表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/262

072◇蛇足


 戦いは終わった――


 少し……気になる点がある。


「――これ、どうなるんですか? まさか食べないですよね?」

 切断されたヘビアタマちゃんの「脚」を見ながら、ラウラ姫に訊ねた。


「うむ。『王宮』で食べるであろう」

「…………」

「珍味らしい。私たちも近く『王宮』に行く事になるから、その時に出ると良いな」


 姫が今からちょっと楽しみにしてるし……。


 やっぱり食うのかよ。


 『★慈悲の一撃☆』は「食肉用の生物に苦しみを与えないため」の『魔法』らしいので、それが発動した時点で嫌な予感はしてたけど……食うのか?


 脚を切断したあの斬撃が、『この世界』の『魔法』を司る『世界の理(ことわり)(つかさ)』に「致死ダメージ」と判定されたんだろうな。『四ツ目の怪鳥』と戦った時と同じだ。


 そして、俺とラウラ姫との『合体魔法』として発動させたからこそ、首が切り落とされた後も、あんなに「生き長らえて(ちょっと意味合いが違うか)」いたんだろうな……。


 ふと思ったけど、「蛇」って……夢占いとかだと「男性器」の象徴だっけか?

 それが……見事なまでに切断されちゃってるな……。


 怖い。めっちゃ怖い。


 そっちは見ないようにしようっと。

 とすると、今度は「脚」が目に付く。


 ……それにしても、デッカい脚だ。

 さすがのラウラ姫も、一人で完食は不可能だろうな。


「…………」

 ヘビアタマちゃんの思念を浴びつづけたせいで、頭がじんわりと(しび)れている。


 誰かに手を握られた。この握り方は、ミーヨだな。


「祈願! ★洗浄っ☆」


 ラウラ姫を『合体魔法』で綺麗にしてあげてるらしい。


「……平気? 元気、ないけど?」

 俺も気を遣われながら、『夏の旅人のマントル』を着せてもらった。

「……平気だよ」

 このままミーヨに抱きついて、少し泣きたい。

 でも、我慢。男の子だもん。ちゃんとチン○付いてるもん。


 向こうでは、プリムローズさんが『王都』の役人たちと何か折衝してるようだ。


「「「姫さまー!」」」


 四方からパラパラとそんな声がかかる。

 なんとなく『冶金の丘』のパレードを思い出す。


 ヘビアタマちゃん……イヤ、もう『翼竜』と呼ぼう。

 暴れていた『翼竜』を倒した「小さい子」が、第三王女だと気付いたらしい。観衆というか野次馬たちから、声援が上がってる。


「「「ラウラ姫ー!」」」


「む……誇る気にはなれないな。ジンの能力(ちから)がなくば、圧倒されて敗けていた」

 ラウラ姫が複雑な表情だった。


「……」

 まだ、頭が痺れていて、かけるべき言葉が思い浮かばなかった。


「……ぼそぼそ(こういう時は抱きしめて、チューですよ。お兄さん!)」

 ドロレスちゃんが傍に来てぼそぼそ言ってるけど、

「……ぼそ(こんな人前で出来るか!)」

「……ぼそぼそ(だったら、二人きりの時はするんですか?)」

「……ぼそ(もういいから)」


 そう言えば、ラウラ姫と二人きりで「えっちなこと」ってしたことないな。

 いつも『見届け人』がいるもんな。それはそれで、燃えるけどな。


 戦闘終了直後に、俺はいったい何を考えてるんだ?


      ◇


 とりあえず、ここは『王都』の中心部。

 『永遠の道』の『大交差』の「ど真ん中」なので、さっさと撤収しないと。


「プリムローズさん!」

 俺は姫の筆頭侍女に駆け寄って、左手を差し出した。

「うん、よくやってくれた。これで殿下はまた『星』を獲れる」

 プリムローズさんは俺の手を握り返した。


 握手じゃねーよ。


「イヤ、邪魔だから、退()かないと……交通妨害もいいとこっスよ」

「なるほど、そっちか。『翼竜』の死骸を ★運搬っ☆」


 左手で俺と握手したまま、パキン! と右手の指を鳴らすと、『合体魔法』が発動し、バカデカい『翼竜』の死骸が虹色のキラキラ星に包まれて、地面から、ほんの少しだけ浮いて、す――っと横滑りを始めた。超電導磁石の実験みたいだ。『魔法』ってスゴい。


