008◇冶金の丘へ
「「それじゃ、おやすみなさい」」
ほっておくと、酒盛りが始まりそうだったけど、真面目な商人さんが「では、これで」と自分の馬車の方に去っていくと、その場はお開きになった。
それに合わせて、俺とミーヨもおっちゃんらのところから離れた。
おっちゃんらの視線が、羨ましそうで、妬ましそうだった。
うん、気持ちはよく分かる。
ミーヨ、可愛いもん。
◇
『とんかち』を預けておいた犬耳奴隷の子(10歳くらいの女の子)を見つけた。
「あ、あそこにいるよ」
「ジンくん。暗いのに、よく見えるね?」
危なくないように手を繋いだミーヨから、そう言われた。
「ああ……うん。夜目が利くんだ」
「そうだったっけ?」
ミーヨに、ちょっと不審に思われてる?
実は、右目に埋め込まれた『光眼』の機能のひとつとして「暗視機能」みたいなものがあって、暗闇でも平気で物が見えてるのだ。ただ「発光」または「受光」の切り替えを、意識して行わないといけないらしくて、これに気付いたのはつい先刻だ。
「どうも、ありがとうね」
俺が犬耳奴隷の子に声を掛けると、彼女は物凄くびっくりしていた。
奴隷にお礼とか、言う必要がなかったのかな? それとも、暗闇の中からいきなり声をかけられて驚いたのかも。
「これ食べてね」
ミーヨが何か手渡してる。食べ物らしい。
「あ、り、がと」
犬耳の子はたどたどしく礼を言うと、そのまま元々小間使いとして使われていた荷馬車の方に戻って行った。
この世界の獣耳奴隷たちは、一種の社会階級なので、社会全体で共有されているみたいな公共性があるらしく、一般市民の害のないお願いならば、それが主人以外でも黙ってきいてくれるらしい。
なので、『とんかち』を預けて見張っていて貰っていたのだ。
『地球』の奴隷制度について、俺はまったく知らないけど、比べてどうなんだろう? もしかすると『ロボット三原則』みたいな「縛り」があるのかもしれない。
それにしても……ミーヨは怖くないのかな?
見た目は子供でも、前世じゃ……って思うと、なんか怖いけどな。
例えそうであっても「泉○花」は可愛いけどな。
てか、アレは「異能力」だし、やらかしたのは本人じゃないからノーカンだと思うんだけどな……何の話? 『文豪ストレイ○ッグス』の話だよ(笑)。そんで、あの子が獣耳着けるとしたら「うさぎ」だろうなあ……そろそろ止めとこ。
「獣耳の奴隷の子って『前世』ですごく悪いことした人の生まれ変わりって言ってたけど……怖くないの?」
一緒に『旅人のマントル』にくるまったあとで、訊いてみた。
「本人は『前世』の事なんて、ぜんぜん覚えてないらしいよ。でも、その覚えてもいない罪で、今世では奴隷として生きてるんだから、必要以上に怖がったり、いじめたりしちゃいけないんだって」
誰かにそう教えられて育ったんだろうな。ミーヨはそう言った。
「そっかー」
ミーヨが立場の弱い人間をいじめたりする子じゃなくて良かった。
いい子に育てられた可愛い幼馴染が、『今世』での俺の恋人ってコトになるんだな。
なんか、じんわりと感動。
あたたかくて柔らかい気持ちになる。
あたたかくて柔らかくて気持ちのいいコトもしたいな(笑)。
――というわけで、いただき……。
「あ、ジンくん。今日はやめとこうね。……他の人いるし」
釘を刺された。
「…………(しょぼーん)」
うん、そんな予感してた。
「そのかわり……(ちゅっ)」
俺の残念そうな気配が伝わったのか、キスされた。
「――じゃあ、おやすみ」
あっさりと言って、ミーヨは目を閉じた。
イヤ、それ逆効果だって。眠れないってば。
「……(ギンギン)」
目が、ね(笑)。
真っすぐ夜空を見上げると、赤い薔薇みたいなガス状星雲が見える。
「炎みたいだな。あの赤い薔薇」
「ああ……あれ? 『守護の星』が……守って……くれてるから……へーき」
言いかけて、そのまま寝ちゃったようだ。
――眠れないまま、横目でミーヨを見る。
「…………(すうすう)」
もう寝息をたててる。疲れてたんだろうな。
俺は、これからのことを思う。
『ケモノ』とか『空からの恐怖』とかいうやつらと戦うことになったら、ミーヨを守れるだろうか?
