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093◇短い船旅


 『王都』の朝は、クラッカーで始まる。


 鳴らす方じゃなくて、食べる方のクラッカーだ。

 詳しくないけど、PC関連とも関係ない。

 薄くて硬めに焼かれたクラッカーだ。


 パンじゃないのだ。


 昨日も一昨日も朝食にクラッカーが出て、また今朝もだったので、『この世界』では麦畑で目覚めてパン工房で育った(?)の俺としては、我慢出来なくなって第五侍女アルマメロルトリア嬢に訊いてみたら、『王都』の習慣で、朝食は大抵クラッカーだと知った。ちょっとしょんぼり。各地のパンの食べ比べとかしたいのに。


 『王都大火』以降に「早朝のパン焼き」を禁じたそうなのだ。

 そんなんで防災や、火事の抑止効果があるんか?

 関連性がよくわからない。


 とにかく、クラッカーだ。


 前日作り置きで、完全なプレーン味だ。

 水で練った小麦粉を、『手回し式回転双筒圧延器械』で延ばして折って重ねて、伸ばして折って重ねてを繰り返して、薄い多層シートにした生地(きじ)を、目の大きな金網に乗せて、『魔法調理器』で両面から焼くらしい。


 『魔法調理器』は『魔法式石焼き調理器』の略称で、ヒーター部分に、『魔法』の「発動句(スターター)」で発熱する『石』が使用されている。

 そんな便利そうなのがあるんなら、馬車で旅した時に使いたかったのに……と苦言を呈したら、プリムローズさんに無言で実物を見せられた。

 ドラム式洗濯機くらいあって、とてもじゃないけど、一人じゃ持ち運べないほど馬鹿デカかった。


 とにかく、それで焼くと、網目のラインに生地がめり込んで跡がつくので、それをミシン目代わりにして、好きな大きさにパキパキ折って、好みのスプレットかパテを塗って食べるのだ。(ひた)して食べるディップもあるみたいだ。


 ラウラ姫は上に乗る……じゃなくて、上に乗せて食べるのが好きらしい。

 薄切りした塩漬け豚腿肉とかドライソーセージとか、野菜を刻んだチョップドサラダみたいなのを、クラッカーの上に乗せて食べてる。


 俺は、昨夜ドタバタした第四侍女のベコちゃんからの「差し入れ」だと言う、デッカい「チーズの塊」をスライスしたやつをのせて――


「いただきます!」


  ばくっぱくっぱくっ……もぐもぐ。


(口内錬成。ダイヤモンド)


   チン!


 こんな事を、何度も何度も繰り返した。


 出来上がったダイヤは、『夏の旅人のマントル』の喉元から、中に落とし込んだ。

 何個か「ち○こ」に当たって痛い思いをしましたよ(笑)。


 俺の『錬金術』『口内錬成』は、固体Aを固体B。液体Aを液体B……といった「変換」とか「置換」みたいな仕様だ。

 ただし「人間の口の中にあっても、不自然ではないもの」という制約があるので、目的の物質(モノ)「ダイヤモンド」を錬成(つく)り出すためには、とにかく口の中に固体の食べ物を詰め込むしかないのだ。

 そしてそれと引き換えに「換金アイテム」を手に入れるのだ。


 なんだかんだで「お金」が必要なのだ。

 朝食を食べ始める前に、そう宣言してしまった以上、文字通り、売るほど作らないといけないのだ。


 にしても、口の中の水分がどんどん無くなるっス。むせそうっス。


 結局、朝食は少しも「喉を通らなかった」っス。


 ぜーんぶ、ダイヤモンドに錬成(つく)り換えてしまったのだ。


 食欲はあったのに……イヤ、ホントに腹減った。胃袋が空だよ。あああ。


      ◇


 俺の異常なほどの聴力が、「(ひづめ)」の音をとらえていた。


 速いテンポで近づいて来て、『白百合の小宮殿』の敷地に入ると、ゆったりとしたテンポに変わった。

 ギャロップとか、トロットとか聞くけど……今のこれを、何と言うのかは知らない。


 とにかく、馬に乗った誰かが、やって来たらしい。


 正面玄関から外に出ると、騎手の女性はすでに下馬していて――


「おはようございます。プロペラ小僧さま」

「……」


 コレに返事するワケにはいかないよ。俺の名前は、ソレじゃないし。


      ◇


 女王陛下の『大事な秘書』ロザリンダ嬢の使いとして、やって来たのは、黒髪のシャー・リイ嬢だった。


 メッセンジャーとしての、用事そのものは大した事じゃなかった。


 女王陛下から託された「伝言」の中身は、


「祈願。女王陛下の ★声色(こわいろ)っ☆」


 『魔法』? 昨日使ってた物真似のヤツか?


