072◇蛇足
戦いは終わった――
少し……気になる点がある。
「――これ、どうなるんですか? まさか食べないですよね?」
切断されたヘビアタマちゃんの「脚」を見ながら、ラウラ姫に訊ねた。
「うむ。『王宮』で食べるであろう」
「…………」
「珍味らしい。私たちも近く『王宮』に行く事になるから、その時に出ると良いな」
姫が今からちょっと楽しみにしてるし……。
やっぱり食うのかよ。
『★慈悲の一撃☆』は「食肉用の生物に苦しみを与えないため」の『魔法』らしいので、それが発動した時点で嫌な予感はしてたけど……食うのか?
脚を切断したあの斬撃が、『この世界』の『魔法』を司る『世界の理の司』に「致死ダメージ」と判定されたんだろうな。『四ツ目の怪鳥』と戦った時と同じだ。
そして、俺とラウラ姫との『合体魔法』として発動させたからこそ、首が切り落とされた後も、あんなに「生き長らえて(ちょっと意味合いが違うか)」いたんだろうな……。
ふと思ったけど、「蛇」って……夢占いとかだと「男性器」の象徴だっけか?
それが……見事なまでに切断されちゃってるな……。
怖い。めっちゃ怖い。
そっちは見ないようにしようっと。
とすると、今度は「脚」が目に付く。
……それにしても、デッカい脚だ。
さすがのラウラ姫も、一人で完食は不可能だろうな。
「…………」
ヘビアタマちゃんの思念を浴びつづけたせいで、頭がじんわりと痺れている。
誰かに手を握られた。この握り方は、ミーヨだな。
「祈願! ★洗浄っ☆」
ラウラ姫を『合体魔法』で綺麗にしてあげてるらしい。
「……平気? 元気、ないけど?」
俺も気を遣われながら、『夏の旅人のマントル』を着せてもらった。
「……平気だよ」
このままミーヨに抱きついて、少し泣きたい。
でも、我慢。男の子だもん。ちゃんとチン○付いてるもん。
向こうでは、プリムローズさんが『王都』の役人たちと何か折衝してるようだ。
「「「姫さまー!」」」
四方からパラパラとそんな声がかかる。
なんとなく『冶金の丘』のパレードを思い出す。
ヘビアタマちゃん……イヤ、もう『翼竜』と呼ぼう。
暴れていた『翼竜』を倒した「小さい子」が、第三王女だと気付いたらしい。観衆というか野次馬たちから、声援が上がってる。
「「「ラウラ姫ー!」」」
「む……誇る気にはなれないな。ジンの能力がなくば、圧倒されて敗けていた」
ラウラ姫が複雑な表情だった。
「……」
まだ、頭が痺れていて、かけるべき言葉が思い浮かばなかった。
「……ぼそぼそ(こういう時は抱きしめて、チューですよ。お兄さん!)」
ドロレスちゃんが傍に来てぼそぼそ言ってるけど、
「……ぼそ(こんな人前で出来るか!)」
「……ぼそぼそ(だったら、二人きりの時はするんですか?)」
「……ぼそ(もういいから)」
そう言えば、ラウラ姫と二人きりで「えっちなこと」ってしたことないな。
いつも『見届け人』がいるもんな。それはそれで、燃えるけどな。
戦闘終了直後に、俺はいったい何を考えてるんだ?
