007◇とーちゃ―――く!
「着いたねー」
ミーヨが、ぐーんと背伸びしながら言った。
ずっと乗ってた『とんかち』は、オートバイみたいな前傾姿勢を強いられるので、かなり大変だったろうな。
おっぱ……イヤ、肩でも揉んであげたい。
「ミーヨ。街に入る前に水場探して顔洗おう。可愛い顔がススけてるぞ」
ヘルメットもゴーグルも無しに飛ばして来たので、二人とも砂塵で顔がうす汚れていたのだ。
◇
色々とトラブルはあったものの、あのあともタイヤ交換を繰り返し、走り続けた。
なんだかんだで9時間くらいは『とんかち』に乗ってたし、速度は自転車並みでも相当な距離を移動した……ハズだ。村から100㎞くらいは移動したんじゃないかと思われる――そのくらいになる気がするだけで、正確な値じゃないけど。たぶん。
なにしろ『永遠の道』には、道路標識も道路標示もなく、里程標もないのだ。
完全な直線一本道で、信号も踏切も料金所も道の駅もサービスエリアもコンビニも自販機も道路工事も渋滞もふやけたエロ……イヤ、ふやけた漫画雑誌もないので、ただひたすら道を進むしかないのだった。
ミーヨに言わせると、途中でいくつかの村の前を通り過ぎたらしいけど、まったく気付かなかった。
このあたりの村々は、風よけの防風林に囲まれてて、ぱっと見、ただの森か林にしか見えないらしい。分かんないよ、それじゃ。
なお、俺たちのゴロゴロダンゴムシ走法は子供の遊びの延長線上みたいで、ほかの旅行者は、かなりしっかりとした『馬車』を利用していた。
そう、実は途中で、何台かの『馬車』とすれ違った。
この異世界にも、『馬車』はあったのだ。
考えてみれば、小一時間ごとにゴロゴロダンゴムシを必要な数だけ探して捕まえるのは大変すぎるだろうし、当然といえば当然の事だったのだ。
それを知ってちょっと恥ずかしかったけど、ミーヨは特に気にしていなかったので、俺も気にしないことにする。
ただ、『永遠の道』はとにかく道幅が広いので、100m向こう側の対向車線を走る車体なんて、細かいとこは見えなかった。
せっかくだだっ広いのに、人間はその両端のみを利用しているだけなのだ。
ミーヨにその理由を訊くと、
「真ん中の広いとこは『神様の通り道』だから」
あっさりとそう言われた。
日本の神社の参道みたいな話だ。
そして『永遠の道』は、夜行性の生き物がウロチョロするので、夜間は立ち入らないのが普通らしい。
聞いたら、『道』の中央部にいっぱいいた白いソフトボールみたいな『陸棲型』は、夜中に『道』の上を這いまわるそうなのだ。中身はカタツムリみたいな軟体動物らしいので、ヌメヌメしてて気持ち悪いらしい。ミーヨが可愛い顔をしかめながら教えてくれた。
それはそれとして、意外とあっけなく着いちゃったのだ。
最初の目的地『冶金の丘』に。
◇
『永遠の道』の傍らには、ところどころに水が湧き出ている箇所があって、そこから流れ出す水は、白くて綺麗な水路に導かれて、街まで続いてる。
『冶金の丘』への「接続路」は、そんな水路沿いに整備されていた。
街への接続路に入ると、『永遠の道』を走行中に、すでに目についていた大きな丘や塔が間近に見えた。
『丘』といっても、どう見ても人工的なヤツだ。変なカタチだ。
ミーヨに聞いたら「強風除けのためじゃない?」とあっさり言われた。
とにかく、まん丸い薄茶色のドームだ。饅頭そっくりだ。茶色い温泉饅頭だ。中身は「こしあん」に違いない。俺は「粒あん」派なのに……って、違う。てか、そろそろ腹減った。
高い塔のある市街地は、全体が濠か運河にぐるっと囲まれていて、その水面から高い石垣が切り立つように聳えていた。なんとなく日本のお城の石垣みたいだ。ただ、岩肌が茶色いので、完全に別物に見える。そんで何かが垂れたような白い筋があちこちにある。排水口からの水垢にしては真っ白い。
この「石垣」って何かに対する防壁なんだろうけど……何に対するものなんだろ?
