091◇仮面を脱いだ仮面の男
地理をすこし整理しよう。
『王都』の中心には、道幅が1万なの(約100m)以上ある『永遠の道』の『大交差』があって、それが描く「X」で、市域が大きく四分割されている。
『王宮』があるのは、『北の街区』。
そこには、『この世界』の珍野菜「オトメナス」に似たハート形の巨大な人造湖があって、その真ん中に、俺の大好きなものに似た『双丘大宮殿』がある『大宮殿島』が浮かんでいる――と思ってたけど、聞いたら、ちょっとだけ違ってた。
「オトメナスの断面は、真ん中が尖ってるでしょう? その部分が四角く切り取られてるの。運河で」
女王陛下の『大事な秘書』ロザリンダ嬢が言う。
そのカタチは、「菱形」……というか「ダイヤモンド」だった。「◇」だ。
その「◇」の、下の二辺が湖に面していて、上の二辺は運河に切り取られてるらしい。
湖の、ど真ん中に「孤島」があると思ってたよ。
で、運河は「◇」の、上の頂点で合流して、『北行運河』となって、大陸の北を貫いているらしい。
その「逆Yの字」の根元に、大橋彩……じゃなくて、ただの「大橋」があって、『大宮殿島』と繋がっているそうだ。
『東の街区』からやって来た「六本指の猫」茶トラ君。そして、それを探すために大冒険した猫耳奴隷のセシリアは、その橋を渡って来たらしい。
セシリアは、かなり遠い場所にある『北門』から『王宮』の敷地内に入ったそうだ。
一方の茶トラ君の方は、人間の決まり事なんか無視して、障害物的な要素を全てショートカットして、直線的にやってきたらしい。
◇
「許可証もなく、よくも入れたものね?」
暗い森の中の小径を歩きながら、ちょっと棘のある言い方で言われた。
不法侵入だと思われてそう。
そして警備関係者に飛び火しそう。
「『許可証』を持ってるって言ってましたよ。な、セシリア」
「あい」
猫耳奴隷のセシリアが、可愛く返事して、小さなカードを取り出した。
「どれどれ」
みそみそ。れふぁらしど♪
ラウラ姫の「一の家」である『音の宮殿』に滞在している、さる高貴な御方から貰った物だそうだ。
「ああ、そう。陛下が……猫に『★迷子探し☆』とは御酔狂な」
受け取った『許可証』を見て、『大事な秘書』のロザリンダ嬢がつぶやいてる。
なお、ここで言う「陛下」は、今上の女王陛下の事ではなくて、『先々代の女王陛下』の事だ。オオババちゃんだ。
セシリアの頼みで、オオババちゃんが発動させた『★迷子探し☆』は、「握手をした事がある相手」の居場所を探し当てる『魔法』だ。
夜の暗闇に、まるでホタルの群れが連なるように、『守護の星(普通サイズ)』がひっそりと仄かに発光しながら、空中に浮かび続けるらしい。……俺との『合体魔法』だと、無駄にド派手なイリュージョンになっちゃうけれども。
ただ、例によって「二打点(約3時間)」経過で、その効果は切れる。
セシリアがちょうど『大宮殿島』に入ったところで時間切れとなり、今度は彼女自身が迷子になって、森の中を彷徨っていたらしい。
それを俺たちが、たまたま発見したのだ。なんにしても危なっかしい話だ。
「ライラちゃんはー、猫好きなんですう」
動物専門の『癒し手』で『巫女見習い』のクリムソルダ嬢は、オオババちゃんことライラウラさんと知己だったらしい。でも、そんな愛称で呼んで怒られない? 俺もか?
