080◇双丘大宮殿
「「「なんじゃ、ありゃ――っ!!」」」
俺とミーヨとドロレスちゃんは絶叫した。
本日の目的地の『大宮殿』なんだけど……。
――なんというか……極めて「特殊な形状」だった。
「地球の『宮殿』って英語で『ぱれす』って言うでしょ? 元々は『ろーま』建国の王『ろむるす』が住み着いた『ぱらてぃーの』っていう『丘』が語源らしいわよ?」
プリムローズさんが、俺にしか通じない『地球』のウンチクを教えてくれた。
まあ、まあ、『丘』というか「おわん型」の白い『丸屋根』なんだけど……問題はそれが双つ並んでる事だ。
それはまるで――
「うむ。おっぱい」
ラウラ姫が力強く言った。
「さすがに四分の三分の一(32日)ぶりだと懐かしい」
そう、完全に「おっぱい」の形なのだ(笑)。
しかも、かなりの美乳だ。
大きさ的には、昨日から別行動になったロザリンダ嬢や、さっき木靴を拾ってしまったその妹のクリムソルダ嬢にはまったく敵わないけど……シンシアさん級だ。ちなみにシンシアさんは「かなりの」じゃなくて「凄い美乳」だ。
そっかー、馬車の中でポーニャ嬢が言ってた『おっぱい宮殿』ってコレかー。
「あの……先っぽは、なんなんですか?」
一応、訊いてみる。
「うむ、◎首だな」
どストレートだった。
ど真ん中過ぎて、打者が驚いて見逃しそうなくらいの。
そう、色白な感じの肌色に近い丸いドームの先端に、ピンク色の突起がついてるのだ。
――ご丁寧にも。
「『丸屋根』のてっぺんに採光のための穴があるんだけど、そこから雨水が入らないように『小屋根』がついてるのよ。中には『時告げの鐘』もあるし、警備の兵士もいるのよ」
プリムローズさんの解説も、どこか空々しく聞こえる。
なんかもう、見た目が作為的に過ぎるのだ。
どう見ても、わざとやってるのだ。
おっぱいだけに「寄せてる」のだ。
もう誰がどう見ても「おっぱい」なのだ。
俺の『この世界』での初めての記憶には、母親たちのおっぱいがあったから、
(――そうか。俺、おっぱい星に生まれ変わって、おっぱい星人になったんだ……)
……とかバカなことを思ったけど、あながち間違ってもいなかったんだな。
「「……(あんぐり)」」
初めて見たんだろう、ミーヨとドロレスちゃんが口を開けて唖然としてる。
それにしても――
「おっぱいかー」
「うん、おっぱいだね」
「おっぱいよ」
「おっぱいですね」
「うむ。おっぱい」
「「「……」」」
全員参加じゃないのか? 第二侍女と第五侍女と次郎氏が無言だ。
さすがは『女王国』の女王陛下のお住まい……『おっぱい宮殿』か。
男が入ってもいいのかな?
てか、みんなして「おっぱいおっぱい」言ってる場合じゃないな。
まだ、目的地には到着していないのだ。
俺たちが乗っていて、ちょっと牽き馬にトラブルがあった2号車を待ち、停車していた1号車と合流しただけなのだ。
ちょうど、そのポイントから、おっぱいが丸見えだったのだ。
……イヤ、間違えた。正しくは『双丘大宮殿』が、だ。
◇
とりあえず、お互いに無事を確認して、また「車中の人」となる。
「馬車、出しまーす!」
馭者のお爺さんから声が掛かった。
馬車がまた走り出した。
◇
「ところでこれから向かう『おっぱい宮殿』ですけど、中に居る人たちはどんな格好をしてるんスか?」
気になったので、誰にともなく訊いてみた。
てか話題変わってねー。乳離れ出来てねー。
早速、正式名称間違えてるのに、誰からも突っ込み来ねー。
「みんな、おっぱい丸出しだといいな、とか考えてるわけね?」
プリムローズさんが応えた。
「ハ……イ、イイエ。べ、別にそんなふうには」
図星を指されて、ちょっと動揺。
「特別な日には、そうする決まりよ」
筆頭侍女がニヤリと笑う。
マジかよ?
