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078◇湖面に咲く花


「ジン。……すまぬ」

 ラウラ姫がしょんぼりしてる。

 異父姉(あね)の第二王女殿下の暴走を止められず、俺様の『真珠の首飾り』が奪われてしまった事に対して、悔しさと恥ずかしさを感じているようだ。


「姫は気にしないでください」


 もともとの原材料は、『永遠の道』の炭酸カルシウムだし、製造原価はゼロ……あ、でもミーヨとプリムローズさんには買い戻し代金を支払ったな。言ってみれば「リコール費用」みたいなものだけれども。


 とにかく、痛くも痒くも……イヤ、若干の痛みはあったな。「*」から引っ張り出す時に(笑)。


「姫が気にする事では……。『貸し』という事にしておきましょうよ。姉君から代わりに何か引っ張り出せるかもしれませんし」

 とりあえず適当に、そんな事を言ってみた。


「む。ならば、その『貸し』は私が引き受けよう」

 ラウラ姫が言って、胸を張る。


 ほほう?

 ならば、どうしてもというのなら、その肉体(からだ)で払ってもらおうか?


 またまた「お馬さん」に乗るがいい!

 めっちゃ、じゃじゃ馬だけどな! 猛々しい悍馬(かんば)だけどな! 赤いイタ車のエンブレムみたく、後ろ足で竿立ちする暴れ馬だけどな! もはや、繁殖用の種馬(スタリオン)だけどな! 先日捕獲した白馬の『オウジサマ』以上の変態かもしんないけどな! とにかく、俺様のぶらんこ……イヤ、野生馬(ブロンコ)が暴れたがってるぜ!!


 昨夜は、色々と「実験」とかやってたからナニがアレだったしな。

 だから、むしろ『暴発事故』に気をつけないとな!


 そんな馬鹿で邪悪な事を考えていると、今回のターゲット……イヤ、侍女姿の若い女性が歩み寄って来た。


「船の用意は出来ているそうです。こちらに」


 第二侍女ポーニャ嬢に、「船着き場」へと案内された。


      ◇


 湖は人造湖とは思えないほど、美しく広かった。

 澄んだ湖面には、泳ぎ回る魚影が見える。

 水面を滑るように、水鳥までいる。向こう岸の森が、『大宮殿』のある「島」らしい。


 湖に突き出した突堤(とってい)から、さらに延びた長い「桟橋(さんばし)」がある。


 そこには確かに、「船」が用意されていた……。


「なんで、第三王女がこんな扱いなんスか?」

「知らないわよ」

「むう」


 たぶん、乗客の身分か重要度によって船のランクが変わるんだろうけど……酷い扱いだった。


「これ、釣り舟じゃないっスか?」


 大き目のボートくらいな舟が、二艘あった。

 舟の中には釣り竿も置いてあるし、網もあるし、魚籠(びく)もあるし。釣り舟として使ってたやつ、そのまんまだ。

 でもって、船頭も()ぎ手も無しで、乗客自身の自力で手○キ……じゃなくて、手漕ぎってなんだよ? ひでーよ。


「こ、これは……第一王女殿下のお計らいという事でしたのに」

 案内した第二侍女ポーニャ嬢も愕然としている。


 第二の次は第一王女殿下からのイジワルか?

 ……ラウラ姫のお姉さん、キッツい女性(ひと)ばっかりなのか?


「いやー、俺のせいかな?」

 次郎氏が照れくさそうに言う。


「どういう事っスか?」

 俺が訊くと、

「いやー、先日こちらにお邪魔した時に、第二王女殿下の次に第一王女殿下からもお誘いを受けまして」

 次郎氏が言いにくそうにしてる。

 まあ「お誘い」って性的なヤツだろうしな。


「お誘いを断るために少しばかり『策』を(ろう)しましたら、そのあと大問題が発生しまして、身の危険を感じて『王宮』から逃げちゃってるんす」

 次郎氏は整った顔を苦悩に歪めている。


「……はあ」

 一体何をやらかしたんだ? この人。

 俺たちは、その懲罰的扱いの巻き添えなのか?


