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118小さな掌4

 一時間ほどして料理が出来上がったので、昼食をとることになった。楓はよほど疲れが溜まっていたのか起きなかったので、そのまま眠らせる事になり、命は旭をクーハンに寝かせてからトキワとトキオの三人で食卓を囲んだ。


「うわ、これすごく美味しいです!」


 具だくさんのオムレツを口にして命は絶賛する。


「ありがとう、これはトキワが小さい頃全然野菜を食べてくれなくて、試行錯誤して作ったんだ」


 どうやら父の愛情たっぷりの思い出の料理だったようだ。他の料理もトキワに食べてもらうために色々苦労したとトキオは話す。


「それでも全然食べてくれなかったんだけど、命ちゃんと一緒に食べたことあるらしい物は徐々に食べるようになったんだよね」


 ここがトキワの育った家だからだろうか、外で会うトキオよりも父親の雰囲気が強かった。


「ちーちゃんこれはどう?」

「ん、これ?どれどれ、うん!美味しいよ!」

「よかったー!」


 トキワが勧めた炒め物は彼が作った物らしい。命から好評を得ると、トキワはホッとした様子で喜んだ。


 食事を済ませてトキオが片付けをしている間、命は旭の寝顔を眺めて、トキワはそんな命をソファから眺めていた。


「旭ちゃーん、うふふ可愛いなあ、何時間でも見ていられるー」


 恍惚の表情を浮かべて旭を愛でる命の方が可愛いが、それが自分に向けられていないことが、トキワは不満だった。自分が何年もかけて手に入れた命の寵愛を生後わずか二カ月の妹に奪われたのが悔しくて、この日ほど赤子に戻りたいと思った日はなかった。


「命ちゃんにお前の部屋を見せてあげたらどうだ?」


 そんな大人気ない感情を煮詰めていたトキワに片付けを終えたトキオが肩を叩き進言した。


「……俺、父さんのこと大好きかも!」


 父からのアシストプレーにトキワは珍しく好意を口にしてから旭にへばりついている命を引き剥がし、手を取り二階の自室へと誘った。


「子供がいくつになっても大好きと言われると、気分がいいなあ」


 リビングで旭と二人きりになったトキオが顔を綻ばせて呟いた。最後にトキワから大好きと言われたのがいつだっただろうかと思い出しながら、トキオは遠くからクーハンで眠る旭を見守った。





「へえーここがトキワの部屋……」


 強引に連れ出されたトキワの部屋は棚と机、そしてクローゼットとベッドと必要最低限の家具が置いてあるだけだった。彼のベッドの横には旭のベビーベッドが置いてあり、中には以前動植物園で買ったパンダのぬいぐるみが転がっている。


「偉い!ちゃんと片付いている」


 他の異性の部屋を見たことがないので比べようは無いが、命は良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景だと思った。カーテンは無地だし、雑貨などのインテリアの類は一切無い。床に置いてあるのは遠出で愛用しているリュックくらいだ。


「何か面白いの無いかなー?探してもいい?」

「どうぞご自由に」


 トキワはベッドに腰掛けて自分の部屋に命がいるという特別な状況を楽しむ。


「あ、これ懐かしい!交換日記だー」


 命は引き出しからハードカバーノートを発見して、中をパラパラとめくる。


「トキワに勉強させるために昔の教科書引っ張り出して出題してたんだよねー」

「おかげで当時成績が上がって周りに驚かれたよ」


 その後命と離れ離れになって、交換日記をしなくなったトキワの成績は目も当てられない状態だったことは命に黙っておく。自分のモチベーションの全ては本当に命だったなとトキワは当時を振り返って自嘲した。


「この箱は開けていい?」

「いいよ」


 一旦許可を得て、命は机の上にあった厚紙製の箱を開けると、命からの手紙と絵葉書が入っていた。


「大事にしてくれてたんだね。ありがとう」


 振り返って命がトキワに優しく笑いかけたので、トキワは堪らず命を抱き寄せてベッドに押し倒すと、彼女の唇に口付ける。


「愛してる」


 甘い眼差しでシンプルに気持ちを伝えてくるトキワに命はぽっと頬を染める。その後も音を立てて髪や頬、首筋と口付けられ、スカートの裾から手を滑り込ませ、太腿を撫でられると、心拍数が一気に上がった。


「はぁっ、んんっ、私も……」


 完全に余裕が無くて、胸の高鳴りに言葉を途切れせながらもトキワの背中に腕を回し、必死に自分も想いを伝えようとする命にトキワはさっきまでの醜い嫉妬心が溶けてなくなった。



「あ…旭ちゃんが泣いてる」


 一階から旭の泣き声が聞こえた命はトキワの背中に回していた腕を解いて起き上がろうとした。


「父さんに任せておけばいいよ」


 旭に命を取られまいとトキワはそう言い放つと、自分だけを見て欲しくてまた命の唇を奪う。しかし彼女の心はここにあらずだったため、トキワの嫉妬がまた沸き上がる。


 しばらくしても旭の泣き声は止まず、ついには楓も起きてきたのかドアを閉める音がした後階段を駆け下りる音がした。すると更に泣き声は大きくなり、命は不安ではち切れそうな顔をしていた。


「興醒めだっ!」


 忌々しげに吐き捨て組み敷いていた命を解放してから、トキワが舌打ちをして頭を掻き毟る一方で、命は飛び起きて部屋を出ると、階段を一気に駆け下りた。


 





 

 


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