表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/20

四話 イロハのイでシージャック(その二)

 場所はトラックデッキ。

 そこは大型車が駐車場のように積載されており、文太郎のトラックもここに止められていた。

 犯人はその丸太を積んだトラックの横であぐらをかいている。

 荷台下の燃料タンクに百円ライターを向け、徹底抗戦の姿勢を見せていた。

 給油口を開けているので、いともたやすく燃料に引火するだろう。

 ちなみに大型トラックはディーゼルエンジンなので、ガソリンではなく軽油が燃料だ。

 そして文太郎のトラックに搭載された燃料タンクは二つ。

 一つの容量が三百リッター、計六百リッターの軽油が満タンとなっている。

 そんなものに引火すれば、各車両に飛び火すること間違いなし。

 想像を絶する大規模火災を引き起こす。

 犯人はそれを脅しに使い、このフェリーをシージャックしたのだ。

 文太郎はトラックの前方から十メートルほどの距離を保ち、エリコから伝えられた作戦を開始する。


「おい、タケシとか言ったな。おまえをトラックで轢けばいいんだな?」

「そうだお。ボクをトラックで轢き殺せばいいんだお。じゃないと燃料タンクに火をつけるんだお」


 タケシというハゲ散らかしたデブ。

 彼の豆粒のような瞳には、本気だぞ、という意思がマジマジと宿っていた。


「よし、わかった。俺はおまえをトラックで轢く」

「わかればいいんだお」


 タケシは満足げにうなずいた。

 そんな彼に対し、文太郎は指を突き付けて念を押す。


「でもなタケシ、これだけは言っておくぞ」

「なにかお?」

「俺はおまえをトラックで轢くだけだ。そこに『殺す』という文言は付け加えないからな」

「どうしてだお? ボクはこれから死ぬんだお?」

「俺には殺意がないからだ。それに殺すなんて言葉を口にしたら、あとあと面倒なことになる」


 文太郎は自分の背後に指を差した。

 遠くから見守るのは、船員を数名引き連れた、エドワード・スミス船長。

 そしてエリコである。

 つまり、ここには証人がいるということだ。


「おじさんの言いたいことはわかるお。殺すつもりで殺したら、おじさんは殺人犯になっちゃうってことだおね?」

「まあ、そういうことだ」


 文太郎はそう肯定したものの、作戦の思惑は別なところにある。

 あくまでもこれはタケシに対してのミスリードだ。


「それでもかまわないお。トラックに轢かれるだけでボクは死ねるんだかんね」

「じゃあタケシ、そこで横になってくれ」

「わかったお」


 タケシは後輪のタイヤの前で仰向けとなった。

 頭から轢き殺されるベストポジションだ。

 今なら彼を取り押さえることができるかもしれない。

 しかし、万が一ということもあるので、文太郎は当初のとおり作戦を遂行する。


「ブオーン! ブオンブオンブオン! ブオーン!」


 文太郎は口でエンジン音を轟かせ、四つん這いとなってタケシとの距離を縮めていく。

 もちろん人はトラックではない。

 その代わりとして、ミニカーを手に持って走らせている。

 そう、UFOキャッチャーでゲットした、ダンプのミニカーである。

 なにも本物のトラックで轢くとは約束していないし、取り決め上はなんら問題はない。

 それにダンプカーは荷台が傾斜するだけで、車種としてはトラックに分類される。

『殺す』という文言を省いた理由も、ミニカーでは人を轢き殺すことができないからだ。

 こうしてタケシをミスリードで誘導し、差し迫った大規模火災を回避する。

 それがエリコの考案したミニカー大作戦である。


「おじさん、そこでなにしてるんだお?」


 タケシはアホ面を浮かべて首だけを持ち上げた。

 なにせミニカーを走らせているのだ。

 彼がアホ面になるのも無理はなかった。


「トラックでおまえを轢こうとしてるに決まってるじゃないか。ブオンブオン」

「でも、それミニカーだお?」

「そうだ。これはダンプカーというトラックのミニカーだ。ブオンブオン」


 三十五のおっさんがエンジン音を口で奏で、四つん這いでミニカーを走らせている。

 これはある意味、文太郎自身の戦いでもあった。

 羞恥心がハンパない。


「おじさん、ミニカーじゃボクを轢き殺せないんだお?」

「そうだな。ミニカーじゃ人を轢き殺せない。だが俺は、おまえをトラックで轢くという約束だけは守るつもりだ。ブオンブオン」

「そんなのずるいお! ミニカーで轢くなんて聞いてないんだお!」

「黙れッ! このハゲ散らかしたデブ!」


 タケシは憤慨したように身を起こそうとしたが、文太郎は鬼の一喝でそれを制止した。

 そしてミニカーを走らせながらその正当性を訴える。


「俺は本物のトラックで轢くとは言ってない。おまえを殺すとも言ってない。それに対しおまえは、『それでもかまわないお』、と了承したじゃないか。あそこにいる人たちが証人だ」


 文太郎は背後に顎先をツンと向けた。

 そちらでは、エリコや船長たちが、


「ちょっとそこのハゲ! 自分で言った約束ぐらい守りなさいよね!」

「そうだ! ハゲの君は男として約束を交わしたじゃないか!」

「船長の言うとおりだ! 大人しくミニカーに轢かれろ、このデブ!」


 などと、罵倒を織り交ぜ応援の声を上げている。

 そんな彼らのバックアップがあるからこそ、タケシを強引に捻じ伏せることができるのだ。


「で、でも……ボクは納得できないんだお……」

「でももへったくれもクソもあるか。ここに証人がいる以上、おまえの反論はいっさい通らない。わかったらそこでじっとしてろ。今すぐトラックで轢いてやる。ブオンブオン」


 文太郎はアクセルを吹かし、蛇行運転をともない、タケシとの距離をグングン縮めた。

 片やタケシはというと、


「それがおじさんの積み重ねてきた論理(ロジツク)……『理』……ってやつかお……」


 などと、わけのわからないセリフで敗北感を滲み出している。

 そんな彼の手元からは、百円ライターがコトリと床に落ちた。

 もうミニカーで轢く必要はなくとも、これは男が交わした約束。

 男気あふれるジェントルメン(文太郎)としては、その誓いだけは必ず厳守する。

 そして――。


「ドーン」


 文太郎は衝突音を口にし、タケシの頭にミニカーを激突させた。

 コツンとぶつけただけなので、頭がこれ以上バカになることはないだろう。

 そんなタケシはすでに戦意喪失しており、抵抗してくる気配はなかった。


「今だ! あのハゲをロープで縛り上げろ!」

「はい、船長!」


 それを待ち構えていた船長と船員。

 彼らはタケシの体をロープでグルグルに巻き、担ぎ上げるようにして連行していった。

 それを見て、文太郎はほっと胸を撫で下ろした。

 そして、ミニカーを片手にエリコのもとへ歩み寄る。


「エリコ、ありがとよ。おまえがいてくれて本当に助かった。それと、お礼と言っちゃなんだが、これは俺からのプレゼントだ。受け取ってくれるか?」


 一度は断られたミニカーを、文太郎はもう一度エリコに差し出した。

 なにをプレゼントするかは問題ではない。

 ここでバシっとかっこよく決めることが重要なのだ。

 すると彼女はパチリと片目をつぶり、


「ミニカーはいらない。だって、あたしは十五歳の女の子なんですもの。だけど、文ちゃんの気持ちだけは受け取っておく」


 と、憎たらしい笑顔とジョークを交え、文太郎のプレゼント(男気)を受け取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