「……(じろり)」

 その話を聞いてたのか、筆頭侍女様が次郎氏を睨んでるし。


「急ぎ、他の船を……」

 第二侍女ポーニャ嬢がまわりを見渡すけれど、今すぐ別の船にチェンジとかは無理さそうだ。


 この人造湖、想像以上に大きい上に、湖岸のあちこちに『離宮』や『小宮殿』やら『四阿(あずまや)』みたいなのがあって、そっちの方に船が出払っている感じだ。空いてそうな船は無いっぽい。


 てか今から向かう「島」側の船着き場には、大きな船が無駄に何隻か停泊してる。

 誰だよ、こんなダイヤで運行してんのは?

 第一王女殿下の差し金で、こういう状況になってるのかもしれないけれども。


「待っていても仕方ないようね。行きましょう」

 プリムローズさんは決断を下した。


 仕方ないので、二艘の釣り舟に分かれて乗る。


 1号艇(?)には、『女王国』第三王女ライラウラ姫殿下。その筆頭侍女プリムローズさん。第六侍女(偽装)ミヨレッタ嬢。第七侍女(偽装)ドロリータ嬢。そして「『東の(つぶら)』からの使者」稲田次郎時定氏が乗りこんだ。


 そして2号艇には、俺と第二侍女ポーニャ嬢。第五侍女アルストロメリア嬢だ。


 なんでこんな変な組み合わせになったかというと、ミーヨとドロレスちゃんの偽装に、本職から突っ込まれるのを防ぐためと、泳げないらしいラウラ姫の安全を最優先するために、『魔法』の使えるプリムローズさんと、商人で船乗りでもある次郎氏が、舟の漕ぎ手に相応(ふさわ)しかったからだ。


 残りのどうでもいい連中が2号艇ってわけだ……って誰がどうでもいい連中やねん! と一応ノリツッコミ。


 で、俺が仕方なく(オール)を手にしている。


 ボートのオールなんて、手にしたのも初めてだよ。処女航海だよ。違うけど。

 さすがに未経験なので、1号艇から大きく引き離されてる。進路も多少曲がってる。


 『冶金の丘』の周囲を取り囲む『(ほり)』には、緑の浮き草『もじゃもじゃ()』がいっぱい浮かんでたけど、ここにはない。

 船の航行の邪魔だから、駆除されてるのかもしれないけれども。


 なんか必死にバシャバシャやってたら、優雅に湖面に浮かんでいた水鳥たち(地球でも見た事がある種類だった)が、逃げるように飛び立って行った。


 ごめんよ、騒がしくて……。


      ◇


 二艘とも『大宮殿』のある『島』側の「船着き場」に到着しました。


「なあ、君たちはバカなのか?」

 プリムローズさんの声が冷たい。

 ついた早々、筆頭侍女様からの無慈悲な罵りを受けてます。

 ちゃんと事情も聞かないで、それはないんじゃないの? と思いながら。


「ここの湖に落ちたヤツを見たのは初めてだよ。もういいから、早く服を着なよ。まあ、そのままでも風邪はひかないだろうけど」


 ハイ。実はちょっと「水遊び」して、全身ずぶ濡れです。


「湖で二本の足だけ突き出すなんて! 『犬○家の一族』かと思ったよ!」

 プリムローズさんがガミガミうるさい。『犬○家の一族』ってなんなんスか?