俺自身は、『全知神』とか言う女神様の過失致死の賠償責任で、死んだのに生き返って『賢者の玉(仮)』やら『★不可侵の被膜☆』とか貰っちゃって、不死身に近くなってるかもしれないけれど――そんなもの、本当にたまたまの偶然で、神様の気まぐれみたいなものだったんだろうし。
「ホントに死んだら……どーなるんだろ?」
「……『星』に……なるんだよ」
「……!」
独り言に返事を返されて驚いた。
……でも、寝言みたいだ。
ああ、びっくりした。
で、『星』に……なるか。
絶対にあってはいけないことだけれども……もしも、彼女が死んでしまったとしても、「神様」はこの子を生き返らせてはくれないだろうな。
絶対にやり直しがきかない以上、万全の準備をして、旅を続けていきたい。
今の望みを、強く念じてみる。
(この子を守れるくらいに強くなりたい――身体錬成。能力強化)
…………。
失敗した感覚はない。
全身が、ほんのりと熱を持ったように……熱いな。
でも、チン! という例の音もしない。
なんか、全身の筋肉がヒクヒクしている気がする。
――出来上がるまで、時間がかかるってことかな?
ま、いいか。
なんとなくだけど、自分の身体の中で何かが変わっていってるような感覚はある。
「おやすみ、ミーヨ」
呟いて、目を閉じる。
◇
チン!
チン? え? なに? 何の音?
あー、もしかして、昨夜の「能力強化」が成功したって事かな?
「…………」
俺は、『錬成』終了の「脳内効果音」で目覚めたらしい。
心臓がバクバクいってる。
寝起きが「この音」って、イヤ過ぎるな。
「あ、ジンくん。起きた? 体の調子は? なんか寝てるあいだずっとピクピクしてたよ」
ミーヨがとなりに座って、ほどいた三つ編みを、木のクシで丁寧に梳かしていた。
特殊な材質の「クシ」なのか、ミーヨの髪は、つやつやしてて、いい匂いがする。
でも、洗顔魔法はあっても、ブラッシングの『魔法』はないの? 微妙に不便やな。
「イヤ、大丈夫だから」
確かに、なにか全身に筋肉痛で苦しんだあと……みたいな感じが残ってる。上手く表現出来ない感覚だった。
「疲れてるなら、寝てていいよ」
ミーヨが優しく言う。
でも、甘やかさないで! ダメな子になるから。
「起きれるって」
俺は『旅人のマントル』から這い出した。
ちなみに、俺いま全裸っス。いつものことっス。
いけない、昨日の口調が抜けない……。
「ジンくん。その……おっきくなっちゃってるよ」
ミーヨにしては珍しく俺の股間を見て、驚いてる。
はて?
「あ、朝だから。しばらくすれば元に戻るから」
前にまったく同じことを口にしたことがある気がする。
「ううん、ちがくて、その……前よりもおっきくなっちゃってるよ。んー……1.5倍くらい?」
ミーヨが可愛く小首を傾げる。
「うん、え? どういう意味?」
なんだろう? と思って見おろすと、理由が判明した。
このフレーズも2回目だな。コピペか?
「……おお! 立派になったなあ!」
俺は久しぶりに甥っ子に会った叔父のようなセリフを吐いていた(笑)。
――たしかに、「俺様の俺様」が大きくなってました。
これって『賢者の玉(仮)』の近くだったから……こうなったのか?
自分自身の肉体を『錬成』し、能力強化を図ろうとした俺の目論見は、大成功……だった……?
◇
「ふうん、そうだったんだ」
俺が昨夜寝る前に自分自身に対して『身体錬成』を試したことを説明すると、ミーヨはたいして驚きもしなかった。
おでこ全開の三つ編みを編み直しながら片手間に聞いて、平然としてる。
丹念にブラッシングしていた栗毛の髪が、つやつやしてる。ついでに言うと、おでこもテカテカしてる。
話しながら、ミーヨが髪を整えるところを見ていたけれど……そこで彼女の秘密がひとつ、判明した。
いつもいつも見事なまでにおでこが全開なので、なんでだろう? と思っていたけれど、その理由は小さなヘアピンにあったのだ! ――って普通だ。秘密じゃねー。
慣れてるのか、鏡も見ないで器用に「X」印にして付けてる。
てか、髪の毛と似たような色なんで溶け込んでて、ずっと分かんなかった。
俺的メイン・ヒロインなのに絵的に地味だから、あとでもっとカラフルなやつに付け替えさせようっと。
「つまり、ジンくん。今までよりも、いろいろな身体能力が高くなったってコト? 1.5倍に?」
すでに俺のいろんな秘密を知っているので、もうなんでもアリと思ってるのかもしれない。
「ああ、たぶん」
イヤ、正確な能力値の比較なんて出来ないんだけど。
「そっか……ぼそぼそ(ジンくんのって、ちょっと物足りなかったから、いいかも)」
ミーヨが、普通なら絶対に聞こえないような小声で、ナニか呟いていた。
そっかー、俺って「聴力」も1.5倍になってんのか?
