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116小さな掌2

「え、手土産?」


 夕方仕事帰りのトキワが顔を出したので、命は診療所前のベンチにて、休日トキワの家に行く際の手土産について相談した。


「やっぱり一応ご挨拶だし、いつもトキワのお母さんには火炎魔石をお裾分けしてもらってるからと思って。二人が好きな食べ物とか何かない?」

「えーやっぱり辛い物だろうだけど、今母さん辛い物断ちしてるから、父さんも合わせて食べてないんだよね」


 恐らく楓は授乳期だから食べる物に気を使っているのだろう。そうなるとますます何がいいのか、命は全くわからない。


「そうだ、一緒に昼飯でも作ろうよ。普段は父さんが作ってくれているけど、旭の子守で手一杯で最近は凝った料理が作れないって嘆いてた」


 トキワの申し出に料理は得意な命は喜んで引き受けた。当日東の集落の店で材料を買い物してから、家に向かうことに決めた。


「あと何か気をつけることってある?」

「特にないかな。強いて言うなら、俺のために可愛い格好で来てよ。最近ちーちゃん全然おめかししてなくて寂しい」


 言われてみれば命が最後に粧し込んだのはアンドレアナム家での送別会だった。水鏡族の村に帰るまでの間はずっとシンプルなシャツに細身のジーンズという可愛げも色気もゼロの服装だった。村に帰ってからも、パンツスタイルの仕事着(じつは医療学校で着用していた実習着である)でしかトキワと会っていなかった。


「もちろんそのつもりだったよ?一応トキワの恋人として初めてお父さんとお母さんにご挨拶する訳だし……」


 自分で口に出しておきながらなんだか照れ臭くなってきて命は語尾を小さくする。


「一応二人には話してあるから畏まらなくていいよ。でも可愛い格好はよろしく。絶対スカートね……今癒しが欲しくて堪らないんだよ」

「癒しなら旭ちゃんがいるじゃない?天使のような妹ちゃん」


 生まれて間もない天使の存在を命が指摘すると、トキワは長い溜息を吐いた。


「あれは悪魔だよ。俺の天使はちーちゃんだけ」


 意味ありげな言葉を残すと、トキワは周囲に誰もいないことを確認して、命に口付けようとした。


「ちーちゃん、トキワお兄様!ただいまでーす!」


 家の反対方向から天真爛漫な実の声が聞こえて、命とトキワはビクリと肩を震わせ硬直すると、実に注目した。


「お、おかえりみーちゃん!遅かったね。今日は刀の稽古行ってきたのかな?」

「うん!今日もたくさん斬ってきた」


 十三歳になった実は学校が終わると一人で北の集落にある刀使い達が集まる訓練所に通っていたため、帰宅はいつも夕方になっていた。


「おかえり、実ちゃん。光さんが心配してたから早く家に入りなよ」

「はーい!」


 明らかに実を邪魔者扱いしたトキワに命は白い目を向けるが、トキワは気にすることなく実が家に入るのを確認すると、もう一度周囲を見てから文句を口にしようとした命の唇を塞ぐように口付けた。



 ***



 そして休日が訪れて朝からトキワは命の家まで迎えに来た。思えばほぼ毎日彼女の家には来ているが、彼女自身は自分の家に来たことは一度も無かった。


 外で待つこと二十分、命が家から出てきた。今日の命はトキワのリクエスト通り膝下の黒の細かいプリーツスカートに白いノースリーブのシャツを着ていた。


「天使降臨……」


 堪らずトキワは抱き締めて、今日の命のコーディネートを絶賛した。このやり取りも久々だと命も呆れながらも、トキワの頭をよしよしと撫でてやる。


「よし、ちーちゃんを補給したし行くか」


 トキワは命の手を取ると東の集落へと向かった。


「うちまで普通に歩くと二時間近くかかるよ」

「そういえばそうだったね。よく毎日うちまで通ってきたよね」


 今でこそトキワは魔術を使うので早く着くが、魔力の制御が出来なかった子供の頃は体力増強の一環として、レイトに送迎してもらいながら通っていたのだから、異常である。


「うん、これは……連れてって下さい!」


 トキワとのお散歩デートより早く旭に会いたかったので、命は両手を広げ魔術による移動を選んだ。


「かしこまりました。お姫様」


 トキワ甘んじてそれを受けて命をお姫様抱っこすると、風を纏わせて走った。加速魔術を自分に掛けて貰うだけで良かったのにと思いつつも、命は逞しくなったトキワの腕の中が存外居心地が良かったので、何も言わず駆け抜ける風を楽しんだ。




「あ、一旦お店で買い物しなきゃね」


 十五分ほどで商店が近づいたのか、トキワは速度を落として立ち止まると、命を下ろし彼女の乱れた髪に触れ、整えてから手を繋いだ。二分程歩くと、少し大きめの商店が見えてきた。店内休日なのもあり、買い物客で賑わっていた。


 トキワは慣れた手つきで目的の食材を買い物カゴに放り込むと、会計に向かった。


「これください」

「あ、トキワじゃない。おつかい?」

「そんなとこ」


 店員の若い女性とトキワは知り合いのようだ。女性は会計をしながら命に気がつくと、目を丸くした。


「もしかして……ちーちゃん?」

「そうだよ。超絶可愛いでしょ」

「えー!実在したんだー!」


 平然とのろけるトキワに命は居心地悪そうに店員の女性に頭を下げた。


「初めまして、私トキワの同級生の苺です。彼女さんのことは毎年学年末に書く将来の夢でちーちゃんと結婚するってトキワが書いてたから、名前だけは知ってました!」


 まさか進路票以外でも公言してるとは思わなかった命は頬を痙攣らせながら笑うしかなかった。しかも自分が知らぬ間にトキワの同級生の間で有名人になっていることに戸惑いを隠せなかった。


 会計を終わらせて買ったものを袋に詰め、二人は店を後にして歩き出す。


「あと少しで家に着くよ。ほらあの赤い屋根の家」


 トキワが指差した家に近づくにつれて、命は所謂初めての彼氏の家だという状況に気づき、胸が次第に高鳴ってきた。


 そして家の全体が見えてきた所で、外からでも聞こえる位の大きな赤子の泣き声が響き渡っていたので、トキワの妹は随分と元気がいいようだと、微笑ましく感じるのだった。



 


 


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