「侍女殿、こちらに!」

 誰かが誘導する。

 生きている状態だと、『運搬魔法』が発動しないらしく、みんな『翼竜』の「ご臨終」を待っていたらしいのだ。


「……それと、『肉』って何なんスか? 笑われましたよ」

 苦情を言ってやったよ。


「え? 誰に? ああ、この『翼竜』。やっぱり、転生者……だったのか?」

 プリムローズさんも困惑顔だ。

「ま、良き転生を――だね。こんな姿で『前世の記憶』が戻っても、生きてくのが辛いだけだろうし。君もあんまり気にするな」

 慰めか、励ましのつもりか、口調は優しかった。


「では、殿下。下がりましょう!」


 『運搬魔法』の対象物は、術者の後ろを自動で追尾するらしい。

 そう言って、プリムローズさんは姫を待たないで、さっさと歩き出した。

 何かの照れ隠しなのか、スタスタと大股で歩くのを、みんな小走りで追いかける。


 俺はその中の一人、姫の侍女に変装しているミーヨの手をとった。


 驚いて、振り向いたペリドットの瞳に、

「ミーヨ。ここ、洗って」

 と言うと、すぐに察してくれた。


「うんっ」

 頷いたミーヨは、

「祈願。『永遠の道』を ★洗浄っ☆」

 『合体魔法』を発動させた。


   キラキラキラキラキラキラキラン☆


 周囲が真っ白になるほどの、膨大な数の虹色のキラキラ星が舞って、瞬く間に『永遠の道』に広がっていた『翼竜』の血の跡が消えた。


「ありがとう、ミーヨ」

 そしてこれで、血の苦手な『俺の聖女』シンシアさんも平気だろう。

 向こうの『全知全能神神殿』から、他の『巫女見習い』の子たちと見てるみたいだしな。


「「「「「……ぉぉおっ……」」」」」


 少し間をおいて、周囲からざわめきが上がった。

 こんなに一瞬で、流血の跡を消し去るのって、もの凄い事らしい。


「…………?」

 本人はきょとんとしてるけど。


 さすがはマジカルメイド・ミーヨちゃん。

 後で個人的にパンケーキにでも「美味しく」なる魔法をかけてもらおうっと。


 そう言えば「フライパンで焼くからパンケーキ」のはずだけど、ホットケーキってホットプレートで焼いたやつの事を言うのかな? 区別知らないな。


 ちなみに、『あそ○あそばせ』で眼鏡の子が言ってた「ホットケーキを作る時に良く回すモノ」を、グルグル回してたのは……この俺だ(笑)。


 眼鏡の子は、事前に色々あって「テンポ」と間違えてたのだ。

 その子は、その後も沖縄の有名なお土産物も言い間違えてた。

 よくあるネタだけど……実際に声に出して言ってるのを聞くと、本気でびっくりするよね?


 俺も、そんな風にされたいな(笑)。


 ふと目が合うと、

「……いま、ヘンな事を考えてたでしょ?」

 頬を赤く染めたミーヨから、そう言われた。


 なんで、そんな事が分かるんだろう?


 あ! そう言えばミーヨさんてば、アイコンタクトで俺が思い描くイメージ画像がダダ漏れになる「真珠っぽい耳栓」をお持ちでしたね?


 忘れてました。


      ◇


「痛い。痛いってば。(つね)らないで」

「またまた……『全知神』さまの加護があるんでしょ?」

「……」


 イヤ、本気で痛いのだ。

 塔から飛び降りても、魔銃で撃たれても、巨大な『翼竜』からハタかれても何ともない俺様の『★不可侵の被膜☆』は、ミーヨの指であっさりとブチ抜かれてる。


 なんでやろ?


