009◇黄金をめぐる成功と失敗
「きれいなとこだね。――初めてなのに、見たことある気がする」
ミーヨが呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「イヤ、お前何度か来たことあるって言ってたぞ」
デジャヴ気取ってもダメだぞ。
門を抜けると、意外に瀟洒な街並みが広がっていた。
赤っぽい煉瓦と白い岩みたいなブロックを、いろいろな積み方で組み合わせた綺麗な建物がいっぱいあった。
「あの白いトコは『永遠の道』の端っこを削り取ったヤツだよ」
ずっと見てたら、ミーヨが教えてくれた。
炭酸カルシウムの塊ぽかった『道』は、建築材料としても使われてるらしい。
「あの継ぎ目に塗ってある『もるたる』も、『道』が原料なんだって」
「……へー」
詳しく知らないけどセメントって、石灰石とかを高温で焼いて作るんだっけ?
「お花も綺麗だね」
建物の軒先には、色とりどりの花々が飾ってあった。
チラホラと蝶が飛んでるのも見える。この世界の人間って『地球』から連れて来られたっぽいから、植物だの虫だのも混ざってたのかな? ミーヨは『方舟』とか言ってたけれども……。
にしても『冶金の丘』って言うから、素っ気なくていかつい感じの工業都市を想像していたので、ちょっとびっくり。
街に入ってすぐの、半円形の広場がロータリーのように機能していて、馬車や人の群れがそれぞれの目指す道へと分散していく。
俺とミーヨはとりあえず、どっちに行ったらいいのか分からないまま、後続の人たちのジャマにならないように、適当な道に突き進んでしまっていた。気付くと近隣の農村から来たらしい朝市用の野菜を満載した荷馬車が、最後尾のつもりでいた俺たちの後ろにいっぱい並んでいたのだ。
「んー……子供の頃だったから……あんまり覚えてないの、でも確か――この道をまっすぐ行くと、高い塔のある広場に出るはず……だったような気がする」
ミーヨが、遠い記憶を探っているような表情だ。
「――うろ覚えなんだな」
ちょっと不安になる。
狭い道をしばらく進むと、明るく開けた場所が見えた。
「ほら、広場!」
ミーヨが俺を振り向いて、にこっと笑った。
(右目・撮影)
パシャ!
よし、広場の塔を背にしたミーヨの笑顔が撮れたはず。
来るべきラッキースケベ・イベントに備えて、撮影の練習も頑張ろう。
ここに来るまでに、何枚か『光眼』で撮影したけど、まだそれを表示出来るか確かめていない。
脳内でサムネイル表示とか出来ないかと、念じてみたけどダメだった。
……不便だ。不便すぎる。
そして、任意の画像を削除出来るかどうかも未だ分からない。
任意の画像を検索・削除出来ないと――なんか重要な画像見るためにスライドショーやってる間、変な画像がだだ流れになるのか?