 自分自身の事なので、見てないからな……人造湖じゃなくて「川」なら太宰○みたいだったろうけれども。

 ……って、アニメの話(※『文豪スト○イドッグス』)なのに、まったくシャレにならないな。


「祈願。まるっと全部 ★乾燥っ☆」

 ミーヨの声は、優しくあたたかい。


 侍女に偽装したミーヨが俺の手をとって『合体魔法』……イヤ、これ「命名」したのはシンシアさんだけど……実態は違うな。

 単に俺様の金○袋の中の『賢者の玉』の力を利用して、魔法の効力を増強(ブースト)してるだけだもんな。

 でも、ま、いいか。


 とにかく、第二侍女ポーニャ嬢と第五侍女アルストロメリア嬢の身体(からだ)(※特にお胸)に、濡れてぴったりと張り付いていた赤黒い(※濡れてるとそう見える)侍女服が、『守護の星(普通サイズ)』のキラキラ星に包まれて、あっという間に乾いてしまった。ついでに俺も。


 二人の侍女服が、本来の「赤い光沢をもつしなやかな黒」という独特の色みを取り戻した。

 皺ひとつなく、某高級ホテル並みの仕上がりだ。


 ミーヨは『乾燥』の魔法を使う時、「ぽかぽかのお日様」をイメージしているらしくて、上手にふんわりと乾くのだ。


「あれ? なんだろう? ポーニャ様の髪の毛の一部分だけが、カピカピに固まって…………はッ!」

 第六侍女ミヨレッタ嬢ことミーヨが、何か重大な秘密に気付いたかのように、黙り込んだ。


「え? 何か?」

「いえ……その……。祈願。★洗髪っ☆ ……ううっ、頑固。祈願。★洗髪っっ☆ あ、とれた! 祈願。★乾燥☆」

 ミーヨが、俺の手を握ったまま『合体魔法』を連発する。


「なんなんです?」

 ポーニャ嬢が不審がってる。


「あ、大丈夫です。なんでもありません、終わりました」

 俺を睨みながら、ミーヨが言った。


 どうやら、大体ナニがあったのかバレてしまったようだな。

 今からお叱りが楽しみ……イヤ、別に楽しみじゃないし。


「ありがとう、ミヨレッタ。……さて、ジン様」

 ポーニャ嬢が、改まって俺に話しかけて来た。

「ハイ」

「いろいろとありがとうございました」

 礼を言われ、俺にだけ見えるように『黒い鉄の鍵』を示された。


「いえいえ」

 色々あったけど「潜水実験」も成功したし。

「それでは」

 あれ? 意外と簡単に引き下がったな……。

 もっと何か言われるかと思っていたのに。


 ああ、そっか、彼女自身は『暴発事故』には気付いてないんだった。


「終わった? ……さて、ジンくん」

 今度はミーヨか。頼むから、事情を説明させて欲しい。


「実はかくかくしかじかで」

 俺は言ってみた。


「え? 『かくかくしかじか』って何?」

 ミーヨがきょとんとしてる。可愛い。


 てか、やっぱりダメか(笑)。

 ちゃんと説明しないとな……面倒くさいなあ。


「あれって、ジンくんの精……『白い花』だよね? 何があったの?」

 ミーヨに追及される。


 1号艇(?)からも、バシャバシャやってたのを見てたらしいしな。誤魔化すのも無理か。


「舟から落ちた二人を助けるために、仕方なくだよ」

「意味分かんない」


 ですよね?


 実は……こんな事があったのだ。


      ◆◇◆


   ぽちゃん。


 小さな水音がしたので、そっちの方を見ると、第二侍女ポーニャ嬢が青ざめた顔で湖水を見つめていた。


 視線の先の水面には、波紋が出来ていた。

 それがゆっくりと遠ざかっていく。


「どうしました?」

 まさか、こんな人前で脱●(固体)じゃないだろうし、何か湖に落としたようだけど?


「…………」

 無言だ。

 まさかホントに「青空船上水洗トイレ」だったのか?

 いつの間に……って違うよね?