 まあ、知ってるけど。


 俺に『賢者の玉』を埋め込んだ時に、『全知神』はこう言っていた。




『去り際にな。この娘が、あたしに頼んだんだ。もうジンくんが傷ついたり、痛みを感じたりしないようにして――ってな』




 つまり、俺の『★不可侵の被膜☆』は、「ミーヨの願い」によって存在してるのだ。


 そしてそれを願った当の本人が、俺に何かする分には、その必要性がないと判断されているのか、発動しないらしいのが、最近理解(わか)ってきた。


 ちょっと試してみよう。


「ミーヨ。俺の額に、なんか変な模様が書いてあるだろ?」

「うん、ナニコレ?」


 『肉』っス。


「それを『魔法』で消して欲しいんだ。プリムローズさんが書いたラクガキだから」

「プリちゃんが? ふーん。祈願! ★洗浄っ☆」


 キラキラ星が眩しい。そして、おでこに妙な圧力を感じる気もする。


「消えた?」

「消えたよ。何だったの?」


 だから、『肉』っス(笑)。


 それはそれとして、やっぱりだな。

 プリムローズさんが俺に『魔法』をかけようとした時、「ダメだ。弾かれる。君の『被膜』が邪魔してるかも」とか言ってたし……。


 でも、その『被膜』も、ミーヨにならブチ抜けるんだ。


 ……そうか。


 つまり、この俺が「SMプレイ(笑)」を望み、M役を志願した場合には、S役はミーヨ以外にいないのだ!


 俺の『女王さま』はミーヨなのだ!!


 ……イヤ、じゃなくて! 「ミーヨの願い」によって『★不可侵の被膜☆』が発動しているのなら、もしミーヨが死んでしまったら……俺はどうなるんだろう?


 その時は『賢者の玉』も取り上げられて、すべての能力(ちから)を失って、単なる無力な全裸の少年になるのかもしれない。


 そしたら、俺は……。


 そして……『全知神』は何故そんな無茶な「ミーヨの願い」を叶えたんだろう?

 その代償として『魔法少女』とかにするためじゃないだろうし。

 何か……弱みでも握られてるんだろうか?


 そもそも、プリムローズさんが『魔法』の練習のために作っていた『ふしぎなわっか』……ボコ村近辺の麦畑に出来る「ミステリーサークル」を、その跡を継ぐみたいにして作ってたのは、何故なんだろう?


 俺は『全知全能神神殿』のツインタワーを見上げながら、そんな事を考えた。


 もしかしたら、ここでそういった事を「考える」事によって、またまた『全能神』と『全知神』が『ご光臨』するんじゃないかと思ったのだ。


 けれど……どうも、今回、それはなさそうだ。

 なんとなく分かる。


 二本の塔の向こうには、この惑星を取り囲む白い(リング)が、うっすらと空に浮かんでいる。


 ――不意に、ある考えが浮かんだ。


 俺は『この世界』の『魔法』が使えない。

 前にミーヨは言っていた。


『そのジンくんの言う『錬金術』が、ウン……ちがくて『体の中にあるもの』しか変えられないのって、『全知神』様の加護となにかぶつかり合うみたいになってて、そうなっちゃうじゃないのかなあ』


 自分の体内にだけしか『守護の星』を動かせない、そんな歪んだ存在なのだ、俺は。


 それは推測するに、俺が傷つかないように全身を守っている『★不可侵の被膜☆』と干渉しているかもしれないのだ。


 しかし、その無敵のバリアーも、ミーヨの「攻め(?)」には発動しない。


 それならば、それを利用して、ミーヨからの「攻め」を受けながらなら……俺も『魔法』を使えるかもしれない。


 ……試してみる価値はある。


 ミーヨから「攻め」てもらうのだ。

 そして『魔法』を使用してみる。


 それで、上手くいけば……イヤ、上手くいっていも……やっぱり、どっかしら歪んだ変態性は残るなあ……。


 カッコ悪いなあ。ホントに俺って。


「……ジンくん」

 優しい声がする。


「顔色悪いよ? ホントに痛かった?」

 ミーヨが俺を見つめてる。

「……」

 俺もミーヨを見つめた。


 ミーヨ……『俺の女王さま』。


「うー……なんでわたし、ジンくんの頭の中で、そんなえっちな格好してるの?」

 恥ずかしそうな赤い顔で睨まれた。


 あれ? またイメージ伝送しちゃいました?

 えへへ。


      ◇


 一連の事態の後処理となった。面倒だった。


 『先々代(さきのさき)の女王陛下』は、完全に知らんぷりだ。

 もともとの騒ぎの原因はオオババちゃんなのに。我関せずだ。困った人だ。


 『翼竜』移送の指揮をとっていた隊長さんたちも、あの騒ぎの中で負傷してどっかに運ばれたらしく、事情の説明やら何やらを、すべて俺やラウラ姫(正確にはその筆頭侍女だけど)がしなくてはならなくなったのだ。


      ◇


 最初に来たのが、こんな人だった。


「『王宮』の厨房から食材受け取りに来ました」


 食材って『ヘビアタマの翼竜』の事か?

