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117小さな掌3

 家に入ると、トキオが泣きじゃくる赤子を抱いて玄関まで出迎えてくれた。久々に見る彼はいつものキラキラな雰囲気は薄く、やつれていた。


「トキワ、頼む」


 トキワと顔を合わせるなりトキオは赤子を差し出したので、トキワは嫌そうな顔をして買い物袋を近くにあった椅子に置き受け取った。


「この子が旭ちゃん?」

「そうだよ。ようこそ命ちゃん、久しぶり」

「お久しぶりです。この度は旭ちゃんの誕生おめでとうございます」


 旭と呼ばれた赤子は威勢よく泣いているが、トキワの腕の中にいると、次第に勢いが無くなり泣き止んだ。


「立ち話もなんだから中へどうぞ」


 旭の代わりに買い物袋を持ったトキオが命をリビングへと案内した。トキワも後ろに続く。

 リビングではトキワの母の楓がソファで死んだように横たわっていた。


「命ちゃんか、久しぶりだな。何のお構いもできないがごゆっくり……」


 覇気のない声で楓の歓迎に命は心配のあまり駆け寄った。


「ご出産おめでとうございます。大丈夫ですか?食事とか取れてます?」

「食欲はあるのだが……とにかく寝れてないんだよ。旭が全然泣き止まなくてな」


 ため息と共に楓は旭を無表情で抱いているトキワを見やる。


「なぜかトキワが抱っこすると泣き止むのだが、私やトキオさんが抱っこすると大泣きするし、夜も同じ部屋で寝ると泣き止まないから、苦肉の策で先週からトキワの部屋で一緒に寝かせている」

「え、それじゃあこないだトキワが留守の間大変だったんじゃないですか。ごめんなさい私のせいで」


 トキワが命を迎えに行っている間、兄がいなかった旭は泣き止まなかったのかもしれないと思うと、命は申し訳ない気持ちになる。


「そこはまあ気力で乗り切った。じつはトキワも赤子の時は全く泣き止まない上に、世話をしている私とトキオさんと義母に中々懐かなかった。まったく、今も昔も可愛げのない奴だったな」

「可愛げがなくて悪かったな」


 楓の愚痴にトキワは苦々しげに吐き捨ててから、命に目配せをする。命はそわそわとトキワに近寄り、旭の顔を覗き込んだ。涙を溜めた零れんばかりの大きな目にふわふわのほっぺったが可愛らしくて、命は思わず笑顔になる。赤子の割にしっかりと生えている髪の色は母親譲りの銀色だ。


「初めまして旭ちゃん。可愛い!将来絶対美人さんになるよ!」


 この家の中で唯一テンション高く命は旭を絶賛する。


「ちーちゃん抱っこしてみる?」

「する!」


 トキワの申し出に命は食い気味に引き受け、トキワから旭を受け取った。


「わー、軽い!小さい可愛いー!」


 努めて大声を出さないように、それでいてテンション高めに命は旭の抱っこを楽しむ。旭は命の腕の中で心地良さそうに目を細めると眠りについた。


「え、旭が寝た」


 赤子が寝るなんて当然のことなのにも関わらず、トキワは声に出して驚きの表情を浮かべた。トキオも楓も似たような表情だ。


「こいつ全然寝ないで泣いてばかりだったんだけど」

「そうなんだ。ふふ、寝顔も可愛い」


 旭の寝顔に癒されつつも命は普段の様子が心配になる。色々考えはあるが決め手もないし、疲れている家族にあれこれ意見を言うのは精神的に負担をかける気がしたので、ひとまずは黙っておく。


「あのお母さん、今のうちにベッドでゆっくり休んでください。私が旭ちゃん見てますから」


 命の申し出に、楓は救世主現ると言わんばかりに目を輝かせた。


「頼む!」

「ありがとう命ちゃん。楓さん自分で立てる?」


 トキオが楓に寄り添い自分で寝室に行けるか尋ねると、首を振るので、楓を優しく抱き上げ、階段を上り二階の寝室へと向かった。


「相変わらずラブラブだよね。トキワのご両親」

「そうかもね。ちーちゃん立ちっぱなしじゃ疲れるでしょ?座って」


 適当に相槌を打ってから、トキワは主のいなくなったソファに命を誘導すると座らせて、自分も隣に座った。


「もうちょっと様子見て旭ちゃんが起きなさそうだったら、クーハンに寝かせてお昼ご飯作ろうか?」

「いや、俺と父さんで作るから、ちーちゃんは旭とゆっくりしてていいよ」


 美形の父子の料理姿を命は想像して絶対眼福だと思い、トキワの申し出に思わず何度も頷いた。


 トキオが二階から降りてきたので、トキワは一緒に昼食を作ろうと言えば、可愛い娘が生まれても変わらず息子ラブのトキオは嬉しそうに承諾した。


 料理を待っている間、旭が目を覚ましたので、命は泣き方からお腹が空いてると判断して、トキオに母乳かミルクか尋ねると、母乳は全く受け付けなくてミルクだと言うので、用意してもらい飲ましてあげた。飲んだ後は背中を叩いてげっぷをさせると、またすやすやと眠りについた。


「命ちゃんていいお母さんになりそうだね」


 そっと耳打ちしてきた父にトキワは複雑な表情を浮かべながらフライパンで肉を焼いていった。






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