とにかく、オオババちゃんは、茶トラ君の「六本指」が珍しくて、ベタベタ触りまくったらしい。それが嫌で逃げて来たのかも、だ。猫って、そういうとこあるしな。
そんで、暗闇の中みんな平気でいるけれど……実は、クリムソルダ嬢が地下通路で使ってた『★猫目☆』を『協調魔法』として発動させて、全員が猫みたいな目になって、暗視可能状態なのだ。
『協調魔法』って、「一人しか使えない『魔法』を、幾人かで共有するもの」だそうで、例によってみんなして手を繋いで発動させた。
その直後に、セシリアの頭部の「獣耳奴隷の証」である「猫耳」を見つけられてしまったのだ。
「なるほど、了解したわ」
『王宮』内に「獣耳奴隷」がいるを、女王陛下の『大事な秘書』さまに不審に思われたけど、セシリアが示した『立ち入り許可証』を見て、納得してくれた。
ちなみに、先ほど視察(?)を終えた『愛の巣箱(人間用)』に来ていた男性たちも、似たような許可証を所持してないと、『王宮』には入れないらしいよ。
少し離れたので、その「巣箱」の群れは、キャンプ場のバンガローみたく見えてる。
「今夜は、槍騎兵が少なかったようね。装甲槍騎兵だけで、突撃槍騎兵はいないようだから良いのだけれど」
ロザリンダ嬢が何気に、そんな事を言った。
「……ハイ?」
どこの戦場だよ? そんな兵種いた? 何の話だろ? 馬車すら見てないのに。
でも、美少女キャラが「馬上槍試合」やってるアニメがあったな。
ヒロインが髪切った時点で、観るの切っちゃったから、よく覚えてないけれども。
これも関係ないけど、大橋○香さんが演じた「姫」が、OADで髪短くなってたな。
……長い方が良かったのに。ふと、思い出したよ。
それはそれとして、
「槍騎兵なんていましたか?」
訊いてみたよ。
「本物の騎兵じゃないわよ。『王宮』での隠語。『愛の巣箱(人間用)』に来ていた男性のことを、そう呼ぶの」
意外にあっさりと教えてくれた。
ということは……「槍」って、アレ?
アニメネタじゃなくて「比喩的表現」になるけど、皆朱の槍の傾奇者とか、猪突猛進のシュワルツ・ランツェンレーター(黒色槍騎兵)とかいるんか?
俺自身は「騎兵」というよりも「お馬さん」の方だけれども。
「装甲とか突撃というのは?」
また訊いてみた。
「正規の手続きを踏んで入って来るのが『装甲』。不法に侵入してくるのが『突撃』よ」
「なるほどー」
「ちなみに『無装甲槍騎兵』は、『正式な結婚』をした良人を指す隠語よ」
『王宮』に単身赴任してるみたいな既婚の『女官』さん……「奥さん」の許に、「旦那さん」が通って来るらしい。
「無装甲って……どんな意味なんですか?」
質問者はミーヨだ。
「『正式な結婚』をしていれば、避妊に気をつけなくてもいいでしょう?」
回答者はロザリンダ嬢。
それって、どこをどんな風に覆う「装甲」なんだよ?
「「「「「……(無言)」」」」」
みんな黙っちゃってるし。「清き乙女」の『巫女見習い』が二人もいるし。
とすると、『この世界』にも何らかの装着式の避妊具が……イヤ、そっちは置いといて、『王宮』に『突撃』……不法侵入してくる輩も、いる事はいるんだな。
「『突撃』の中には、『仮面』を被って正体を隠してる連中が多くてね。捕まえてみたら、意外なほど大きな貴族家の『男当主』だったり……本当に困りものだわ」
「……へー、そうなんです……か?」
完全に忘れてた!
『仮面の男』を追いかけてたんだったよ、俺たち!
◇
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ハイ。お疲れ様です。おやすみなさい」
『おっぱ……『双丘大宮殿』に着いたので、『大事な秘書』さまとは、お別れだ。
にしても、みんなして相当な距離を歩いたな。
深夜の散歩だ。お弁当無しなので、ピクニックって感じじゃないけれど。
よく聞く「徒歩五分」って、約400mくらいだそうだけど……なんだかんだで、かるく一打点(約90分)は歩き回ってた気がする。
『大宮殿』は「◇」をした『大宮殿島』の中心にある。
今度は、その西端の『白百合の小宮殿』まで、また「歩き」だ。
このメンバーには、『飛行魔法』を使える子がいないのだ。
地上を移動して、不審に思われるのも面倒なので、またまた地下通路に潜った。
歩きながら、
「結局……『仮面の男』って誰だったの?」
誰にともなく、訊いてみた。
俺はどっちも見てないのだ。
話題に上がってた『涙目』とか『頬傷』とか。
「「「「「……(無言)」」」」」
各々に、思い浮かぶ顔はありそうな沈黙だ。
ならば、意外性のあるところから訊いてみよう。
「セシリアは知ってる?」
「あの、ひと」
黒髪おかっぱの上に、猫耳標準装備で、なおかつ『魔法』で猫目なので、完全にアレなセシリアが、前方を指差す……って、ええっ?
「「「「「……ええっ!?」」」」」
たしかに人影がある。
俺みたいな長い黒マントで、顔は『仮面』で……隠してない。
『仮面』を半分ずらして、何か食ってるし。
「もしや、父上? 父上ですか?」
ドロレスちゃんが人影に向かって、そう言った。
「…………」
無反応だ。
「…………(ごっくん)」
口の中の物を、嚥下したらしい。詰まらなくて良かったね。
「おい! お前、俺の事を『父上』って呼んだな?」
頬に大きな「×印」のある仮面を被った『仮面の男』が、ドロレスちゃんに向かって言った。
「…………え? ええ」
ドロレスちゃんが明らかに訝し気な表情だ。
「よく見ろ!」
男はそう言って『仮面』を脱いだ。
「「「……!!」」」
人間が『仮面』を被るのは、その顔を知られたくない時のはずなのに、あっさりとそれを外してしまうなんて。
現れたのは、どことなく、ラウラ姫やドロレスちゃんと似た顔立ちの……若い男だった。
あれ? 「父上」なんて年齢の人じゃないよ?