濠の外は森だ。こんもりとした森の樹々は、鮮やかな若葉色で綺麗だ。太くて長い幹も緑がかってるから、俺が異世界初日に身を寄せてお世話になったブロッコリーみたいな木と同じヤツだろう。
あの森に……何か危険な生物が棲んでんのかな? クマとか狼みたいな。
そんで「石垣」は、その上に載ってる建物と見比べると、2階分くらいの高さだ。そう考えると、大して高くはない。でも、クマとか狼くらいなら侵入を阻止出来そうだ。
街の門まで続く「接続路」は、緩い坂道になっていた。
石垣の上にある市街地と、それなりの高低差があるのだ。
市街地のあちこちから、白い煙が立ち上っているのが見える。
でも煙じゃなくて、蒸気のようにも見える。どっちだろ?
――とりあえず、日暮れも近そうなので、さっさと中に入りたい。
「ジンくん。こっち向いて――はい、祈願。★洗顔っ☆」
ミーヨが、俺の頬っぺたを指先でなぞりながら『魔法』を発動させた。
虹色のキラキラとした小さな星が舞って、顔が数秒ですべすべさっぱりした。
てか、『洗顔魔法』なんてあるのか?
「祈願。★洗顔☆」
ミーヨが自分自身にも『魔法』をかけてる。
「――あ、あれ?」
なんか、失敗したらしくて、目立つおでこだけがテカテカになっている……。
洗顔といえば――来る途中のトイレ休憩で、●(液体)を元にした『錬成』にチャレンジして、一回目は「シャンプー」を錬成して成功した。
ただ自分で使う気にはなれず、よけいなとこまでベトベトになって後始末がタイヘンだった……。
そして2回目には、金属を溶かすような強酸性の液体をイメージして出してみたら、それが着地した地面から白煙と異臭があがって一人でムセまくってしまった。
いま考えてみると、なぜ俺様の俺様そのものは無事だったのだろう? 謎だ。
●(固体)の『錬成』はまだ試していない。
死んで蘇って、二日しか経っていないせいか、老廃物が溜まっていないせいなのか……「出ない」から仕方ない。
そんなことを考えながら、俺は本日13匹めと14匹めのゴロゴロダンゴムシを解放した。
乗っていた『とんかち』は、その気になれば人力で牽けるので、変わった形のスーツケースだと思って引っ張っていこう。街に入る時にお金とられるかもしれないけど、コレ手荷物扱いしてくれるかな?
ご褒美の『虹色豆』という名の青い豆を、ぱらっと地面に撒くと、すぐに二匹が近寄ってそれを食べ始めた。
青いのに、なんで虹色豆なんだろう?
これを「青」と言うと「虹の色は虹色だ! 成敗!!」ってバッサリ斬られちゃうのか?
ちなみにコレ。『地球』は日本のアニメ『多田君は○をしない』の劇中ドラマだ。
ここは『地球』でも日本でもないし、知らないことばっかりだ……。
◇
街に入るための接続路には、すでに何台もの馬車が並んでいた。
緩い坂道なので、待つ間はみんな後輪にクサビみたいな車輪止めをハメて、後退りを防止してる。
俺たちの『とんかち』にはそんなものはないから、俺用の木靴をハメた。『全知神』とか言う女神様の加護『★不可侵の被膜☆』のお陰か素足でもぜんぜん平気なのだ。
あと、さくっと『馬車』と呼んだけど、使役されている動物は馬だけじゃなかった。
いかにも力強そうな馬車馬にしか見えない生き物。小型のロバやラバっぽい生き物――はいいとして、中にはイヌゾリを牽くような犬の群れやら、鹿みたいなツノのある四脚獣。デカい爬虫類的な生き物。飛べない感じのデカい鳥までいた。
――そして、ヘンな獣の耳をつけた獣人?
いろいろだった。
地球でもガソリン・エンジンもディーゼルもEVもハイブリットも水素燃料もまとめて『自動車』と呼ばれてるんだし、めんどくさいから、便宜上ぜんぶ『馬車』と呼ぶことにする。
馬車は、車体やカタチはまちまちだけど、共通して車輪が精巧でよく出来ていた。
規格化されていて、どこかで工業的に量産されてるような感じで、付け替えとかが簡単そうだった。車輪だけ見ると、それなりに工業技術が発展してるように見える。
でもやっぱり、どれも内蔵動力源とかなくて、動物に牽かせてる。
なんでだろ?