「い、いつっスか?」
「不定期ね。王族に女の子が産まれると、そうするらしいわよ。祝福と生まれた子が母乳に困らないように、っていう祈願をこめてね」
『この世界』にはそんなナイスな慣習があったのか……。
転生して来てよかった!
「『地球』でも大地母神とか豊穣の女神って、だいたい豊かな胸を丸出しにしてるでしょ? あんな感じかしらね。まあ、中には豊かさを取り違えて、◎房がいっぱい付いてる怖い女神像とかもあるけどね」
「……はい」
プリムローズさんの「解説」が頭に入ってこねー。別の物でいっぱいで。
おっぱい祭り(笑)かー。
「ああ、でも断っておくけど、『王宮』の中だけの内内の慣習だから。一般家庭ではやらないはずよ」
って『王宮』の中だけかー。
『女王国』全体『この世界』全体の慣習じゃないのかー。
でも、
「それはとても素敵な事ですね。……そう言えば、第二王女殿下が出産間近でしたよね? 健やかな女の子が産まれるといいですね、今すぐ」
俺も強く祈ろう!
安産祈願! 子孫繁栄! 家内安全! 牛乳配達! 交通安全!
「君ねえ、次代の女王候補である『三人の王女』が女の子を出産すると、『星』を3つも獲得出来るのよ。殿下の競争相手の応援する気?」
呆れられた。
その『星』をいちばん多く獲得した王女が、次代の女王になる決まりって誰が考えたんだろう?
王家の力が削がれるのを嫌って、地球の「神聖ローマ帝国」の『選帝侯』や立憲君主国の『議会』みたいなものを設置しないで、そんなふうな制度にしてあるらしいけど。
でも『デ会』とかいう高位貴族の寄り合いみたいな集まりがあって、そこで『三人の王女』の功績を吟味・審査して『星』を与えるかどうか決める……って話だった。
その高位貴族さま方のご機嫌を損ねると、『星』が獲得なくなる場合もあるんだろうな、きっと。
◇
『おっぱい宮殿』の双つある膨らみの片方に、馬車は着いた。
近くまで来ると、先端の……ラウラ姫の言葉を借りるなら「◎首」が死角に入って見えなくなるので、小振りなドーム球場みたいな感じになる。
東側の『夢』という名のロタンダ(円形建築物)の、建物の丸みに沿った普通とは逆向きな「馬車寄せ」で降車する。
エントランスから続く広間は、呆れるくらい豪華だった。
『おっぱい宮殿』なのに、中に入ってしまうと、その手の装飾や調度品は一切無かった。
マトモだった。
てか、もしここが、下ネタグッズてんこ盛りだったら、「秘宝館」や「珍宝庫」や「下ネタ屋敷」みたいになって、下品極まりないだろうけど。
というか普通の調度品としてありそうな「裸婦画」や「裸婦像」もまったくない。
逆に健全過ぎて不自然さを感じるくらいだ。
女王陛下のお住まいだけに、男性向けのエロスを期待する方が間違ってるんだろうけど。
言ったら、そこは、単なる「豪華な宮殿」だった。
「「………」」
ラウラ姫付きの侍女を偽装しているミーヨは、没落したとはいえ、もともとは大貴族の令嬢のはずなのに、ぽかーんと口をあけて、あたりを見回している。
普段は何があってもたじろがないドロレスちゃんも、きょろきょろと落ち着かない感じだ。
ふたりはプリキ……イヤ、二人はプリムローズさんたちと違って『おっぱい宮殿』は初めてらしいし、こうなるのが普通なんだろう。
でも、ラウラ姫に付き添って、何度か来ているはずの二人の本物の侍女たちも、『東の円からの使者』として何泊かしたらしい次郎氏も、改めてその豪奢さに驚いているらしい。
むしろ、まったく動じてない俺の態度が驚かれた。
「うむ。ジンは泰然としていて揺るぎないな。怖れも怯えもない」
ラウラ姫に「大物扱い」してもらって恐縮ですが、俺は単なる「小市民」です。
凄いお金が掛かってて豪奢で華麗なんだけれども……俺自身は「21世紀の日本」から転生してきているので、そういう物質的な「こけおどし」には、あんまり驚かない。