「……誰?」
ドロレスちゃんが、俺を向いて言った。
「イヤ、俺に訊かないで」
そんなこと訊かれても困るがな。知らんがな。
「お前こそ……ラウラに似てるな? そっくりだ。あいつよりずっとデカいけど」
男は……まだ二十歳前後くらいだった。
くしゃくしゃした短い金髪で、青い瞳だ。
なんか苦労してるのか、疲れ切った中年のおっさんのような覇気のない感じだ。
でもって、ラウラ姫を知ってるのか?
「えーっと、失礼ですけど、どなた様で? ここ『王宮』の中ですよ? 不審者さん」
言ってみた。
「不審者じゃねーよ。俺は……俺は……この国の……元の第二王子だよ」
男は愚図愚図とした態度だ。
「ああ、『灰狼』さんの弟子の?」
『灰狼』さんは、シンシアさんの父君の二つ名だ。
ラウラ姫やドロレスちゃん、そしてシンシアさんといつだったかそれぞれの「家族」の話をした時に聞いた話だ。
「……!」
ぎくっ、としてる。
次郎氏も名前聞いただけで、ビビってたし、まだお会いしたことないけど……余程怖い人なのか?
「お、お前、『先生』の名前は出すなよ。もう2年前に辞めたんだよ」
何を辞めたんだろう? 剣術か?
そして、その娘さんが近くにいるんだけどな。面識ないのか?
「元の第二王子? だとしたら……どうしてここに居るんですか? 兄上。あたしは『七の姫』です。あなたの妹になります」
「ああ……初めて会うな。俺の妹か……」
初対面の兄妹って……スゴい話。
王家の男子は、16歳で成人すると『選王剣・抜刀の儀』に挑まされて、失敗すると平民に落とされて『王宮』から追い出されるとか聞いてる。
この人、「本来ならば絶対に居てはいけない場所」に居るわけか……。
だから『仮面』被ってるのか?
ドロレスちゃんは、あのク○爺さん家に養女に入ってるから、『三人の王女』ではないけれども、いちおう貴族令嬢だからな。
まあ、そういう事を言い出したら、俺も自分のポジションがよく判んねーな。
今は抑えつけが無くて、ブラブラしてるしな……って俺様の俺様のコトじゃないよ? 俺自身のコトだよ? って、これもどーなんだ?
「……どうして、こんなところに? しかも地下に潜んでるなんて」
ドロレスちゃんは、遠慮なく訊ねた。
ほぼ初対面とはいえ「実の兄」なのに。
「……食うに困って」
「「「「「……はあ?」」」」」
「居場所もなくて」
「「「「「……はあ?」」」」」
「ここなら、湖の魚食えるし」
確かに湖畔の建物なので、窓から糸垂らして「釣り」出来そうなくらいに水際にある。
そして湖の魚? きやつらは俺の憎き敵ですが? 敵の敵は……。
「湿ったパン置いとけば、排水管辿って、ヌメヌメスベスベが這いあがって来るし」
あのデカいカタツムリみたいなの、喰うのか?
ムリですっ。お味方出来ませんっ。
でも、それってどういうことだ?
「――湿ったパンに……あいつら、寄って来るんスか?」
話の本筋からズレてるけど、気になったので訊いてみた。
『冶金の丘』でお世話になったパン工房のスウさんが、あいつら大嫌いって言ってたけど、何かトラウマになるような事があったのかも。
「あ? ああ。そうだよ」
妙な顔で頷かれた。
「断っとくけど、食うんじゃないぞ。あんなエグ味のある渋苦いモノ食えないしな。『塗り壁組合』に売るんだよ」
食うんじゃないなら……なんで味を知ってる?
てか、アレって毒があるらしいのに。
そして『塗り壁』って日本の妖怪じゃないよね?