「この『とんかち』ってゴロゴロダンゴムシがないと走らないよな? お前、どうやって村から『永遠の道』までコレ牽いてきたんだ?」
ちょっと手持ち無沙汰なので、訊いてみた。
「馬でだよ。村の共有だから『道』まで牽いてもらったら、すぐ帰したけど」
「そっかー」
人力じゃなかったのね。
そう言えば来る途中で、オウジサマとか言う野生化した白馬を見たっけ。逆にきちんと飼育されてる馬もいるって事だもんな。てか馬車を牽いてる馬がそこにいるもんな。
「あれ? ということは村から『道』までの道があったんだ……」
「そりゃそうでしょ」
「そりゃそうだよね」
まあ、納得した。
麦畑をかき分けて突き進んだことあるひと手を挙げて!
はーい!
◇
実は『永遠の道』を挟んだ『冶金の丘』の「お向かい」にも、町らしい建物のかたまりが見えるけど、
「あれは『駅』だよ」
とミーヨに言われて、それっきり説明なしだ。
俺も『前世』で日本にいた頃には、『駅』に特別な興味も関心も持ってなかったから、それと似たような感じでスルーしてるみたいだ。
多分、鉄道の駅じゃなくて、『馬車』で移動する人たちが利用するような施設だろうと思う。
俺とミーヨも街に入るために、人や馬車の列に並んだ。
対向車線には、俺たちと入れ違いに、街から出て行く人たちの馬車の列が通りすぎていく。
この世界で『俺』として目覚めてから、人の群れに混じるのは初めての経験だったので、ちょっと緊張する。
で、周りの人たちを少し観察してみると、見た目は完全に「地球人」な人たちばかりだった。
21世紀の科学文明に到達する以前の、いつの時代かに、地球からなんらかの方法で連れてこられた人たちの子孫――のようにしか見えない。
ミーヨが言ってた『方舟の始祖さま』って、いつ頃の時代の、どの辺の人たちなんだろ? 名前が伝わってないらしいんだよな。そんで、なんだってこの異世界に、ワープするみたいにやって来たんだろ?
ただ、元はどうあれ、ユーラシア大陸中央部みたいな混血が進んでいるような気がする。ミーヨはコーカソイド系で色白な感じだけど、六割くらいの人たちの肌は、すこし浅黒い。
実は俺も、自分の手足を見るかぎりはそんな感じだ。……そう言えば、鏡がないので自分の顔をちゃんと見てない。俺ってどんな顔してるのやら。
――そして、完全な地球人に見える人たちに混じって、頭に犬耳やら馬耳を付けた人がちらほらいた。
一体なんなのか、すごい気になる。
それらは、いわゆるファンタジー的異世界ものにいる「獣人」とか「亜人」ではないようで……ちゃんと自前の耳が人間と同じ個所にあるのに、わざわざ頭に「犬耳」や「馬耳」を付けている。
よく出来てるけど、作り物なのがバレバレだ。
ファッションで付けているようにも見えない。
彼らは一様に貧しそうで、普通の人よりも一段下に扱われていた。
主人と思われる人間につき従い、使役されているように見えるのだ。
我慢できなくなって、ミーヨに小声で訊いてみる。
(ミーヨ。ミーヨ。あの動物の耳つけてる人たちって何?)
(奴隷。あんまりじろじろ見ちゃダメだよ)
ああ、やっぱり。
異世界といっても、現実ってこんなものか? と思ったけど、それには理由らしきものがあるらしい。
(『前世』ですごく悪いことした人の『魂』がこの世界に来ると、『奴隷の印』がついて生まれてくるんだって)
ミーヨが俺の肩に手をかけ、耳元でそっと教えてくれた。
そうなの?
『前世』での罪によって、罰として奴隷として生きなきゃならないのか?
――それがこの世界の決まりなら、俺には何も言えないけど。
たしか『地球』の何かの宗教にも、そんな制度なかった?
ヒトってどこの惑星に住んでも、似たような事考えるのかな?