TVやネットで見たことがあるようなモノが、ただ「そこに実在るだけ」と思ってしまうのだ。「豪華な部屋」や「豪華な調度品」ってだいたい似たような見た目だし、視覚的な新鮮味がないので、「へー、凄えなー」で流してしまってるだけなのだ。
――というのはウソで、実は外観が「おっぱい」という事に驚き過ぎて、中身はどうでもよくなっちゃってるのだ。
「では、皆さまこちらへ」
案内役らしい中年の女性に促されて、俺たちは奥へと進んだ。
◇
かなり歩いた。
入り口から続いてる大広間の豪華さに、みんなで驚嘆した後、ゆるい弧を描く曲線の廊下をひたすら歩かされた。
廊下は途中途中で、いくつか部屋のように区切られていて、装飾や調度品の雰囲気が違っていて、面白かった。
美術館か博物館の順路みたいに、テーマ別になってる気がする。
「……ぼそっ(兄上の絵だ)」
呟き声はドロレスちゃんだ。
でも、男性の肖像画なんて飾ってあったかな?
通り過ぎてるから、戻って確認も出来ないし、スルーするしかない。
また、かなり歩いた。
しばらくすると、その構造に気付いて、なんでこんなに歩かされてるのか理解した。
螺旋だ。イヤ、平面的だから「渦巻き」だ。
外観は「おっぱい」なのに「巻き貝」の中みたいに、中心に向かって渦巻き状になってるのだ。
『この世界』の人たちって、もともとは地球人の遺伝子を引いているはずなのに、ちょっと理解に苦しむ建物を見かけるけど……これがその代表みたいなもんだな。ナニコレ?
「……ぼそっ(『フユチカ』みたい)」
ミーヨの呟きが聞こえた。
そう言えば『この世界』には『ハル○カ』ならぬ『フユチカ』と呼ばれる家畜を住まわせる「冬期用耐寒地下壕」があるのだ。
パッと見は「緑の丘」か、さもなきゃ「トーチカ」みたいだけど、その内部は……こんなグルグル巻きの「巻き貝」みたいになってるらしい。
『おっぱい宮殿』までの道も「渦巻き」だったしな、これも「防衛上の配慮」ってやつか?
この宮殿を外から見ると、建物三階分くらいの高さの上に「おっぱいドーム」が乗ってる感じだった。
ここは天井はそんなに高くないし、この上にあるだろう「二階部分」を直線的に進めばドームの中央部には、すぐ着けるはずなのに、巻き貝の殻の中みたいなとこを、わざわざグルグルと渦巻き状に歩かされてるので、意地の悪い嫌がらせに思えてくる。
ラウラ姫は普段から鍛えてるし、慣れているのかスタスタ歩いて行く。
その筆頭侍女のプリムローズさんも、普段から姫の行動に合わせて動いてるせいか、歩くのが速い。
もしかすると『前世』から、そうなのかもしれないけれども。
第二侍女ポーニャ嬢と第五侍女アルマメロルトリア嬢も、黙ってそれに連いて行く。
馬車の中での話が色々と途中になっちゃって気になるけど、案内役の女性がいるし、ここでは話も出来ない。
俺と次郎氏も、何も文句は言えない。ついて行くだけだ。
ただ、次郎氏は、誰か人でも探してるのか、『王宮』の職員(?)らしい女性とすれ違うと、いちいちその顔を確かめているような感じだ。
いちばんの殿の、ミーヨとドロレスちゃんが大変そうだった。
事情があって、大きな手提げ鞄を持ってるのだ。侍女としての序列が低い彼女たちの「お役目」だそうで、持ってあげようとしたら、俺が怒られた。
そして――
やっと中心部に着いたと思ったら、そこには大きな螺旋階段があった。
また「渦巻き」だ。目が回りそう。
ちょっとうんざりしながら螺旋階段……じゃなくて、見たら坂道だった。
みんなでスロープを登る。
傾斜はゆったりと緩やかで、先行する子のパンツが見えたりする事はなかった。
車椅子でも登れそうなバリアフリー設計だった。てかホントに車椅子用なのかもしれない。『女王国』の王族の女性は長命らしいし。
角度が緩すぎて、逆に登りづらいスロープを登りきると、二階部分だ。
天井の高さは、まあ普通だ。
すると、さらにこの上が「おっぱいドーム」か。
にしても『音の宮殿』にあったみたいな観覧車風の「昇降機」は無いのかな?
