111他人事11
「ちーちゃん!!」
心配で胸が張り裂けそうになりながら、トキワは命の待つ客室のドアを開けた。
「どうしたの?」
ベッドの上で呑気に柔軟運動をしている命を見て、トキワの緊張の糸は切れて大きくため息を吐くと、ベッドに腰掛けて命を抱き寄せた。
「無事で良かった……」
自分の身に危険が迫っていたなんて全く知らない命は不思議そうに首を傾げた。
「俺がいない間に誰か来た?」
「三回くらい誰かがノックしたけど、言われた通りに居留守を使ったよ?」
命の言葉にトキワは心臓が止まりそうになった。恐らく乗務員が依頼完了届を持って来たのだろう。だがもしかするとその内一回は魔王だったかもしれない。そう思うと、今命が自分の腕の中にいる事が奇跡に思えた。
しばらく命を抱きしめたまま時間を過ごしていると、ドアをノックする音が聞こえた。命を隠すように部屋の隅に追いやるとトキワは覗き窓から乗務員の姿を確認して、ドアを開けた。
「遅くなりましてすみません。これが依頼完了届です。ご協力ありがとうございました」
「いえ、ところでここに何度かこちらを訪ねましたか?」
トキワの問いに乗務員は首を振った。
「依頼完了届をこちらにお持ちしたのはこれが初めてですが、どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません。お疲れ様でした」
乗務員を労いトキワはドアを閉め鍵を掛けたとたん、確実に命が魔王に狙われていた事実に声を上げてしまいそうだった。
「顔色が悪いよ、大丈夫?」
命がトキワの頬に触れて心配そうに見つめると、トキワが抱きついてきた。命はバランスを崩して、ベッドに倒れ込んだ。
「折角ちーちゃんとずっと一緒にいられるのに、どうしてみんな俺の邪魔をするんだろう。この世界が俺とちーちゃんだけだったらいいのに……」
苦しそうに呻くトキワに命は慰めの言葉が見つからず、彼の頭を優しく撫でた。
それからどれだけの時間が経っただろうか。窓の外の風景は真っ暗になっていた。そろそろ夕食を食べに食堂車に行こうかと命が提案すると、トキワはこくりと頷く。
夕食時だったこともあり、食堂車は多くの人で賑わっていた。命とトキワは順番が来たので席に着くと、各々食べたい物を注文した。
「あ、あなた達はさっきの……」
四人分の弁当を手にした弓使いの男テリーが命とトキワに気が付き、声を掛けてきた。
「先程はうちのエアハルトが大変失礼した。これだから彼女いない歴=年齢の童貞はと罵っておいたので、許してやってくれ」
「そ、そうですか」
仲間のはずなのに随分酷い言いようである。命は苦笑しながら相槌をうつ。
「それで、ちゃんと撃退してくれました?」
鋭い視線でトキワは勇者一行が魔王を撃退したか確認を取る。まだこの汽車の中にいるのならば、今夜は寝ずに命の側で守るつもりでいた。
「面目ない話だが逃げられた。被害者も確認出来ただけでも三人いる」
周囲が混乱してしまうので、魔王という単語を出さずにトキワとテリーは会話をした。トキワは何も知らず水を飲みながら話を聞いている命に視線を移す。もしかしたら彼女も被害者になっていたかもしれないと思うと、三人の被害者女性に哀れみを感じずにはいられなかった。
「もう車両内にはいないんですよね?」
「ええ、エアハルトも反応が消えたと言ってた」
とりあえず心配の種は消えたが、不安は拭えないトキワは成長の妨げにはなるが、徹夜を心に決めた。
「勇者様に今度は必ず仕留ろって伝えておいてください。あと二度と俺たちに関わるなていうのも」
「了解。それじゃ、楽しいディナーを」
片手をひらひらさせてテリーは去っていった。それとほぼ入れ替わりに注文していた料理が来た。
「あの黒髪の人って本当に勇者だったの?」
魔術師のジョーゼフが勇者だと言っていたが、命は胡散臭く感じていた。しかしトキワが勇者と呼んでいたことから疑いながらもきいてみる。
「残念ながらそうらしいよ」
「そっかー、じゃあ勇者に勧誘されたトキワって凄いんだね。えへへ」
命は自分の事のように表情を緩ませて喜んだ。
「何でちーちゃんが喜ぶの?」
「えー、だってトキワが、恋人が凄い人に認められたらやっぱり嬉しいよ」
柔和な笑顔で理由を話す命にトキワは心から彼女が無事で良かったと痛感して愛おしさが更に増した。
食事を終えて客室に戻り二人は身を寄せ合って、エアハルトの邪魔も無く、静かな時間を過ごした。
「じゃあ、そろそろ私は隣で寝るね」
命は自分のトランクを持って客室を出ようとするが、トキワが腕を掴んできた。
「駄目、行かないで。一緒にいよう」
切なげに引き留めるトキワに命は胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「で、でも今夜はシャワーを浴びれないからちょっとあれかなって……」
恥ずかしそうに顔を俯かせて共に夜を過ごすことに抵抗を持つ命にトキワは後ろから抱きしめてきた。
「ちーちゃんは寝てていいから」
「えっ、でもそれじゃ悪いよ。私も少しはその、動くっていうか……」
胸の鼓動が更に早まり、命は緊張に声を振るわせながら、羞恥を堪えて話す。
「俺はまた魔物が出た時に備えて寝ないでちーちゃんを守るから。ちーちゃんは気にせず休んでていいよ」
「んん?」
ようやく会話の齟齬に気付いた命は己の下心が情けなくて脱力した。そして未だに魔物への恐怖を引きずるトキワが心配になった。
「えーと、そういう事なら、お願いしようかな」
命はトキワの護衛を受け入れる事にした。それで彼の気が済むなら素顔と寝顔を見られても構わなかった。そもそも散々見られている気もした。
「じゃあとりあえず身体拭いて着替えるから、一旦出て行って!」
トキワを客室から追い出して鍵をかけると命は服を脱いだ。昼間にトキワに付けられた赤い痕に身体を熱くさせながらも、上下の下着の柄が合っていない上に色気のないスポーツタイプのデザインだったことに気が付き、己の女子力の無さを嘆いてから着替えを続けるのであった。