102他人事2
夕食をレストランで済ませた二人は再び部屋に戻った。お腹が落ち着いたところで、命は風呂に入ることにした。事前にジャグジーに湯を張り、泡の入浴剤を入れておく。
「わー!このネグリジェ可愛い!シルクでできてるのかな?スベスベで気持ちよさそう!」
命は花びらが散らされたキングサイズベッドの上に置いてあったゆったりサイズのネグリジェを広げ、肌触りを確かめる。トキワはソファに座りその様子を楽しむ。
「男性はガウンみたいだよ?着る?」
「そんな柄じゃないから着ないよ。そろそろお湯溜まったんじゃない?」
トキワの指摘で命は浴槽の状態を確認する。身体を洗い終わる頃には溜まりそうだったので、着替えを持ってから、浴室に向かった。
高級なアメニティを使い、全身をくまなく洗えば、花の香りで気分が良くなる。
身体を洗い終わると、命は待望の泡風呂に身を沈めた。ふわふわした泡が心地良くて、最高の気分だった。入浴剤の甘い香りも好みだった。
「はー!気持ちよかったー!」
全身を火照らせたネグリジェ姿の命がご機嫌に浴室から出て来た。欲情をそそる格好をしているはずなのに言動があっけらかんすぎて色気は感じ取れない。
「ねえねえ、久しぶりに髪の毛乾かして!」
トキワから水を受け取ると、命は一気に飲み干し豪快に息を吐き、ソファに座って髪の毛を乾かすよう強請った。
「いいよ」
トキワは命の隣に座ると彼女の濡れた髪の毛を指に絡めて魔術で柔らかな風を発生させた。これまでこんなに近くで乾かしてもらったことがなかった命は急に恥ずかしくなり、顔を下に向ける。
「よし、出来た。泡風呂良かった?」
「えっ、うん!まだお湯抜いてないから、トキワも入ったら?」
泡風呂の感想を聞かれて命が顔を上げて答えると、トキワの顔が間近にあり、心臓が跳ね上がった。命は慌てて顔を背けようとするが、武骨なトキワの両手で頰を固定されてしまいそのまま唇を奪われた。
「俺も入ってくるから、ベッドで待っててね」
唇が離れると、トキワが整った顔立ちで艶っぽく笑ってから、着替えを片手に浴室に入っていった。
ここでようやく命はあやまちに気がついた。若い男女が…しかも一応恋人同士の二人が同じ部屋で一晩を共にするなんて、あんなことやこんなことが起きてもおかしくない。メイド時代に培った耳年増な知識が頭の中で一気に浮かび上がる。
「え、え?どうしよう……これって、しちゃうってこと?まだキスしかしてないのに……」
完全にパニックになっている命は冷静になろうと必死に深呼吸をして、落ち着こうとする。
まずはもしもの時の為に学生時代に女子だけで集まって習った避妊の魔術をかけることにした。命は必死に術式を思い出して身体に施すと、下腹部がじんわりする感覚を覚えた。これで恐らくは順番を間違える問題は無い。
勿論命が拒否して隣の応接間で寝ればきっと何も起きないとは思うが、二人の関係がぎこちなくなるのは目に見えている。それに命はトキワと関係を持つことはやぶさかでは無い。ずっと好きだった人だし、先日ようやく恋人になったのだから遅かれ早かれこうなる願望はあった。
それにこんなにロマンチックなシチュエーションで初めてが出来るなら、いい思い出になるに違いない。命は短く息を吐いて気合を入れると、ベッドのアッパーシーツをはいで、ベッドに入り両頬を軽く叩いて気合を入れてから、大の字になった。
「よっし、来るなら来い!」
まるで色気の無い言葉を口にしてから命は胸をドキドキさせながらトキワを待ったが、極上ベッドの天国過ぎる寝心地と長時間の移動で溜まった疲れに負けて、彼が来るよりも先に眠りについてしまった。
「これは……どういうことなんだろ?」
しばらくして風呂から出てベッドに向かったトキワは寝息を立てて眠る命に戸惑いを感じた。先ほどはどうせ逃げると予想して茶化したつもりだったが、ベッドにいるということは自分を受け入れるつもりだったのだろうか。もしそうならばこの上なく至福なのだが、何せ命は眠っている。試しに柔らかい頬をつつくが、目覚める気配が無いので諦めて、命に短く口付けてから添い寝することにした。もし悶々として眠れそうになかったら隣の部屋で寝よう。そう思いアッパーシーツを整えて命の横に寝転んだ。
「あ、なるほど。これは寝るわ」
極上過ぎるベッドの寝心地にトキワはどうして命が眠ってしまったのか理解した。そして色々考える間も無くトキワも瞬く間に眠りにつくのだった。