二階は……登って来た螺旋スロープのある広間から放射状に区画化されてるみたいだ。
今度は「巻き貝」じゃなくて「花」か?
こういう構造で上のドームの重さを支えてるんだろうか? よくわからん。
花びらのうちの一片を、外縁に向かって歩く。どこに連れてかれるんだろ?
二階は『王宮』に住み込んでる人たちの居住区みたいな感じなのか、どこかに人の気配がする。
というか、女官らしい服装の女性たちと、かなりすれ違うようになっていた。
俺やアルマメロルトリア嬢みたいに、多人種の特徴が混ざった浅黒い肌の女性たちが多い。
ただ……頭髪の色が、様々色々だ。
中にはアニメキャラみたいな、ド派手な髪の色のひともいる。
地の黒を、わざわざ何かで脱色して、好き勝手に染めてる感じだ。
オオババちゃんとかもそうだったけど、黒髪って流行んないのかな?
にしても、すれ違うたびに、ふわりとした残り香を感じる。いいニホイだ。
みなさん、細かい所までお洒落さんだ。
「「「……(じろじろ)」」」
男が珍しいのか、めっちゃ見られてる。
ただ、美形の次郎氏がいるので、そっちの方が注目度高いけど……。
俺ってフツーに服着てると、わりと目立たないらしいしな。
ちょっと悔しい。やっぱ全裸(笑)で来れば良かったかな?
(あの……お方、先日の……)
(……第一王女殿下の……)
(……失態の……原因の……)
でも次郎氏への視線は、好意的なものだけじゃないような気もする。
窓のある外縁近くに、直線的なスロープがあって、そこを登って三階部分に進む。
壁が……てか天井が丸みを帯びている。
これドームだな。
やっと「おっぱい」か。
◇
案内役の女性に、ここで待つようにと言われて通されたのは「控えの間」だった。
「「「「…………」」」」
全員同じ「控えの間」に通されて、女王陛下との「謁見」までの長い待ち時間に耐えている。
フリードリンクらしいティーセットが置いてあるけど、誰も手をつけない。
そんなん飲んで、『おトイレ』に行きたくなったら面倒だからな。
俺、『この世界』の酸っぱい『赤茶』。わりと好きなんだけどな。
そう言えば「謁見」の後は「お茶会」だって聞いてるな。
なにしろ『王宮』の「お茶会」だし、『赤茶』の最高級品で、●(液体)そっくりだと言う『黄金茶』出るかもな。
俺、まだ飲んだことないんだよな。
……もちろん両方ね。
「「「「…………」」」」
それにしても待ち時間が長い。
沈黙が重い。「沈黙は金。雄弁は銀」だっけ?
こーゆー場面だと整合しないか? 関係無いけど、某アニメの敵方が「性豪騎士」に聞こえて困ったよ。
それはそれとして、『この世界』では、一日約25時間を16分割して、その約90分刻みを、一打点、二打点……と数える。
鳴らす『時告げの鐘』の数に因む呼称だそうだ。
そして、それより短い時間の単位を「ツン」という。
一打点が「90ツン」で、体内時計的な感覚で計ってみると、1ツンはだいたい地球の1分と同じくらいな感じだ。
で、俺たちは既に40ツンは待たされている。
もうツンツンし過ぎだ。攻略はもう諦めたい感じだ。
「「「「…………」」」」
みんな無言だ。
プリムローズさんによれば、こういう場所って、どこかから「見張られて」いるらしいので、みんなで暇潰しのゲームで盛り上がる、とか出来ないらしいのだ。私語厳禁で早弁禁止だ。ドロレスちゃんがお腹空かしてる感じだ。
確かに、壁や調度品に「目玉のマーク」みたいなのが付いてるけど、これで見られてるのかな?