どんな羞恥プレイだ。それ、マズいがね。
そんなことを考えていたら、
「ジンくんっ!」
少し離れたところからミーヨに呼びかけられた。
「はやくっ」
もちろん両手には『卵入り肉団子』の鍋。
……かわいそうになって来た。
◇
円形の広場は、朝の時間帯らしくて、カラフルな野菜の露店が多かった。
俺たちと一緒に街に入った荷馬車も、荷解きして露店を始めていた。
昨日ゴロゴロダンゴムシに食べさせた「青い豆」が、なぜ『虹色豆』なのかが分かった。
「収穫する時期によって、色がいろいろ変わるんだよ」
ミーヨが教えてくれた。
初夏には青で、暑い時期は、深緑。秋には、クリーム色から黄色。そして赤。初冬にはこげ茶色。真冬には真っ黒になって、それぞれ風味や味が変わるらしい。
ある乾物屋の露店で、それがフルコンプリートされていて、もの凄くカラフルだった。
でも、その色彩って、雨上がりに空に出来る虹とはまったく違う。
「色とりどりの」くらいの意味が、俺の『脳内言語変換システム』では、「虹色」と翻訳されていたらしい。
アニメ『多田君は○をしない』の劇中ドラマ『れ○ん坊将軍』とは、完全に無関係のようだ(※そりゃそうだ)。
他にも、ミーヨが野菜の名前を教えてくれる。
「マールネギ」
まーるい玉ねぎだ。ちょっと赤みかがってる。
「クサヤネギ」
大ぶりで、薄い黄色のニンニクみたいなやつだ。臭そうだ。
「ナーガネギ」
うねった緑色の蛇みたいな長ネギだ。白いトコがほとんど無い。
ネギばっかだ。
あ、「ポタテ」もある。真っ赤なメイクイン(※ジャガイモ)みたいな粒だ。
俺が知ってる野菜もあれば、ぜんぜん見た事も無いような野菜が色々とあった。
「ミーヨ。あれ、なに?」
「お野菜」
よそ見しながらの、雑な返事だ。
田舎の村から出て来たミーヨにとって、露店の豆や野菜は興味がないらしい。彼女的には、ぜんぜん珍しさがないんだろうけれども。
その代わり、『街』の都会的(?)な部分に、気が惹かれているらしい。
俺からすれば、そっちの方がどこでも似たような感じに見えるけどな。
ただ、まだかなり朝の早い時間なので……あんまり開いてる店が無い。
『永遠の道』からでも目立っていた広場の真ん中にある高い塔は、対空監視と警報や時刻の鐘を鳴らすためのものらしい。
たぶん『空からの恐怖』に対するものだろう。
――逆にこの塔を押さえられたら、この街かんたんに制圧されちゃうんじゃないのかって気もする。
いろいろ興味をそそられるけど、両替しないと買い物も何も出来ない。
『両替商』とか言う店があるらしいって話だ。
円形の広場に面した建物は全部、同じ様式のアーチで支えられたアーケードっぽい感じで統一されていた。街に入ってすぐに目に付いていた赤い煉瓦と白い岩のツートンカラーだ。遠目だとピンク色に見えないこともない。
街のあっちこっちに「目」があるな。
なんかの「魔除けのおまじない」か「お守り」っぽい。
そして「目」と言っても、トボケた感じで眠そうな「半目」なので、威圧感は無い。
ミーヨに聞いたら『全知神の瞳』って名前だった。
こんなんだっけか? よく覚えてない。
見渡すと、異世界から転生した俺にも理解出来るような看板もある。
刃物とか、食器とか。服とか。扱ってる商品のアイコンだろうと思われる。
ゲームやアニメと違って、武器屋とか魔法のお店とか『お○なの防具屋さん』とかは無いっぽい。エロ装備は買えないみたいだ。残念。
でも、どう見ても「猟銃」みたいな絵もある。興味深い。
銃あるっぽいよ。『魔法』で撃つのかな?
……ただ、やっぱり開店してない。
営業時間は何時から何時までなんだ?
てか、「時間」とか「時刻」の数え方知らないな。
「あ! あれかなあ?」
コインをかたどった看板を見つけた。
「そうみたい。……あ、『とんかち』とこの鍋どうしよう?」
うん、そんなもの持ち込みたくない。
「昨夜みたいに預かってくれそうな子いないかな?」
探してみるものの、見当たらない。
ミーヨに教わったところによると、公共の場には必ず何人かの獣耳奴隷がいて、不特定多数の小間使いをしているらしいのだ。……なんとなくレンタサイクルみたいな扱いだ。
そんで、こういう街中だと悪さをした子供に獣耳をつけさせ、一日だけ街頭に立たせて奴隷のまねをさせる懲罰――通称『一日奴隷』と言うのもあるらしいのだ。その子に危険はないのかな?
