070◇ヘビアタマの翼竜
ンヴォォォオオオオオ――
一瞬、船の霧笛かとも思った。
みんなでぞろぞろと『宮殿』の外に出た途端、その音がした。
「何の音ですかね? こう言っちゃなんだけど、さっきの『亡霊』に似てるし」
俺がそう言うと、何人かに嫌がられた。
「「「や、止めてください……」」」
そこに、
「いやー、『ヘビアタマの翼竜』らしいっすよ」
『俺の馬車』に隠れていたはずの、次郎氏がやって来て言った。
ちゃっかり、『一日奴隷』の豚耳外してやがる。
俺もロバ耳外そうっと。
「『ヘビアタマの翼竜』?」
翼竜――って確か『空からの恐怖』のひとつに数えられてるアレか?
「……それって、美南海の島に棲んでるんじゃ」
「ああ、たまにいるんだよ。『荒嵐』に巻き込まれて、南方から運ばれてくる間抜けな個体が」
プリムローズさんが言った。
なんか『地球』でも似たような話があったな。
ファフロツキーズ? 内陸部で海の魚が空から降ってくるとか……ちょっと違うか。
「ハグレの翼竜が『道』の向こうに墜落したらしくて、その間抜けなヤツが捕まって運ばれて来るところらしいっすよ」
ソイツも可哀相に。
プリムローズさんに次いで、次郎氏にまで間抜け呼ばわりされてるし。
そう言えば、ラウラ姫の「領地」には、デッカい「翼竜」が棲んでるらしい。
いつか戦う事もあるかもしれないから……どんなんか見ておきたいな。
「ちょっと見て来ます」
俺が言うと、
「ああ、そうだね。私も本物は見たことがない。捕獲されているんなら、危険もないだろうから……陛下。よろしいですか?」
プリムローズさんが『先々代の女王陛下』に確認する。
高貴な方の時間を潰すのは……と思ったら、
「ふむ。ヘビアタマはわっしも見たことがない。後学のためじゃ、わっしも行くぞ」
好奇心……というよりは、野次馬根性丸出しで、大乗り気だ。
てか、そのお年齢で「後学のため」って言われてもな。
結局、みんなで見に行く事になった。
◇
外は雨もおさまり、雲もまばらな青空になっていた。
『荒嵐』が去って……というか、俺とプリムローズさんで掻き消してしまってから、しばらく経っているし、大気の状態も落ち着いてきているらしい。
『音の宮殿』の大扉の横の通用門から出ると、『永遠の道』の『北東路』には、馬車や人々の往来があった。
嵐の中で『王都』に入って来たので、大きな都市の賑わいや華やかさは感じなかったけど、本来の姿が戻って来ているらしい。
馬車の群れの中に、もの凄い違和感がある一台があった。
旅の途中にも何度か見かけた『大型多輪馬車』だった。
「あれ? 人が引っ張ってる」
ミーヨが侍女の演技を忘れて、素で言った。
そうなのだ。牽き馬じゃなくて、兵士の一団だった。
どこからか駆り出されたらしい、お揃いの「軍装」を着た人たちが、10数人はいて、それが普通なら牽き馬8頭編成くらいで引っ張る大きさの「荷台車部分」を、人力で牽引していたのだ。
「『ヘビアタマの翼竜』に、馬が怯えるから、馬車じゃ無理なんすよ」
次郎氏が言った。
『翼竜』って、家畜を襲って食べちゃうらしくて、「人類の敵」扱いされている。
馬にとっても「天敵」になってるらしい。本能的な恐怖を感じるんだろうか?