◇
とりあえず、ここは『王都』の中心部。
『永遠の道』の『大交差』の「ど真ん中」なので、さっさと撤収しないと。
「プリムローズさん!」
俺は姫の筆頭侍女に駆け寄って、左手を差し出した。
「うん、よくやってくれた。これで殿下はまた『星』を獲れる」
プリムローズさんは俺の手を握り返した。
握手じゃねーよ。
「イヤ、邪魔だから、退かないと……交通妨害もいいとこっスよ」
「なるほど、そっちか。『翼竜』の死骸を ★運搬っ☆」
左手で俺と握手したまま、パキン! と右手の指を鳴らすと、『合体魔法』が発動し、バカデカい『翼竜』の死骸が虹色のキラキラ星に包まれて、地面から、ほんの少しだけ浮いて、す――っと横滑りを始めた。超電導磁石の実験みたいだ。『魔法』ってスゴい。
「侍女殿、こちらに!」
誰かが誘導する。
生きている状態だと、『運搬魔法』が発動しないらしく、みんな『翼竜』の「ご臨終」を待っていたらしいのだ。
「……それと、『肉』って何なんスか? 笑われましたよ」
苦情を言ってやったよ。
「え? 誰に? ああ、この『翼竜』。やっぱり、転生者……だったのか?」
プリムローズさんも困惑顔だ。
「ま、良き転生を――だね。こんな姿で『前世の記憶』が戻っても、生きてくのが辛いだけだろうし。君もあんまり気にするな」
慰めか、励ましのつもりか、口調は優しかった。
「では、殿下。下がりましょう!」
『運搬魔法』の対象物は、術者の後ろを自動で追尾するらしい。
そう言って、プリムローズさんは姫を待たないで、さっさと歩き出した。
何かの照れ隠しなのか、スタスタと大股で歩くのを、みんな小走りで追いかける。
俺はその中の一人、姫の侍女に変装しているミーヨの手をとった。
驚いて、振り向いたペリドットの瞳に、
「ミーヨ。ここ、洗って」
と言うと、すぐに察してくれた。
「うんっ」
頷いたミーヨは、
「祈願。『永遠の道』を ★洗浄っ☆」
『合体魔法』を発動させた。
キラキラキラキラキラキラキラン☆
周囲が真っ白になるほどの、膨大な数の虹色のキラキラ星が舞って、瞬く間に『永遠の道』に広がっていた『翼竜』の血の跡が消えた。
「ありがとう、ミーヨ」
そしてこれで、血の苦手な『俺の聖女』シンシアさんも平気だろう。
向こうの『全知全能神神殿』から、他の『巫女見習い』の子たちと見てるみたいだしな。
「「「「「……ぉぉおっ……」」」」」
少し間をおいて、周囲からざわめきが上がった。
こんなに一瞬で、流血の跡を消し去るのって、もの凄い事らしい。
「…………?」
本人はきょとんとしてるけど。
さすがはマジカルメイド・ミーヨちゃん。
後で個人的にパンケーキにでも「美味しく」なる魔法をかけてもらおうっと。
そう言えば「フライパンで焼くからパンケーキ」のはずだけど、ホットケーキってホットプレートで焼いたやつの事を言うのかな? 区別知らないな。
ちなみに、『あそ○あそばせ』で眼鏡の子が言ってた「ホットケーキを作る時に良く回すモノ」を、グルグル回してたのは……この俺だ(笑)。
眼鏡の子は、事前に色々あって「テンポ」と間違えてたのだ。
その子は、その後も沖縄の有名なお土産物も言い間違えてた。
よくあるネタだけど……実際に声に出して言ってるのを聞くと、本気でびっくりするよね?
俺も、そんな風にされたいな(笑)。
ふと目が合うと、
「……いま、ヘンな事を考えてたでしょ?」
頬を赤く染めたミーヨから、そう言われた。
なんで、そんな事が分かるんだろう?
あ! そう言えばミーヨさんてば、アイコンタクトで俺が思い描くイメージ画像がダダ漏れになる「真珠っぽい耳栓」をお持ちでしたね?
忘れてました。
◇
「痛い。痛いってば。抓らないで」
「またまた……『全知神』さまの加護があるんでしょ?」
「……」
イヤ、本気で痛いのだ。
塔から飛び降りても、魔銃で撃たれても、巨大な『翼竜』からハタかれても何ともない俺様の『★不可侵の被膜☆』は、ミーヨの指であっさりとブチ抜かれてる。
なんでやろ?