で、ホントに犯罪を犯すと『犯罪奴隷』って事になって、罪に応じた罰と言うか「強制労働刑」が待ってるらしい。
俗に『奴隷の館』と呼ばれる施設はあっても「刑務所」は無いらしい。
なので、この世界の子供は「奴隷になりたくなかったら、悪い事はしちゃいけません!」と脅かされて、躾けられるらしい。
「……いないみたいだな」
ただ、獣耳のモトネタの、犬と猫は何匹か見かけた。
あと鳩っぽい鳥がいる。よく猫と一緒にいるなー。
人間と一緒に、地球から連れてこられたんだろう、たぶん。
「しょうがない。持ってこう」
『とんかち』は長い柄を立てれば下の円筒部は、ドラム缶くらいなので、無理すれば建物のドアも出入り出来そうだし、錬成による身体強化を行った効果なのか、特に重いと感じることもなく、余裕で運べる。
◇
俺たちは『両替商』の扉を開けた。
商売柄、早い時間からやってるらしい。
チャリン、とコインがぶつかり合うような音のドアベルが、奥の方で鳴った。凝ってる。
「お、お客様……それは?」
店員の女性に声をかけられた。
イヤ、俺はデカい樽のような物体(『とんかち』)を引きずってるし、ミーヨの手には『卵入り肉団子』の鍋がある。
両替商を訪ねるには、ちょっと相応しくないし、怪しかったかもしれない。
「金貨の両替をお願いしたいんですが」
こっちは客だし、縮こまっていられない。
「はあ? では、こちらに……」
女性は『ホントに金貨なんて持ってるのか、コイツら』という目でこっちを見ながら、窓口の方に案内してくれた。
うん、まあ疑わしいよね。
「お客様は初めてのご利用でいらっしゃいますな?」
裾の長い飾りコート(この世界の正装らしい)でビシッと決めた鑑定士を名乗るおっさんに訊かれた。
「「……(こくん)」」
俺とミーヨは無言で頷く。二人とも緊張していたかもしれない。
「では、両替する前にお客様がお持ちいただいた金貨の真贋を鑑定・確認させていただくことになりますが、よろしいですかな?」
「はい、今お見せします」
ミーヨが鍋を足元に置いて、『とんかち』の物入れから例の『金貨袋』を取り出そうとする。
「あ、あれ? あれ」
……なんか手間取ってる。
「な、ない! ジンくんどうしよう? お金なくなっちゃった!!」
ミーヨが青い顔して俺に言う。
「え、どういうこと?」
「これ……」
ミーヨが『金貨袋』を寄こす。
俺がそれを掴むと……ぺしゃっ、と潰れた。
(中身が――――ない!)
「どどどどうしよう? 盗まれちゃったのかな?」
今までにないくらい、ミーヨが慌ててる。
「え? どういうことだ? 最後に確認したのはいつだ?」
「今朝。列に並ぶ前に一度……街に来るまでのあいだは――見てない。どうしよう、なくなっちゃった。……ジンくんがわたしを信じて預けてくれたのにっっ」
ミーヨが泣き出しそうだった。
(朝に確認してその時はあった……そして、ここに来るまでの間になくなった?)
……なるほど、そういうことか。
「分かった、ミーヨ。犯人は俺だ!」
「え?」
ミーヨがぽかんとしている。
(右目・撮影)
パシャ!
レアな表情で可愛かったので、いただきました。
「「…………」」
店員の女性と鑑定士のおっさんが、俺たちの小芝居を何とも言えない表情で眺めていた。
「ちょっと隅をお借りします」
俺はミーヨに説明するために、窓口から離れて店の端っこに連れ出した。
「実は……」
街に入るために列に並んでいた時、俺は(天然の露天式)トイレに行っていたのだが――それは大だったのだ。
◆◇◆
――久しぶりの大物の予感だ。
『固体錬成』を試すチャンスだ。
俺は『魔法』を使えない代わりに、自分の体内にあるモノを『錬金術』とやらで、何か別のモノに錬成り替える事が出来るのだ! ……たぶん。
既に●(液体)と●(気体)は、コツを掴んだ。
残るはいよいよ●(固体)だ。ぶっちゃけて言うと……俺の「ウ○コ」だ(泣)。ソレを別のモノに『錬成』するのだ。
ミーヨとは『赤い石』を錬成する約束になってるけど、同じ種類の『宝石』じゃないと意味がないだろうから、あとで『宝石』を売ってるような店を探して、そこでどの種類の『宝石』かを特定してから錬成ろうと思うので、それは後回しでいいだろう。
やはり錬金術といえば――金。
狙うは――純金。
山吹色の、黄金ウ○コだっっ!