 やっぱり食うんだな……。


      ◇


「『全知全能神神殿』の者です。あなたは一体どういうつもりで、『清き乙女』でなくてはならない『巫女見習い』たちにあんなものを見せたのですか!」


 怒られた。


「あ、どうも。ロザリンダさま」

 でも知り合いだったので、挨拶しましたよ。


「あ、どうも……じゃないでしょ? 『巫女』は清純でけがれなき処女性を求められるのです。ちん……男性の男性たる部位を見た事がある場合、『巫女』や『巫女見習い』の資格を失う場合もあるのですよ!」

 ロザリンダ嬢がまくしたてた。


 『巫女見習い』や『巫女』の「戒律」ってやつか。

 でも、見ただけでアウトなの? 厳しくね?

 そんでもって今ナニか言いかけましたけど、その続きが知りたいです。


「『神殿』には『嘘を見抜く術法』もあるのです! 実際に見てしまった者はウソをつけません。どう責任をとるのです?」


 そんな「嘘発見器(ポリグラフ)」みたいな『神聖術法』あるんだ?


「じゃあ、全員失格に……?」

 シンシアさんもか?

 なんだかんだで何回も見せて……イヤ、見られてるし。


「それはありません。今回は事態が事態でしたので、特例で全員が不問となるそうです」

「それは良かった」


 なら、いいじゃん。


「まったく、あなたは! ……何と言ったら良いのでしょう? 適切な言葉が思い浮かびません!」

 ロザリンダ嬢が歯がゆそうに言った。


 えーっと、『地球』だと「セクシャル・ハラ○メント」です。「このセク○ラ野郎!」というのはどうでしょう?


「ですがロザリンダ様もご覧になられたでしょう? クリムソルダさんと一緒に『馬車』の中で」

 この発言がまさに「セク○ラ」だな。

 正確には、その前にもあったけどな。


「ぐ……ぐぬぬ。確かにそれは紛れもない事実ですが……」

 あっさり認めちゃったよ。この女性(ひと)


「妹さんも含めて、みんながみんな『戒律』違反にならないんなら、逆に感謝してもらいたいくらいですが」

 俺は言ってやった。


「そうね。むしろ礼を言わないと……って、もう! とにかく、この手紙を次郎さまに渡してくださいっ!」

 怒るだけ怒って、最後は私用かよ。


「それではっ!」

 ロザリンダ嬢は、俺に乙女な感じの淡いピンクの封書を押し付けると、くるっとその場で旋回して、長いローブの裾をひらめかしながら去っていった。


 大きなお胸に気をとられて気付かなかったけど、よく見るとお尻も素敵だった。


      ◇


 その後もいろんな人が来ては、いろいろ訊かれた。

 イヤ、話の要点はひとつだったかもしれない。


「ところで、なぜこちらの方は丸出し……いえ、服を着用されてなかったのでしょう?」


 生真面目そうな女性の文官だった。

 『王都』の市政に携わっているらしく、いろいろ訊かれた。


「殿下の『(いと)(びと)』とおっしゃるこのお方は、なんでまたフルチ……いえ、全裸だったのでしょう?」


 『道の警備隊』の『王都』本部の諮問官だってさ。

 まあ、『永遠の道』の上での事だったから、管轄内なんだろうけど。


「君は自分の男性生殖器をプロペラ星のように回転させて、翼竜を幻惑して倒したと聞いたが、本当かね?」


 『対空兵団』の中隊長さんらしい。

 俺の戦い方が非常に気になったらしいけど、絶対参考にすんなよ。


 『王都』のど真ん中で水平発射するワケにはいなかったらしいけど、『88なの対竜魔砲』とか『30なの魔動機関砲』とかも展開寸前だったらしい。ちなみに「なの」は約1㎜なの。


 あと『プロペラ星』は『この世界』の夜空に見える他の「棒渦巻銀河」の名前だ。

 俺様の俺様の事ではない。


 ――てか、みんなして「そこ」ばっかりイジらないで!