まあ、知ってるけど。
俺に『賢者の玉』を埋め込んだ時に、『全知神』はこう言っていた。
『去り際にな。この娘が、あたしに頼んだんだ。もうジンくんが傷ついたり、痛みを感じたりしないようにして――ってな』
つまり、俺の『★不可侵の被膜☆』は、「ミーヨの願い」によって存在してるのだ。
そしてそれを願った当の本人が、俺に何かする分には、その必要性がないと判断されているのか、発動しないらしいのが、最近理解ってきた。
ちょっと試してみよう。
「ミーヨ。俺の額に、なんか変な模様が書いてあるだろ?」
「うん、ナニコレ?」
『肉』っス。
「それを『魔法』で消して欲しいんだ。プリムローズさんが書いたラクガキだから」
「プリちゃんが? ふーん。祈願! ★洗浄っ☆」
キラキラ星が眩しい。そして、おでこに妙な圧力を感じる気もする。
「消えた?」
「消えたよ。何だったの?」
だから、『肉』っス(笑)。
それはそれとして、やっぱりだな。
プリムローズさんが俺に『魔法』をかけようとした時、「ダメだ。弾かれる。君の『被膜』が邪魔してるかも」とか言ってたし……。
でも、その『被膜』も、ミーヨにならブチ抜けるんだ。
……そうか。
つまり、この俺が「SMプレイ(笑)」を望み、M役を志願した場合には、S役はミーヨ以外にいないのだ!
俺の『女王さま』はミーヨなのだ!!
……イヤ、じゃなくて! 「ミーヨの願い」によって『★不可侵の被膜☆』が発動しているのなら、もしミーヨが死んでしまったら……俺はどうなるんだろう?
その時は『賢者の玉』も取り上げられて、すべての能力を失って、単なる無力な全裸の少年になるのかもしれない。
そしたら、俺は……。
そして……『全知神』は何故そんな無茶な「ミーヨの願い」を叶えたんだろう?
その代償として『魔法少女』とかにするためじゃないだろうし。
何か……弱みでも握られてるんだろうか?
そもそも、プリムローズさんが『魔法』の練習のために作っていた『ふしぎなわっか』……ボコ村近辺の麦畑に出来る「ミステリーサークル」を、その跡を継ぐみたいにして作ってたのは、何故なんだろう?
俺は『全知全能神神殿』のツインタワーを見上げながら、そんな事を考えた。
もしかしたら、ここでそういった事を「考える」事によって、またまた『全能神』と『全知神』が『ご光臨』するんじゃないかと思ったのだ。
けれど……どうも、今回、それはなさそうだ。
なんとなく分かる。
二本の塔の向こうには、この惑星を取り囲む白い環が、うっすらと空に浮かんでいる。
――不意に、ある考えが浮かんだ。
俺は『この世界』の『魔法』が使えない。
前にミーヨは言っていた。
『そのジンくんの言う『錬金術』が、ウン……ちがくて『体の中にあるもの』しか変えられないのって、『全知神』様の加護となにかぶつかり合うみたいになってて、そうなっちゃうじゃないのかなあ』
自分の体内にだけしか『守護の星』を動かせない、そんな歪んだ存在なのだ、俺は。
それは推測するに、俺が傷つかないように全身を守っている『★不可侵の被膜☆』と干渉しているかもしれないのだ。
しかし、その無敵のバリアーも、ミーヨの「攻め(?)」には発動しない。
それならば、それを利用して、ミーヨからの「攻め」を受けながらなら……俺も『魔法』を使えるかもしれない。
……試してみる価値はある。
ミーヨから「攻め」てもらうのだ。
そして『魔法』を使用してみる。
それで、上手くいけば……イヤ、上手くいっていも……やっぱり、どっかしら歪んだ変態性は残るなあ……。
カッコ悪いなあ。ホントに俺って。
「……ジンくん」
優しい声がする。
「顔色悪いよ? ホントに痛かった?」
ミーヨが俺を見つめてる。
「……」
俺もミーヨを見つめた。
ミーヨ……『俺の女王さま』。
「うー……なんでわたし、ジンくんの頭の中で、そんなえっちな格好してるの?」
恥ずかしそうな赤い顔で睨まれた。
あれ? またイメージ伝送しちゃいました?
えへへ。
◇
一連の事態の後処理となった。面倒だった。
『先々代の女王陛下』は、完全に知らんぷりだ。
もともとの騒ぎの原因はオオババちゃんなのに。我関せずだ。困った人だ。
『翼竜』移送の指揮をとっていた隊長さんたちも、あの騒ぎの中で負傷してどっかに運ばれたらしく、事情の説明やら何やらを、すべて俺やラウラ姫(正確にはその筆頭侍女だけど)がしなくてはならなくなったのだ。
◇
最初に来たのが、こんな人だった。
「『王宮』の厨房から食材受け取りに来ました」
食材って『ヘビアタマの翼竜』の事か?
