110他人事10
エアハルトが案内したのは車両の真ん中に位置する一等客室だった。彼らはここに滞在しているらしい。客室には先程の仲間達もいる。
「一応説明しておく。エアハルトは若い女が大好きだが、実物には耐性がまるで無くて、目が合っただけで腑抜けになる。そちらのお嬢さんはこいつには刺激が強過ぎたみたいだな」
「だから同行者が男ばかりなんですね」
弓使いの男が顔を蒸気させて、何やらぶつぶつ呟いているエアハルトを指して解説すると、トキワも納得する。
「デュフフ……」
気持ち悪いエアハルトの笑い方に一同はドン引きする。これが魔王を倒すかもしれない勇者だというのだから笑えない。
「おっぱい、柔らかかったな……デュフフ、何カップなんだろう…F?」
エアハルトは外套の上からでも分かるくらい豊かな命の胸をチラ見して鼻の下を伸ばす。命は寒気がしてトキワの後ろに隠れた。
「もう我慢できない。こいつ殺す!」
こんな事なら命を部屋に置いていけばよかったと後悔しつつ、トキワは左耳のピアスを武器に変えて構えると、エアハルトに振りかざしたが、刀使いが慌ててトキワの剣を受ける。
「許してやってくれ!これでも勇者なんだ!世界の希望なんだ!」
腑抜けたエアハルトの代わりに中年の魔術師が土下座をした。そこまでされると自分の方が悪者にされた気がして、トキワは舌打ちをして武器をしまう。
「やっぱり私出て行った方がいいかな?」
「そうしよう。ちょっと送って来ます」
命も同席した方が話が早いと判断した自分を恨みつつ、トキワは命を自分たちの客室まで送ると、命に鍵をかけて誰が来ても絶対開けず、居留守を使えと口酸っぱく言ってから、エアハルト達の客室に戻ってきた。
「それで?早く話を済ませてください」
顔をしかめてトキワはなぜ仲間にしたいのか、説明を求めた。部屋に命がいない効果が出たのか、エアハルトは元の凛々しい表情に戻っていた。
「さっきは取り乱して済まない。まずは自己紹介をしよう。僕はエアハルト、勇者と呼ばれている」
「……トキワ」
トキワは渋々名乗る。そして魔術師はジョーゼフ、弓使いはテリーそして刀使いはハジメと名乗った。
「あ、ちなみにさっきのおっぱいが大きなおんにゃのこはなんて名前なのかな?」
「気持ち悪い。教えるわけないだろう?死ね」
命に興味を持つエアハルトにトキワは強い不快感を覚えて罵倒する。
「コホン、わかった。では本題に移ろう。僕は現在魔王討伐を目指して奴を追っている。何度か交戦したがあっちの方が戦力が上で歯が立たない」
「それで仲間を増やそうと?」
トキワの問いにエアハルト達は頷く。
「ああ、僕は君の伸び代のある剣の腕と無限の魔力に興味を持った。僕には人の魔力量が見えるが、僕と魔王以外で無尽蔵の人間は初めてだ」
やはり自分の魔力量は無尽蔵だったのかとトキワは思いつつも、自分の母親や祖母もそうだと思うので、特に驚く事はなかった。
「僕と一緒に来れば強くなれるし、魔王を倒せばSランク冒険者も夢じゃない!どうだ僕と一緒に戦わないか?」
魅力的だろうと言わんばかりにエアハルトはトキワに手を差し伸べて仲間に誘った。普通の冒険者ならここは喜んで熱い握手を交わすのかもしれないが、トキワには全く響かなかった。
「お断りします。強くなるのは別に師匠がいるから問題無いし、Sランクなんて興味ありません」
「ならば君は何を望んで生きている!?男として強さと名誉は欲しい物だろう?」
「名誉なんていりません。俺が欲しいのは彼女だけなんで、大人しく水鏡族の村に帰って彼女と結婚して一生ラブラブに暮らすのが夢ですので、他当たってください」
命さえいれば他にいらない。そのスタンスはトキワにとって子どもの頃から何一つ変わっていなかった。もちろん邪魔者を排除するために力を手にすることには余念はないが、命と離れるなんてあり得なかった。
「……君今何歳?」
「来月で十六歳」
エアハルトが年齢を聞いて来たので、トキワが素直に答えるとエアハルトは瞠目した。
「十五歳で顔が良い上に彼女がいるとか、なんだこいつ羨ましすぎる!おのれ、やっぱり仲間になれ!彼女と別れろ!」
自分がモテないからと嫉妬するエアハルトにトキワは鼻で笑った。
「そんなに彼女が欲しいなら、魔王にでも口説き方教えてもらったら?」
今代の魔王は無類の女好きだと言われている。人の姿をして様々な女性達を食い物にしていることは冒険者間でも有名である。
トキワの挑発にエアハルトは急に意気消沈して頽れた。
「ああ君、古傷を抉っちゃ駄目だよ。エアハルトの奴三年前に密かに想いを寄せていた女の子を魔王に寝取られちゃったんだから」
弓使いが説明するとエアハルトは悲痛な雄叫びを上げた。確か三年前というと、勇者がようやくやる気を出してくれたとギルド内で話題になっていたが、トキワはこんな理由だとは思わず、自分も命を寝取られたら魔王を地獄の果てまで追いかけて抹殺するだろうと共感した。
「クソっ!魔王の奴、絶対許さないぞ。今日こそ息の根を止める」
エアハルトは立ち上がると徐に鎧を装備し始めた。
「え、魔王ここにいるの?」
「ああ、だからこそ魔王の魔力に触発して、ミノタウロスが出現したんだ。奴は必ずこの汽車の中にいるはずだ」
トキワの疑問にエアハルトはキリリと確信を得た口調で答えると、装備を整え剣を携え客室から出て行こうとした。
「馬鹿勇者!早く言えよ!やっぱ死ね!」
トキワはエアハルトの背中に全力で飛び蹴りを喰らわせると、急ぎ命の待つ客室へと向かった。