106他人事6
汽車が終着駅に着く頃には空は真っ暗になっていた。医療車両のベッドでぐっすり休んだ命の魔力は大方回復していた。駅で照明魔石を買って灯りを頼りに予約していた宿を目指す。
「遅くなったからキャンセル扱いになってなきゃいいけれど」
不吉な事を言いながらトキワは歩みを進める。宿に辿り着くとまだ明かりがついていた。受付で問い合わせると、汽車の火災について情報が入っていたらしく、予約した部屋はキャンセルされていなかった。
時間外だったが従業員の厚意で夜食としてパンとスープも用意してもらったので頂いてから、部屋へと案内してもらう。部屋は突き当たりの部屋で隣同士だった。夜も遅いので命とトキワはおやすみと言い合い早々に部屋に入った。
命はシャワーを浴びてから着替えを洗濯して一息ついた。今日のトラブルは中々ヘビーだったと思い出しながら肩を回した。
「あ、明日の集合時間決めてない……」
髪の毛を乾かしてもらうついでに相談しに行こうと命は軽い気持ちで部屋を出て鍵をかけると、隣のトキワの部屋をノックした。
「どうしたの?」
しばらくしてドアが少しだけ開いてトキワが顔だけを出して用件を尋ねてきた。髪の毛から水が滴っている様子からして、彼もシャワーを浴びたばかりなのだろう。
「明日の集合時間決めてなかったから」
「ああ、そっか。だったら七時にしよう。じゃあおやすみ」
「ちょっと待って」
早々に時間を決めてドアを閉めようとするトキワを命は制止する。
「まだ何かあるの?」
「良ければ髪の毛乾かして欲しいなーなんて……」
少しイラついた様子で問いかけるトキワに命は遠慮がちにお願いすると、二人の間に沈黙が流れる。
「あと、もう少し一緒にいたいなって……」
「……乾かしたらすぐ出ていってね」
トキワは素っ気なくドアを開けて命を招き入れた。そこでようやくトキワが裸で腰にバスタオルを巻いているだけの状態だと気づき、命は恥ずかしさと申し訳ない気持ちになり俯いた。
「なんか、ごめん」
「別にいいよ」
命をベッドに座らせて自分も隣に座ると、風を発生させて二人同時に髪の毛を乾かした。
「今日は大変だった……」
「うん、でもちーちゃんのお陰で沢山の人が救われたんだよ。お疲れ様」
髪を乾かしながら頭を撫でて労わるトキワの無骨な指に命は心地よくて目を細めてから、自分もお返しにと彼の繊細な銀髪に指を絡めた。
「おー!すごい!ありがとうねトキワ」
髪の毛が乾いたので、命はベッドから立ち上がりお礼を言ってから部屋を出ようとしたが、ベッドの上でトキワに組み敷かれて唇を奪われてしまう。
「ちーちゃんの馬鹿」
突然馬鹿と言われた命はカッとなり、口をへの字にしてトキワを睨み付けた。しばらく睨み合っていると、頬にポタリとトキワの髪の毛から滴が落ちて瞬きをした。
「昨日から思っていたんだけど、俺はいつまでも子供のままじゃないんだよ?背だってちーちゃんより高くなったし、声も低くなった。力だって強くなったし……キス以上の事だってしたいと思っている」
トキワの悲痛な訴えに対して、命は彼と未だ恋人というより家族のような感覚で部屋を訪ねたことに今更気がついて、傷つけてしまった事を悔いた。
「……すればいいじゃない」
夜中に薄着で部屋を訪ねたのは自分の過失だし、そもそも別に彼が嫌じゃない。寧ろ大好きだ。だからこそ我慢もさせたくないし自分も欲しい。命はギュッと目を強く瞑ると、思いの丈を口にすることにした。
「煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃない!」
まるで殺せと言わんばかりの命の誘い文句に部屋は静寂に包まれた。
「完全に萎えた。ちーちゃん色気無さすぎ」
ため息混じりに一言呟きトキワは起き上がり部屋の鍵を握って命の手を引くと、隣の命の部屋へ移動して命と鍵をベッドに放り込んだ。
「おやすみ」
「ちょっと、待っ…!」
命の額に子供にするようなキスをしてから、トキワはドアを力一杯閉めて出て行った。
「怒らせちゃった……」
自分の不甲斐なさに命は肩を落とし、枕をぎゅっと抱きしめて大人しく横になった。すると次第にうとうとし始めて、我ながら寝付きが良いと自嘲しながら眠りについた。