やっぱり食うんだな……。
◇
「『全知全能神神殿』の者です。あなたは一体どういうつもりで、『清き乙女』でなくてはならない『巫女見習い』たちにあんなものを見せたのですか!」
怒られた。
「あ、どうも。ロザリンダさま」
でも知り合いだったので、挨拶しましたよ。
「あ、どうも……じゃないでしょ? 『巫女』は清純でけがれなき処女性を求められるのです。ちん……男性の男性たる部位を見た事がある場合、『巫女』や『巫女見習い』の資格を失う場合もあるのですよ!」
ロザリンダ嬢がまくしたてた。
『巫女見習い』や『巫女』の「戒律」ってやつか。
でも、見ただけでアウトなの? 厳しくね?
そんでもって今ナニか言いかけましたけど、その続きが知りたいです。
「『神殿』には『嘘を見抜く術法』もあるのです! 実際に見てしまった者はウソをつけません。どう責任をとるのです?」
そんな「嘘発見器」みたいな『神聖術法』あるんだ?
「じゃあ、全員失格に……?」
シンシアさんもか?
なんだかんだで何回も見せて……イヤ、見られてるし。
「それはありません。今回は事態が事態でしたので、特例で全員が不問となるそうです」
「それは良かった」
なら、いいじゃん。
「まったく、あなたは! ……何と言ったら良いのでしょう? 適切な言葉が思い浮かびません!」
ロザリンダ嬢が歯がゆそうに言った。
えーっと、『地球』だと「セクシャル・ハラ○メント」です。「このセク○ラ野郎!」というのはどうでしょう?
「ですがロザリンダ様もご覧になられたでしょう? クリムソルダさんと一緒に『馬車』の中で」
この発言がまさに「セク○ラ」だな。
正確には、その前にもあったけどな。
「ぐ……ぐぬぬ。確かにそれは紛れもない事実ですが……」
あっさり認めちゃったよ。この女性。
「妹さんも含めて、みんながみんな『戒律』違反にならないんなら、逆に感謝してもらいたいくらいですが」
俺は言ってやった。
「そうね。むしろ礼を言わないと……って、もう! とにかく、この手紙を次郎さまに渡してくださいっ!」
怒るだけ怒って、最後は私用かよ。
「それではっ!」
ロザリンダ嬢は、俺に乙女な感じの淡いピンクの封書を押し付けると、くるっとその場で旋回して、長いローブの裾をひらめかしながら去っていった。
大きなお胸に気をとられて気付かなかったけど、よく見るとお尻も素敵だった。
◇
その後もいろんな人が来ては、いろいろ訊かれた。
イヤ、話の要点はひとつだったかもしれない。
「ところで、なぜこちらの方は丸出し……いえ、服を着用されてなかったのでしょう?」
生真面目そうな女性の文官だった。
『王都』の市政に携わっているらしく、いろいろ訊かれた。
「殿下の『愛し人』とおっしゃるこのお方は、なんでまたフルチ……いえ、全裸だったのでしょう?」
『道の警備隊』の『王都』本部の諮問官だってさ。
まあ、『永遠の道』の上での事だったから、管轄内なんだろうけど。
「君は自分の男性生殖器をプロペラ星のように回転させて、翼竜を幻惑して倒したと聞いたが、本当かね?」
『対空兵団』の中隊長さんらしい。
俺の戦い方が非常に気になったらしいけど、絶対参考にすんなよ。
『王都』のど真ん中で水平発射するワケにはいなかったらしいけど、『88なの対竜魔砲』とか『30なの魔動機関砲』とかも展開寸前だったらしい。ちなみに「なの」は約1㎜なの。
あと『プロペラ星』は『この世界』の夜空に見える他の「棒渦巻銀河」の名前だ。
俺様の俺様の事ではない。
――てか、みんなして「そこ」ばっかりイジらないで!
