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108他人事8

 上位の魔物の出現。それが汽車を停めた原因だった。本来線路には魔物が近寄らない様結界が仕組まれているが、上位の魔物には残念ながら通用しない。


 魔物は線路の上で汽車の進行を妨げるような形でいた為、運転手は急停止をした。判断が早かったため汽車と魔物の距離は離れており、避難や戦闘の準備は十分に取れそうだった。


「そのまま汽車で轢き殺せたら良かったのにね」

「無理じゃないかな、相手はミノタウロスらしいから」

「えっ……」


 魔物の正体を聞いた命は血の気が引いた。巨大で強靭な肉体を持ち、牛型の頭部に大きな二本の角を生やしたミノタウロスは彼女の父親を結果的に死に至らしめた魔物だからだ。父の死後からしばらくして、事件の詳細を調べていたレイトから聞いた話だから間違いは無い。


「今乗客の中からギルドランクC以上の冒険者を探して緊急依頼として集めているらしい。ちなみにちーちゃんはいくつ?」

「私は……Dだけど」


 十二歳の時に登録はしたものも、あまり積極的にギルドの依頼をこなしてない命はあまりギルドランクが高くなかった。


「よかった。じゃあ俺はCランクだから行ってくる。ここで大人しく待っててね」


 命が戦闘に参加できないことにトキワは安堵してから、リュックから防具を取り出して身に付けると、戦闘の準備を始めた。


「やだやだやだ!行かないで!」


 命はトキワの背中にしがみついて必死に引き留めた。彼も父の様になってしまったらと思うと、冷静ではいられなかった。


「大丈夫、俺より強い冒険者も多分いるだろうし、絶対無茶はしないよ」

「やだー!」


 まるで子供の様に声を上げて泣き出す命にトキワは戸惑いながら振り返って抱き締めた。


「俺が信じられないの?」


「そうじゃないけど駄目、だってミノタウロスは……お父さんを……ううっ」


 命の言葉でトキワはミノタウロスが命の父であるシュウの仇であることに気がついた。もちろん当時出現した個体はその場に居合わせたシュウや冒険者、そして水鏡族の戦士たちによって屠られているから違うが、命にとってミノタウロスは鬼門だった。


「それ聞いたら尚更行かなきゃ。熊先生の仇必ず取ってくるね」

「そんなことしなくていいから行かないで!」


 こんな状況で不謹慎だが泣き顔の命があまりに愛しくて、トキワは彼女の唇に口付けてから、手近にあった外套で涙を拭いた。


「わかった。ちょっと遠くからミノタウロスを風でふっ飛ばして戦闘は避ける。それでいいよね?」

「本当に?戦わない?」


 敢えて返事はしないでトキワは防具を全部取り付けると、もう一度命をぎゅっと抱き締めてから客室のドアを開ける。


「ちーちゃん、心配でも絶対にここから出ないで。出たら……おしおきするからね!」

 

 客室に命を置いてトキワは依頼受付をしている先頭車両へ移動した。ギルドカードを提示して受付を済ませると、他の冒険者を確認した。


 現在の所冒険者はトキワ含めて四人。予想していたよりも人数が少ない。これが全員Cランクだったら苦戦を強いられるかもしれなかった。


 そうなると本当にミノタウロスを吹っ飛ばすことになりそうだが、それでは他の地域に被害が及ぶだけだから、長期戦になる可能性はあるが、風で動きを封じつつ、真空波で攻撃しようかとトキワが考えを巡らせていると、受付をしていた乗務員から歓声が上がった。


「まさか勇者様ご一行がいらっしゃったとは!どうかミノタウロスの討伐をよろしくお願いします!」


 勇者という単語にトキワの志気は一気に上がった。港町の受付嬢からの最新情報によると、勇者エアハルトは現在二十歳でギルドランクはAだ。以前はやる気が無いと不安視されていたが、ここ三年で頭角を現して、ギルド史上最速でAランクに達したと言っていた。


 これなら自分は戦闘に参加しないでさっさと命の元に戻ろうかと考えたが、ギルドランクAの勇者の実力を見たい気持ちが勝り、心の中で命に謝ってから、その場に留まることに決めた。


 改めてトキワはエアハルトを見てみる。短髪の黒髪は清潔感があり、アメジストの様な瞳は意志の強さを感じる。全体的に顔のバランスも整っていて美丈夫だ。身長と体格はレイトと同じぐらいだろうか、高級そうな鎧の下からもその逞しさが伺える。これは絶対に美形好きの命と会わせてはいけない。トキワは強く警戒した。


 仲間は三人。全員男の様だ。中年の魔術師と細身な弓使いの青年、そして厳つい体格の刀使いとまるで華がなく、むさ苦しい車内が辛くて、トキワは命が恋しくなってきた。


「君は……少し髪色が明るいが、水鏡族だな」


 不意にエアハルトはトキワに話しかけてきた。そんなに水鏡族が有名だったのかと思いつつ、トキワは頷いた。


「やはりな。じつは僕の剣の師匠も水鏡族なんだ。彼は僕の祖国で騎士団長をしているんだ」

「……それってトウマさんのこと?」


 二年ほど前だろうか、トウマが妻子を連れて水鏡族の村に里帰りした際にレイトが友人だと紹介してくれた。手合わせをしてもらったが、強靭な肉体に秘めた力強さと素早さは尋常じゃなく、まるで刃が立たなかったことをよく覚えていた。


「なんだ僕の師匠を知っているのか!世間は狭いな。しかし水鏡族にはこんなに整った顔立ちの美少年もいるのか!師匠を基準に考えていたからみんなゴリラみたいな風貌だと思っていたぞ!ははは!」


 クールな外見に反して、エアハルトは早口で捲し立ててくる。仲間たちはいつものことのようで慣れた様子だ。


「トウマさんは俺の師匠の友人です。そんなことよりさっさとミノタウロスを倒して貰えませんか?」


 一刻も早く命の元に戻りたいし、勇者の実力も知っておきたいトキワが急かすと、エアハルトは一つ咳をした。


「ならば少年、力を貸してくれ!僕と共にミノタウロスを倒そう!」

「はあ……」


 エアハルトは手を差し出して握手を求めてきた。トキワは嫌そうに握り返して愛想笑いをした。

 

 こうして勇者エアハルト達のミノタウロス討伐作戦は開始された。


 




 

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