てか、物足りなかったんだ(笑)?
「ということは今まで2回だったのが3回になるってこと? 1.5倍だから」
ミーヨが興味津々だ。
「――お願いだからもうそこから離れて。ほら、俺もう服着たよ?」
この子、意外とそういう話好きなのか? 俺も嫌いじゃないけど。
「でも、いきなり背が1.5倍にならなくて良かったね。みんなびっくりしちゃうとこだったよ」
「1.5倍はもういいから……あれ? そう言えば、身長はぜんぜん伸びてない気がする」
伸びたのは「○ン長」だけかな?
すくなくとも、手足は伸びてない。ズボン穿いた時も、違和感なかったし。
「ミーヨ、ちょっと立ってみて」
「うん」
ミーヨと並んで立ってみると、俺の視界のど真ん中にミーヨのおでこがある。
「ぜんぜん伸びてないっぽい」
確かに一晩寝たら身長が2m超えてたとか、怖すぎるから、そうならなくて良かったよ。
そんで、体長40㎝のフジクジラ(※実は「サメ」だそうです)と合体したがってた某・スポーツアニメの主人公を、ふと思い出したよ。
「いいよ。このままで、今くらいがいちばん手をつなぎやすいし」
そう言ってミーヨは俺の手をひいて、とある馬車の方へと連れ出した。
◇
「これが『店馬車』かあ」
ぱっと見、フツーのカマボコ形の幌馬車だ……と思ったら違った。
フツーの幌馬車とは、幌の向きが90度違う。
そして、日除けと雨除けを兼ねた横へ出っ張った幌の下。前後の車輪の間に、ちっさいカウンターがある。立ち食い可か? このカウンター、左右両側についてて、どっち側にも接客対応出来るようしてるみたいだ。
中に小さな厨房がついてる。調理の熱源は『魔法』っぽいけど……実際はどうなんだろう?
でも、地球の「キッチンカー」と違って、派手な看板は出てないから、見た目は凄い地味だ。そんなのが……何台もあるな。
ここは「移動食堂」みたいな感じだけど、雑貨をたくさん売ってる「移動コンビニ」っぽいのもある。
『店馬車』は、そんな異世界仕様の移動販売用馬車だった。
「昨日の夜ね、あまりものをタダで貰ったの。その時『明日、食べに来てね』って言われてて」
で、律儀に約束を守って、俺を連れて来たのか?
「あ、ミーヨちゃん。おはよう」
「おはようございます。ハンナさん」
ミーヨと売り子のお姉さんが、挨拶を交わしてる。
「嬉しいな、来てくれたのね。――で、そちら恋人さん? お似合いね」
「えー……やっぱりそう見えるんですね? お似合いなんですね? 自分たちでも分かってはいるんですけど、傍から見てもそう見えるんですね? もう一生添い遂げるべきですよね? そして来世でもふたたび巡り逢うんですよね? 素敵ですよね?」
落ち着け、ミーヨ。社交辞令だ。真に受けるな。
「ええ、とても素敵で、お似合いよ。で、こちらの『卵入り肉団子』なんていかがかしら?」
「じゃあ、それ鍋ごと全部ください」
おーい!
◇
「よし、これで三日は食い物に困んないな」
俺たちの足元には『卵入り肉団子』満載の大きな銅鍋がある。
「……ごめんね、ジンくん。買い過ぎたよね……」
ミーヨが申し訳なさそうしながら、オマケで貰ったナンみたいな薄焼きパンに、肉団子を二つ包んだものを俺に寄こす。
そんなことされたら、まるで「金○袋」みたいじゃないですか?
「それは私に対する挑戦と受け取ってよいのだな?」
「え、なんで?」
ミーヨがびっくりしてる。
すみません、ネタです。
てか、これってモトネタなんなんだろう?
「なんでもないから、気にしないで」
にしても、パンではさんだ肉団子とか……九州の長崎で売ってる「角煮まんじゅう」って何が挟まってるんだっけ? ……イヤ、まんま「角煮」だろうな。
「……(もぐもぐ)……うま」
異世界の謎肉なので、ちょっとビビりつつ食べてみると、意外なほど美味い。
口の中の体温で、旨味のある脂肪分が融けて広がる感じだ。
ただ、中の玉子はかなり小さい。なんの玉子なんだろう?