でも、奴隷の『前世』がホントに重犯罪者だとしたら、奴隷の反乱とか起きたらヤバい事になりそう――とか、ついロクでもない想像をしてしまう。これがフラグにならない事を祈ろう。
そして俺も……「来世」が奴隷とかイヤなので、きちんと生きよう。
絶対に、人殺しとかしないように。
そう、心に誓う。
◇
空は綺麗な夕焼け色だ。
「ああ、やだなあ、もう夕焼けだ」
ミーヨが心底嫌そうに呟いて、俺の手を強く握って来た。
何かに不安を感じて、怯えてる感じだ。
「ぜんぜん前に進まないね」
なんか、列の前の方――というか門のあたりで問題が発生しているらしく、列が進まなくなってしばらく経っている。
そのまま、うだうだやってる間に日が暮れてきて、ついには街の門が閉まってしまうらしかった。
「受け付けは明日にする。今日はここまでだ! 散れ!」
「「「「ぶうぶう!」」」」
門の番兵らしい男たちがやって来て、大声で喚くと、待っていた人の群れから抗議の声が沸き上がる。ブーイングってやつだ。どこでも同じだなぁ。
「「「「ぶうぶう!」」」」
「うるさーい、散れ! 散れ!」
無碍に追い払われた。
あーあ、あっさりと目的地に着いたと思ったら、こんな展開か……。
でも、なんだろう。
例えトラブルが起きても、色々な事に対する珍しさが先に立つので、本気で怒る気にはならない。
でもとりあえず、今夜は野宿決定だ。
「どうする、ミーヨ? 『旅人のマントル』で一緒に寝るか?」
「うん」
ミーヨがあっさり同意する。
よし、なるべく人目につかないような場所で、みんなと離れて寝よう。
俺のファイティング・スピリットに火が点いたぜ。
全裸が、俺の最強モードだということを教えてやろう。
やってやるぜ(※性的に)。
……そんなバカなことを考えていると、列に並んでいた馬車が動き出した。
みんな、あきらめて街の外で一泊する覚悟を決めたらしい。
門の近くに、森を切り拓いたみたいな空き地があって、そこに馬車が何台も丸くかたまって、臨時の一時的な宿営地『馬車村』みたいなものが出来つつあった。
俺とミーヨも、なんとなくその輪に誘われて、中に入ってしまっていた。
せっかく二人きりの夜を過ごせると思ったのに――しょんぼりだ。
「晩御飯どうしよう? 『店馬車』があるから商売始めるかも」
ミーヨが、きょろきょろ周りを見ながら言った。
店馬車?
移動店舗とか、屋台みたいなものか?
「……もう夜だし、売れ残り安くならないかな?」
てか、この子の、スーパーの見切り品を狙う主婦みたいな逞しさはなに?
◇
わりと簡単に目的地に着いてしまって、旅の情緒みたいなものを味わえなかったので、実際に『馬車村』の中に入ってしまうと、物珍しくて楽しかった。
『魔法』で光る青白い電球みたいなものと、空中に浮かぶ『魔法』の発光球体に照らされて、お祭りの会場みたいな雰囲気になってる。
色んな人がいた。
金属製品を買い付けに来た商人。農作物を運んできた農民。各地を回って鉄クズを集めて届けに来たという廃品回収みたいな人。ミーヨの言っていた店馬車の売り子。旅の楽団までいた。……そして、獣耳をつけた奴隷の人たち。
そんな人たちで、焚き火を囲む。
べつだん寒いわけではないんだけど、なんかいつの間にか誰かが火を熾していたのだ。
でもって、そのせいでちょっと煙い。アニメ『ゆる○ャン△』のワンシーンみたいだ。なんか、志摩○ンがカップかなんかが煤けるのを嫌って、焚き火じゃなくてバーナーでお湯を沸かしてたのを、ふと思い出す。
向こうでは、まるで錬金工房のゲームに出てくる「調合専用釜」みたいな器具で、煮込み料理を温める人までいる。それを目当てに、ミーヨが小銭を持って向かった。売り物なの?
旅慣れた人たちが多かったので、俺たちのことは「田舎から出てきたばかりの駆け落ち家出カップル」という設定にして、いろいろ話を聞かせてもらうことにする……てか、それ設定じゃないな。事実だな。
「俺ら、田舎から出て来たばっかなんスけど、このあたりって旅してて危なくないんスか?」
うん、我ながらなかなか小者っぽい(笑)。
「『永遠の道』の上なら大丈夫でしょう。最近では、道の上で『獣/化物』に襲われたという話はまず聞きません」
わりと誠実そうな商人ぽい人が応えてくれた。
『ケモノ』と聴いて、俺の言語変換システム(自前の脳と前世の記憶)が、『獣』と『化け物』という二つの漢字を表示した。
そういう「二つの意味」があるらしい。
てか、やっぱ、いるのね?