 ちなみに、今は着てるよ『夏の旅人のマントル』。


 みなさんには、こう言い訳した。


「察してください」

 ラウラ姫の方をチラ見しながら言うと、非常に効果的だった。


「む?」

 姫、ごめんね。「明るいうちから、えっちなことしてた」と誤解されちゃったね(笑)。


      ◇


 結局、もう夜だ。


 後処理を終えた俺たちは、ラウラ姫の『宮殿』の客になっていた。

 姫の『宮殿』は、もともとは『地球』で言う「歌劇場」みたいな『音の宮殿』なのだけど、舞踏会にでも使えそうな大広間もあって、そこが大食堂に転用されていた。


「これ、次郎さんに」

 預かっていた手紙を渡した。

「え? 俺っすか? わざわざ、どうもっす」

 次郎氏は、イケメンらしく長い黒髪をかき上げながら手紙を受け取った。


 プリムローズさんがどこかと交渉したらしく、この人に出ていた『捕縛命令』は解除されたそうで、堂々と「『東の(つぶら)』からの使者」(ヅラ)してここにいる。


 筆頭侍女のプリムローズさんも、第六侍女と第七侍女に偽装しているミーヨとドロレスちゃんも、猫耳奴隷のセシリアも、ドロレスちゃん付きのメイドのマルカさんとジリーさんも、今夜から寝泊まりする部屋のルームクリーニングやらベッドメーキングでめちゃくちゃに忙しいらしくて、近くにいない。


 『宮殿(ここ)』を占拠していた『先々代(さきのさき)の女王陛下』側の侍女軍団のみなさんは、中高年ばかりなので、ラウラ姫側の「若手」に仕事を丸投げしてしまったのだ。


 なんか人手が足りないっぽいけど、本来なら居るはずの、姫の第二侍女から第五侍女までは、実家に帰っていて不在らしい。そのうち二人とは『冶金の丘』でちらっと会ったっけ。


 「猫の手」なら貸せるけど……てか、茶トラ君どこだろ? 居ないな。

 ひょっとして外に出て、繁殖相手のメス猫を探してるのかも……でも、旅の途中ならともかく、もう目的地に着いちゃってるので、そんなに心配しなくていいか。


 俺たち人間のオス二人は、いちおう「客人」扱いなので、みんなを手伝うワケにもいかないので、なんか手持ち無沙汰だ。


「……」

 次郎氏は、手紙を手に、何か戸惑っていた。


「どうかしたんスか?」

「いやー、『魔法』で『★密封☆』されてるらしくて……ジンさん。開封の『魔法』知りませんか?」

 次郎氏は困ったように手紙をひらひらさせる。


 と言われても、俺だって知らない。

 てか手紙を『★密封☆』出来るなんて、今はじめて知った。


 『魔法』で空を飛ぶ葉書『★羽書蝶☆』は知ってるけど……あれって相手の「住所」が分からないと出せないハズだ。

 旅の途中で受け取った『竹書(たけふみ)』は、手紙を竹筒に入れて水路に流すと言う「かぐや姫」なのか「桃太郎」なのか分かんないような異世界仕様のメール便だったし。


 ……ああ、あと目の前の人の「捕縛命令」とかもあったな。


 どっちにしろ『魔法の手紙』の「開封」なんて知らないぞ。


「プリムローズさんなら知ってると……」

「いやー、俺あの人苦手なんすよ」

 中身はともかく、あんたの方が年上だろうに。


 ラウラ姫は俺のとなりの席で寝落ちしてる。

 でも姫が「開封」の『魔法』とか知ってるかどうかは微妙な気がする。


 となると、他に知っていそうなのは……。

 『先々代(さきのさき)の女王陛下』くらいだな。昼間の騒ぎで『★空気爆弾☆』使ってたし。

 ちょうど大食卓の上座で、暇そうに赤茶を飲んでるし。


 実は……ほんの少しだけど、『王都大火』についても話を聞けた。

 ただ、肝心なところに触れると、例の御病気が出て、いきなり寝ちゃうのだ。

 なので、『大火』の情報収集は、他の人を当たってみた方が、いいのかもしれない。


 でも、これは世間話みたいな話だし、別に良いだろう。

「オオババちゃん。手紙の『★密封☆』解くやり方知ってる?」

 訊いてみた。


「……知ってはおるが、そんな事を訊かれたのは生まれて初めてじゃぞ」

 オオババちゃんは呆れかえったように言った。


「なら、良かった。教えて」

「……良い事なのであろうか? わっしは元はこの国の」

 オオババちゃんは悩んでいた。


「良い事じゃん、その年で人生初の体験が出来て」

 たとえ元・女王陛下でも、俺の目には、ただのお婆ちゃんにしか見えないのであった。


 傍に控えていた侍女さんたち――マルカさんとジリーさんの知り合いの筆頭侍女さん(※すでに名前は失念しました)が、何か言いたそうだったけど、結局口を挟まれる事はなかった。


 いろいろと、俺に対する考えを改めてくれたらしい。


「『ハンコ』はないのか?」

 そう訊かれて、びっくりした。


 判子?