たしか『全知神の瞳』とかいう名前の飾り物だ。
『地球』だと、「邪眼」とか逆の「邪眼除け」とか……いろいろあった気がする。
でも『この世界』のそれは、「蛇の目」みたいにまん丸じゃなくて、トロンとした「半目」だ。圧迫感は感じないけど、見てるとなんか眠くなる。
「……」
最初は緊張気味に、端正にしていたラウラ姫も、もうすでに眠そうだ。
ここは『夢』だけに、ほっとくと深い眠りにおちいりそうだ。
あ、そう言えば、もう片方のドームの名は『希望』だそうだ。
やはり「おっぱい」には『夢』と『希望』が詰まっていたのだ(笑)。
そんなことを考えながら、ぼけ――っとしていると、
「急使! 急使! 朗報に御座います! 吉報に御座います! 先刻、第二王女殿下が女の子をご出産なさいました! ……おや?」
大声を出しながら「控えの間」に飛び込んで来た女性と、目が合った。
「あ、どうも」
見覚えのある人だったので、軽く挨拶する。
第二王女殿下の侍女軍団の中にいた女性だった。
彼女は応対に出て来た女性と共に、そのまま奥へと入って行った。
俺らは待たされたままなのに。
てか「女の子をご出産」?
俺は思わず、プリムローズさんを見た。
「……(むすー)」
物凄く渋い顔をしていた。
やっぱり、そうか!
これはッ!
「みなさん、第二王女殿下が『女の子をご出産』だそうです!」
俺は思わず叫んでいた。
――これによって、『王宮』での『慣習』で、産まれて来た姫を祝福するために『王宮』のみんなで「おっぱいを丸出し」にするイベントが発生するハズだ!
『おっぱい祭り』だ(笑)!
そんな素敵イベントに、たまたま偶然ナイスタイミングでブチ当たるとは……さすがは俺様!!
たぶん、第二王女殿下が俺様から奪い取った「出産祝いの前渡し」である『真珠の首飾り』の謎パワーで、ホントに産気づいちゃったんだろう。ナイス、俺!
俺の「*」から引っ張り出した時には、かなりな「難産」だったけど……第二王女殿下はどうだったのかしら?
……しかし、みんなのリアクションは薄かった。
「「「へ――?」」」
あれ? みんな知らないの?
「『女の子をご出産』だそうですよ?」
「「「……?」」」
なんか俺が痛い感じになってるぞ。あれ?
「ちょっといいか? ★遮音玉っ☆」
プリムローズさんが、俺の手を握って何やら『合体魔法』を発動させた。
俺たちの出す物音を、外に出さないための『魔法』らしい。「玉」って言ってたから、有効範囲は球形っぽい。足音も下に響かないのかな?
「これでよしっと。まあ、前回が12年前だからなあ……若い子はみんな知らないんじゃないのか? 私もマルカさんとジリーさんにそんな話を聞いただけだしなあ」
プリムローズさんが無責任に言った。
おい、又聞きだったのかよ。
12年前っていうと……ドロレスちゃん生誕時か?
「なに言ってるんですか! 知らないなんて! 例え知らなくても、長年続いて来た伝統は途切れさせちゃいけない。絶対に失くしちゃいけないんだ! そうでしょう?」
俺は熱く言った。
「ところで、ジンく……ジン様。『長年続いて来た伝統』とはどのようなものでしょう? 寡聞にしてわたくしは存じ上げませんが」
第六侍女ミヨレッタ的なミーヨが言った。
なんか特別な「勘」が働いているらしくて、警戒するような目で俺を見ている。
鋭いな、ミーヨ勘。なんか柑橘類みたいだけど。
「プリムローズさん、出番です! みんなに説明してあげてください!」
「イヤよ」
「なんでだよ!」
貴女はそういうポジションでしょうに。役目を放棄するのか?
