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100歪んだ愛10

 翌日、命とトキワはアンドレアナム伯爵とエミリアに連れられて郊外の屋敷に住む前当主の元へお見舞いに行った。近年体調を崩し床に伏せがちだった前当主だったが、光の神子の孫であるトキワと顔を合わせると、感激して大粒の涙を流して崇め喜んだ。そして光の神子との思い出を話して、光の神子のひ孫を見るまでは死ねないと奮起して、最近は食事を殆ど口にしていなかったらしいが、昼食をお代わりするほど食べて周囲を驚愕させた。

 


 そして命が引越しの作業に追われて行くうちに三日経ち、あっという間に別れの時が来た。


 駅まではエミリアとクラークが見送りをするために一緒についてきた。既に涙目のエミリアは命に抱きついたまま離れなかった。


「命、結婚式は絶対に呼んでね」

「はい、ただいつになるかは分かりませんけどね。ブーケまた取れなかったし」


 春に行われたエミリアの結婚式にて、命はまたもブーケを手に入れることが叶わなかった。エミリアが気を利かして命のいる方に投げたのだが、そこは弱肉強食の世界。先輩メイドが水鏡族も真っ青なジャンプでブーケをゲットしたのだった。


「荷物は後日アンドレアナム家として手配しておいた。港町のギルド付でよかったのだろう?」


 トランクに入りきらなかった着替えや教科書と雑貨などは箱に詰めて配送することになっていた。命はクラークの確認要項に頷くと、控えの証書を受け取った。アンドレアナム家の名前がついていれば、貴族との信用問題に関わるので、盗難や不手際が減るらしい。


「ありがとうクラーク、エミリアお嬢様のことよろしくね」


 命はエミリアを慕う同士としてクラークと握手をしようとしたが、トキワがじーっと嫉妬の眼差しを向けていたので、手を下ろして頭を下げるだけにした。


 出発を報せるアナウンスが流れて、いよいよ別れの時が来た。命とトキワはエミリアとクラークに一礼してから、汽車に乗ると、席につき窓を開けて、エミリア達との別れを惜しんだ。


「手紙を出すわ」

「私も出します」


 汽車が動き出すと、揺れる瞳から溢れる涙をハンカチで押さえながら、エミリアは小走りで追いかけた。


「命、また会いましょう!」

「はい!エミリアお嬢様!」


 互いにさよならは言わず手を振り合ううちに、汽車はホームから離れていった。命は惜別のあまり赤い瞳から涙をポロポロと流すと、トキワに抱きついた。


「ごめん、しばらくこうさせて……」


 人前でイチャつくなと自分で言っておきながら、命はトキワの胸にしがみついて、心臓の音を聞きながら啜り泣いた。


「喜んで」


 命の頭を撫でながらトキワはふと三年前、自分もこうやってレイトに抱きついて泣いたことを思い出した。あの時の自分は肉体的にも精神的にも子供だった。今もまだ子供かもしれないけど、あの時の命との別れが転機だったと近頃は痛感している。


 しばらくして泣き止んだ命は身体を起こすと、トキワをじっと見つめてきた。思わずキスしたくなる気持ちを抑えてトキワも見つめ返すと、命は寂しそうに笑った。


「そっかー、もう昔の可愛いトキワはいないんだよね」


 泣いている自分を受け止めた胸の厚さに改めて命はトキワの成長を実感した。そしてあの頃のトキワにもう会えないことに今更寂しさを覚えた。


「今の俺じゃ駄目?」

「ううん、美男子最高」


 成長したトキワはとにかく顔がいい。命にとってそれは揺るぎない事実だった。ただ今は可愛いトキワが恋しくなっただけだった。


「あ、そうだ。旭ちゃんて誰似?」


 命はふと可愛いトキワに近しい存在を思い出し、探りを入れた。それを察したトキワは嫌そうな顔をした。


「……父さんと母さんが言うには俺が赤ちゃんの頃と瓜二つらしいよ」


 どうせ会えばバレることなので、トキワが白状すると、命の目が輝いた。


「それ聞いたら早く会いたくなっちゃった。トキワ!飛んで帰ろう?出来るだけ全速力で!」


 先程の泣き顔から一転、命は目を輝かせて、早く水鏡族の村に帰ることを所望し始めた。


「嫌だ。一週間たっぷり使ってゆっくり帰る」

「えー!なんで」

「分からないの?」


 落胆する命にトキワは耳元に唇を寄せた。


「一週間ずーっとちーちゃんといるためだよ」


 低い声でトキワが囁くと命は顔が熱くなり、波乱の旅の幕開けを予感するのであった。

 


 

 



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