113他人事13
「ありゃ、私遅かったかな?」
待ち合わせ時間に姿を現した湯上り姿の命に心がささくれ立っていたトキワは少し癒された。隣に座って来たので、トキワは風で髪の毛を乾かしてやる。
「運が悪い事にサウナに勇者様がいて、付き纏われたから早めに出ただけ」
「うわー災難だったね。よしよし」
命はトキワを憐んで優しく抱きしめて頭を撫でてやる。これはイチャイチャかもしれないが、落ち込んでいるみたいだったので、命は少し甘やかす事にした。
クールダウンが済んだので洗濯物を受け取ると、駅に戻って弁当を購入してから汽車を待った。
「あと何回乗り換えだっけ?」
二度もトラブルに見舞われると、流石に汽車に乗るのがうんざりになって来たトキワが問うと命は切符を確認する。
「これに乗って終着駅の町で泊まってからもう一回汽車に乗れば港町だね」
「はあ、ちーちゃんと一緒にいられるのは嬉しいけど、村が恋しくなって来た」
水鏡族の村は娯楽が少なく若者には退屈かもしれないが、静かで自然が豊かな村がトキワは好きだった。そこに命がいれば言う事なしだ。
「私もだよ。一緒に帰ろう?」
命が手を差し伸べたので、トキワは心穏やかに彼女の手を取り、到着した汽車に乗り込んだ。
「おっ、ここまで来るともはや運命だな!さあ、僕と仲間の杯を酌み交わそう!」
汽車の出発時刻が差し迫る中勇者一行が通路を挟んで向かい側の席に着いた。仰々しいエアハルトの一言でまたもやトキワの平穏は崩れ去る。
「勇者様!私からダーリンを奪わないでよ!」
窓際の席にいた命は勇者を撃退すべく立ち上がりエアハルトの目を見て抗議した。
「ふひゅっ!!赤レースTバック…」
エアハルトは奇声を上げると腰を抜かして座席から滑り落ちた。
「ちょっと!誤解を招くような呼び方しないでよ!」
命は赤面すると慌てて通路に出て、エアハルトの胸ぐらを掴んで何度も揺り動かした。
「ちーちゃん大丈夫だから、誰もちーちゃんがそんなのパンツ履いてるって思わないから」
トキワも立ち上がり命を止めようとした瞬間、汽車が出発して大きく揺れた。それによりバランスを崩した命をトキワは後ろから支えたが、脱力しているエアハルトまで倒れかかってきたために床に尻餅をついて倒れた。
「むぐっ…」
くぐもった声を上げたのはエアハルトだ。一番体重が重いと思われる彼が一番上にいるため、トキワは身動きが取れなかった。しかしトキワが頭だけ上げて視界に命の胸に顔を埋めているエアハルトの後頭部が映ると、手を伸ばしてエアハルトを風で吹き飛ばした。エアハルトは車両の天井に体を打ち付けると通路に倒れる。天井に穴が開かなかったは幸いだった。トキワが命を支えるように身体を起こすと、命は立ち上がり悲鳴を上げながら、床に倒れて締まりのない表情を浮かべるエアハルトに何度も蹴りを入れた。
「ちーちゃん落ち着いて」
トキワは静かな声で命を止めて落ち着くよう促すと、手を引いて窓際の席に座らせた。冷静なトキワを見て命は我を忘れてしまった事を恥じる。
「あとは俺が殺っておくから」
寧ろ全く冷静じゃなかったのはトキワの方だった。彼の殺意のこもった声に勇者の仲間たちは慌ててエアハルトを庇い、中年の魔術師は以前のように土下座を始めた。
結局エアハルトを縄で腕と足を拘束し、目隠しと猿轡をして窓際の席に座らせて、トキワたちに一切関わらせない事、次やらかしたら潰してもいいということを条件に仲間たちはエアハルトに危害を加える事は勘弁してもらった。
他の乗客達は異様な目でエアハルトに注目していたが、命とトキワは平穏に残りの時間を過ごした。
夜に終点に辿り着き二人は最後の宿にチェックインすると、各々の部屋で久々の柔らかいベッドにて泥のように眠り朝を迎えた。
そして翌朝身支度と朝食をすませて宿を出て駅を目指した。この汽車に乗れば昼過ぎに港町に辿り着くことが出来る。
命とトキワは事前に遭遇しないように汽車の時間をずらしてもらう様に勇者の仲間達と話をつけていたので、エアハルト達と出くわすこともなく最後の鉄道の旅を楽しむことが出来た。
港町に着くと見慣れた街並みに二人は心を落ち着かせることが出来た。まだ日も明るいのでギルドに顔を出し緊急依頼の完了届を出して手続きを済ませると、寝台車で話した予定通りに水着屋へ赴き、互いの水着を選び合った。
「さてと、村まではどうやって帰る?早く帰りたいなら飛ぶけど」
本当ならトキワは乗り合い馬車でたっぷり時間を使って命との時間を過ごしたかったが、早く故郷に帰りたい命の気持ちを慮って、トキワの得意とする飛行魔術での帰宅を提案した。
「ううん、乗り合い馬車で帰ろう。あともう少しだけトキワといたいな」
乗り合い馬車なので他に乗客はいるが、二人でいる時間を選んでくれた命にトキワは嬉しくなり、彼女への愛が更に深まった。
水鏡族の村まで残り三時間。乗り合い馬車の中でトキワと命は手を握り、改めて恋人同士になれた事に喜びを感じつつ、これからの日々に思いを馳せていった。