「コホン! また今日も、午後の『しえすた』を、第三王女と(なな)の姫と、一緒に過ごしたいぞよ」


 ――というものだった。

 似てる。似てる。陛下そっくりだ。ただ、そんな語尾だっけ?


 でもな。俺に向けて、そんな事言われてもな。


 スケジュール管理は、筆頭侍女のプリムローズさんの役目なのに……と言っても、コレって断れないヤツだな。きっと。


 昨日、色々とあって、女王陛下の身辺がバタついたから、多少のワガママは聞いてあげるつもりらしいし。


 でも、こっちはこっちで「お出掛け」の予定だったのに……とすると、「自由時間」は午前中だけだな。


 多少時間が押しても文字通り「飛んで帰れば」いいしな。『合体飛行魔法』で。


「……(じーっ)」

 めっちゃ見られてる。

 ちょっと長考してしまった。

 某魔法少女(※お好きな魔法少女を自由に思い浮かべてください)なら、とっくに変身を済ませてしまっている事だろうよ。


「わかりました。伝えます」

「うむ。頼むぞよ」


 それ、もうええやろ。


 さらに今宵(こよい)は、『おっぱい宮殿』で「晩餐会」があるそうだ。

 で、その時、先日倒した『ヘビアタマの翼竜』の料理が出るらしい。

 姫とその妹君が楽しみにしてたので、伝えれば大喜びするだろうな。


 てか、やっぱり……喰うの? 『翼竜』を?


 ついでなので、「六本指の猫」茶トラ君を追って来た猫耳奴隷のセシリアが、どういうルートで、この『大宮殿島』まで来たのか訊いてみた。


「『北門』からでしょうね」


 シャー・リイ嬢本人の声と口調に戻って、そう言われた。

 たしかにセシリア本人も「きた、から、きた」とは言っていた。


「かなり、遠いそうですけど?」

「近年、『王宮』全体を大きく拡張して、『新宮殿』を建造中なのです」

「そうなんですか? その……『新宮殿』とは?」

 気になるので訊いてみた。


「ご存知ありませんか? 今上の女王陛下がまだ即位前のお話ですが……何と言いますか、多産と言いますか……お子様がたいへん多くていらしたので、お子様方の『子供部屋』が足りなくなってしまい……」


 王族の女児は4歳までは必ず『大宮殿』の中で育てる慣習があるそうだ。

 何しろ見た目が『おっぱい宮殿』だしな……スクスク育ちそうだ。

 そういう意味で「おっぱいのカタチ」をしてるらしい。


 俺なんて完全に「ネタ」だと思ってたのに。


 それはともかく、ラウラ姫の兄弟姉妹って……たしか男女合わせて9人か?


 でも、フランス革命で有名なマリー・アントワネットって末っ子で第16子だったハズだ。

 もっともその母親のマリア・テレジアも大概有名だけど。

 でも、プリムローズさんは「マリア・テレジアって『女帝』じゃなくて、『神聖ローマ帝国皇帝』の嫁なのよ」って言ってたな。


 それよりかはずっと少ない……でも充分、多いのか?


 でも『新宮殿』の建造理由が「子供部屋が足りないから」って……。


「……へー」

 俺のトボケた返事が気に入らなかったらしい。


「――と言うのは表面上の理由でして、実のところは『王都大火』で職を失った方々を救済するための『国家事業』なのです」

 シャー・リイ嬢は、真の意図らしき事柄も付け加えた。


「なるほど、そういう事ですか」

「はい」


 真面目に頷くと、彼女も満足そうだった。


「それで十年ほど前に『新宮殿』の建造に踏み切ったのですが……工事がとても難航していまして、いまだに未完成なのです」

「工事が難航ですか?」


 『魔法』でサクサクッと造れないのかな?