「ポーニャさん?」

「……か、鍵を落としました。とても大事なものです」

 青ざめた顔のままで、やっと答えてくれた。


「……鍵ですか?」


 どっかの地下室も、約束のペンダントも、人類の希望も「職二金」も関係無いだろうけれども……何のカギだろ? 銭湯裏のシャッターの鍵? 変身の鍵? アダルト化する鍵? どこにでも行ける魔法の鍵? 武器に変形する鍵? 亀にはめ込むヤツ? 何かのロボットのトークン的な何か? それともまさかの……貞操帯の鍵(笑)?


 詮索する気は無いけれども、個人的にちょっと試してみたい事がある。


「俺が取ってきます!」

 俺は着ていた正装を脱ぐ。


「「……えっ?」」


 まったく躊躇(ためら)いなく、瞬く間に全裸になった俺に、侍女さんたちが驚いてる。


 イヤ、君たち。これ、いつもの事だから慣れときな(笑)。


「じゃ、行ってきます」

 狭い艦内ですれ違う時にする、脇を締めた敬礼をピシッと決める。潜水艦乗り(サブマリナー)風だ。


「「ええっ?」」


 なるべく舟を揺らさないように、湖に入る。俺様の俺様はぶらぶら揺れてたけれども。


 湖水はわりとひんやりしていた。

 体温が下がり過ぎてヤバくなったら、『★不可侵の被膜☆』が発動されるだろうから、心配はいらない。


 ――今回は、『口内錬成』を応用した「潜水実験」だ。


 俺は湖の水を口に含む。

 微妙な味がする。少し、しょっぱいのかな? もともと海水らしいけど。


 で『ヱヴァン○リオン』のワンシーンを思い出す。シ○ジ君が初めてE○Aに乗り込むとこだ。


(口内錬成。LCL)


 肺がLCLで満たされれば……あと、よく覚えてないけど、水中でも呼吸出来るはずだっ。


   し――ん。


 あ、これダメなヤツだ。


 錬成失敗だ。なんで?

 あ、ヤバい。体が沈んでく……。


 てか呼吸が……ぐっは!


 俺は慌てて水面に顔を出した。


 あぶねー、溺れかけたよ。

 なんでだ? ひょっとすると「LCL」って実在しないのか?


 そもそもLCLって何? 何の略?

 絶対に違うとは思うけど……『ロ○・コン連盟(リーグ)』か? 絶対に違うよね?


 ――要するに、錬成不可能アイテムなのか。


 そんで、よく考えたらアレって別に口から飲むんじゃなくて、エン○リー・プラグ内に満ち満ちて、全身(ひた)るんだった。

 忘れてた。このシチュエーションだと、まるで意味無かった。

 アホや、俺。


 ぐぬぬぬ……。潜水できねーのか? 俺。


 悔しくて力んだら、ぽこぽこっ、と謎の気泡が上がって来た。

 イヤ、水の中で力むと沈むから危ないんだけど。


 ――臭い。


 まるで●(気体)のような匂いだ。


 ん? そうか! 『気体錬成』か!

 イヤ、違う。直腸で酸素作っても呼吸出来ねーよ。


 『口内錬成』で、気体を作り変えるのだ!


 口の中に空気を貯めといて、息苦しくなってきたら、それ(・・)を「酸素」に置き換えればいいのだ。


 よし、行けそうだ!


 ――とにかく、潜水っと。


 どうするんだっけ?

 ダイビングをテーマにした青春アニメ『ぐら○ぶる』は観てたけど……全裸の男たちの股間に「●」が付いてる()しか思い出せないから参考にならないし……。


 とにかく潜ろう。

 素潜りでウエイト無しだと、頭から沈むの大変だなあ。

 体が浮き上がって、逆立ち泳ぎの下半身が湖面から突き出たよ。Vの字みたいに。


「「いや――っ!」」


 なんか、悲鳴がしたような気がする。水越しなのでよく判らないけど。


 急げ、湖底へ。


 きゅーそくせんこー(※誤字ではありません。ネタです)。


 頑張って潜る。


 息苦しさを感じたら――


(口内錬成。普通の大気に酸素増し増し)


   チン!