ちなみに、今は着てるよ『夏の旅人のマントル』。
みなさんには、こう言い訳した。
「察してください」
ラウラ姫の方をチラ見しながら言うと、非常に効果的だった。
「む?」
姫、ごめんね。「明るいうちから、えっちなことしてた」と誤解されちゃったね(笑)。
◇
結局、もう夜だ。
後処理を終えた俺たちは、ラウラ姫の『宮殿』の客になっていた。
姫の『宮殿』は、もともとは『地球』で言う「歌劇場」みたいな『音の宮殿』なのだけど、舞踏会にでも使えそうな大広間もあって、そこが大食堂に転用されていた。
「これ、次郎さんに」
預かっていた手紙を渡した。
「え? 俺っすか? わざわざ、どうもっす」
次郎氏は、イケメンらしく長い黒髪をかき上げながら手紙を受け取った。
プリムローズさんがどこかと交渉したらしく、この人に出ていた『捕縛命令』は解除されたそうで、堂々と「『東の円』からの使者」面してここにいる。
筆頭侍女のプリムローズさんも、第六侍女と第七侍女に偽装しているミーヨとドロレスちゃんも、猫耳奴隷のセシリアも、ドロレスちゃん付きのメイドのマルカさんとジリーさんも、今夜から寝泊まりする部屋のルームクリーニングやらベッドメーキングでめちゃくちゃに忙しいらしくて、近くにいない。
『宮殿』を占拠していた『先々代の女王陛下』側の侍女軍団のみなさんは、中高年ばかりなので、ラウラ姫側の「若手」に仕事を丸投げしてしまったのだ。
なんか人手が足りないっぽいけど、本来なら居るはずの、姫の第二侍女から第五侍女までは、実家に帰っていて不在らしい。そのうち二人とは『冶金の丘』でちらっと会ったっけ。
「猫の手」なら貸せるけど……てか、茶トラ君どこだろ? 居ないな。
ひょっとして外に出て、繁殖相手のメス猫を探してるのかも……でも、旅の途中ならともかく、もう目的地に着いちゃってるので、そんなに心配しなくていいか。
俺たち人間の男二人は、いちおう「客人」扱いなので、みんなを手伝うワケにもいかないので、なんか手持ち無沙汰だ。
「……」
次郎氏は、手紙を手に、何か戸惑っていた。
「どうかしたんスか?」
「いやー、『魔法』で『★密封☆』されてるらしくて……ジンさん。開封の『魔法』知りませんか?」
次郎氏は困ったように手紙をひらひらさせる。
と言われても、俺だって知らない。
てか手紙を『★密封☆』出来るなんて、今はじめて知った。
『魔法』で空を飛ぶ葉書『★羽書蝶☆』は知ってるけど……あれって相手の「住所」が分からないと出せないハズだ。
旅の途中で受け取った『竹書』は、手紙を竹筒に入れて水路に流すと言う「かぐや姫」なのか「桃太郎」なのか分かんないような異世界仕様のメール便だったし。
……ああ、あと目の前の人の「捕縛命令」とかもあったな。
どっちにしろ『魔法の手紙』の「開封」なんて知らないぞ。
「プリムローズさんなら知ってると……」
「いやー、俺あの人苦手なんすよ」
中身はともかく、あんたの方が年上だろうに。
ラウラ姫は俺のとなりの席で寝落ちしてる。
でも姫が「開封」の『魔法』とか知ってるかどうかは微妙な気がする。
となると、他に知っていそうなのは……。
『先々代の女王陛下』くらいだな。昼間の騒ぎで『★空気爆弾☆』使ってたし。
ちょうど大食卓の上座で、暇そうに赤茶を飲んでるし。
実は……ほんの少しだけど、『王都大火』についても話を聞けた。
ただ、肝心なところに触れると、例の御病気が出て、いきなり寝ちゃうのだ。
なので、『大火』の情報収集は、他の人を当たってみた方が、いいのかもしれない。
でも、これは世間話みたいな話だし、別に良いだろう。
「オオババちゃん。手紙の『★密封☆』解くやり方知ってる?」
訊いてみた。
「……知ってはおるが、そんな事を訊かれたのは生まれて初めてじゃぞ」
オオババちゃんは呆れかえったように言った。
「なら、良かった。教えて」
「……良い事なのであろうか? わっしは元はこの国の」
オオババちゃんは悩んでいた。
「良い事じゃん、その年で人生初の体験が出来て」
たとえ元・女王陛下でも、俺の目には、ただのお婆ちゃんにしか見えないのであった。
傍に控えていた侍女さんたち――マルカさんとジリーさんの知り合いの筆頭侍女さん(※すでに名前は失念しました)が、何か言いたそうだったけど、結局口を挟まれる事はなかった。
いろいろと、俺に対する考えを改めてくれたらしい。
「『ハンコ』はないのか?」
そう訊かれて、びっくりした。
判子?