「ええ。なにしろ『おっぱい宮殿』の1.5倍の大きさの『巨乳宮殿』を造ろうとしているのです」


 シャー・リイ嬢は大真面目に、アホみたいな事を言った。


「……そーなんですか」


 つい気の抜けた声で応じてしまったよ。


 別れ際に、

「シャー・リイさん」

「はい」

「次郎さん――『東の(つぶら)からの使者』の方ですけど……伝言を伝えたら凄く喜んでましたよ」


 俺はそう言って、彼女の反応を待った。


「……(赤面)」


 茹でダコだ。

 恋する乙女だ。

 二十代前半のはずなんだけどな、この方。


「また何かありましたら、伝えますけど?」

「では『抱いて』と」


「……ハイ、伝えます」


 直截で大胆なんですね? びっくりしました。


 それにしても、未完成の『巨乳宮殿』か……。


 ついつい、俺の周囲にいっぱいいる巨乳の女性たちを思い浮かべてしまう。


 なんだろう?

 なんか、むやみやたらと腹減ったきた。


      ◇


 『白百合の小宮殿』に隣接した「船着き場」に向かう。


 そこで待っていたのは、「大型三段櫂船(かいせん)」だった。

 『地球』で言うカレーパン……イヤ、ガレー船みたいなヤツだった。


 にしても、ホントに腹減った。パン食いたい。


「ジン様。こちらです」


 桟橋から船に上る架け橋で、先導役のミーヨのスカートの奥が見えそうで見えないのが、()らされてる感があって、なかなか素晴らしかった。


 ホントに腹減ってるので、パンツ見たい。


 ミーヨのパンツは、俺の空腹を満たしてくれるに違いない(※状態異常『混乱』)。


      ◇


「……(すやすや)」


 ラウラ姫は、用意されたクレオパトラが座りそうな椅子に飛び乗って、肘掛けに両腕を置いた次の瞬間には、もう寝てた。


 その様子を見守りながら、

「まったく……来た時は、釣り舟だったのに」

 プリムローズさんがボヤいてる。


「そう言えば、なんでこんなに急に待遇が激変しちゃったんスか?」

 訊いてみた。


 コレって、女王陛下が「遊覧」に使う豪華船らしいよ。


「君だよ。君。陛下が君の『プロペラ踊り』をたいへんお気に召したらしくて……後で、勲章やら褒美金やらが出るらしいよ」

 プリムローズさんが不愉快そうだ。

「いつの間に……そんなことに」

 ぜんぜん聞いてないよ?


「本当は『事のついで』だけどね。今夜『王宮』では、晩餐会があってね。その来客の送迎と遊覧用に、この船を使うんだそうだよ」

「ああ、シャー・リイさんも言ってましたよ、そう言えば」


 この航行は、その予行練習みたいなものらしい。


 にしても、船は大きいのに、船足は速い。


 ガレー船は見るのも、乗るのも初めてだ。

 船の両舷では、長くて大きな櫂が何十本も、水飛沫を上げながら一斉に動いている。

 ここは左舷だけど、特に弾幕は薄くない。イヤ、そもそも弾幕なんて無いけれども。


「珍しそうだね」

「そりゃ……初めてっスから」

「そう()()。ところでこの(かい)って誰が漕いでるか知ってる()()?」


 「大型三段櫂船」だけに、ダジャレも三段階?

 イヤ、プリムローズさんは別にボケじゃない。

 現在の年齢と合わせると「中の人」はかなりの高齢かも知れないけれども……って失礼か。


 この人が、そう言う事を言い出すんなら……。


「……ひょっとして漕ぎ手は『獣耳奴隷』なんスか?」

「そうだよ」

 プリムローズさんが一段と不愉快そうだ。


「……そうなんスか」


 そう言われたら、はしゃいでいた気分がしぼんでしまった。


 『この世界』に、たまたま「蒙古斑」がついて生まれてきてしまった人たちか。


 でも「漕ぎ手」は甲板(かんぱん)の下の層にいるらしく、ここからは見えない。


「この湖を抜けて『北行(ほっこう)運河』を『下る』ための船だから、本来なら、ここでこんなに派手に櫂を漕ぐ必要はないんだけどね。ここから『死の廃都』まで行って戻って来る時の、遡上用の動力なんだよ」


