124マリンブルー3
海水浴当日は早朝に家を出るので前日の夜、トキワとイブキは命達の家に泊まる事になった。
「別にトキワまで泊まる必要無かったんじゃないの?」
北の集落に住むイブキは家が遠いため前日泊するのはわかるが、東の集落在住とはいえ、いつも魔術で風を操り、高速移動でこちらに来るトキワが泊まる必要は無いと命は判断した。
「何か間違いがあったらどうするの?」
「間違いって……」
「イブキがちーちゃんとお風呂でばったりとか、寝ぼけてベッドに潜り込むとか。そんな間違いが起きたらと考えただけで、心配で夜も眠れない!」
「私はトキワの素行の方が心配だよ」
絶対隙あらばイチャつく気満々だと思われるトキワに命はため息を吐く。
「大丈夫だよ!だって昔レイトお義兄さまがちーちゃんがお姉ちゃんとお風呂に入ってるのに気付かなくてばったりしちゃった以来、お風呂場と寝室には内鍵がついてるから!ね、ちーちゃん!」
悪意のない笑顔で過去を掘り起こす実に命は声にならない悲鳴を上げた。
「え、つまりは師匠てちーちゃんの裸を見たことあるの?ちーちゃんの下着を洗濯して畳んでいた事実だけでも許せないのに……」
仄暗い表情を浮かべ、今にもレイトの家に赴き斬りかかりに行きそうなトキワに命は慌てて彼に抱きついた。
「見られてないから!その時私は乳白色の入浴剤使ったお湯に浸かってたから見られてないから!」
むしろ命の方がレイトの裸をガッツリ見てしまったのだが、それは更なる火種を生みそうなので言わないでおく。
「押忍!お風呂お先頂いたっス!」
何とかトキワの怒りを鎮めた頃、客人なのでと命達が勧めて一番風呂を浴びたイブキが出て来た。濡れた事により髪のウェーブが強めになっていて、中々可愛らしくて良いと命は心の中で褒める。
「イブキおいで。お兄さまが髪を乾かしてやるよ」
「押忍!トキワ兄さんありがとうございます!」
意外と面倒見がいいらしいトキワはイブキを手招きすると、自分の前に座らせて魔術で風を起こし、髪の毛を乾かしてやった。
「はい、出来た」
イブキの乾いた髪の毛はまるで鳥の巣のように爆発していた。いつもより風の勢いが強い気がしたが、どうやらトキワのいたずららしい。
「やだ!イブくん可愛いー!トキワお兄さまありがとー!」
鳥の巣頭は実には大好評だったようで、トキワは感謝されていたずらは不発に終わった。
「次お風呂入ってきたら?」
「ちーちゃんも一緒に入ろう?」
「入らないに決まってるでしょう。いい加減諦めたら?」
やたら一緒に風呂に入りたがるトキワと毎回行われる不毛なやり取りに命は呆れ顔になる。
「ずっと誘い続けたら叶う気がするから絶対諦めない。大体母さんとは入ったのに俺と入らないていうのが理解出来ない」
楓は同性だから抵抗が無かっただけの話だが、それが通じる気がしないので、命は黙ってトキワの背中を押して風呂場に追いやると、台所で夕飯の仕上げをしている光を手伝うことにした。
トキワが風呂から出たタイミングで全員で夕食にする。トキワもよく食べる方だが、イブキの食べっぷりも気持ちがいいものだった。光は久々に作りがいがあったと満足げにその様子を見ていた。思えば祈達が家を建てて出て行ってから命が帰ってくるまで実と二人暮らしで寂しかったのかもしれない。
食後命が食器の片付けをしている内に実と光は風呂を済ませて、トキワに髪の毛を乾かしてもらっていた。風属性は万能だなと思いつつ、命は洗った食器を布巾で拭いて食器棚に戻してから、自分も風呂に入ることにした。
風呂から上がると実と光は既に自室に行ったのか、リビングにはトキワとイブキがリビングに寝袋を並べて、何やら話をしていた。
「あ、ちーちゃんおいで。乾かしてあげる」
イブキがいるのにトキワは甘い空気を醸し出して来た命は照れ臭くなって、無視して階段を上がり自分の部屋に向かう。しかしドアを開けたタイミングでトキワから後ろから抱きしめられる形で部屋に入った。
「いつの間にっ!?」
まさか後ろから付いてきていると思わなかった命は目を丸くする。
「最近風の神子から気配を消す魔術を教えてもらったんだけど、上手く行ったみたいだね。ここがちーちゃんの部屋か……初めて入った」
「ちょっと深呼吸しないでよ」
トキワは命の家に日常の様に訪れていたが、彼女の部屋に入るのは初めてだった。命の部屋は女の子らしい物で溢れていた。手作りのパッチワーククッションやベッドスローがあり、サイドテーブルの上のアロマポットから甘い匂いがする。とにかくこの部屋は命で溢れていてトキワには堪らなかった。
「髪の毛を乾かしたらすぐ出ていくね」
「鳥の巣にしないでよ」
命はドレッサーの前に座り、トキワに髪の毛を丁寧に乾かしてもらった。
「ありがとう、それじゃあおやすみなさい」
椅子から立ち上がり、命はトキワを部屋から追い出そうとしたが、抱き上げられてからベッドに押し倒されて、命の唇に口付ける。何となくこうなると命は予想はしていたが、心臓は早鐘を打っていた。
「ああ、久しぶりにキスできた……」
腹の底から歓喜のため息を吐くと、トキワは再び命に口付ける。ここ二週間ほど、命は診療時間が終わった後も桜と色々話をしているのか、なかなか診療所から出て来なかったし、本当は命とは毎日キスがしたいのに二人きりになるチャンスがなかなか無く、トキワは鬱憤が溜まっていた。
「そんなにしてなかったっけ?」
「十八日間してなかった」
正確な日数まで覚えているトキワに命は深い執念を感じて身震いがする。
「さて、本当は朝までイチャイチャしたいところだけど、寝不足で海に入るのは危険だから我慢するか。おやすみ、ちーちゃん」
最後に短く命の額に口付けて、トキワは上機嫌で部屋を出て階段を降りて行った。残された命は顔を熱くさせたまま部屋の内鍵を掛けてベッドに戻ると、クッションに顔を埋めて身悶えるのであった。