103他人事3
「ふああ、よく寝た……」
頭がすっきりと冴え渡り体も軽い状態で命は目を覚ました。さすがデラックススイートルームの天国ベッドだ。きっとここで寝る機会はもう二度とないだろう。そう思い、もう一度横になって最高の寝心地を確かめた。
「えっ」
横を向いて初めて隣でトキワが裸で枕を抱いて寝ていることに気がついて、命は血の気がさっと引いた。
慌てて体に違和感がないか確かめるが、見たところ無い。そもそも違和感が残るようなことを昨夜はしてないはずだった。シーツだって汚れてない。
改めて命はトキワを見る。羨ましいくらい長い銀色のまつ毛に均等の取れた顔立ち、真っ直ぐ通った鼻筋は美男子そのもので、その背中から翼が生えていてもおかしくないくらい天使の様だった。
「って、なんで裸なのよ!」
思わず命が叫ぶとトキワはおもむろに上体を起こした。子供の頃から変わらず寝起きは悪いらしく、ぼんやりとしている。しばらくして覚醒したのか、命ににっこり笑いかけた。
「おはよう、ちーちゃん。昨夜は激しかったね」
トキワはぼんやりしている間にどうやって命をからかおうか考えていた。昨日散々振り回された報復だった。
「なっ、何言ってるの!身に覚えがないんだけど?」
自分の両手で身体を抱きしめながら、命はトキワの言葉を否定する。
「酷いなーあんなに求めてくれたのに……最高の夜だったのに忘れちゃったんだ。そうだ、今からやり直す?」
トキワの誘いに命は全身茹で蛸のように赤くなり次第に涙目になってしまった。
「初めてだったのに、覚えてないなんて……最悪っ……」
ポロポロと目から涙を零す命にトキワはやり過ぎたと反省し、慌てて彼女を抱きしめた。
「ごめん、嘘だから!本当は何もしてない!!ちーちゃん俺が風呂から出る前に寝ちゃってたから!」
「じゃあなんでトキワは裸なの?」
「えっ、あ一応下はパンツ履いてるよ?荷物増やしたくないから、寝巻きとか持ってきてなくて宿で寝る時は基本パンイチなだけ」
必死に説明するトキワに命は次第に冷静になってきた。
「なんで隣で寝てたの?」
「ちょっと天国に行ってみたくって。このベッド凄い寝心地良かったよね」
「確かに、私も天に召したわ」
何もなかったのは少し残念な気もしないではないが命はほっと息を吐いて、トキワから離れようとするが、がっしりと抱きしめられていて動く事が出来ない。
「ちょっと離してよ」
「今からしないの?」
諦めないトキワに命は完全に動揺する。今からなんて心の準備が出来てなかった。
「すっ、するわけないでしょう?汽車の時間も迫ってるんだし」
「そうだね、じゃあキスだけしよう」
これでも譲歩したと言わんばかりの提案に命は恥ずかしそうにギュッと目を閉じて、トキワの顔と向き合った。その様子にトキワはいたく満足して命の唇をそっと親指でなぞると愛しさを込めて口付けた。
「もう一回しよ?」
うっとりした表情で懇願してくるトキワに命はタジタジになって両手で唇を塞いで拒否すると、隙を見てトキワの腕の中からすり抜け、着替えの入ったバッグを持って浴室へ向かった。
「シャワー浴びてくる!」
「一緒に入る」
「ダメ!覗きもダメだからね!」
浴室に鍵をかけてから命は心臓が暴れ回る胸を押さえて、呼吸を整えようとしたが、中々落ち着かない。このままじゃ本当に汽車の時間に遅れると思い、ドキドキしたままシャワーを浴びた。