「――それが人力で、しかも『獣耳奴隷』っスか?」

「そうなんだよ」

 やりきれない感じだ。

 ラウラ姫が寝てる椅子の肘掛けを、苛立たしそうにコツコツと叩いてる。


「プリムローズさん。『この世界』の『獣耳奴隷』って、そもそも『奴隷の印』と誤解されてる『蒙古斑』のせいじゃないっスか?」

「ええ」

「それを誤解だって、どうやったら『この世界』の人たちに納得させられるんスかね? プリムローズさん、『蒙古斑』が出来る理由って説明出来ますか?」

 そう訊いてみた。


「そうだね。説明出来ないな。そもそも何であんな青あざが出るのか、私は理由も知らないよ」

 プリムローズさんは言った。

 うん、俺も知らないしな。


「なんでも昔は、『妊娠中に性交』すると、『蒙古斑』が出るという俗説があったらしいけど……それって流石に真実じゃないだろうしね」

 プリムローズさんの言う「昔」は『地球』の「昔の日本」の事だろうけど。


「俺は『妊娠中に性交』すると、胎児が包まれてる胞衣(えな)が白くなるから、出産の時『妊娠中に性交』したのがバレバレになるって話を聞いた事があります」

「……そうなんだ?」

 困ったように言われた。


 すみません。「蒙古斑」と関係なくて。


「なんかこう、強力な『魔法』で、いっぺんにみんなの誤解を解く事って出来ないんスかね?」

 面倒くさいし。


「君が今朝言ってた『暗黒邪法』かい?」

 真剣な表情だ。

 水色の瞳に、血の気が混じって濃い紫色になってる。

「……」

 俺は無言で頷いた。


「そうだね、考えてみるよ。いろいろ研究や実験も必要だしね」

 そう言って、すこし表情を緩めた。

 彼女自身も、今朝からある程度は考えていたんだろう。そんな感じを受ける。


「じゃあ、俺は研究のためにミーヨのパンツを見てきます」

「……そうかい」

 考え事をしてるらしく、俺のボケはスルーされた。

 イヤ、ボケじゃなくて真剣に言ったのに、スルっとスルーするなんて。


 こうなったら、意地でもミーヨのパンツを見てやるっっ。


      ◇


「ミーヨ。パン……あれ? セシリア? 茶トラ君まで」


 ミーヨにパンツを見せて貰おうと思って、左舷から右舷に行くと、ミーヨの隣には、猫耳奴隷セシリアがご機嫌な感じで、不機嫌そうな「六本指の猫」茶トラ君を抱きしめていた。


「一人にしとけなくて、連れて来ちゃった」

 ミーヨがちょっと困り顔だ。

 留守番してた『音の宮殿』から『王宮』の中までやって来るような猫たちだしな。心配は心配だけど。


 そして、どうでもいいけど茶トラ君の前脚が、水飛沫を上げながら規則正しく動き続けるガレー船の長くて大きな櫂を捕まえようとして、何度も空を切ってる。動くものに反応してしまう本能的な動作らしい。でも距離感掴むのヘタか?


「いいよ。みんなで行こう」

 こう言うしかないよな。

「うんっ。良かったね、セシリア」

「あい」

 セシリアは嬉しそうだ。


「みぎゃあ゛あ゛あ」

 茶トラ君は、微妙に不満げだったけれども。


「ジン様。ミヨレッタ。あと……次郎様の妹ちゃん。もうすぐ、港だってさ」

 第二侍女ポーニャ嬢が、俺たちの居た右舷に来て言った。


「「「あい!」」」


 みんなで元気よく返事する。


 てか、セシリアは「次郎氏の妹」を偽装してるのか? それで通るのか?

 二人とも日本人顔だけど、俺の目から見れば、ぜんぜん似てないんだけどな……。


 途中、

「あ、ジンくん、ほら見て」

 ミーヨが人目につかないように、マストの陰で侍女服のスカートをめくりあげて、パンツを見せてくれた。


「……!」


 ナニソレ? ミラクル?

 しかも、いつもの白とは違う! ピンクだ。夏の新色(?)だ。


 まだ「パン」までしか言ってなかったのに、さすがは『俺のチョロイン』。

 なんという忠誠度の高さ!

 よし、この礼は後で必ず、ぐへへへ(邪悪な笑い)。


「ね? 前に『冶金の丘』で『宝石』売った時のお金が入った『巾着(きんちゃく)』持って来たから、色々お買い物出来るよ」

 ミーヨはスカートを戻して、にっこりと笑った。


「…………」

 え? 『巾着』?

 そんなものどこにあったんだ?


