127マリンブルー6
トートバッグから日焼け止めを見つけた命は早速トキワの背中に塗ってあげる。いつの間にやら大きくて逞しくなっていた彼の背中に触れていると、胸がドキドキする。気まずくなってきたので、一旦ギュッと短く目を強く瞑ってから、パパッと一気に塗り込んだ。
「あとは自分でして」
恥ずかしそうにトキワから視線を逸らし、日焼け止めのボトルを手渡す命にトキワの嗜虐心が擽られる。
「日焼け止めなんて塗ったこと無いから、塗り残しが出ちゃうかも。前も塗ってよ?」
ボトルを受け取り蓋を開けて、トキワは命の手首を掴み、彼女の手のひらに日焼け止めを注ぐと、その手を自分の胸に押し当てて、上下左右に動かした。ねちゃねちゃと音を立ててトキワの肌に触れる日焼け止めまみれの自分の手に命は頭が真っ白になった。
「今日はこのくらいにしておくか」
命の手を使って胸部と腹部を塗り終えると、トキワは独り言を呟き、命の手首を離して自分の手に日焼け止めを乗せて、手早く自分の手足につけた。命は羞恥でしばらく固まって動けなくなってしまっていた。
しばらくしてレイトがヒナタと実、イブキを連れて戻ってきたので命は立ち上がり、入れ替わるように海まで走って胸の下辺りまで海に浸かって火照った身体を冷ました。
「ちーちゃんは日焼け止め塗らなくてよかったの?塗ってあげるよ?」
後を追って海に入ってきたトキワに命は不機嫌な表情で舌を出した。
「残念でした!着替えた時にみーちゃんと塗り合いっこしました」
命はトキワに水をかけると逃げるように海の沖側へ進んだ。
「ちーちゃん待って俺が悪かったから!こっち来て!」
トキワは悪ノリしすぎたことを反省して命を追いかける。すると突然命が視界から消えた。トキワは絶句しながらも海に潜り彼女を探すと、もがき苦しんでいる姿を発見し、慌てて救出した。
「ぶはっ、急に海が、深くなってた!」
息を荒げてトキワの首に必死にしがみ付きながら、命は真っ先に溺れた言い訳をした。
「確かに……そうだったけど普通溺れる?足でもつったの?」
「つってない……」
「もしかして……泳げないの?」
「……」
図星を指された命は黙り込む。突然地面に足がつかなくなってパニックを起こしてしまったことを言いたくなかった。一方でまさか水属性のくせに泳げないと思わなかったトキワは言葉が出ず、そういえば命を追いかける時に実が何か言っていたが、命が泳げないことを伝えたかったのかもしれないと思い出した。
「馬鹿だよね私、結界があるからって油断して魔物に背後を取られたり、即行でナンパに引っかかっちゃったり、日焼け止め塗るのにドキドキしたり……挙げ句の果てにふて腐れて泳げないのに海の深い所行って溺れちゃって……」
「とにかくちーちゃんが無事で良かったよ」
色々思うことはあるが命も落ち込んでいるし、これ以上はトキワも追及しないで、命の頭を優しく撫でると、海から上がりレイト達と合流した。
「ちーちゃんバレーボールしよー!」
こちらの事情も気にせず実は命を兼ねてから希望していたバレーボールに誘った。夏の太陽にも負けない実の眩しい笑顔にジメジメした命の心も癒されて、一緒にバレーボールをする事にした。
「いっくよー!そーれっ!」
祈はボールを軽くトスした。命もそれに合わせてレシーブをする。
まったりとしたラリーを続けてキャッキャとはしゃぐ姉妹にトキワとイブキはビーチパラソルの下で肩を並べ眺めて癒される。その横でレイトはヒナタと砂遊びをしていた。
「あっごめーん!」
実がつい勢いよくスパイクを決めた所、ボールが明後日の方向へ飛んで行ってしまったので、命はボールを走って追いかけた。予想以上に遠くへ飛んで行って落ちたボールは二十代中頃ほどの水鏡族の男性が拾い上げた。
「これ君の?」
「はい、ありがとうございます!」
命がお礼を言ってボールを受け取ろうとするが、男はボールを離さない。
「あの、返してください」
「君かわいいね、どこの集落の子?一緒に遊ぼう?」
「お断りします。わ、私……彼氏と来てるから!」
命は語気を強くして彼氏という単語を照れ臭そうに口にしてから男からボールを奪おうとするが、かわされる。
「えー?本当にいるの?」
「います!返して!」
こんな所で暴力沙汰は起こしたく無いが、命は目の前の男を殴りたい衝動に駆られる。
「俺の彼女に手を出さないでくれる?」
いっそボールは諦めようかと命が思った時、後を追いかけてきたトキワが追いついたようで男からボールを奪い、命を抱き寄せると、冷たい目で男を見下し、その場を離れる。そしてボールを左脇に抱えたまま右手で命の二の腕を揉み始めた。
「ううっ、さっきのはボール拾ってもらっただけじゃないのー」
「その後ナンパされてたので揉みまーす」
トキワは淡々と判定を下すと実達の元に戻るまで命の二の腕を揉み続けるのであった。