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12精霊祭と友情3

「え?ちーちゃんいないの?」


 学校を終え、レイトに連れられてやってきた秋桜診療所にてトキワにとって残酷な事実を打ち明けられた。


「精霊祭の準備でまだ学校だよ。夜には帰ってくるだろうけど、今日もトキワくんには会えないね」


 診察を終えたばかりの桜が事情を説明する。ようやく会えると思っていたトキワの落胆は窺い知れない。


「ほらトキワ!諦めて今日は縄跳びするぞ!」


 修行を始める前に命にひと目会いたいとここに来る間にレイトに切望したが、生憎叶わなかった。レイトは悲しむトキワの首根っこを掴むと、切り替えを要求した。


「桜先生、診療所の前で縄跳びしていい?もしかしたらちーちゃんが早く帰ってくるかもしれないし…」


 長いまつ毛に囲まれた赤い瞳を潤ませて、上目遣いでお願いする往生際が悪いトキワに桜は失礼だと思いながら声を出して笑った。レイトはやれやれと肩をすくめてトキワを引きずり診療所を出た。


「あ、そういえば明日以降もこんなだったよな…」


 明日もこのやり取りをする事になりそうだと桜はまたケラケラと笑うのだった。



 ***



 精霊祭で命のクラスが行うのは模擬結婚式という、まだ結婚できる年齢じゃない十三、四歳の男女が結婚式の真似事をするという。なんとも可愛らしい催しだ。

 模擬結婚式の新郎新婦に選ばれるのは両想いのカップルがいるなら彼らを推すが、いなかったら自薦他薦で選ばれる。


 今回選ばれたのは命の幼馴染みのハヤトと、命の親友の南だ。学年にカップルがいなかったので、二人を命が推薦すると満場一致で、ハヤトと南も満更でもない様子だった。


 何故ならばハヤトと南はいわゆる両片想いだからだ。気付いていないのは当人達だけだ。なのでそれぞれから恋愛相談を受けていた命はここぞとばかりに推しに推した。


「命、ありがとうね」


 花嫁が被るウェディングベールにレースを縫い付けている命に南は小さな声でお礼を言った。


「どういたしまして。花嫁姿楽しみにしてるからね」


 この模擬結婚式には新郎新婦に選ばれた二人は結ばれるというジンクスがあり、実際九割の確率でカップルが成立している。いつも仲良くしている幼馴染みと親友が結婚したら嬉しいなと針を持つ命の頰が緩む。


「でもいいの?」

「なにが?」


 南の心配の意味がわからない命は首を傾げる。


「命も…ハヤトくんのこと好きだと思ったから…」


 思いもよらぬ心配に命は針を指に刺してしまった。ベールを血で汚さぬよう指で口を加えてから首をブンブンと振る。


「は?ありえないんだけど?確かにあいつはいい奴だけど顔が全然好みじゃないって言ったでしょ?南には悪いけど、私は面食いなの!」


 ハヤトは人の良さが顔に滲み出ている少年だが、美形かといえばそれは違った。その優しい顔つきが南は好きだったが、命は違った。


「でも、最近二人でよく話してるよね…」


 どうやらハヤトがどうしたら南と仲良くなれるかという相談をしている所を見られてしまっていたらしい。しかしハヤトから他言無用と言われているため、命は言い訳を一瞬で考える。


「そりゃあ南を売り出してるからね。私は本気で南がハヤトとくっついて欲しいと思ってるの。心配しないで当日を迎えてよ。ほら仮止めできたから被ってみて」


 仮止めしたベールを南に被せると幼くも清楚な花嫁が現れた。


「うん、可愛い!当日は私にブーケ投げてね。もちろん本番でも!今からジャンプの練習しようかなー」


 おどけてみせる命に南の不安は消えて、彼女の友情を受け止めた。


「えー!私もブーケ狙ってるのに!南、私の方に投げてよ」


 隣で花嫁衣装に取り付ける花飾りを作っていた、命のもう一人の親友の(いつき)もブーケ争奪に参戦を宣言した。


「樹は可愛いからブーケのご利益に頼らなくても結婚出来るよー」

「褒めても譲らないよー!大体命は理想が高過ぎるから未だに好きな人も出来ないんだよ?」


 樹の指摘に心当たりがあった命はぐっと押し黙る。南を中心とした女子達と話す恋話はいつも聞き手に専念して、自分の好きな人について話すことは一度も無かった。


「……だってこの学校にミナト様を超える美形がいると思う?」


 ミナトとは命が崇拝している神殿の男神子だ。彼は水の神子代表として日々精霊に祈りを捧げていて、命のような村人には滅多にお目にかかれない存在だが、運が良ければ神殿内の結婚式の進行や図書館などで拝見する事が出来る。しかしそれは希少動物と会う位確率が低い。


 ただ年に一度行われる水属性の会合なら、確実に姿を拝める事ができるので、命は桜達と毎年欠かさず出席していた。ミナトの柔らかい物腰と長く美しい銀髪、彫刻のようにハッキリとした鼻筋に切れ長の色っぽい瞳は命だけでなく、多くの女性達を虜にしている。


「つまり命はミナト様と付き合いたいって事?」


 南の結論に命は首を振った。ミナトの年齢は二十七歳と歳上だし、付き合いたいという感覚は無かった。

 美し過ぎる男神子は命にとって恋愛対象ではなく崇拝する対象で神殿が販売するブロマイドを宝物に眺めることしか許されない存在だと思っていた。


「そんなの畏れ多いよ!神子と村人が付き合うなんてありえない!」

「ミナト様と付き合わないならブーケいらなくない?」


「それとこれは別。私好みの美形と結婚出来たら毎日愛で放題じゃないの!」

「はあ…」


 顔面至上主義の命の考えがよく分からない樹は、首を傾げると、目が合った南と共に苦笑いをした。命は人の恋話に目を輝かせて憧れているのに、自分の事はどこか諦めている様子だった。そんないつも明るく心優しい親友に今後胸を熱く焦がすような素敵な恋が出来るようにと南と樹は心の中で願うと、口よりも手を動かせと様子を見に来た教師の注意に慌てて針と糸を持った。



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