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119小さな掌5

「旭ちゃん!」


 階段を駆け下りて、命は楓の腕の中で泣きじゃくる旭に近寄った。


「すまない命ちゃん、お取り込み中だったんじゃないのか」


 楓に野暮なことを聞かれて命は一瞬固まり、髪や服装が乱れていることに気がつくと、慌てて身なりを整えた。


「そ、そんなことないですよ、あはは。それより旭ちゃんどうしたんですか?」

「おしめが濡れて泣いてたから替えたんだけど、その後もなかなか泣き止まなくてね。ミルクも飲まないし一体何がなんだか……」


 困り果てた顔でトキオが説明する。命は頭の中で理由を探していると、額から汗が流れ落ちた。


「あ、もしかして……ちょっといいですか?」


 何か閃いた命は楓から旭を預かると、頭の中で術式を構成させ、自分と旭の周りだけ魔術で霧状の水を発生させた。すると旭はピタリと泣き止む。


「おお、泣き止んだ。だが一体どうして」


 楓が旭が泣き止んだことを喜びつつも、理由がわからず困惑した。


「あの、旭ちゃんの属性てなんですか?」


 水鏡族の子供は生まれた時に不思議な力を秘めた水晶を握った状態で生まれてくる。その水晶の魔力の属性は生後一カ月位で安定して、水晶の色が属性によって変わると言われている。ちなみに五歳になると男は左耳、女は右耳に穴を開けてピアスにする儀式があるが、それまでは親が大事に保管している。


「炎だと思うが……そういえば産後慌ただしかったから、確認してないな」


 楓は旭の水晶が入っている宝石箱を持ってきて開くと、水晶はターコイズグリーンに輝いていた。


「風だったのか!?」


 驚きのあまり楓は声を上げた。属性は両親から受け継がれる可能性が高い。父方の祖父から遺伝したトキワはレアケースなので、旭は今度こそ炎属性だとトキオも楓も思い込んでしまっていたようだ。


「私もてっきり旭ちゃんは炎だと思ってました。でもだとしたら、旭ちゃんが泣いている原因はきっと暑かったからですね。同じ炎属性のお二人はお互いあまり暑さを感じないのかもしれませんが、比較的暑さに強い水属性の私からしても、この部屋は暑いので、風属性の旭ちゃんは恐らく相当暑いんだと思います」


 特に楓は魔力の強さから体から熱を発している体質なので殊更だろう。


「なるほど、だから同じ風属性のトキワが抱くと泣き止んだのか。じゃああれか、私の母乳を飲まなかったのは……」

「熱かったからだと思います。試しに哺乳瓶で冷やしてから飲ませてみてください」


 楓は早速命の意見を取り入れようと台所へ向かった。


「まさか風属性だったとはな。ごめんな旭、今まで暑かったよな」


 トキオは心底申し訳なさそうに旭に謝る。まさか自分たちが原因とは思いもしなかったのだ。


「そうなるとトキワが赤ちゃんの時も同じ原因だったんだろうな。だから四カ月後…冬が近づいてきたら懐いてきたのか。しかし当時は炎属性の私の母もいたから夏は相当暑い思いをさせたんだろうな。そういえば、風属性の父には比較的平気だった気がする」


 当時存命だったトキワの父方の祖母まで炎属性だったという事実に、命は旭みたいに泣き止まず寝不足だったはずに違いない赤子のトキワがよくここまで生きてこれたなと感動さえ覚えた。


「このままじゃまた泣かせてしまうな。早速神殿に相談して魔力を抑える腕輪を借りてこよう。命ちゃんありがとう。せっかく来てくれたのにバタバタしちゃってごめんね。本当はトキワと結婚を前提に付き合うことを挨拶しに来てくれたんだよね?」


 そういえばそうだったと命は今更思い出して気まずそうに頷いた。


「私も楓さんも二人の交際は大歓迎だから、これからもトキワと仲良くしてやってね」


 反対はされないと思ってはいたが、トキオから賛成を口にしてもらえて、命は心の中で安堵した。そしてトキオは台所にいる楓に声をかけてから、家を出て行った。


「さて旭は飲んでくれるか。熱さはこれでいいかな?」


 哺乳瓶を手に楓がリビングに戻ってきた。一度哺乳瓶を命の二の腕にくっつけて温度の確認を取る。


「大丈夫だと思いますよ。じゃあどうぞ」


 命に抱っこされた旭の口元に楓は恐る恐る哺乳瓶の乳首を近づけると、吸い付き母乳を飲み出した。


「おお!飲んだぞ!」

「やったー!」


 楓は命と二人で喜びを分かち合う。


「おいトキワ!見たか!?旭が私の母乳を飲んだぞ!」


 いつの間にか階段で傍観していたトキワを発見した楓は嬉々として旭が母乳を飲んだことを報告する。


「ふーん、よかったねー」


 つれない態度のトキワに楓は不満げに眉間にシワを寄せたが、何か思いついたのか笑みを浮かべた。


「お前が生意気なのは母乳を一切口にしなかったからかもしれない!よし今からでも遅くない!飲め!」

「おえーっ!絶対嫌だ」


 心底気持ち悪そうな顔をして、トキワは楓の提案を却下した。


「まあまあ、母乳で育とうが、ミルクで育とうが、元気ならどちらでもいいんですよ!これは私の叔母、医者が言っていたから間違いありません!」


 楓としては母乳でトキワを育てられなかったことに負い目があるようだが、命は気にすることないよう元気付けると、楓は少しほっとしたように見えた。







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