132秋の神子総選挙1
秋が近づき今年も精霊祭の時期が近づいていた。命にとっては三年ぶりだ。しかも今年は五十年に一度の大精霊祭だ。
普通の精霊祭は各集落が主催するのに対して、大精霊祭は神殿が主催だ。しかし大精霊祭だからなのか、全集落の人間達は民族衣装を着ることが義務付けられているし、神殿周辺の屋台も振り分けて各集落が出店する。
よって去年西の集落が主催だったので民族衣装を当分着ることがないと思われた命も着ることができるのだ。最後に民族衣装を着たのは父であるシュウの葬儀以来で、命はすっかりサイズアウトしてしまった民族衣装を新しくするつもりだ。恐らく成長も止まったし、太らない限り当分は一新しないと予想されるし、給料も入った所なので、ちょっと良い物を仕立てようと今からワクワクしていた。
前のオフショルダータイプの民族衣装は実に譲ろうかと考えて試しに着せてみたが、胸周りがスカスカな上に全く似合っていなかったので、却下された。仕方がないのでその衣装は後日神殿に寄付する事となった。
今日は休日で月に一度のみんなで昼食を一緒にする日だった。今月は祈たちの家で命と実に光そして桜、レイトと祈にヒナタといつものメンバーに加えて、レイトに修行の相手をしてもらいに来たトキワもいた。
みんなで食卓を囲んだダイニングでは大精霊祭の話題で持ちきりだった。
「来月の大精霊祭本当に楽しみよねー!特に精霊降臨の儀!」
精霊降臨の儀とは各属性の神子の代表が精霊に扮する儀式で大精霊祭の目玉だ。その後村人はそれぞれ崇拝する神子に銀貨を捧げるのだが、銀貨の数で神子の人気が分かる事から村人からは神子総選挙とも言われている。ちなみに銀貨は一人三枚枚まで捧げることが出来て、複数の神子に捧げることも許されている。
「お姉ちゃん、いくら祭の時期には安定期に入っているからって無理はしないでよ」
命は祈の体を心配して忠告すると家族全員が頷く。
「わかってるって。でも精霊に扮したミナト様を拝めば安産間違いなしだと思うのよー!」
ミナトとは命たち姉妹と桜の水属性を扱う家族の間で大人気の美形の神子だ。現在水の神子代表を務めているので精霊に扮するのは確定だろう。
「私も今年はミナト様を見に行くつもりだ。ていうか村の人間の殆どが行くだろうな。絶対銀貨三枚を貢ぐ!」
桜も楽しそうに祭の参加を表明する。出不精気味の桜もミナトに会える年一回の会合は欠かさず参加している。
「私もミナト様に全部渡す!ちーちゃんは?」
実に銀貨を誰に貢ぐか聞かれて命は少し考えた。
「私はミナト様に一枚、傷を治してくれた光の神子に一枚、あとは闇の神子に一枚かなー」
先月、イザナの後を継ぐ闇の神子が現れたと神殿が発表した。性別は男で両親は不明、名前と誕生日が書かれたメモと漆黒の水晶が添えられ籠に入れられた状態で神殿の前に捨てられていたらしい。闇の神子の後見人は光の神子が務めることとなり、現在一歳ですくすくと育っているらしい。
今回大精霊祭を行うにあたり公表して、精霊降臨の儀でお披露目となるらしい。
「ちーちゃんたら、闇の神子に傷モノにされたのに銀貨あげちゃうなんて変わり者ねー」
「それは先代の話だし、今代の闇の神子は赤ちゃんなのよ?最強に可愛いに決まってるじゃない!」
皮肉を言う祈に命は真剣な顔で赤ちゃん愛を貫く。
「トキワはどうするの。やっぱり身内にあげるの?」
黙って話を聞いていたトキワに命が話を振ると、トキワは口に含んでいたパンを噛んで飲み込んだ。
「ばあちゃんと暦ちゃん、あと風の神子のじいちゃんに一枚ずつ。水の神子のおっさんには絶対あげない」
祖母と叔母、そして魔術の師匠に銀貨をあげるのは妥当だと命は納得したが、わざわざミナトをおっさん呼びして銀貨をあげないと言うトキワに悪意を感じた。
「ちょっとミナト様をおっさん呼ばわりしないでよ!」
崇拝する水の神子をおっさんと呼んだトキワに命は眉間にシワを寄せるが、トキワも顔をしかめる。
「暦ちゃんの配偶者なら俺にとっては叔父さんだから!そもそも俺の母さんと同い年だからおっさんには変わりない」
トキワの母である楓とミナトは幼馴染みで同い年らしい事は命も知っていたが、それでもトキワの言葉は不服だったので命はムキになる。
「三十三歳はまだおっさんじゃないから!」
「命、落ち着きなさい」
光が諫めるも、命は完全にヒートアップしていて怒りの頂点に達していた。
「もう怒った。今年はトキワと一緒に精霊祭行かないから!」
食事の途中だったが命は席を立つと家から出て行ってしまった。いつもなら即追いかけるトキワだったが、兼ねてより楽しみにしていた三年ぶりの精霊祭デートの中止がショックで椅子から立ち上がる事が出来なかった。
「あーあ、でもこれはトキワくんが悪いな」
命を擁護する桜に祈と実は同意するように頷くが、妻の祈が水の神子に現を抜かしているレイトは気持ちが分かりトキワの肩をそっと叩くのだった。