 ……パンツしか見てなかったぞ。


      ◇


 人造湖は「オトメナス」みたいな形だ。


 俺もだいぶ『この世界』に染まって来てるな。

 「オトメナス」は、断面がハート形の野菜だ。ピンク色だ。

 女の子の両手で、優しくそっと包み込めるくらいの大きさだ。そんなに美味しくはないけれど生食(なましょく)可だ。別名が何故か「ハート」なので、そう呼んでも通じる。


 ついでに言うと、さっき見たミーヨのパンツもこんな色だったよ。ぐへへへ。


 ……それはいいとして、湖のハートの真ん中の「突き出し」の部分が、俺たちがいた『大宮殿島』だ。

 こっちは「◇」の形だ。運河で切り取られてるので「島」扱いだけど、ほぼ陸続きだ。


 で、ハートの「左肩」にあたる部分に、貨物がメインの「積み出し港」があって、船はそこに接岸した。


 イヤ、岸壁に接近した時点で、陸側の建物から、お城についてるような「跳ね橋」が下りて来た。

 可動式の「跳ね橋」は『冶金の丘』にもあったけど、稼働してるとこは初めて見た。

 なんか裏の方で、すんごいジャラジャラした鎖の音がしてる。


 この「跳ね橋」って、VIP用の特別な待遇っぽい。


「うむ。ようよう着いたか」

 ラウラ姫はそう言うけれど「船旅」は、ほんの20ツン程度だった。


 てか、乗船と同時に寝ちゃった人の言うこっちゃないよ?


「ジン。先ほどの話。私にも何か出来る事はあるか?」


 ラウラ姫が椅子から立ち上がりながら、そんな事を言った。

 先ほどの話? 聞いてたの? 眠ってなかったのか?


「先ほどの話……とは? パンツの話で?」

「……(ギロリ)」


 睨まれたよ、プリムローズさんに。


「前世でも今世でも、(とが)無き者が奴隷とされるは非道な事」


 聞いてたのかー。


「殿下」

「うむ」

「陛下……と呼ばれるお立場にお成りになられれば」

「それが叶うか」

「おそらく」


「……(こくん)」

 筆頭侍女の言葉に、ラウラ姫は、無言で大きく頷いた。


 この子(※年齢的には年下だ)には、意外にもこーゆーところがあって、不意打ちのようにびっくりさせられる事が、たまにある。


「では、参ろう!」

 普段の調子に戻ってる。

 そのまま、「吊り橋」みたいな感じの「跳ね橋」を、まったく怖がらないでスタスタ歩いて行く。


 他のみんなは、揺れる「跳ね橋」を恐々(こわごわ)と渡り、姫を追いかける。

 姫をヘンな風に()き付けたプリムローズさんが、いちばんビビリだったよ。


      ◇


 『王宮』の出張所というか休憩所的な建物で、女子はみんなで「お着替え」だ。

 「お忍びのお出掛け」用の変装をするのだ。


 もちろん着替えは覗かなかった。

 俺と次郎氏は、広間の長椅子で『宝石』の仕分けで忙しかったのだ。


「おお、俺がお願いした通りに、大・中・小と色々揃えてくれましたね。色味もいろいろ。いやー、いいっすね。売りやすい」


 次郎氏が「品揃え」を確認する。

 今朝出来立てほやほやの、ダイヤモンド軍団だ。

 なんだかんだで『★滅菌☆』してないけど、水洗いしたから大丈夫だろう、多分。


「次郎さん、『東の(つぶら)』の船って先刻(さっき)乗って来たような感じなんスか?」

 雑談に紛らせて、訊いてみた。


 次郎氏は、『宝石』を確認しながら、

「ああ、もっと大きいっすよ。アレは内陸の……運河用の船ですしね」

 そう言って、イケメンらしく爽やかに笑った。


「へー、海用のはもっとデカいんスか」

「前にチラっと話した三本帆柱の外海(そとうみ)用の船は……俺が乗って来た『あまみや』は、もっと大きいっすよ」

 次郎氏は実は今、まさに『女王国(こっち)』風の船乗りの格好してる。


「……船の名前が『あまみや』っスか」


 妙に近代的な名前のような気がするな。「なんとか丸」とかじゃないんだ?


「同型の『なつかわ』と『あさくら』って船もあるんすよ」


 なんか……みんな、どっかで聞いた事があるような……って『トラ○セイル』やん! 声優ユニットやん!

 そんで、あっちは「y」だぞ!! 三本帆柱とはちょっと違うぞ!