ンヴォォォォォオオオオオ――
これって『翼竜』の鳴き声だったらしい。どこかしら物悲しい声だ。
「止まった」
ミーヨが見たまんまの発言だ。
ここは『道』の『大交差』なので、行き来の激しい「交差点」に侵入出来ず、なんとなく信号待ちみたいな感じで、『ヘビアタマの翼竜』を載せた荷台車が停止した。
ちょうど、俺たちの目の前だった。
「「「「「おおおっ」」」」」
ついつい声が出る。
みんなも同じようだった。何人かの声が重なった。
荷台車の上に、ソイツは載せられていた。
太い鉄の鎖で縛りつけられた、大きな岩みたいな色味と質感の、巨大な物体だった。
……イヤ、生き物なんだろうけど。
「「「「「……(凝視)」」」」」
よっぽど珍しいんだろう。みんな食い入るように見ている。
と、「アタマ」がこっちを向いた。
キッシャャァァアアアアアアア――
口は塞がれてないらしく、翼竜君がうるさい。
先刻の、嘆くような低音と違って、威嚇するような高音だった。
なんか、その叫びで、方々から野次馬が集まりつつある。
頭部を見ると、「ヘビアタマ」と呼ばれてる理由がよく分かった。
首が長くて、頭部がつるん、と丸い。
たしかに蛇に似てる。
『この世界』にも、『地球』由来の「蛇」はいる。
人間がいちばん最初に『この世界』に現れた時の『方舟』に、乗ってたらしいのだ。
アダムとイヴの「楽園追放」の話も……「禁断の実」を食べるように、そそのかしたのはヘビだったハズだ
でも蛇って鳴くっけか?
ガラガラヘビとかは、体のどっかの擦過音じゃなかった?
尻尾は……見ると、ゴツゴツした質感で、まるでドラゴンみたいだ。「竜頭蛇尾」じゃなくて「ヘビアタマ竜尾」? 変なの。
そんで『地球』からコピー&ペーストされた「蛇」が、進化して「コレ」になったんじゃないと思うけど……とにかく、ヘビそっくりな頭部だ。
「生き物の巣に頭を突っ込むから、こんなつるんとした蛇みたいな頭らしいんすけど……いやー、実物はホントにデカい。何喰ってんだろう? アナホリデカネズミとか、オトシアナモグラとか、ヒキコモリアナグマかな?」
次郎氏が興味津々だ。てか謎生物の名前も色々と……。
「……ぼそぼそ(『れっどすねいく・かもん』)」
プリムローズさんが、何かまた昭和ネタらしい事を呟いてるし。
「おっ、きー」
「大きいね。凄いね」
どことなく怯えてる猫耳のセシリアを抱きしめながら、ミーヨが同意した。
大きな鉄の鎖で縛られてるので、翼長は分からないけど……全長は、俺とプリムローズさんが戦った『四ツ目の怪鳥』よりも遥かにデカいようだ。
「翼竜の全長を ★計測っ☆」
パキン! と景気のいい音がする。
プリムローズさんが『魔法』を発動させるために、指を鳴らしたんだろう。
あやふやでいい加減な「範囲指定」を、『世界の理の司』が読み解いて、術者の意に副うようなカタチで実現させてるらしい。
俺自身は、全身を包んでいる無敵のバリアー『★不可侵の被膜☆』との干渉のせいか、この手の『魔法』はぜんぜん使えないんだよな。
「へー、7千なの」
「7千なの?」
「7千なの」
みんなして「なのなの」とちょっと萌え萌えな感じになってるけど、「なの」は『この世界』の長さの単位で、約1㎜だ。
『地球』風に言うと、7m以上あるらしい。
こんなのが『魔法』も無しで、空を飛べるとは思えない。
ジャキン! ジャラジャラジャラ……
そんな巨体が、逃げ出そうとして、もがいてる。
ジャラジャラ……と鉄の鎖の擦れ合う音が凄い。
俺も、ついさっきまで荒縄で縛られてたから、ちょっと同情を禁じ得ないよ……。
「「……」」
そんな事を考えていると、ソイツと目が合った。
「蛇の目」そのままの、まん丸い目なんだけど……何か知性のようなものを感じる。
俺を見て、何かを訴えているようにも思えた。
「…………」
なんかずっと見られてる。
頭部なんか人間以上の大きさだし……こいつ、そこそこ知能が高いんじゃ……。
――ちょっと試してみよう。
俺は『夏の旅人のマントル』の、背中に垂れた頭巾に手を入れて、オヤツ袋を取り出す。
頭巾には、財布代わりの『金貨袋』(※中身は空だ)や、『錬金術』で錬成った宝石なんかを入れてある。
ポケット代わりで意外と便利なのだ。たまに掃除しないと、ゴミも溜まるだろうけど。
そして、オヤツ袋から『虹色豆・クリーム色』(炒った大豆そっくりの味と風味だ。日本の『節分』を思い出す)を何粒か出して、口に入れ、目を閉じてイメージする。
(口内錬成。『神授の真珠』っぽい真珠・ヘビアタマとの会話機能搭載)
……果たして上手くいくかな?
