112他人事12
その夜は何も騒動は起きず、トキワは眠気と闘いながらも時折命の寝顔を見て、守るべきものを再確認して、士気を保ち一晩を過ごした。
朝になって命が目を覚ますと、必死に起きているトキワが眠たそうだったので、仮眠を勧めることにした。最初は頑なに拒否していたが、抱きしめて背中を優しく叩いてやると、目をとろんとさせてから眠りについた。
トキワをベッドに寝かせてから命は身支度を済ませると、ドアをノックする音が聞こえた。命は覗き穴から来訪者を確認したら、勇者エアハルトが目を爛々とさせて待ち構えていた。
また懲りずにトキワを勧誘しに来たのだろう。命は少しからかってやろうと思い、ドアガードをしてからドアを開けた。
「ふひゅっ!」
まさか命が出て来ると思わなかったエアハルトは変な声を上げた。
「何か用ですか?」
「そ、そそその、少ね……トキワくんは?」
やはりトキワの勧誘だった。勿論命は天使の寝顔で眠っているトキワを起こす気は毛頭無かった。
「ダーリン、朝まですっごい頑張ってくれたから、今寝てるんですー。だからそっとしておいてもらえますか?勇者様」
命がわざと誤解されそうな言い回しをすると、エアハルトは茹で蛸のように全身赤くなってしまった。
「あ……そう、ですか。しょ、しょうだ、よければ……あなたのお、おパンツを……教えて……はっ!」
恐らくエアハルトは命の名前を聞こうと思ったのだろうが、どうしてこんな質問になってしまったのか、命は気持ち悪さを通り越して、腹の底から笑いそうになった。
「赤いレースのTバックよ」
そんな派手な下着一枚たりとも持っていないが、命が今思いついた一番やらしそうな下着を囁けば、ガンっと大きな音が聞こえた。ドアの隙間から命が様子を見ると、どうやらエアハルトは興奮のあまり気絶して、床に倒れてしまったようだ。
仕方ないので命はドアを開けて、通りかかった乗務員に声を掛けて、エアハルトを彼の仲間達に回収してもらった。
それからはエアハルトの突撃はなく、命はトキワが眠っているのを横目に、車内販売で買った朝食を食べたりして静かな時間を過ごした。結局トキワは終着駅に辿り着くまで起きなかった。駅が近づくアナウンスが聞こえてきたので、トキワを優しく揺り起こした。
「ちーちゃんの、お姫様のキスがないと起きれません」
狸寝入りを決めるトキワの要望に命はため息を吐きながらも頬に口付けると、トキワは起き上がり命を抱きしめる。
「おはよう、ダーリン。もう駅に着くよ」
「ああ、イチャイチャタイムが終わってしまう……」
トラブルさえなければ命ともっと濃密な時間が過ごせたはずなのにと、トキワは勇者と魔王を心から憎んだ。
駅に着いて売店で食事を買うと、直ぐに乗り換えの夜行列車に乗った。寝台車両の予約を取ることが出来ず、命とトキワは疲れた身体に鞭を打って、狭い座席に肩を並べて座った。
翌朝駅に着くと昼からの汽車に乗るまで時間があったので、疲れた体を癒すために駅の隣にある日帰り入浴施設で身を清める事にした。同施設内に衣服の洗濯を請け負う店があったので二人分まとめて出しておく。
「ちーちゃん、個室露天風呂があるよ。一緒に入ろうか?」
冗談混じりで提案すると、命は予想通り恥ずかしそうに首を横に振ったので、トキワは大人しく諦めて、待ち合わせ時間を決めてから、それぞれ男湯と女湯に別れた。
身体を念入りに洗い、湯船に浸かればトキワは長時間の移動で縮こまった身体が一気に解れるのを感じた。身体が温まって来たのでトキワは身体を拭いて水分補給をしてからサウナに入った。じんわりと汗をかきながら熱気と闘っていると、他の入浴客も入ってきた。
「やあ、奇遇じゃないか!」
「げっ」
せっかく気分が良かったのに、サウナにエアハルトがやって来て最悪な事に隣に座って来た。勇者一行は港町から海を渡った先の国出身だと言われているから彼らとほぼ行き先が同じかもしれないとは思っていたが、まさかこんな所で出くわすとはトキワも思いもしなかった。
「それで僕の仲間になることは考えてくれたか?」
「お断りします。何度誘っても無駄ですよ。ていうか俺たちに関わるなって言いましたよね?」
「僕は都合の悪い事は忘れる主義でね。あ、君がここにいると言う事はあのおんにゃのこも女湯でお風呂かな。ねえ知ってる?おっぱいて水に浮くらしいよ。今頃……デュフフ」
「死ね」
タオルで汗を拭いながら答えるエアハルトにトキワは軽蔑の眼差しを向けて、不愉快になったのでサウナを出ようとしたらエアハルトに腕を掴まれた。
「僕と勝負をしないか?サウナで我慢比べだ。君が負けたら僕の仲間になる。僕が負けたらもう君たちに関わらない。悪い話じゃないだろう?」
「はあ?先に入ってたこっちが不利なのにそんな事するわけないだろ?」
エアハルトの手を振り払い、トキワはサウナを出て水をかぶる。あと何回かサウナに入ろうと考えていたが、エアハルトが鬱陶しいので、断念して露天風呂へ向かう。
「な、ならば男の威信を賭けて大きさ比べはどうだ?」
程よい湯加減と外の爽やかな風を感じて心地良くなって来た所でまたもエアハルトがやって来て、今度は下品な勝負を持ちかけて来たので、トキワの気分は一気に最悪になった。
「ああもう!勇者様ってそんなガキみたいなこと言ってるからいつまで経っても女と目も合わせられないし、寝取られちゃうんじゃないの?あと女の子をおんにゃのこて言ってるのも本当気持ち悪い!」
「ひぐぅっ!」
古傷を抉ると弱いのは学習済みだったので、トキワは悪意を込めて大声で言い放つと、これ以上の入浴は諦めて脱衣所へ向かった。身体を拭いて服に着替えた。時計を見て待ち合わせ時間まで随分余裕があったので更に苛立ちが募り、購入した牛乳を一気に飲み干した。