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107他人事7

翌朝、目が覚めるとまだ五時だった。命は空も明るくなっていたので、身支度をして散歩がてら一人町を歩くことにした。朝食の準備をしている従業員に声をかけてから外に出ると、爽やかな空気が清々しくて大きく伸びをした。


 商店街を歩いていると、小麦の香ばしい匂いに誘われてパン屋に入った。焼きたてのパンをいくつか購入して、公園のベンチで食べることにした。宿の朝食もあるので、小さいパンのを一つだけ口にすると、ふんわり温かくてバターの風味が鼻に抜けた。


 公園には朝からランニングや体操、犬の散歩などをしている人々で賑わっていた。命はパンを食べ終えるとぼんやりと人間観察をした。


「もしかして、アンドレアナム家のメイドちゃん?」


 花時計が六時を指していたので、そろそろ帰ろうと命が腰を上げると、背後から声を掛けられた。振り返ると麦わら帽子を被り、黒いつなぎに皮の手袋をして園芸ハサミを手に持った青年がいた。


「えっと……」


 何者か心当たりが無い命はしばらく考え込んだが、思い出せない。


「どちら様ですか?」


 命が素直に誰かわからないことを告げると、青年は肩をガックリ落としてから、麦わら帽子を取った。青い瞳に肌は日に焼けて、金色の髪の毛を短く刈り上げた健康的な好青年だった。


「ほら、アンドレアナム家の外注で庭師をしていた!俺に薬草園で薬草の手入れについて何度か質問してきたでしょう?」

「……ああ!お久しぶりです」


 以前青年がアンドレアナム家の薬草園の手入れをしていた際に、命は何度かお茶の差し入れをして、世間話に薬草の手入れや繁殖について質問したことを思い出した。しかし青年は今日みたいに麦わら帽子を深く被っていたので、顔は知らなかったのだ。


「相変わらずキュートだね。何でここにいるの?メイドさんは辞めたの?」

「はい、元々アンドレアナム家には学校に通いながら下宿して合間にメイドとして勤めていましたので。この度卒業して故郷に帰る途中です」

「そうなんだ。俺は学園都市を離れて今はこの町で働いているんだ。いやーしかしこんな所で偶然出会えるなんて運命じゃない?」


 そういえばこの庭師は口調が軽く馴れ馴れしかったなと命は思い出しつつ、苦笑いを浮かべた。


「絶対運命じゃないと思います。じゃあ私宿に戻るので失礼しますね。さようなら」


「ふられちゃったー!またね元メイドちゃん!」


 青年は泣き真似をするも命を追いかけることなく手を振り、庭仕事に戻った。命は小走りで宿に戻向かっていると、前方にトキワがいるのに気がついた。


「おはよう!」


 たまにはこちらから仕掛けるのもいいだろう。周囲に人がいないのを確認してから、命は後ろからトキワに抱きついた。


「……びっくりした。おはようちーちゃん、どこ行ってたの?」


 振り返り命の姿を確認すると、トキワは驚きながらも表情を和らげた。


「目が早く覚めたから散歩。トキワは?」

「同じく早く起きたから筋トレしてから走ってきた」

「旅行中なのによくやるね」


 そういえばレイトが折角の旅行中なのに隙あらばトレーニングしてると祈がぼやいていたことがあるので、トキワもそういう所は師匠のレイトに似たのだろう。


「早く強くなって師匠を倒したいからね。今はとにかく筋肉が欲しい……」


 だいぶ身体が大きくなったが、全体的にまだ細い事がトキワの悩みだった。それから少し歩いて宿にたどり着いたので中に入ると、従業員が朝食の用意を始めてくれたので二人は席についた。


「パン買ったけど食べる?」

「食べる」


 先程買ったパンを袋ごと命が差し出すと、トキワは早速食べ始めた。気持ちのいい食べっぷりに命は口元を緩めた。トキワがパンを全て食べ終わる頃には朝食が提供された。


「……昨夜はごめんね」

「ううん、俺の方もごめん」


 お互い具体的に何がとは言わないが謝り合い、暗黙の了解で喧嘩は終わらせて、それぞれ朝食をとり始めた。


 食後身支度をして荷物をまとめて宿を出て、先程のパン屋でまたパンを買った後、珍しく命から手を繋いで駅へと向かった。


「さーて、今日は何のトラブルも起きなければいいけど」

「やめてよ。口にしたら本当に起きそう」


 トキワの不吉な発言に命は呻く。これから乗る汽車は寝台車だ。二日間かけて終点の町まで移動する。車両に乗り込むと座席は個室になっていて、座席を倒すとベッドになるタイプになっていた。


 運良く隣同士の席を取れたので、命は昼間はトキワの部屋に滞在する事にしたが、一先ず車掌から切符の確認をしてもらい、客室の鍵をもらうまでは各々の客室で待機する。


 一時間ほどして車掌から鍵を貰った命は早速鍵をかけ、荷物を持って出ると、隣のトキワが待つ客室に赴いた。


「ちーちゃん!」


 たった一時間しか離れてないのに、ベッドにした座席に腰掛けているトキワは心底嬉しそうに両手を広げ、命を出迎えた。命は内鍵をかけて荷物を置くと、勢いよくトキワに飛び込んで抱きついた。


「今日は積極的だね」

「……たまには頑張ろうと思ったけど。駄目?」


 命は昨夜の不甲斐なさを反省して、もっと積極的にトキワを喜ばせようと心に誓っていた。そしてそれを早速実行したのだ。


「ううん、最高!今日と明日はたくさん、三年分はイチャイチャしようね」


 そこまでストレートに言われると流石に恥ずかしい命は頬を赤く染めて怯むが、負けじとトキワの首に腕を絡めて意を決して口付けようとした。


「痛っ!!」


 しかし、突如車両が大きく揺れて、命はトキワに思いっきり頭突きをしてしまった。


「ちーちゃんて、トラブル吸引体質だよね」

「気のせいでしょう?」


 自分とトキワの額を撫でながら、たんこぶが出来てないか確認して、命は窓から外の様子を見る。汽車は完全に停止している。


「また火事かな?」

「まさか、よくある車両トラブルとかだよ。入学時や里帰りの時にも何度かあったし」

「だといいけどね。ちょっと様子見てくる」


 トキワは立ち上がり通路に出て車掌を探すと、近くの乗客と事情を聞いてから、命の元へ戻ってきた。


「どうだった?」

「今回はかなりヤバいかも」


 顔をしかめてトキワは苦々しげに吐き捨てた。


「上位の魔物が出た」


 

 

 






 






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