 この繰り返しだ。

 酸素だけだと、なんかの中毒になるような記憶があったので、ごく普通の大気をベースにしてみた。


 ――潜る。潜る。


 素潜りでこんなに深く水中に沈むんだのは初めてなので、どれくらいの深度か見当もつかない。

 太陽の光は差し込むけど、水底は暗い。


(『光眼(コウガン)』。発光。探照灯モード)


 俺は右目の『光眼(コウガン)』の照明機能を起動した。

 『光眼』は、複合的な多機能光学装置で、もともとは暗い所での照明用のはずなのに、それと矛盾するような「暗視機能」がついてるので、マトモな照明器として使うのは久々な気がする。

 てか、「発光」と「受光」を切り替える必要があるので、いまいち使い勝手が悪いし。


 湖底は鍾乳洞みたいな感じだった。

 そして不気味なほどに、真っ平らだ。

 人造湖とは聞いてるけど、プールみたいに真っ平らだ。ナニコレ?


 そして、全体に白い。


 『この世界』の水辺――上下水道や農業用の水路にまで居る――には、「ヌメヌメスベスベ」という大きなカタツムリみたいな生き物が棲んでいて、そいつらが這い回ると、白い炭酸カルシウムの膜に覆われるそうだ。


 だから、ここもきっとそうなんだろう。 

 確かに、白い湖底に、灰色っぽい点々がいくつもある。

 アレがそうだろうな。いっぱいいる。


 で、どこだろ? 鍵。


 白くつるつるした鍾乳洞みたいな湖底には、うっすらと(もや)のような(おり)が溜まっていた。


 水没した白い丸太みたいな木があったので、体が浮かないようにそれを掴みながら、『口内錬成』を繰り返しつつ、あたりを見回す。


 えーっと、鍵。鍵。


 あった!


 俺はそこまで泳いで、両手でつかみ上げる。


 と、その近くにぽっかりとした「穴」が有った。

 急流の岩の上に、偶然別な石が乗っかって、そのまま水流でコロコロと転がり続けると、自然に削れて穴が開いて、「甌穴(おうけつ)」っていう穴ボコになるそうだけど……そんな感じの不自然な凹みだ。


 その中を探ってみると……何か金属製の物があった。

 ついでなので、それもゲット。


 そして、そのそばには、何故か白い木靴の片方が沈んでいた。

 なので、これもついでに足で引っ掛けるようにして拾った。


 なんだろ、この靴? 変に重い気がする。


 ま、確かめるのは後にして……目的は達したので、もう泳ぐのも面倒だ。


 全身の力を()く。


 ふわ――っ、と体が水面に向かって、浮かびあがってゆく。


 『冴え○ノ』の加藤の声を思い浮かべると、上手く力が脱けた。

 安野○世乃さんの声は、リラクゼーション効果バツグンなのだ。

 加藤Verの『ラブ・イ○ュージョン』は、聴いてると腰が抜けるのだ。


 そんな事を考えつつ、手足をだらんとさせたまま、背中から水面に出た。


「「きゃ――っ!」」


 あれ? 悲鳴だ。


 俺様が溺死して、ぽっかり浮かび上がったと思われたのかもしれない。

 すぐ体勢を変えて、○ンクロ……イヤ、「アーティスティック・スイミング」の立ち泳ぎみたいな感じで、見つけて来た『鍵』を示す。


「お前さんの落としたのはこの鉄の鍵かい? それともこっちの金の鍵かい?」


 まさか、このネタを女神役(元々のイソップ寓話では『ヘルメス』だそうな)でやる事になるとは思わなかったよ。しかも異世界で。


 そう、湖底には、なぜか「黒い鉄の鍵」と「金の鍵」の、二本があったのだ。

 ちなみに「金の鍵」の方は、穴ボコの中にあった。


「あ、生きてるの? えーっと、私のはそっちの黒……きゃっ」


   どぼ――ん!


