13精霊祭と友情4
その晩帰宅して夕飯や入浴を済ませた命は桜のもとを訪ねた。桜の部屋で自分の民族衣装のリメイクを行うためだ。
「はー、ビスチェだけ買って貰っといて良かったー…」
桜と港町に買い物を出掛けた際、運良く命のサイズに合ったビスチェが売っていたため桜が奮発してくれたものだ。これでビスチェにオフショルダーとスカートを取り付けて装飾を付けるだけで済みそうだった。
「だろ?年長者の言う事は聞くものだ。あーそれにしても今日のトキワくんめっちゃくちゃ可愛かったなー。今日なんか先輩が遅いからって迎えに来てからも帰らないて騒ぐから私つい、ちーの写真を持たせてやったんだよ。そしたら桜先生ありがとーって、手を振って帰って行ったんだよもう可愛い」
「ちょっと!何で勝手に私の写真あげるの⁉︎」
「いいじゃないか。写真ならまた撮ればいい」
「そんな贅沢出来ないよ!」
村人が写真を撮るには村に唯一ある神殿の写真館で予約して撮影するしか方法がない。撮影代は高価なので、命の家ではニ年に一度家族写真を撮る程度だった。
それにしてもどうしてトキワはこんなにも自分に執着するのか、命は理解できなかった。蓼食う虫も好き好きと言えばそれまでだが。果たして自分にもそんな風に胸を掻き毟るほど熱く焦がれるような存在が現れるのだろうかとぼんやりと考えた。
「あんま根を詰めて作業するなよ。精霊祭までまだ先なんだから。暇な時私が縫っといてやるから、簡単に仮止めしときな。糸の扱いなら私の方が上だぞ」
実際は違う事を考えていたのだが、命は桜の忠告に大人しく頷いた。確かに彼女にかかったらお手の物だろう。桜の水晶が姿を変える武器は糸で、何を隠そう命に裁縫を教えたのは桜である。
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えますね」
感謝の気持ちを桜に伝えると命はビスチェに袖を付ける作業に移る。裁縫は趣味なので苦では無いが、学校でもやっていたので疲れは出る。
「ちーのところは模擬結婚式だったよな。花嫁役するのか?」
「まっさかー!私は裏方。花嫁は南で花婿はハヤトだよ。あの二人って両片想いなんだよね。今回の模擬結婚式で両想いになるわけ」
「南ちゃんとハヤトくんかー確かにあの二人お似合いかもな」
小さな集落なので南もハヤトも桜は幼い頃から知っていた。ハヤトに至っては命の幼馴染みだから取っ組み合いをして命に泣かされているのをよく見たものだった。
「お前達もあと三年で結婚出来る様になるんだな…あ、でもちーはあと六年か」
含みのある言い方をする桜に命は仏頂面になる。すっかり桜はトキワの味方のようだ。正直トキワの話にはうんざりだった。彼の事は嫌いじゃないが嫌いになりそうだった。
「人生なにが起きるか分からないわ。もしかしたら明日私は誰かと恋に落ちるかもしれないんだから。少なくとも私は誰かに相手を当てがわれるなんて絶対嫌!私は私で選ぶの!」
威勢の良い小型犬のように自分の恋愛感を主張する命に桜はだんだん申し訳なさを感じたので、自分の気持ちを伝える事にした。
「ごめんな。ちーとトキワくんが仲良くなったら嬉しいなていう私の願望をお前の気持ちを無視して押し付けていたな。ちーが嫌なら明日私から距離を置くようにトキワくんには伝えておくよ。ちーの事に関しては諦めが悪い子だけど、ちーが嫌がっているならきっと理解するよ」
随分大人びているが彼女だってまだ子供だ。大事なことを思い出した桜は命の頭を撫でて宥める。
「そうしてよ。トキワだって一度冷静になれば、私が大して可愛くないことくらい気付くと思うし」
自虐を言う命に桜は顔を顰めるも、小さく溜息を吐くだけにする。
「今日はもう帰って寝な。明日も早いんだろ」
時計を見れば日付が変わりそうな所だった。こんなことを毎晩続けたら疲れるのは私の方だと桜がおどければ、命は手を止めて道具を片付け始めた。