「にしても、ホントに鍋ごと売りつけるとは思わなかったな」
「冶金の丘って金属製品安いから、ついでに新品の鍋買うって言ってた……(あむっ)」
ミーヨは手にした肉団子包みにかぶりついた。
(あ、痛たたた)
――なんとなく幻痛を感じる。
さっきのハンナさんとは、また会う約束をしている。
俺が女神『全知神』から貰った『太陽金貨』が、高額すぎると受け取りを拒否されたために、街に入ってから両替して、あとで代金を払うことになってしまったのだった。
そんな信用売りでいいのかと思ってしまうけど、ミーヨには人を信頼させるなにかがあるのかもしれない。……たぶん。
ところで、この鍋いっぱいの『卵入り肉団子』って何かのイベントのキー・アイテムじゃないよね?
……てか、いっぱい食べてたらスイッチ入ったよ。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「え? 『といれ』って何?」
相変わらず、『前世』での外来語は、この世界の言葉に翻訳されないなぁ……と思いながら、適当な草むらをかき分ける。
◇
「♪ふんふんふふーん。ふふふふふん」
俺は鼻唄を歌いながら、ミーヨのところに戻った。
「ジンくん、ご機嫌だけど、どうしたの?」
「うん、好調だった」
「?」
この場で説明しづらいことなので、適当に誤魔化す。
後での「お楽しみ」ってヤツだ。
「……ところで、この人ナニ?」
見ると、地べたに這いつくばって、嬉しそうな顔をしてる男性がいたのだ。
「ああ、わたしが一人で居たら、声をかけて来て……ちょっとしつこかったから、護身用の『魔法』打ったの」
「……へー?」
そんなんあるんだ?
怖いけど、知らない事なので、ミーヨ先生に訊いてみよう。
「ちなみに、どんなん?」
ミーヨが、ピッと右手の人差し指を立てる。
「護身! ★痺れムチっ☆」
虹色のキラキラした星のエフェクトを纏った「魔法の鞭」だった。
パンッ!
凄い破裂音だ。
「うひょおおっ!!」
男性から声が上がる。
見ると、地べたに這いつくばって、嬉しそうな顔をしてた男性がさらに嬉しそうだった。
Mか? Mなのか?
そして、ミーヨはSなのか?
あと、「祈願!」じゃなくて「護身!」って言ったな。
『魔法』の「系統の違い」みたいなのが、あるっぽいな。
効果は――名前の通り、身体がマヒして、しばらく動けなくなるっぽい。
「あ、ごめんなさい! やり過ぎでした!」
過剰防衛だったらしい……。
「……いい。凄く……いいよ。グフフフ」
ウェルカムだったらしい……。
あと、青いMS「グ○」に、こんな電気鞭みたいな武装なかった?
「ほっといていいの?」
ミーヨに訊いたら、本人が返事した。
「……お構いなく」
動けないから、オ○マの男性とかに襲われたら、タイヘンな事になりそうだけどな。……いいの?
「ところで、どこで覚えたの? そんなの」
「ジンくんのお母さんに習ったんだよ」
俺が訊くと、ミーヨはそう言って、にっこりと笑った。
「……へー」
うまく感想が出てこなかった。
◇
昨日、トラブルで街に入り損ねた人たちの馬車が、また列を作って並んでいる。
俺たちは最後尾についた。
人力だから、坂道で後退りさせると、後ろに迷惑がかかるからだ。
昨夜のおっちゃんたちは……自分たちの馬車の馭者台にいるようだ。
「入市審査はじまったみたい」
ミーヨが『卵入り肉団子』の鍋を両手に持ちながら言った。
イヤ、罰ゲームじゃないよ?