「無くば、『開封』と唱えて、受取人と差出人の真名を言え。さすれば開くぞ」
訊いてみると、簡単な事だった。もっとも俺は――『魔法』使えないけど。
「なるほど。ありがと、オオババちゃん」
俺は礼を言って、次郎氏のところに向かう。
ところで『ハンコ』が何なのかまでは訊けなかったな……。なんだろう?
俺が開け方を教えると、
「★開封☆ 稲田次郎時定。ロザリンダ……。ロザリンダ……いやー、なんだっけ?」
次郎氏は残念なイケメンだった。
『魔法』が途中でキャンセルされて、封書に集まっていた虹色のキラキラ星が逃げ散っていく。おーい! 戻って来ーい。
ロザリンダ嬢の真名か……。
前に『俺の馬車』の中で聞いたのは、妹さんの方だったし……俺も知らないな。たまーに、めちゃめちゃ長いミドルネーム持っている人もいるしな。
「……お、いいところに」
星を追いかけて、壁の方を見たら、ロザリンダ嬢の真名を知ってそうなドロレスちゃんが、食器を載せたワゴンの取っ手に手をかけて待機していた。
「……(かくん、かくん)」
イヤ、待機状態じゃなくて「舟をこいで」いた。
……コレって確か『日本語』で「居眠り」のコトだよね? 「編む」は、また違うし、異世界だから、辞書無いしな。
ちなみに『この世界』の人たちは、『地球』で「船」に乗ってるところを『全知全能神』によって「コピー&ペースト」された「過去の地球人」の子孫らしい。
なのでかは知らないけれど、食器がみんな「船」のカタチに似てる。
金属製のヤツも陶磁器製のヤツも、日本で言うとカレーを盛る「ソースボート」みたいなのが多い。
ドロレスちゃんは、その中のいちばん大きな「手すすぎ」用の容器に、カオを突っ込みそうな勢いで前傾していた。
「ドロレスちゃん! ドロレスちゃん!」
危ないので、声をかけたよ。
「え? う? あ? なんですか? お兄さん」
かなり疲労している様子だった。
見た目はハイティーンでも、まだ子供(12歳)だし、前世日本だったら9時以降の労働が禁止されてる年齢だもんな……可哀相に。
でも、侍女に変装するために、成人してる体だしな。
「手紙開けたいんだけど、ロザリンダさまの真名知ってる?」
一応、訊いてみた。
「ロザリンダ・ヂ・メルォン……あ、いえ。ロザリンダ・ダ・メルォンのはずです。今は」
やっぱり知ってるのか……ん? なんだって?
元は「●゛」だったの? 違うか……貴族位が降格してるのか?
「いやー、そうでした。★開封☆ 稲田次郎時定。ロザリンダ・ダ・メロン」
次郎氏が唱えると、キラキラ星が舞って封書が開いた。
そうなんだよね。
『この世界』の言語の発音だと「メルォン」が「メロン」にしか聞こえないのだ。
まるで妹さんのクリムソルダ嬢の、素敵なお胸に合わせたかのような家名だ。
「ありがとう。可愛いお嬢さん」
次郎氏が軽薄に礼を言うと、
「いえ。出来れば今度、あの方にお会いした時に真名で呼んであげると、たいへん喜ばれると思いますよ?」
ドロレスちゃんは、そんな事を言った。
ん? それって?