「無くば、『開封』と唱えて、受取人と差出人の真名(まな)を言え。さすれば開くぞ」

 訊いてみると、簡単な事だった。もっとも俺は――『魔法』使えないけど。

「なるほど。ありがと、オオババちゃん」

 俺は礼を言って、次郎氏のところに向かう。


 ところで『ハンコ』が何なのかまでは訊けなかったな……。なんだろう?


 俺が開け方を教えると、

「★開封☆ 稲田(いなだ)次郎時定(ときさだ)。ロザリンダ……。ロザリンダ……いやー、なんだっけ?」

 次郎氏は残念なイケメンだった。

 『魔法』が途中でキャンセルされて、封書に集まっていた虹色のキラキラ星が逃げ散っていく。おーい! 戻って来ーい。


 ロザリンダ嬢の真名か……。

 前に『俺の馬車』の中で聞いたのは、妹さんの方だったし……俺も知らないな。たまーに、めちゃめちゃ長いミドルネーム持っている人もいるしな。


「……お、いいところに」


 星を追いかけて、壁の方を見たら、ロザリンダ嬢の真名を知ってそうなドロレスちゃんが、食器を載せたワゴンの取っ手に手をかけて待機していた。


「……(かくん、かくん)」


 イヤ、待機状態じゃなくて「舟をこいで」いた。

 ……コレって確か『日本語』で「居眠り」のコトだよね? 「編む」は、また違うし、異世界だから、辞書無いしな。


 ちなみに『この世界』の人たちは、『地球』で「船」に乗ってるところを『全知全能神』によって「コピー&ペースト」された「過去の地球人」の子孫らしい。


 なのでかは知らないけれど、食器がみんな「船」のカタチに似てる。

 金属製のヤツも陶磁器製のヤツも、日本で言うとカレーを盛る「ソースボート」みたいなのが多い。


 ドロレスちゃんは、その中のいちばん大きな「手すすぎ」用の容器に、カオを突っ込みそうな勢いで前傾していた。


「ドロレスちゃん! ドロレスちゃん!」

 危ないので、声をかけたよ。


「え? う? あ? なんですか? お兄さん」

 かなり疲労している様子だった。


 見た目はハイティーンでも、まだ子供(12歳)だし、前世日本だったら9時以降の労働が禁止されてる年齢だもんな……可哀相に。

 でも、侍女に変装するために、成人してる(てい)だしな。


「手紙開けたいんだけど、ロザリンダさまの真名知ってる?」

 一応、訊いてみた。


「ロザリンダ・ヂ・メルォン……あ、いえ。ロザリンダ・ダ・メルォンのはずです。今は」


 やっぱり知ってるのか……ん? なんだって?

 元は「●゛」だったの? 違うか……貴族位が降格してるのか?


「いやー、そうでした。★開封☆ 稲田次郎時定。ロザリンダ・ダ・メロン(・・)

 次郎氏が唱えると、キラキラ星が舞って封書が開いた。


 そうなんだよね。

 『この世界』の言語の発音だと「メルォン」が「メロン」にしか聞こえないのだ。

 まるで妹さんのクリムソルダ嬢の、素敵なお胸に合わせたかのような家名だ。


「ありがとう。可愛いお嬢さん」

 次郎氏が軽薄に礼を言うと、

「いえ。出来れば今度、あの方にお会いした時に真名で呼んであげると、たいへん喜ばれると思いますよ?」

 ドロレスちゃんは、そんな事を言った。


 ん? それって?


「知ってますよ、それ。女王国(ここ)で女の人を直接(じか)に真名で呼んでいいのは、結婚を申し込む時だけでしょ? いやー、君、人が悪い」

 次郎氏は苦笑いしつつ、ドロレスちゃんの悪巧みにはハマらなかった。


 前に、プリムローズさんに騙されてあっさりとラウラ姫の真名を呼んで、なんかドタバタした俺と違って、意外な慎重さだ。


「そうですか、残念です」

 ドロレスちゃんは素っ気なかった。

 そして、ワゴンから船型食器を取り出して、食卓に並べていく。

 手伝いたいけど……これ、俺が手伝っちゃダメなんだろうな、きっと。


 メニューは――『荒嵐(あらあらし)』襲来で、外出を控えて室内に籠る事を前提にした「買い置き品」らしい。なんでも『魔法』で冷凍して真空状態で乾燥させるという「フリーズドライ」そっくりな物らしい。