(行くぜっっっっ!)
うん、我ながら……カッコ悪い。ミーヨの言うとおりだ。
(固体錬成。純金)
…………。
結構な間があった。
チン!
この音と共に、下腹部(てか直腸)からきゅうううんと体温が奪われた。
金は熱伝導率が高いからかもしれない。
めっちゃ冷えた。
「…………重い」
ソレは自らの重さで下がっていく。
ずるずると腸壁を引きずりながら、この惑星の引力に引っ張られて、ドサっ、と地面に落ちた。
――一種異様な快感があった。
イヤ、これでBLに目覚めたりはしないよ?
「……」
見ると、どっかのビール会社の屋上にあるようなカタチの、黄金のウ○コが、地面で湯気を立てていた。
「ふっ……」
ソレを確認し終えた俺には、自然に笑いが漏れていた。
「くっくっくっ……」
笑いが止まらない。
「は――っはっはっはっはっは」
前世・今生を含めて人生初の三段笑いだ。
「勝ったな」
笑いがおさまると、どっかの副司令みたいなセリフが出た。
出現した黄金ウ○コは、近くの水たまりで洗って布で拭いたあと、『旅人のマントル』の首の後ろについてるフードの中に隠した。
喉元が引っ張られるけど、黄金が中に入ってると思えば苦痛ではない……てか逆にこれからの旅路で、お金に困ることはないのだ――と思うとその重みこそが心地いい。
「ふははははは!」
俺はもう一度大笑した。
◇
「で、ソレがこれ」
俺は今朝採れたての黄金ウ○コをミーヨに見せた。
そんなには大きくない。元の金貨が手のひらにおさまるくらいだったし。
「うわあ、ホンモノみたい」
イヤ、何のホンモノだと言うんだ?
本物の●(固体)なら、ダイオウフンコロガシとか言う謎生物が飛んで来るんじゃないのか? ハエすら寄って来なかったぞ。てかいるのかな? この世界にハエとか。
「これを換金してもらえばいいだろ? ごめんな、心配かけて、俺もこうなるとは思ってなかったんだ」
「う、うん。これって換金出来るのかな?」
さあ?
◇
黄金が生まれ、金貨が消える。
――俺のやってる『錬成』ってつまり、そういう事だったのだ。
俺の周囲……大気中、土の中、水の中、周りの物体……そういったところから、必要な元素を『守護の星』とやらで集めて、元々の俺の体内にあったものと置き換える――イヤ、『金貨袋』に俺のホンモノが無かったところを見ると、等価交換的なものではないみたいだけど――そういう類の能力だったのだ。
一体どうやって物質の分解やら運搬やら再構成やらをやってるのかは不明だけれども。
無から何かは生まれないし、すべての物体は元素で出来ている。
元々は、水素と水素が恒星で核融合を起こして、ヘリウムとなり、その後も核融合や核分裂(アルファ崩壊やらベータ崩壊)を繰り返し……元素合成は続いて――太陽くらいの恒星ならば、『鉄』くらいまでしか作れないはず。
元素番号79の『金』は、超新星爆発の超強力な核融合だったか中性子星の合体ではなければ出来ないはずだ。
前世の記憶の中に、どこかの超新星爆発だったか中性子星の合体で金がいっぱい生成された――というニュースを見た覚えがある。そのどっちだったかまでは憶えてないけど。そんで「中性」同士で「合体」かよ? ……って、そんなんはいいか。
そして――誰がどう考えても、俺の膀胱やら直腸で核融合なんて起こせるはずがないし、そうである以上、無いモノは体外から持ってくるしかないわけだ。
今回たまたま金貨があったから、それを原材料として黄金を『錬成』出来たけど、近くに、必要な元素が無ければ絶対に出来ないはずだ。
――これって泥棒だ。元素泥棒。
なんというか、早目に気付いて良かった。