「知ってますよ、それ。女王国で女の人を直接に真名で呼んでいいのは、結婚を申し込む時だけでしょ? いやー、君、人が悪い」
次郎氏は苦笑いしつつ、ドロレスちゃんの悪巧みにはハマらなかった。
前に、プリムローズさんに騙されてあっさりとラウラ姫の真名を呼んで、なんかドタバタした俺と違って、意外な慎重さだ。
「そうですか、残念です」
ドロレスちゃんは素っ気なかった。
そして、ワゴンから船型食器を取り出して、食卓に並べていく。
手伝いたいけど……これ、俺が手伝っちゃダメなんだろうな、きっと。
メニューは――『荒嵐』襲来で、外出を控えて室内に籠る事を前提にした「買い置き品」らしい。なんでも『魔法』で冷凍して真空状態で乾燥させるという「フリーズドライ」そっくりな物らしい。
街で買える物なら、今度みんなの分も勝っておこう。すごい便利そうだし。
「……」
次郎氏は手紙を読みだしてる。どことなく難儀そうだ。
この人、言葉はしゃべれるけど、読み書きは苦手なのかもしれない。
ここにいて、ラブレターの代読なんてさせられたら、イヤ過ぎるな。
他人宛てのラブレターなんて、○ソくらえだ!
――よし、この流れで『おトイレ』に行ってこようっと。
俺が立ち上がると、
「な、なんで俺が?」
次郎氏が手紙の内容に衝撃を受けてたようだけど、構わず大食堂を出た。
◇
めっちゃ長い廊下だった。
そこに、それが近づいて来た。
通路の向こうから、彼女が近づくごとに、天井の『水灯(発光する謎生物『ヒカリちゃん』の体液が封入されたガラス球だ)』が、次々と点灯する。
なにかのホラー映画みたいだ。
ちょっと怖い。
「★励光☆ ああ、めんどい。★励光☆」
「そこの可愛いお嬢さん。『おトイレ』どこか知らない?」
道に迷っていたので、思い切って訊いてみた。
「……果たして、私は可愛いのか?」
通りすがりのプリムローズさんが、迷惑そうに言った。
くしゃくしゃになった大量のシーツを押し車に積んでる。夜なのに洗い物かな?
「ま、いいけど。ここは鉤型(L字形)の建物だろう? そういう場合、だいたい両方の翼の先にあるよ」
プリムローズさんが雑に教えてくれた。
だとすると、さっき居た「大食堂」の端にあったわけか……。
でも、今からまた戻るのはヤだな。
「ああ、待った。大玄関から続いている広間にもあるよ。真ん中の劇場部分の。ここからなら、そこが近い」
「そうなんですか」
さすが姫の筆頭侍女だけあって、『宮殿』の内部の間取りなんかは把握してるんだろう。俺も大雑把な間取り図は見たけど、どこにどんな部屋があるかまでは知らない。
「ところで……今からお洗濯っスか?」
「ああ、ミーヨがいい洗剤持っててね。まるで『地球』の液体洗剤みたいなんだよ」
「……へー」
それって多分。俺が『地球』の「柔軟剤入り液体洗剤」をイメージして、俺の●(液体)をモトに『液体錬成』で錬成したヤツだろうな……。
「泡立ちが良くて、汚れ落ちが良くて、香りも良くてね。でも、どこで買ったのか教えてくれないんだよ。君、知ってる?」
「……さあ?」
聞かれても……お答えしかねます。
「とりあえず、急ぎますんで……。ありがとうございました」
礼を言って、立ち去ろうとすると、ぎゅっと手を握られた。
一瞬ドキッとして、振り向くと、
「宮殿内全部の水灯を ★励光っ☆」
パキン!(指の音だ)
通路が……というよりも『宮殿』全体が、アホみたいに明るくなった。
「おお! 『ばぶるの頃』みたい」
プリムローズさんが、眩しそうに目を細めながら呟いた。
煌々とついた『水灯』のせいで、彼女の赤毛が、燃えるように輝いて見える。
「……」
昼よりも明るい室内の様子に呆然となった。
普通は滲むような青白い光を放つ『水灯』が、投光器なみの明るい光で室内を照らしてるので、その異常さが逆に怖い。
「もう一回、いいかい」
プリムローズさんはもう一度俺の手を握りなおすと、また『合体魔法』を発動させた。
「★運搬っ☆ ……ああ、楽」
なんとなく、おっさんみたいだ。
見た目は凄い美少女なのに。
なんていうか、この女性、俺には絶対デレないだろうなあ。
あと……世代が違うので「バブルの頃」がよく分からないんですけど。
◇
さらに蛇足――
「うむ。やはり戦いのあとは昂ぶる」
その夜、色々と疲れてたので、すぐ寝よう……としたら、ラウラ姫が(以下略)。
◆
巳……じゃなくて、乙――まる。