 小舟の上から身を乗り出したポーニャ嬢が、湖に転落した。


「えっ? えええっ!」


   どっぷ――ん!


 反動で大きく揺れた小舟から、巻き添え喰らってアルストロメリア嬢も落ちた。


 ねえ、君ら、アホなの?


 幸い小舟は、ひっくり返らなかったので、そこに拾った鍵と靴を落とし、二人の救出に向かう。


 まずは比較的アホじゃないと思われるアルストロメリア嬢からだ。


「……ひゃっ……ひっ」

 なんというか、溺れ方も地味だった。


「力脱いて」

「……(こくん)」

 地味に頷いてくれた。

 彼女をいったん左肩に担いで、そのまま右手で小舟を引き寄せて、ぐいっと中に落とし込んだ。上手くいった。

 いろいろとあちこちの感触を楽しんじゃったけど「役得」だ。……イヤ、そんな事を堂々と言い切ってどうする?


 で、正直者だけど確実にアホなポーニャ嬢は――


「うばっ……ゲボゲボゲボッ……ばやく……ばすけて」


 水面をバタバタ叩いて暴れてる。


 下手に抱きつくと、しがみ付かれてそのまま水没しそうなので、俺はアルストロメリア嬢の座る後部とは逆側から小舟に乗り込み、手コ……イヤ、手漕ぎで近寄る。


「つかまってください!」

 言っとくけど、俺からセク○ラを受けた被害者の心の叫びじゃないよ?


 俺は彼女の方に右足を伸ばした。

 足を伸ばしてる間、俺は両手で小舟の両舷を押さえて、転覆しないようにバランスをとる。


「ゲボッ……ぶばっ……ばやぐっっ!!」


 普段のポーニャ嬢はけして不美人なわけではないのに、いま現在は酷い有様だった。

 ちょっと引く。

 俺は反射的に、足を小舟の中に戻してしまった。


 溺れる人間は笑……イヤ、(ワラ)をも掴む、というけれども……。


「ばやぐ……づがまぜで」


 物凄い勢いで小舟に近寄って来て、ぐいっと掴んだ。


 お約束通り――俺様の俺様を。


「はうううっ」

 俺は思わず声を上げた。

 何しろアルストロメリア嬢を助け上げる時の素敵な感触で、半ば△△していたところを、思いっきり握られたのだ。


 俺は抵抗不可能だ。

 釣り舟がひっくり返りそうなので、両手両足で船のヘリを抑え、ブリッジのような姿勢で必死にバランスを取っているのだ。

 抵抗なんて出来っこない。握られっぱなしだ。引っ張られまくりだ。


 生命の危機とはいえ、なんの遠慮もなく、両手で激しく握られる。

 そして舟に這い上がろうとして、ぐいぐい引っ張られる。


「……う」

 自己最速の新記録だ。


 湖面に、美しく可憐な『白い花』が咲いた(※装飾過剰)。


 ついでにポーニャ嬢の髪や顔にも……。


「ぶっはぁ……じぬがど思だ」


 元々濡れてたので、ポーニャ嬢は我が身に降りかかった不幸には、気付かなかったようだった。さいわいなことだ。


「……」

 アルストロメリア嬢が、静かに俺を見つめていた。


「黙っててください」

「…………(こくん)」

 俺が頼むと、彼女は地味に頷いた。

 この女性(ひと)なら信頼出来る。そんな気がした。


 そして――


「…………あ」


 俺は、かつて自分の人生の中で、これほど辛く切なく哀しい思いを抱いたことはない……。


 湖面に咲いた「白い花」に、湖に棲む魚が寄って来て、パクパク食べ始めたのだ。


 俺様の俺様から出た精○が、お魚のエサになっちゃったのだ……。



 ただひとつの救い。それは、鱒(マス)ではなかった。


      ◆


 また、つまらぬオチをつけてしまった――ばつ×

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