122マリンブルー1
七月、夕暮れの秋桜診療所は日々暑くなってきているものの、日が落ちると樹々に囲まれていることもあり、涼しくなっていた。
仕事を終えた命が診療所から出ると、いつものようにトキワが彼女を待っていた。互いの労働を労い診療所の前のベンチに座ると、話題は以前約束した話になった。
「今度の休み港町に海水浴行こうよ」
「あーちょうど港町に行きたかったからいいかも!トキワの誕生日プレゼント買いに行きたいなって思ってたの」
今月はトキワの誕生日だ。毎年文房具しか贈ってこなかったが、命は今年は事前に考えて目星をつけていた。
ちなみに今年の誕生日は休前日だったので、命は泊まりでトキワの家で祝うことにしている。珍しく積極的な命にトキワは喜びたい所だったが、妹の旭に会いたいという気持ちが透けて見えて、素直に喜べなかった。
「誕生日プレゼントなんてちーちゃんの水着姿で十分だよ!本当楽しみ」
命の水着は港町で色々な水着を散々試着させた挙句にトキワが決めた物だった。あの日の彼女の様々な水着姿は脳裏にバッチリ焼き付いていて、思い出すと頬の筋肉が緩みっぱなしになってしまった。
「なんだお前ら海水浴に行くのか?」
「げ!師匠」
ヒナタとの散歩の帰りか、いつの間にやらレイトがトキワと命の話を聞いていたらしくて声を掛けてきた。
「ちょうど良かった。ヒナタを遊びに連れて行きたかったんだよな。一緒に行こう」
折角のデートを無神経に邪魔してくるレイトにトキワは信じられないといった表情でベンチから立ち上がり、レイトに詰め寄った。
「嫌だ!空気読んでくださいよ!」
「悪いな。お前の都合よりヒナタの都合の方が大事なんだ。ヒナター!今度の休みパパとお姉ちゃん達と海に行くぞー!」
「うみー?やったー!」
ヒナタが無邪気に喜んでしまった以上、レイトとヒナタの海水浴行きは決定となってしまった。大きく肩を落とすトキワに命は追撃をするように手を合わせた。
「だったらみーちゃんとイブキくんも誘ってみようか?大人数の方がヒナちゃんのこと余裕を持って見てあげれられるし!」
イブキとは実と交際中の彼氏だ。トキワの家を訪問した後自宅に戻った命が実に問いただした所、命に話すのをすっかり忘れてただけで、翌日直ぐに紹介してくれたのだ。実と同じ刀使いで二歳上のイブキはウェーブのかかった柔らかい髪の毛が可愛らしい犬みたいに人懐っこい少年で、命には好感触だった。
「そいつはいいな!前から可愛がってやろうと思っていたんだよ。あとで実ちゃんに聞いておいてくれ」
「はーい」
レイトの可愛がるという言葉に多少の不安を感じながらも、命は承諾した。
「あーなんだか俺も可愛がりたくなっちゃった。もしかしたら将来義弟になるかもしれないからねー」
抑揚のない声でトキワはレイトに同調する。これは当日イブキは二人のおもちゃになるだろうと命は予感した。
「ただいまー!」
絶妙なタイミングで実が帰ってきた。話題の中心にいるとは露ほど知らずいつもの笑顔だ。
「おかえりみーちゃん。あのね、今みんなで次の休みに海水浴に行こうって話していたんだけど、みーちゃんとイブキくんも一緒にどうかな?」
命の誘いに実は瞬く間に瞳を輝かせて飛び跳ねた。
「行きたーい!私ビーチバレーがしたいなー!」
乗り気の実が可愛くて命は先程の不安も忘れてにんまりした。ビーチバレーはやったことが無いが、愛しの妹のためなら挑戦してもいいかもしれない。
「イブくんも誘っておくよー!きっと喜ぶと思う!」
メンバーも決まったし、日も暮れてきたので、今日の所はここで解散となった。命はトキワの覇気がない背中を見送ると家に入って、自室へ向かい、仕事着から部屋着に着替えることにした。