魔物とかモンスターっぽい存在が。
今のところ、エンカウント・ゼロだけど……そのうち、何か対策がいるだろうなぁ。
「んだね。昔は家畜の群れを歩かせて、襲われる事もあったけど、最近はなくなったねー。祈願! ★送風☆」
二人組の農夫の、温厚そうな人がそう言って、手慣れた感じで焚き火の勢いを強くして、何かの干物を炙ってる。
温度の高い青い炎だ。ガスバーナーみたいだ。『魔法』すげー。
でも、やっぱり、ちょっと煙い。そして干物臭い。
キャンプの焚き火の定番はアレだと思うんだけど……マシュマロないのかな? この世界には。
「……そうなんスか」
二人とも「最近は」って言ってるから、何かの事情が変化してるのかな?
いろいろ訊くと、充分な安全が確保されている場所にだけ、人間が住んでる感じだ。
で、それ以外のところが『ケモノ』の生息域になってる?
でも、この街の濠には、高い石垣が有ったけどな。そんで今居るここは平気なの?
「ここから『王都』までは『道の警備隊』が巡回していますしね」
「へー、そんなのがあるんスか」
交通違反を取り締まるような感じじゃ無さそうだし、何から何を守ってるんだろ?
「ただ『空からの恐怖』だけはどこにいてもやって来るし、ありゃ防ぐの難儀だからなぁ」
屑鉄屋(自分でそう名乗った)のおっちゃんが、夜空を見上げて嘆いた。
夜空には、この惑星を取り囲んでると思われる白い環が、弧状に見える。
時間帯によっては、白く見えるんだな。夜中には黒いアーチに見えたけど。
水平線には昨夜見た「赤い薔薇」が上って来てる。
ミーヨに聞いたら「夏の星座」のひとつで、冬場は見えないらしい。
『みなみのわっか』の反対……北の方には「棒渦巻銀河」も見える。
で、『空からの恐怖』?
「なんスか、それ?」
「兄ちゃん。知らねぇのか?」
おっちゃんが呆れたように言う。
「イヤ、この目で見たコトはないっス」
誰でも知ってる有名なことのようなので、言いつくろっておく。
「そーかぁ、兄ちゃん、そりゃ今まで運がよかったんだよ。神様たちに感謝しにゃならんぞ」
『全知神』とか言う女神様に「斬殺」されたけど……そうなの?
「よく見かけるのは『怪鳥』……ですね。それと、この辺りにはいませんが『翼竜』というヤツもいます。人の何倍もあります」
商人さんが言う。
「あと、『軍団鳥』だ。あいつら何でも食うし、すごい臭いフンすんだ」
農夫Aさん。
『怪鳥』とかくらいなら『★不可侵の被膜☆』があるから、突かれても平気な気がする。
「あとは流れ星――『隕石』だな。鉄が混じってりゃ、売れるんだが……」
屑鉄屋のおっちゃん。
「そんなのがいるんスか?」
この惑星って、日常的な心配事になるほど、隕石が降るのか?
今も夜空に見えてるけど、この惑星には環があるからな。
あそこから、隕石がガンガン降り注ぐとかじゃないよな?
実は先刻、ミーヨに「故郷の村」の事を聞いたら、真ん中に池のあるまん丸い窪地で、周りも丸く盛り上がっていて、そこには防風林が植えてある――という話だった。
どう考えても、「クレーター盆地」な気がする。
火山の「カルデラ」かとも思ったけど、ミーヨは「火山」を知らなかった。
でも、火を吹くドラゴンとか言われなくて良かった。
バカデカい生き物に丸呑みにされたら『★不可侵の被膜☆』もなにもない気がするし。
待てよ? 人の何倍もある『翼竜』はいるって言ってたな。
そこへ、湯気の立つ木の椀を手にしたミーヨが戻って来た。
「はい、これ」
木の椀を、俺に渡してきた。木のスプーンがついてる。
椀の中身はなんかどろっとした煮込みだ。何が入ってるのか判らないくらい煮込んであって、かなり甘みがある。
「何の話してたの?」
「『空からの恐怖』の話」
「ふうん」
ミーヨは当然のように俺の隣に座って、
「『ふしぎなわっか』を空から見つけた『対空兵団』ってね、そういうのをやっつけるためにいるんだよ」
そんな事を言った。
俺たちを見ていたおっちゃんたちに、なんとなくザワっとした空気が走る。
ミーヨは可愛いから、仕方ないけど。まったく、男ってしょうもないよな。
「『ふしぎなわっか』……って、お前らボコ村から来たのか?」
それまで黙っていた農夫B氏が割り込んで来た。
「ええ」
ミーヨが軽く受ける。
『ふしぎなわっか』って、そんなに有名な話だったのか?
