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104他人事4

「間に合った……」


 シャワーを浴びて着替えた後、命とトキワは朝食をとってホテルをチェックアウトして駅に向かったのはいいが、命が部屋に忘れ物をしてしまい、トキワが取りに戻った結果、汽車の時刻ギリギリに飛び乗る形となってしまった。


「あの時一緒にお風呂入ってたら忘れなかったのに」

「それはない。でも取りに戻ってくれてありがとう」


 命は洗面台に銀の天然石のペンダントを忘れてしまっていた。トキワはズボンのポケットに入れていた回収したペンダントを取り出し、命の首につけた。


「もう忘れないでね」


 トキワはペンダントの天然石の部分に短く口付けてから、命の首筋を鼻で撫でてくるので、命は身体を強張らせる。


「人前でイチャつかないルール忘れたの?」

「今のはペンダントにしたからセーフ」


 トキワの強引な判定に命は苦い顔をする。再会してから未だに色気多めに成長したトキワに馴染めない上、積極的なスキンシップをしてくるので、命はいっぱいいっぱいだった。


 決して嫌いになった訳ではない。むしろ今のトキワはこれまで出会った男性の中で一番好みの超ど真ん中の顔をしている。もう絶対これ以上には出会える気がしない。だからこそ直視出来ないこともあった。


 会話が途切れてからは窓際の席に座っている命は頬杖をついて外の景色を見つめていた。海沿いの鉄道なので、飽きる事なく海を眺めていられた。


 一方でトキワは手を握るのはセーフと言わんばかりに命の空いた手を指を絡めて握り、うっとりと熱い視線を送って長い移動時間を過ごした。今まで会えなかった分、愛しい恋人を永遠に見つめ続けていたいと思っていた。



 昼時に差し掛かった頃、汽車が急停車した。突然の事でバランスを崩し、前のめりになる命をトキワはさっと抱き寄せて支えた。


「大丈夫?」

「ありがとう、平気」


 顔を覗き込む様にして見つめてくるトキワに命は顔を熱くしながら目を逸らして、消え入りそうな声で礼を言って彼の胸を押し除けようとするが敵わず、抱き寄せられたまま状況を把握しようとした。


「まだ揺れるかもしれないから大人しくして」

「もう完全に停車してるってば!ていうかどさくさに紛れてお尻を撫でないで!」

「いや汽車が揺れたはずみでついー」


 苦しい言い訳をするトキワを睨んでから身をよじらせ、命は立ち上がり車両全体を眺める。乗客達は突然の停車に戸惑っているが、怪我人はいないようだ。


 しばらくして車掌が慌てた様子で走ってきた。停車の原因の説明だろうか、命は席についてから耳を澄ませた。


「現在食堂車の火災で停車しています。お客様は一度外に出て安全な場所へ避難してください!もしお客様の中に魔術で水を出せる方がいらっしゃいましたら、消火活動のご協力をお願いします!」


 車掌は車両のドアを開けて乗客達に避難を促すと、次の車両の外へ向かって行った。乗客達は我先にとドアへと向かう。


「……行くなと言っても行くよね?」


 トキワがその場に立ち上がり落ち着かない様子でいる命の手を握り問うと、命は黙ったまま頷いた。車両の乗客が全員避難したのを確認してからトキワも立ち上がり、手を握ったまま通路に出た。


「俺も行く。流石に風で炎は消せないけど、もしもの時はちーちゃんを連れて逃げるよ」


 二人は食堂車両の方へ向かった。車両に近づくにつれて黒い煙が充満してきていていたので、トキワは魔術で風を発生させ、自分達の周りだけ煙が来ない様にする。


 手前の車両に着くと、乗務員達が必死に消火活動にあたっている。乗務員の中に魔術を操る人間もいたが、早々に媒体にしている魔宝石にヒビが入っている。


 一般的に魔術を使う人間は体内に宿る魔力を使い、魔宝石という高価な石を用いて魔術を発動するのだが、魔宝石は魔力の消費や使用回数により耐えきれず壊れてしまう、所謂消耗品なのだ。


 命は自身とトキワに魔術で全身に水をかけて濡らしてから、乗務員達に近寄った。


「あの、魔術が使えるので、消火活動の手伝いに来ました」

「ありがたい!見ての通り食堂車全体が炎に包まれている。幸い逃げ遅れた者はいないので、ここから消火してください」


 給水タンクから水を補給するために乗務員が一旦下がったので、命は交代する形で消火活動を始めることにした。トキワも傍らに立って支えるように命の腰に手を回した。


 命は両手を前に突き出して、こちらに熱波で被害が及ばないように水で結界を作ると、そこから一気に勢いをつけて水を放射した。


 十数分位で次第に炎の勢いは弱まってきたので、火元へのキッチンへ水の勢いを緩めず徐々に進む。既に乗務員の使っていた魔宝石は崩れ去ってしまった様子で、まともに消火活動が出来るのは命だけだった。


「くっ……」


 数十分程で次第に魔力が少なくなってきた命は不意に目眩を覚えて顔をしかめる。普通の人間よりは魔力があるにしても、水鏡族の中では少ない方だし限界があった。


 しかし炎はまだ消えていない。ここまできたら車両を切り離して燃え尽きるまで様子を見ることも可能だが、命としては出来る限りを尽くしたかった。

 

「あ、そうだ」


 緊迫した雰囲気の中でトキワは落ち着いた口調で何かを思いついたのか、命の身体を左手で支え直してから、右手を前に突き出して、風で残りの炎を一箇所にまとめた後、命が発している水に風を送り込めば、水流は勢いを上げた。するとものの数分で炎は勢いを無くして鎮火した。


「最初からやってよ……」


 命はトキワの遅い対応を責めながらも、魔力不足による全身の倦怠感から脱力する。


「ごめん、前に師匠と祈さんが見せてくれた魔術の事忘れてた」


 それはトキワが十二歳の時にレイトと祈が参考に見せてくれた水と風の力を合わせ、互いの力を調和し、水の威力を強めた魔術である。「いつかちーちゃんとやってみてね」と祈が言っていたなと、トキワは今更思い出したのだ。


「何はともあれ、ちーちゃんお疲れ様」


 命を抱き上げてからトキワは労いの言葉をかけると、彼女の滑らかな肌に頬擦りしてから、食堂車両が崩れる前に脱出した。

 

 


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