先日、実験的に錬成した「真珠っぽい耳栓」は、「俺とのアイコンタクトで、俺の脳内イメージ画像が他人に転送される」という謎な仕様だったけど……。
「……(すっ)」
完成までの待ち時間に、ラウラ姫が近寄って来た。
物凄い足さばきだった。目の前に接近するまで気付けなかった。
「うむ」
そして俺の手からオヤツ袋を奪い取ると、『虹色豆・クリーム色』をぽりぽりと食べ始めた。
……お腹減ってたのね。
荷台車の後方には、『魔法式空気銃』で武装した歩兵も大勢いた。
歩兵は金属製の兜と胸甲を付けていた。
剣から銃への過渡期みたいな、割り切りの甘い中途半端な装備に見える。
『魔法式空気銃』は民間に出回ってるものと違って、銃剣付きだった。いかにも軍隊ぽいけど、銃剣の部分が大きくて武器としては剣……または突撃用の「槍」として使う気まんまんな気がする。
「銃」として遠距離間接攻撃した後で、「槍」として敵に突撃して接近戦に持ち込む――という仕様なのかもしれない。
「『対空兵団』じゃないんですね」
ドロレスちゃんが独り言みたいに言った。
確かにそう言われて見ると、集団の中に、見知った革ジャンみたいな服装の人が一人もいない。
「そうだね。彼らは『空からの恐怖』に対向するために存在してるんだけど……翼竜君は、その管轄外の『地面』に落ちたらしいね」
プリムローズさんが、そう応じていた。
「『王都防衛軍団』だね」
少し離れて付き添う形の指揮官らしい人物は、騎兵だった。
武装は、ラウラ姫の「初期装備」と同じような『騎兵刀』だけだった。
その指揮官に向かって、
「ちと翼を広げた全身が見たい。鎖を解いてみせよ」
『先々代の女王陛下』が、無茶を言い出した。
「ここの責任者は誰ぞ? 早よせい!」
本気らしく、ヘビアタマの載った荷台車の後方の兵士たちに直接命令しようとしている。なんか筆頭侍女のメスゴリラさんまで彼女の意を酌んで動いているらしく、指揮官氏に耳打ちしてる。
何考えてんだ? あの婆さん。
「はっ、ただちに!」
無茶が通ってしまったらしく、指揮官が兵士に命じて『ヘビアタマの翼竜』を拘束していた鎖を解こうとしている。
「マズいな。何考えてんだ? あの婆さん」
プリムローズさんが敬語を捨てて言った。
「殿下。止めませんと」
「ふむんぐ?」
ラウラ姫が、口いっぱいに頬張った『虹色豆・クリーム色』のせいで、口が開けないらしく変な口調になってる。
「……」
ちなみに、俺も今『口内錬成』中なので、口開けないっス。
「鉄鎖解除! あ、待て。その前に足枷の重しを付け足しとけ!」
「重しがありません!」
「荷台車に括り付ければいい!」
「了解!」
「では、鉄鎖解除!」
「て、鉄鎖解除!」
なんか、バタバタしだしてるな。
もう止めようがない気がする。
そんな事を考えていたら、やっと『錬成』が終わった。
チン!