他人の金庫やら宝箱の近くで、コレをやってたら、無自覚に窃盗罪を積み重ねていたかもしれない。
(『前世』ですごく悪いことした人の『魂』がこの世界に来ると、『奴隷の印』がついて生まれてくるんだって)
俺はミーヨが言っていた言葉を思い出していた。
……獣耳奴隷とかイヤだ。なりたくない。
俺はホントのところは小心者の「小市民」なのだ。
◇
「……いや、我々はあくまでも貨幣の両替が仕事でね。地金の買い取りはしていないのだが……それにしても、何だ、このカタチは?」
ふと我に返ると、そんな声が聞こえた。
俺がうだうだ考えている間に、ミーヨが黄金ウ○コを鷲掴みにして窓口に持って行っていたようだ。勇者のような行動力だ。
「純金の……置き物なのか? 見たことがあるような、無いような」
鑑定士が呻いてる。
ソレのカタチは、先端が丸くて、後ろの方が尖っている。
細長い涙滴状で、ところどころデコボコしている。
うん、これってウ○コに似ている――って当然か。
「出来ないんですか? 換金」
ミーヨが頑張ってるけど、無理そうだ。
「この街には『冶金組合』がある。我々はその領分を冒すようなことは出来ない、どうしてもお金に換えたければ『冶金組合』に持ち込むしかないだろうね」
「『冶金組合』ですか? それはどこにあるんですか?」
「『丘』だよ。丘全体がそうだ。しかし……出所を訊かれるだろうね。奇妙なカタチをしているし」
「はあ」
「で、どうするね? 両替する金貨が無いのであれば、もうお引き取り願いたいが」
鑑定士が俺たちを見る。
「おじさま、ちょっと隅をお借りしますね」
ミーヨは俺の手を引いて、店の端っこに連れ出した。
さっきの逆パターンだ。
「ジンくん。実は一枚だけ金貨が残ってるの」
ミーヨが俺に耳打ちする。
「え? ぜんぶ消えたんじゃないのか?」
「実はね、万が一のことを考えて、一枚だけ肌身離さず隠してたの」
――つまり、他の人が身に着けているものは『錬成』の材料には使われないってことか。
ふむ、いい情報だ。ミーヨ君。
「でね、パンツの中にあるんだけど……それ両替しようか?」
ミーヨが恥ずかしそうに、秘密を打ち明けた。
(パパパパパパパンツの中だとぉ!?)
「待て、ミーヨ。お願いだからそれは手放さないでくれ!」
「ああ、そうだよね。何かあったら困るもんね。蓄えは」
「イヤ、違う。俺の宝物にするから、俺にくれ!」
俺はミーヨの言葉を遮って言った。
「…………うん、あとでね」
ミーヨのペリドットの瞳には、輝きがなかった(笑)。
◇
俺は唐突に、まるでとってつけたかのように大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。俺も一枚持ってたわ!」
前にミーヨに神様の絵姿を見せようとして、『金貨袋』から取り出して、なんとなくそのまま持っていたやつだ。
俺たちは窓口に戻って、『太陽金貨』一枚を差し出された黒い板のトレイの上に置いた。
実はニセモノでした――というオチはなく、きちんと鑑定されて両替してもらえた。
両替の手数料は約一割だった。鑑定料も込みらしいけど……けっこう取るのね。
で、俺たちは『明星金貨』3枚と『月面銀貨』4枚と『地球銅貨』16枚を手に入れた。
◇
店から広場に出て、『とんかち』を椅子代わりにして休憩中だ。
「ええと、金貨が銀貨8枚で、その銀貨が銅貨16枚で……つまり最初の『太陽金貨』が銅貨512枚? さらにその下にちっこい銅貨? だ――――っ、誰だこんなの考えたの? 殴ってやりたい!」
「大丈夫、いざとなったら、全部銅貨にしちゃえば――あれ? 両替の手数料で大損する気がする?」