 街で買える物なら、今度みんなの分も勝っておこう。すごい便利そうだし。


「……」

 次郎氏は手紙を読みだしてる。どことなく難儀そうだ。

 この人、言葉はしゃべれるけど、読み書きは苦手なのかもしれない。

 ここにいて、ラブレターの代読なんてさせられたら、イヤ過ぎるな。


 他人宛てのラブレターなんて、○ソくらえだ!


 ――よし、この流れで『おトイレ』に行ってこようっと。


 俺が立ち上がると、

「な、なんで俺が?」

 次郎氏が手紙の内容に衝撃を受けてたようだけど、構わず大食堂を出た。


      ◇


 めっちゃ長い廊下だった。


 そこに、それ(・・)が近づいて来た。


 通路の向こうから、彼女(・・)が近づくごとに、天井の『水灯(すいとう)(発光する謎生物『ヒカリちゃん』の体液が封入されたガラス球だ)』が、次々と点灯する。

 なにかのホラー映画みたいだ。


 ちょっと怖い。


「★励光(れいこう)☆ ああ、めんどい。★励光☆」


「そこの可愛いお嬢さん。『おトイレ』どこか知らない?」

 道に迷っていたので、思い切って訊いてみた。


「……果たして、私は可愛いのか?」


 通りすがりのプリムローズさんが、迷惑そうに言った。

 くしゃくしゃになった大量のシーツを押し車に積んでる。夜なのに洗い物かな?


「ま、いいけど。ここは鉤型(L字形)の建物だろう? そういう場合、だいたい両方の()の先にあるよ」

 プリムローズさんが雑に教えてくれた。


 だとすると、さっき居た「大食堂」の端にあったわけか……。

 でも、今からまた戻るのはヤだな。


「ああ、待った。大玄関から続いている広間にもあるよ。真ん中の劇場部分の。ここからなら、そこが近い」

「そうなんですか」


 さすが姫の筆頭侍女だけあって、『宮殿』の内部の間取りなんかは把握してるんだろう。俺も大雑把な間取り図は見たけど、どこにどんな部屋があるかまでは知らない。


「ところで……今からお洗濯っスか?」

「ああ、ミーヨがいい洗剤持っててね。まるで『地球』の液体洗剤みたいなんだよ」

「……へー」

 それって多分。俺が『地球』の「柔軟剤入り液体洗剤」をイメージして、俺の●(液体)をモトに『液体錬成』で錬成したヤツだろうな……。


「泡立ちが良くて、汚れ落ちが良くて、香りも良くてね。でも、どこで買ったのか教えてくれないんだよ。君、知ってる?」

「……さあ?」


 聞かれても……お答えしかねます。


「とりあえず、急ぎますんで……。ありがとうございました」

 礼を言って、立ち去ろうとすると、ぎゅっと手を握られた。


 一瞬ドキッとして、振り向くと、

「宮殿内全部の水灯を ★励光っ☆」

 パキン!(指の音だ)


 通路が……というよりも『宮殿』全体が、アホみたいに明るくなった。


「おお! 『ばぶるの頃』みたい」


 プリムローズさんが、眩しそうに目を細めながら呟いた。

 煌々とついた『水灯』のせいで、彼女の赤毛が、燃えるように輝いて見える。


「……」

 昼よりも明るい室内の様子に呆然となった。

 普通は滲むような青白い光を放つ『水灯』が、投光器なみの明るい光で室内を照らしてるので、その異常さが逆に怖い。


「もう一回、いいかい」

 プリムローズさんはもう一度俺の手を握りなおすと、また『合体魔法』を発動させた。


「★運搬っ☆ ……ああ、楽」


 なんとなく、おっさんみたいだ。

 見た目は凄い美少女なのに。

 なんていうか、この女性(ひと)、俺には絶対デレないだろうなあ。


 あと……世代が違うので「バブルの頃」がよく分からないんですけど。


      ◇


 さらに蛇足――


「うむ。やはり戦いのあとは(たか)ぶる」


 その夜、色々と疲れてたので、すぐ寝よう……としたら、ラウラ姫が(以下略)。


      ◆


 巳……じゃなくて、乙――まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