壁を塗装する仕事だとは思うけど、俺の脳内ではそう変換されてるな。
「そーなんスか?」
とりあえず、異世界の謎事象なので、テキトーな相槌を打っとく。
「知らないのか? 『白百合の小宮殿』って真っ白だろ? 昔は違う色だったけど、『王都大火』で黒焦げになったから、湿ったパンでヌメヌメスベスベをおびき寄せて、真っ白に塗り固めさせたんだぜ!」
元・第二王子は、どことなく自慢げにそんな事を語った。
ヌメヌメスベスベは、ヌメヌメと這いまわった跡が、白い炭酸カルシウムの被膜で鍾乳石みたいにスベスベになるという謎生物だけど、それを人間が積極的に利用するって話は初めて聞いた。『塗り壁』ってそういう意味か。
そんで火事で焦げたのを白く塗ったとか……某国の大統領官邸みたいだな。
イヤ、あれはなんかの戦争で焼き討ちされて、燃え残りの焦げた資材で再建したから、それを白塗りしたんだった。
プリムローズさんがなんかの雑談で、そう言ってた。
ん? あれ?
「『王都大火』って、こんなとこまで火の手が回ったんスか?」
燃えたのは「火元」になったっていうミーヨの実家があった『東の街区』だけじゃなかったのか?
てか、幅が100m以上もある『永遠の道』をあいだに挟んで、さらに人造湖まで越えて、「火の粉」がこんなところまで飛んで来て「延焼」するなんて……絶対にあり得ない。
「そうだよ。そん時、俺、ここに住んでたんだぜ! へっ」
威張るなよ。
なんか殴りたくなるわ。
でもこの人から、いろいろ話を聞き出したいな。口軽そうだし。
訊いたら『選王剣・抜刀の儀』についても教えてくれそうだ。
「なるほど、事情はだいたい分かりました。じゃあ、今、警備の『兵』を呼びますから」
ドロレスちゃんが無情な事を言う。
実は『小宮殿』の外に何人か居るらしいのだ。女性の警備兵が。
「おいおいおい、そりゃねーだろ?」
みっともなく慌ててる。
「いえ、いくら同父兄でも、貴方はやっちゃいけない事をやっちゃってますし」
ドロレスちゃんは冷たい声だ。てか、君もどーなんだ?
「ちっ、こうなったらヤムをエム」
流行ってるのか? それ?
「俺はもう行くぜ。あばよっ!」
元・第二王子は小悪党な小芝居をして、逃げ去ろうとする。
「あ、王子さま。これをどうぞ」
俺は、彼に「あるもの」を手渡した。
「お? おお、すまねーな! じゃあ、ラウラにゃ黙っててくれよ、あばよっ!」
そう言って、地下通路を駆け抜け、そのままどこかに行ってしまった。
もしかして、この地下通路自体にも「抜け道」があるのかもしれない。後で、もう少し詳しく細部を探索してみた方がいいのかもしれない。
俺はドロレスちゃんの手を握り、追いかけさせなかった。
「……」
ドロレスちゃんが、珍しく困り顔だ。
「甘いですよ。お兄さん。それで……何を渡したんですか?」
「失敗作」
ドロレスちゃんは見てないか……あの珍妙な宝石『凍ったお○っこ』を(笑)。
「……はあ?」
「おっぱい、パクっ?」
クリムソルダ嬢が、いらん事を言った。
イヤ、そんな事言うんだったら、喜んでそうするよ?
俺、「陥没◎頭」大好きだよ(笑)。
◇
「結局、あのひとが『仮面の男』の正体? 居場所が無くて、『白百合の小宮殿』に勝手に隠れ住んでたのかな?」
ミーヨが言う。
「ああ。……かもな」
てか、それも切なくて酷い話だな。
何か「仕掛け」のある「絶対に抜けない剣」に挑戦させられて、最後は追い出されるんだもんな。
『王都』への旅の途中に、プリムローズさんから聞いた話だけど、『女王国』って、男は絶対に王位に即けないらしいよ。
そんで、それに反対する抵抗組織が、存在してるらしいよ。
ずっと前に、何かの時にミーヨが言ってた『密猟者組合』って名前だそうだよ。
「で、情報をまとめると、『涙目』の『仮面の男』って、姫やドロレスちゃんのお父さんの事なの?」
ほぼ間違いなく、そうだろうけれども確認だ。
「はい。盲目なんです」
「目が……見えないの?」
「はい。父もやはり、『王都大火』の時に負傷したそうで……顔に酷い傷が残っている上に、目が見えないんです」
「…………」
だから、話したくなかったのか……。
「…………」
俺はミーヨの手をとって、しっかりと握った。
きっと、その人も、愛する誰かを守るために、そんな傷を負ったのかもしれないな……。
「恥ずかしい話なんですが……父上も『突撃槍騎兵』として、ヤリに来てた時に、『大火』に巻き込まれてしまったそうで……」
ドロレスちゃんがさくっと言った。
「「「「「……」」」」」
みんな困ってるじゃないか、そんな事言い出されても……。
「いい話」かと思ったら、またまた残念な方かよ。
◆
だって、コメディーだもの――まる。




