101他人事1
学園都市から出発してから二日目、命とトキワは翌朝早くから汽車を乗り換えてから、夕方終点のリゾート都市に辿り着いた。
今夜はここで一泊する事になる。行きにギルドの紹介でトキワが予約しておいたホテルはなかなかの規模で、海がよく見える立地のいい場所だった。
「ねえ、ここって高いんじゃないの?」
「二人部屋やファミリー向けの部屋は高いけど、隙間に作られた一人部屋は安いから穴場だって、港町の香水臭い受付嬢が勧めてくれた」
「へえ、受付嬢さんって情報通なんだね」
港町ギルド名物の三白眼受付嬢はぱっと見チャラチャラしているが、案外有能なのかもしれない。命は受付嬢に感謝しながらフロントへ向かう。
フロントでは何やら身なりのいい若い男女が従業員と揉めている。二人は特に気にせず後ろで順番を待っていたが、他の従業員が気を利かせて、揉めてる男女の隣で受付をしてくれた。
「トキワ様ですね。はい、シングル二部屋、夕食朝食付きプランでご予約承っております。お部屋は七階と十階へのご案内になります。大浴場の場所はパンフレットに書いてますので、ご確認下さいね」
宿泊の説明を大人しく聞いていると、命は視線に気づき振り向けば、隣で従業員と揉めていた女性とバッチリ目があってしまった。
「ねえ、あなた達カップルなんでしょう?良ければ部屋を変わってくれない?」
「えっ……」
突然の申し出と、カップルと呼ばれたことによる照れと戸惑いで命は返す言葉が見つからなかった。
「私こいつと婚前旅行に来たんだけど、もう別れる事にしたの。一緒にいたくないの!でも今日は満室らしくて部屋を変えられないのよ」
「な、なるほど……」
せっかくの婚前旅行なのに、このカップル達はどうやら喧嘩別れになってしまったらしい。男性の方を見やると、既に愛が冷めているのか、仏頂面をしている。
「私たちが泊まる予定だったのは最上階のデラックススイートルームよ!悪くない話だと思う。勿論こちらの都合だから差額は払うわ」
とても魅力的な条件に命の気持ちは揺らぐ。リゾートホテルのスイートルームなんて、一生に一度でも泊まることはないかもしれない部屋だ。しかも差額を払ってくれるというのだから、素晴らしいことこの上ない。
「ちーちゃん止めときなよ。そんなうまい話、きっと裏があるよ」
一方で冷静なトキワは反対をする。罠だというのもあるが、命と同じ部屋で一晩を明かすことに彼なりの抵抗があった。
「そんな!助けると思って代わって!あの男、私がいない隙にビーチで女の子に声をかけて浮気してたの!キスしてたのよ!婚前旅行なのにありえないでしょ?」
女性は命の手を取り同意を求める。確かに結婚を約束した相手との旅行で浮気なんて、命も許すことはできないし、一緒の部屋に泊まるなんて地獄だと思った。
「キスはありえないですよね。わかりました。じゃあ先払いという形で部屋を変わります」
「ありがとう!その条件でいいわ!」
完全に絆された命にトキワはため息を吐く。
「ちーちゃん、お人好しにも程があるよ」
「だって嫌いになった人と泊まるなんて最悪じゃない!それにほらスイートルームなら部屋が複数あるから、別々に寝れるでしょ?」
言い訳をする命をトキワは白い目で見るが、これ以上話を拗らせるのもホテル側に迷惑なので諦めた。
その後支払いを済ませて誓約書を交わしてから、命とトキワは破局したカップルと部屋を代わった。
「この度は変更に応じて頂きまして、まことにありがとうございます。当ホテルのデラックススイートは浴室から景観を楽しむことが出来ます。使われているベッドは天国のベッドと呼ばれて、最高の寝心地でご好評頂いているのですよ」
エレベーターの中での従業員の説明に命の心は躍った。トキワは喜んでる命の姿が可愛いからまあいいかと、先程までの葛藤を捨てた。
最上階に着き従業員が鍵の開け方を説明した後、部屋を開けて荷物を運んでくれた。
「それでは何かありましたら、最上階にあります簡易受付に申し付けください」
鍵を渡して従業員が去ってから、命は早速部屋を探険した。
「すごーい!きれーい!見て見て!海よ!」
大はしゃぎで窓から海を眺める命を見てトキワは変えて良かったかもと心変わりする。このままはしゃぎ続ける命を何時間だって愛でる自信があった。
「うわーお風呂大きい!!ここも海が見える!これだけ高い所なら外から覗かれる心配がないから大丈夫よね!へー泡風呂も出来るんだ、素敵!」
その後も命のスイートルーム探険は夕食の時間まで続いたのだった。