ポッコリと右の頬が膨らむ。
予想外にデカい『神授の真珠モドキ』が出来た。ちょっとびっくり。
『全能神』や『全知神』から「神授」される『神授の真珠』って、『超古代文明』の技術で作られた超小型の電子デバイス的な何かを包み隠すために、真珠層で覆われてるんだろうな、と予想してるんだけど……見た事ないしな。
『巫女』のロザリンダ嬢や『巫女見習い』のシンシアさんに頼んでも見せて貰えないし……。
とにかく、なんかやたらとデカい。
俺は出来上がった『真珠』を、口から取り出してみる。
耳に入れるつもりだったけど……絶対に無理な大きさだった。
しょうがない、このまま口の中に入れとこう。
さて、即製の「ソロモンの指環」で、『ヘビアタマの翼竜』と意思の疎通がとれるかな?
(あ、なになに? やっと解放してくれるの? もー、早くしてよね)
おお、思念が読み取れる。
なんとなく、丸みのある可愛らしい思念だ。
……ヘビアタマちゃんは女の子らしかった。
にしても、他人の「思念」を読み取れるとは……てか、あの『全知神』さまたちも、似たような事をやってたな。
ナノマシン的な『守護の星(極小サイズ)』が脳内に常駐……というか体内で「共生」してるから、こんな風に「思念」が読み取れるんだろうけれども……。なんか怖い。
(早く! 早く!)
彼女は、自分に近づいて大きな鉄鎖を解こうとする兵士たちを、内心で急かしていた。
ジャランッ。
鉄鎖がヘビアタマちゃんの広げた翼で鉄鎖が除けられ、重い音を立てた。
ぶわっ、と生暖かい空気が押し寄せて来た。
ちょい高目の荷台車の上から吹き下ろす風なので、女子のみなさんのスカートも安全だ……しょんぼり。
(しょっと)
もそもそと動いて、ヘビアタマちゃんは荷台車の上に直立した。
『翼竜』は後ろ脚で立てるのか?
そして、立ち上がると、さすがに大きい。
「ギリシャ神話のヘルメースが持ってる蛇と翼のある杖は……『ケリュケイオン』だったかな? あと中米に『ケツァルコアトル』なんてのもあったな」
プリムローズさんが、なんかぶつぶつ言ってる。
でも頭部はともかく、全身を見ると、巨大な翼のせいで、ぜんぜんヘビっぽくない。
やっぱ翼竜だ。
(なんで皆は、わたしよりもちっこい感じなの? さっきから変な声しか出ないし。わたし、7m級の巨人にでもなってるのかな? うなじ切られちゃうの?)
君が大きいんだよ……てか、アンタ、蛇みたいな長い首してるから、うなじってドコだよ?
って、アレ?
それってモトネタなに? 7m級の巨人?
(目を覚ましたら捕まってるし、一体なんなの?)
長い首を回して周りを見渡してる。
(でも、やっと腕を伸ばせるっ……って、おや?)
ヘビアタマちゃんが長い首を曲げて、自分自身の翼を不思議そうに見つめてる。
(んー……?)
かなり間抜けな仕草だった。
「なんじゃ、こやつ。自分の翼が珍しいのか?」
オオババちゃんが小馬鹿にするように言った。
イヤ、どうやら本当にそうらしいですよ?
(いやいやいや。落ち着け、わたし)
焦ってるらしい。無駄に片方の翼をバタバタさせている。
(いや、ないから。絶対にないから)
手を否定的に振るみたいに、翼を振ってる。風が生臭い。
目覚めたら、違う身体に成ってたんで、驚いてるのか?
――これって、まさか俺やプリムローズさんと同じで、一度死んで生き返ったために、『前世の記憶』が蘇ったパターンか?
こいつ「墜落」して捕獲されたらしいし……その時か?
人間の『魂』って、こんな翼竜にまで転生しちゃうのか?
ヤだな、それ。
でもって、この『中の人』ってなんとなくだけど、『地球』は日本国からお越しの方……なのでは?
明らかに『進撃の○人』知ってるみたいだし。
やりづらいな……。
見た目は『ヘビアタマの翼竜』でも、中身は俺と同じ「元・日本人」らしいし。
(おい! そこの!)
強く念じてみる。呼びかけに応じてくれれば……。
(なんでえ? どーしてえ?)