「ジン様」
「え?」
第五侍女アルマメロルトリア嬢(ちゃんとお名前憶えました)が、会話に参加してきた。
「もしかして馬車の中で話しておられた件ですか?」
「ええ」
「あれは確か2年ほど前に廃止されたはずですが」
「ええっ!?」
「『互助会』の決起総会で廃止が決議されて、その要求が通ったはずです」
「ええ――っ?」
よく分からんけど『互助会』ってメイドさんの職業団体みたいなものがあるのか?
そんで、メイド服着た侍女さんたちが、大勢集まって「おっぱい丸出し反対!」とか「断固阻止!」とかデモでもやったのか?
「2年前と言うと、第二王女殿下が男の子をご出産なさった時かな? その時にそんな事があったんだ……ふうん」
プリムローズさんがおかしそうに言った。
「私は殿下付きになったのが1年前だったし、廃止になってたなんて知らなかったよ」
そんなあ。
俺の『おっぱい祭り』が……イヤ、別に俺のじゃないか。
俺はその場に崩れ落ち、またまたorzの姿勢になってしまった。
「……ジン様、そんなに見たかったんですか?」
アルマメロルトリア嬢に、何故か労わられるような口調で言われた。
「……ハイ、悔しいです。残念で仕方ないです」
その優しさに、俺は正直な気持ちを吐露した。
『この世界』……イヤ、『女王国』には男性向けのエロスな物が少なすぎるのだ。
「……そうですか」
ため息とともに、深く頷かれた。
アルマメロルトリア嬢とは『死の廃都』での『宝探し』が上手くいったら、おっぱいを見せてもらえる約束になってるけど、まだまだ先の話だろうし。
「しかし女王陛下や女官の皆様は、全裸になられるはずですよ」
第二侍女ポーニャ嬢だ。
先刻少し話したので、対応が柔らかくなった気もする。
てか、いま何か聞き捨てならない事を言ったぞ、この女性。
「ハイ?」
「『互助会』の決議によって、侍女がそういう事をしないと決まったので、『王宮』側の反発を招きまして、女王陛下の側近や古参の女官方が『だったら、ウチらが下も脱いでやる』という方向に」
何言ってんだ、この女性?
「ハイー?」
おっぱい丸出しじゃなくて、全裸なのか? ナニソレ?
「『みんな生まれて来た時は全裸なんだから、どうせなら全裸でお祝いしよう!』って」
なんか、俺みたいな事言ってるな。
てか「侍女」と「女官」ってどう違うの?
で仲悪いの? 女性同士のケンカに巻き込まれるのはゴメンだよ?
「イヤ、もうちょっと詳しく……」
よく判らないので、訊いてみたら『王宮』という巨大施設に一種の公務員として勤めているのが「女官」で、そこに住んでいる王族に個人的な資格で仕えているのが「侍女」だそうな。
で、両方とも中位から低位貴族(D音で言うとヅからダ)か有力市民階層出身で……その両方が加入してる『次女互助会』なんて団体もあるそうな。……んん?
「次女の互助会? 侍女じゃなくて?」
「『女王国』は『女性家長制』の国で……王家を除いて『長女』が『家』を継ぐでしょう?」
今度はプリムローズさんが解説役だ。
そして、
「……(無言)」
この中で唯一「長女」のミーヨが、口を噤んでいる。
「それで次女以下の女性たちは『互助会』を作って、就職先の斡旋やら、養女入り出来そうな貴族家の情報交換やらをやってるのよ」
でも、その二つの「職種」の人たちが微妙に仲悪くて、片方が片方に憤って、全裸になるのか?
