着いた。男性の神官がノックをして返事を確認してからドアを開けると、そこには薄くなった白銀の髪の毛を撫でつけた老齢の男性が安楽椅子に座っていた。

 

 以前トキワが風の神子は高齢男性だと言っていたし、神殿が発売している各属性を代表する神子が集結したブロマイドで見たことがある顔だったので、彼が風の神子だろうと命は確信した。


「連れて参りました」


 女性神官のエスコートで命は風の神子の前に誘導された。命は緊張した面持ちで風の神子にアンドレアナム家で学んだメイドのお辞儀をした。


(しおり)!?」


 目が合うなり風の神子は目を見開き椅子から立ち上がると、命を栞と呼んだ。もしや誰かと間違えてここに呼んだのかと命が戸惑いの表情を浮かべていると、風の神子が気まずそうな顔をした。


「失礼、君が死んだ妻に目元がそっくりだったからつい呼んでしまった。初めまして命さん、私は風の神子だ」


 風の神子は事情を話すと、握手を求めてきたので命は応じる。確かに彼の両耳には水晶のピアスが着いているので、配偶者が亡くなっていると見受けられた。


「立ち話もなんだから座ってくれ。(ゆかり)、私と彼女にお茶とお菓子を持って来てくれるかな」

「かしこまりました」


 命を迎えに来た女性神官は紫というらしい。彼女が風の神子に命じられ男性神官と一緒に神子の間から出て行けば命は風の神子と二人きりになった。命は風の神子に勧められるままに豪奢な金のフレームに緑色のベルベット生地が張られたソファに座ると、風の神子も隣に座る。


「今回君をここに呼んだのは、頼みがあるからなんだ」

「頼みですか?」

「ああ、もうすぐ大精霊祭があるだろう?単刀直入に言うと、精霊降臨の儀で風の精霊役をトキワにやってもらえないか、恋人の命さんから頼んでもらえないだろうか?」


 やはりトキワ関連の話だったのか。命はようやく自分が呼ばれた理由に納得がいった。しかしトキワが風の精霊役をするということは、風の神子を継ぐことになるのでは無いかと不安になる。


「君からトキワを奪う訳ではない。心配するな。先日神殿関係者の会議で後継者不足の属性に限り神子代行という身分が認められてな。神子と同等の魔力を持つ水鏡族なら神殿外部の人間でも神子の役目を行うとが認められるようになったのだよ。現在風の神子はこの老いぼれしかいなくてな、苦労しているのだよ」


 風の神子が大きな溜息を吐くと、ドアがノックされた。入室が許可され先ほどの女性神官の紫が二人分の紅茶とフルーツたっぷりのパウンドケーキを持って来てから退室した。


「どうして風の神子は一人しかいないのですか?風属性の水鏡族はわりかしいると思うのですが……」


 命の質問に風の神子は紅茶を一口飲んでから、また大きな溜息を吐いた。


「トキワを見てわかるように風属性の人間は自分勝手で気まぐれで自由を好む傾向がある。よって神殿で大人しく暮らす神子を務めたいと思う者がおらんのだよ」


 言われてみればトキワ以外にもレイトも風属性だが割と自由奔放な所があると命は思った。


「だったら何故風の神子はここで神子をされているのですか?」


 彼もまた風属性の人間だから神殿の生活は退屈だろうと思い命は問いかけた。


「……私もかつては自由を愛し、神殿からの要請を断り続け妻の栞と二人で楽しく暮らしていた。毎日笑顔が絶えず本当に幸せな毎日だった」


 風の神子は遠い目をして妻との日々を思い浮かべると、眦から一筋の涙が落ちてしわだらけの頬に伝った。


「しかし私達が四十の頃、栞は突然病に倒れ色々手を尽くしたが日に日に弱って行き、遂には帰らぬ人となった」


 風の神子は啜り泣きながら最愛の妻を失った時のことを語った。その様子に命も眼を潤ませた。


「残念ながら子宝に恵まれず、栞を亡くしてひとりぼっちになった私は自暴自棄になり、世を儚んで神殿に入り、残りの余生を風の神子として生きる事に決めたのだよ。本当は栞の後を追いたかったが、栞が死際に私が天寿を全うしないと天国で会ってあげないと言われたからな……こうして今日も生きているわけだ」


 悲しい風の神子の過去に命の潤んだ瞳からは次々と涙が溢れて止まらなくなった。


 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