俺たちは頭がこんがらがっていた。
ミーヨのいたボコ村とかいうところは辺境の小さな村で、村の中では物々交換の方が多かったそうで、彼女もなんか不慣れでよく知らない感じだ。
それはそれとして――
『太陽金貨』は『明星金貨』4枚。
『明星金貨』は『月面銀貨』8枚。
『月面銀貨』は『地球銅貨』16枚。
『地球銅貨』は『小惑星銅貨』32枚
――という通貨体系なのだ。
そんで、どうも両替レートは固定されてるみたいだ。
イヤ、そもそも「レート」なんて無いらしいけれど。
「だいたい何で、ぜんぶ4の倍数なんだ? 面倒くさい」
十進法でいいやん。
「それは、ほら、神様の指が4本だから?」
ミーヨが前にしてみせたみたいに、薬指を曲げて4本指をワキワキさせる。
「……そこで繋がるのか? 釈然としないなぁ」
異世界に転生した身だから、この世界に慣れるしかないんだろうけど。
『明星金貨』はその名の通り、キラキラした星の刻印だ。八芒星だ。それが両面にある。「明けの明星」と「宵の明星」って事かな? そんで表面に傷が多い。金の含有率が高くて柔らかいのかも? 金貨って噛んだら歯型がつくって言うしな。
ところで『月面銀貨』って何なんだろう?
昔はこの惑星にも月があったのかな?
でもって、空にいつも見えてる白い環『みなみのわっか』は、月のなれの果てなんだろうか?
そしてこの銀貨、丸い「わっか」が描かれてるだけで、ひっくり返してみると、裏はただ真っ黒だ。
硫化銀? 毒じゃないのか? 違ったっけ? 硫黄分で黒くなるんだっけ?
これって、地球の月みたいに「潮汐ロック」で裏側が絶対見えないって意味?
でも、ミーヨに訊いたら、月みたいにデカい衛星は無いらしいんだけどな。
とにかく、コレがいっぱいあったら『オ○●』で遊べそうだ。
頑張って64枚貯めて、後で必ずやったろ(笑)。
『地球銅貨』は、10円玉みたいな銅貨(合金だろうけど)だった。刻印は麦と鳩だ。実に平和的だ。でも『地球』だと、組み合わせはオリーブと鳩じゃなかった? そして裏にはまた八芒星だ。魔法を使うと見える虹色のキラキラ星は五芒星なんだけどな。
『小惑星銅貨』は『地球銅貨』と同じ材質らしいけど、二回りくらい小さい。ちなみにコレは、ミーヨが小銭入れに持ってたヤツだ。指先にちょこんと乗るくらいの大きさだ。
そしてコレには「X」。ローマ数字の「10」じゃないだろうから、ナニコレ?
あ、裏側は「○」だ。コイントス用? 何故に○×?
……とにかく、まだまだ知らないことばっかだ。
「お金も出来たし、ハンナさんのとこに行こっ」
ミーヨが前向きだ。おでこが輝いてる。
「ハンナさんってどこにいんの?」
『卵入り肉団子』+鍋の代金を置いてこなきゃならないのか。
「ハンナさんも『丘』で商売してるって言ってた。ちょうどよかったね、その……アレも売れるし」
「アレって何だ? 分かるように言ってみ」
ちょっといぢわるに言ってみた。
「もお、ジンくんのいぢわる。黄金の、おち○ちんだよ――あ、間違えた!」
「ぶっ」
俺は噴き出した。
「うううっっ」
本気で、素で間違えたらしい。
ミーヨの顔が茹で上がってる。おでこまで真っ赤だ。
「ミーヨのえっち」
「し、しかたないよ。ホントに1.5倍になっちゃったんだから!」
ミーヨはまだ赤い顔で、あらぬことを口走る。
「だから、それもうやめて……いつまで言うの?」
ちょっと恥ずかしいです。
そんな俺たちの、夫婦漫才みたいな様子を見ていた少女がいたことに――この時はまだ、気付かなかった。
◆
面倒な設定をして後々まで後悔することに――ばつ×