パニクってる。
(なんなの、この翼はー)
(おーい! こっち見ろってば!)
どんなに念じても、俺の声……思念は届かなかった。
俺からは話しかけられない一方通行のワンウェイ仕様らしい。
向こうからの片道だけじゃ、コミュニケーションはとれないし。
「会話機能」を発注したのに、失敗だった。
「……『守護の星』よ!」
え? 誰だ?
「『世界の理の司』に働きかけよ!」
プリムローズさんと同じ、『魔法』の始動・増幅方法だけど……。
「★空気爆弾ッ☆」
魔法を発動させたのは『先々代の女王陛下』……オオババちゃんだった。
どばんっ!
(んぎゃー!)
ヘビアタマちゃんの目の前で、それは爆ぜ、爆風が翼竜をのけぞらせた。
なんで、そんな無茶する?
「ほう、大きい。立派なものじゃ」
オオババちゃんは、俺への讃辞……イヤ、翼を広げた『ヘビアタマの翼竜』の姿を見れて、満足したらしい。
(このー、大人しくしてれば……人を何だと思って……)
ヘビアタマちゃんが暴れ出した。
キレたらしい。
てか可哀相だけど、君、人間じゃないんだよ……現世は。
ガチャンッ! ガキン!
荷台車から飛び降りるつもりなのか、足枷の鎖が凄い音を立ててる。
ぶわっ! ぶわっ!
飛び方も分からないんだろう、滅茶苦茶に翼を振り回して、暴風を起こしている。
「「「へ、陛下」」」
ほら、侍女軍団がびびってるし。
「足枷はついておるぞ。平気じゃ……」
オオババちゃんは……どうも、強がりみたいだ。
バキン!
「「「ああっ!」」」
『道』の脇に集まり始めていた野次馬たちから、悲鳴が上がった。
「「「足枷がッ!」」」
取れちゃったらしい。
どっすぅぅぅぅん!
(うう、あいたー)
荷台車から路面に転げ落ちたヘビアタマちゃんが、尻餅をついた人間みたいに、腰のあたりをさすってる。すんごい「人間臭い」仕草だ。
で……どうすんだよ、これ?
(もう! 一体、なんなの?)
荷台車から『永遠の道』の上に降り立った『ヘビアタマの翼竜』は、周りを見渡していた。
(これってなんなの? ゲームの中?)
俺が知る限りでは、某アニメみたいな「フルダイブ型VRマシン」は実現化されてないけどな。
(それとも夢の中? とりあえず……ホノカを捜そう!)
夢の中?
そう言えば、『サクラ○リセ○ト』で、夢の世界を創ってる「能力者」がいたな。
チルチルミチルだっけ? ハッキリ覚えてないな。
で、君は青い鳥か?
(逃げよ)
ドタドタと不器用に走り出した。
「「「ああっ!」」」
野次馬たちが叫びを上げる。
マズい。『大交差』の方に逃げてきそうだ。
「ジン! 手をいいか? アイツを拘束する」
プリムローズさんが、『合体魔法』のために俺の手を握ろうとする。
色々あったので、俺には躊躇いがあるんだけど……彼女自身はその時の記憶を完全に失ってるみたいだな。良かった。
「待ってください! アレ、どうも、日本からの転生者みたいなんです!」
俺は『神授の真珠モドキ』を自分の手のひらに吐き出してから、プリムローズさんに訴えた。
「……なぜ、分かる?」
目が怖い。真剣だ。
「実はこれで……あッ!」
事態は急変し、説明してる間も無かった。
バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!