もっとデカい『とんかち』を、俺が引っ張ってるんだから。
順番待ちの列が、ちょっとずつ前に進んでいく。
この世界、どうも左側通行らしく『永遠の道』でも、この街へ続く道でも、それは守られているようだった。
向かって右の反対側の道を、それなりの数の人と馬車とすれ違う。
重量物を積載してる馬車は、六輪とか八輪の多輪馬車だった。トレーラーみたいだ。
なんかきょろきょろしていたミーヨが、不意に鍋を地面に置いて、腰に付けていた「地べたに座るための革の尻当てみたいなもの」を外して『とんかち』の中にしまい込んだ。
周りを見回して、そんなものを付けてる女性は自分だけだという事に気付いて、恥ずかしくなったらしい。
なんか、可愛かった。
そう言えば、列に並ぶみんなの服装はてんでバラバラだ。
基本的にはスカートとズボンだけど、男女差がない。
女性でもズボン穿いてる人もいるし、男の中にも「メンズ・スカート」を穿いてる人がいる。
特に決まりは無いようだけど、いちおうミーヨに訊いてみた。
「……だって、ズボンの方は高いから」
お値段の差みたい。各自のお財布事情みたい。
ただ、短いチョッキと言うかベストを身に着けてる人が多い。
それって「小物入れ」と「お財布」と「貴重品入れ」を兼ねてるらしい。
「お金、前払いじゃなくて良かったな」
この街では、街に入るときではなく、出ていく際に料金というか滞在税のようなものを清算してお金を支払うという――システムらしかった。
「うん」
ミーヨも、ほっとしている。
なにしろ、俺たちには適当な小銭がないのだ。
『太陽金貨』は、通貨というよりも蓄財用の資産という扱いらしい。
純金のバー100gとかをお店で出したら、そりゃ拒否されるだろうな。
そんで、そんなものを俺たちが安全・確実に両替出来るのか……ちょっと不安だ。
「ところで『太陽金貨』のすぐ下の硬貨ってどんなの? 金貨? 銀貨?」
知らないので、訊いてみた。
「…………」
「……聞こえるよな? さっき『店馬車』で買い物してたよな?」
「うー……わたしたちの村って、そーいう機会があんまり無くって……」
「そうなのか?」
確かに真っ平らで広々としたトコで、ここに来る途中も何にもなかったよな。
「訪ねてくる『店馬車』や『商隊』があると、お祭り騒ぎになるようなトコだったから」
「……田舎だなあ」
「だから、こー……なんて言うの、物々交換ってやつ?」
「貨幣経済以前だったのか?」
どこのイー○トーボ村だよ?
「でも『明星金貨』とか言うのがあるのは知ってるよ。『神殿学舎』で習うし。木で出来たおもちゃは見た事あるし」
なんとなく弁解がましい。
にしても、「金貨」の木製の玩具て。
「でもでも! 『惑星銅貨』1枚は『小惑星銅貨』32枚だから!」
……何だかんだで『金貨』は使った事が無かったらしい。
◇
とかやってるうちに、ついに門近くまでやって来た。
昨夜おっちゃんたちから聞いた話によると、『冶金の丘』は、丘と市街地をふくめた全体が濠にぐるっと囲まれているらしいので、濠に渡された橋をいくつか渡って、その先にある「跳ね橋を兼ねた門」の向こうが市街地らしい。
そんで、ちらほら周りから聞こえてくる話から推測すると、昨夜のトラブルの原因は、その「跳ね橋を兼ねた門」のメカニカル・トラブルだったらしい。昨夜のうちにどっかから部品がデリバリーされて、今朝にはリカバリーが完了したらしい。なんだそりゃ。
で、その手前の人工的な小島の部分に、なんとなく日本の交番を思わせる番兵の詰め所が向かい合わせでふたつあった。
きっと「滞在目的」とか訊かれるんだろうな。
(sight seeing――sight seeing)
よし、完璧だ。出来る。俺なら出来る。
――そう思った瞬間だった。
(あれ? 視界が広がった)
ものすごく広角に、右目の横の方まで視えてる。
ウソみたいだけど、自分の耳がちらっと見えてる。
(イヤ、sight seeingって滞在目的聞かれた時の返答だから、今はムダに新機能とか披露しなくていいんだ『光眼』くん)
そう思ってみると、視界が元に戻った……てか俺ってもう人? 人間なのか?
俺自身が、俺が知ってる人の範疇からどんどん外れてく気がする。「カメラ」はいいとして(いいのか?)、「光る眼」とか「不死身のバリアー」とか「暗視機能」とか「広がる視界」とか……ないわー。微妙に泣きたい気分になる。
そんな俺の感傷をよそに、入市審査ではほとんど何も訊ねられることもなかった。
なんか「記帳」みたいに、名前を書かされただけだった……一応書けたよ、俺も。
他人事みたいだけど、俺の名前「ジン・コーシュ」って言うらしいよ。
……ただ、ミーヨが手にしていた「鍋の中身」だけは確認された。
「中身は『肉団子』か?」
中身は卵です。肉団子の。
◇
入り口の横には、緑色に錆びた青銅らしい大きなプレートがあって、
『冶金の丘にようこそ。わたくしたちは皆さんを歓迎いたします』
そう刻まれていた……一応、読めます、ハイ。
◆
旅の醍醐味は、目的地に着くまでの旅程にあるのかもしれない――まる。