 まあ『東の(つぶら)』にも『前世の記憶』持ちが居るんだろうけれども……。


「あ、次郎さん。他に『ふちがみ』『ぬまくら』『やまむら』って船は無いっスよね?」

 試しに訊いてみた。

「……よく、ご存知で」

 次郎氏は驚いていた。


 あるんかい!


 『トラ○デント』やん!

 また声優ユニットやん! イイ加減にしろ!!


 ……船の名前だからか、きちんと「海洋冒険もの関連」で揃えてあるけれども。


「名付けたのは、実は俺の母親なんすけどね。なんでも『前世の記憶』とかで」

「……へー」

 元の性別「男」じゃないよね?


 さらに聞いたら、船を見分けるために帆の一部を色違いにしてあるそうで、『あまみや』は空色で、『あさくら』は桃色だそうな。


 『なつかわ』は何色なんだろう? 銀かな? 黄色かな? それとも三色(ミケ)かな?


      ◇


 そんな話をしつつ、『宝石』の仕分けを続けてると、

「でも、小粒なのがもっと欲しかったかなあ」

 次郎氏がそんな事を言った。


 小粒ね。OK。


 テーブルに『赤茶(あかちゃ)』と一緒においてあった「お茶うけ」らしい『虹色豆・青』を口いっぱいに放りこむ。


(口内錬成。小粒なダイヤモンド。いっぱい)


 そう念じて、5ツンくらいで、


   チン!


 ぽろっぽろっと口からこぼれるくらいに、量産出来た。

 ずっと錬成(つく)り続けているせいか、アホみたいに量産出来るようになってるな。

 自分でもちょっと怖いくらいだ。


 鼻をかむフリをして、手布の中に吐き出して、そのまま布地の上を転がして拭く。


「こんなのも有りますけど」

 さりげなく、手布を広げて見せる。


「うん、いい『原石』っすね」

「え? 原石?」

 イヤ、ちゃんと製品版だよ?


「これはこれで、あっちこっちの工房が欲しがりますよ」

 次郎氏は楽観的に言った。

「大丈夫っすよ。この際、数で勝負しましょう。いくつか『東の(つぶら)』でもさばきたいっす」

「……ハイ」

 量産すると、その辺、雑になるんだな。


 確かに、良く見ると、カットにシャープさがない。劣化コピーみたいな不格好さだ。

 コレ……買いたたかれそうだな。『宝石』としては売れないから……工業用のダイヤモンドカッター的な使い途になるのか?


 ぐぬぬぬ……お!


 悔しくて、力んだら、不意に●(固体)意が。

 ちょっと『おトイレ』行ってこようっと。


「ちょっと外します」


 俺はそう断って●座……イヤ、中座した。ハズしたな。宣言通りに。


     ◇


「……なんか珍しい色のが出たな」

 『おトイレ』の個室から出て、ついついそんな事を呟いてると、

「黒いのは病気かもしれませんよ? 明るい土色のが一番いいそうです」

 そんな事を言われた。


 言ったのはもちろんドロレスちゃんだった。

 まるで『巫女見習い』が着るような白くて長いローブを着てる。


「イヤ、そっちの色じゃないよ?」


 珍しい色って『固体錬成』で錬成(つく)ったダイヤモンドの事だ……ピンク色だったのだ。

 ミーヨの夏の新色パンツ見たせいかな? 俺って、変な影響受けやすいからな。


「それとも血●(固体)ですか? ●゛ですか?」

「怖いから、もうやめて。そんな持病ないよ」


     ◇


「こんなん出ましたけど」

「おお! これは珍しいっすね。オトメナス色じゃないっすか」


 次郎氏は俺の「*」から出たピンク・ダイヤモンドを素手で摘まみ上げて、珍しそうに見つめている。


 イヤ、水洗いはしたよ?

 ミーヨがいなかったから『★滅菌☆』はしてもらってないけれども。


 そこへ、

「あれー? 覗きに来ないと思ったら……男二人で何やってんですか?」

 第二侍女ポーニャ嬢から声をかけられた。


「みんな、もう着替え終わって、待ってますよ!」

 そう言いつつ、物陰から首だけ出して、服は見せてくれない。


「「ういっス(す)」」


 ああ、次郎氏とシンクロするのヤだ。


      ◆


 変身ブローチ(?)の中に500円玉とか安全ピンとかネジを入れてる子が思い浮かびました――まる。

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