物凄い連射の音がして、見ると、荷台車の後方に居た兵士の一団が『魔法式空気銃』を斉射したところだった。
西木野……イヤ、鉄杭(パイル)型銃弾が、ヘビアタマちゃん目掛けて降り注ぐ。
そして……
アンギャヤヤヤアアアアアアア――
何発か刺さったらしい、悲痛な声が上がった。
「よし! 突」
兵士の言葉は途切れた。
「「「ぐああああっ!!」」」
逆に突撃されて、広げて振り回した翼で薙ぎ払われたのだ。
ンギャヤアアアアア――
ヘビアタマちゃんが痛みに転げまわってる。
「負傷者を回収!」
指揮官がやられたらしいので、どさくさ紛れに俺は叫んだ。
無事だった兵士たちが、負傷者を引きずって後方に下がっていった。
別に俺が言わなくてもそうしただろうけど、動き出しのきっかけにはなったらしい。
この間に、
「これでヤツの思念が読めたんです。墜落して一回仮死状態みたいになったらしくて、前世の記憶取り戻してるっぽいんですよ!」
『神授の真珠モドキ』を見せて早口で説明すると、プリムローズさんはある程度は理解してくれたようだった。
「かと言って、どうしようもないぞ。とにかく、捕縛するっ! ★戒めの枷っ☆」
プリムローズさんは俺と手をつないで『合体魔法』を発動させた。
パキン! と指の鳴る音と共にヘビアタマちゃんの10m以上ある大きな翼が、おかしなふうに折れ曲がって、体に巻き付けられてしまった。
バキ……ミシ……メキメキメキッ。
蛇の口も上下から抑えつけられてるらしく、叫びはなく無言だ。
『戒めの枷』の不可視の拘束具の正体は「大気圧」らしいけど……なんかメキメキいってるし、これって骨とか折れてるんじゃ……。
「『魔法』の威力が強力すぎた。枷を ★解除っ☆」
枷から解き放たれると、ヘビアタマちゃんは再び暴れ出した。
ンギャヤヤアアアアアア――
「★戒めの枷っ☆ ……ダメだ。私一人じゃ拘束しきれない」
俺の手を放し、単独で魔法を発動させたプリムローズさんが悔しそうに言った。
「プリムローズさん。なんでもいいから、俺の顔に『日本語』の文字を書いてみてください! それを見せて落ち着かせる事が出来れば……」
「……分かった。★思念転写っ☆ ……ダメだ。弾かれる。君の『被膜』が邪魔してるかも。ああ、もうじっとしてろ!」
プリムローズさんは『魔法』を諦めて、いつも持ち歩いているらしい「コンパクト」みたいな化粧道具から口紅を指ですくって、俺の額に何か書いた。
「……できたよ(ニヤニヤ)」
あれ? なんか半笑いだ。
イヤな予感がする。
でも急がないと。
俺は、バサッとな! で『夏の旅人のマントル』を脱ぎ捨てて全裸になる。
「……やっぱり、脱ぐのか」
プリムローズさんが、なるべく俺を見ないように呟いた。
仕方ないのだ。
俺の皮膚で発動される『★不可侵の被膜☆』を最大限に活用しない限り、七千なの(約7m)もある巨大な怪物じみた生物と、まともに戦えるはずがない。
全裸になるしかないのだ!
そうこうしてるうちに、侍女服姿のミーヨが、『夏の旅人のマントル』を回収してくれた。
職分や生真面目さからやってるわけではなく、「貧乏性」のような気がしないでもない。
「ジンくん!」
「おう!」
「『ヘビアタマの翼竜』の討伐報奨金って、すごく高いんだって!」
「……お、おう」
ミーヨが妹分のセシリアと共に期待に満ちた目で俺を見ていた。心配とかぜんぜんさっぱりしてないな……。
「「……(キラキラ☆)」」
二人して、その「お父さん頑張って!」みたいな目やめて。
「じゃ、行ってきます!」
「ジン!」
視界の隅に、どこかに行っていたらしいラウラ姫が走って来るのが見えた。
武器を取りに行っていたらしい。ラウラ姫は帯剣していた。
「なりません、殿下!」
「むう」
プリムローズさんに制止されて、突撃を思いとどまってくれたらしい。
姫の剣術は「待ち」が基本の『抜刀術』だし、危険は冒さないで欲しい。
俺は一時取り出していた『神授の真珠モドキ』を再び口の中に入れて、ヘビアタマちゃんのもとへ歩み寄った。
◆
責任者はたいてい責任を取らない――ばつ×