やっぱり、聞いても判らない。
流れで『おっぱい祭り』の話が出た時に次郎氏がニヤニヤしてたので、彼も俺の仲間(笑)で、おっぱいが好きだという事が判っただけだった。
ついでに訊いたら、『王宮』には『獣耳奴隷』はいないらしい。
貴族や有力市民の子女といった「自由民」を従える事で、女王としての権威を示すんだそうな。
ラウラ姫が『獣耳奴隷』に差別的でない一因だな。
そもそも、あんまり見た事ないんだろうな。剣の「先生」というシンシアさんの父君を除いては。
「侍女と女官が仲悪いんじゃなくて、侍女と侍女が仲悪いのよ。『三人の王女』同士で競い合って、次の女王を目指してるでしょ? 姉妹でも競争相手の王女様が女の子産んだからって、それ以外のお付きの侍女が、なんでおっぱい丸出しにして祝わなきゃならないのよ? って話よ」
「「「「「……(こくん)」」」」」
プリムローズさんが言うと、なぜかみんな深く頷いた。
「わたしたちなんか『渡り』だから、絶対に第一王女殿下のお祝いなんかしたくないですよ! ね、アルマ……(むにょむにょ)さん」
第二侍女ポーニャ嬢が、ぷりぷりと激しく怒りながら、そんな事を言った。
ただ、同意を求めた相手の、第五侍女のお名前は言えてなかったよ?
「第一王女殿下って? 女の子を産んだのは第二王女殿下なんじゃないの?」
俺が不思議に思って訊くと、
「お二人は、第一王女殿下の元侍女だったんだよ」
プリムローズさんが教えてくれた。
「ご不興を買って、クビになったんですぅ!」
ポーニャ嬢が、ぶーたれている。
聞いたら『三人の王女』の侍女の中で、横滑りの移動があると『渡りの侍女』と呼ばれるそうな。そういう人たちは、大抵は元の主人を嫌ってるらしい。
だから第一王女の大失態を喜んでたんだな。
『◎首が■くなる呪い』とか、大喜びで話してたもんな……やれやれ。
「他人の不幸は蜜の味……って事っスか?」
俺が独り言みたいに言うと、
「女の子って、砂糖と香辛料と、なんか素敵な物で出来てるのよ」
筆頭侍女さまが何か言い出した。
「砂糖と香辛料?」
なんかのアニメのサブタイトルか?
枝垂ほ○るのおっ……じゃなくて、『だが○かし』のOPに、そんな歌詞があった気がするな。駄菓子の話だけに。
「ところで男の子って何で出来てるか知ってる?」
「知りませんよ」
「ぼろきれとカタツムリと仔犬の尻尾よ。君を彷彿とさせるわね」
「ほっといてください。てか、なんスか? ソレ」
『地球』の「何か」の話だろうな。はっきりと俺だけに向けて言ってるし。
「モトネタは『まざあ・ぐうす』よ。……こう言うと『北原白秋』みたい」
『マザー・グース』か。
イギリスを中心にした欧米の童謡の「まとめ」だな。たしか。
「プリムローズさん、よくそんな事を覚えてますね」
「こっちの世界にも、『地球』の事が断片的に伝わってるのよ」
俺とプリムローズさんみたいな『前世の記憶』持ちか……。
結局のところ、現状がよく理解出来ない。
ホントに、みんな服脱いで全裸になるのか?
『おっぱい祭り』ならぬ『全裸祭り』なのか?
イヤ、別に「お祭り」じゃないか。
女王陛下って、お幾つなんだろう?
ラウラ姫の「お母さん」だしな。それなりの年齢だと思うんだけどな。
そんで、その「側近」って女王陛下よりも、たぶんずっと年上なんじゃ……。
てか俺って「恋人の家に挨拶に来た」ようなポジションなのに、そこん家の「お母さん」に全裸で出迎えられても困るんですけど……。
もうワケわからん。
◇
様々な想いが錯綜する中――
ギギギギギイ――
――ようやく『謁見の間』の扉が開いた。
そして、ひょこっと女性の頭部だけが現れた。
「陛下がお出になられます。謁見をお望みの方々は、着ている物を全部お脱ぎの上、こちらにどうぞ」
案内役の中年女性が、俺たちから体を見られないように、扉に隠れながら極めて良識的……イヤ、極めて非常識な事を言った。
「よかったな、ジン。本領発揮出来るじゃないか!」
プリムローズさんがニヤニヤ笑いながら、無責任に言った。
◆
なんか無駄に長い――まる。