そんで、ミーヨの村(俺の故郷でもあるワケだけど)って、「ボコ村」って名前だったのか? いま初めて知った。
でも、なんか「窪地の村」的な意味合いの言葉が、「ボコ村」って感じに、俺の脳内で変換される気もする。
なお、『ガル○ン』の熊キャラとは、完全に無関係だと思われる。
で、そのボコ村を出たって言っても、どっかで村の関係者に会っちゃうんだろうなあ。
俺のこと知ってる人に会わないよな?
そんな人に会っても、『俺』は知らないよ?
「俺りゃあ、生まれはボコ村なんだよ。こいつ(農夫Aさん)の親戚んとこに婿にはいっちまってるけどな。いやー、懐かしいなぁ」
「おじさんのご実家、どちらですか?」
ミーヨが話を続けてくれている。
おっちゃんらも、女の子と話す方が楽しそうだ。うん、気持ちはよく分かる。
俺は煮込みを食べながら、ぼんやりと辺りを見渡してみる。
キャンキャン! キャンキャン!!
犬の鳴き声が聞こえる。
馬車馬代わりの「犬の軍団」にエサをやるために、口元を抑えていた装具を外したせいらしい。かなり騒がしい。寝る前にまた付けて欲しい。それとも食べ終わると静かになるのかな?
一方で、馬やロバやラバたちは無口(?)だ。草食ってる(笑)。
二本の枝角がある「鹿馬」も静かだ。訊いたらそんな名前だった。
なんか知らないけど暗闇の中なのに、右目で見ると色んな物の様子が判る気がする。
『全知神』とか言う女神様に埋め込まれた『光眼』って「暗視機能」があるのかな?
あるんなら、もっと見えるようにな――ったよ。
ホントにあったよ。「暗視機能」。
色のないモノクロ的な感じだけど、思いっきり見えてるよ。……なんか妙に嬉しくねー。
あ、アレ何だろ? デカい岩? 違う。何か突起物が突き出た。
ああ、カメだ。
むっくり起き上がったのは亀の頭だ(笑)。
さっきミーヨに教えてもらった。爬虫類っぽい「ハダカリクガメ」だ。
陸亀で甲羅がないから裸呼ばわりされてるらしい……。地球の寒い海にいる、妖精とか天使とか言われてる「クリオネ」も和名は「ハダカカメガイ(裸亀貝)」だけど……。
脚を折りたたんで丸まって寝てる飛べない鳥は「ダメドリ」って名だった。
飛べないからダメらしい……酷い。
焚き火の向こう側では、旅の楽団が静かな曲を奏でていた。
聴いたことのない音色の、ふしぎな形の楽器だった。
前世では味わえない幻想的な夜だった。
(この光景を、目に焼き付けておこう)
パシャ!
ん? なに今の音。
この世界ってカメラ無いはずだけど……って、ひょっとすると俺の脳内効果音か?
またまた右目の『光眼』の新機能かな?
試しとこ。
えっと――ミーヨの横顔。うん、可愛い。
(右目・画像・撮影・保存)
パシャ!
あ、やっぱりだ。
……ただ、どうやったら視れるんだろ?
そして、他人にも見せれるのか?
出来ないんなら、ただの「心の中の思い出」でしかないぞ?
まさかとは思うけど、『光眼』をプロジェクター替わりにして、どっかに投影すんのか?
それ、ちょっと人前では無理だな。
関係者以外立ち入り禁止にして、あとで試そう。
あの女神、いちおう『全知神』らしいから、知的好奇心から画像資料を残したくてコレを創ったに違いない。
うん、ただの照明器具ならあんまり使い道もなかったろうけど、これから『光眼』くん大活躍だな。
――てな感じに、俺は異世界で「カメラ」を手に入れちゃいました。
カモン! ラッキースケベ(笑)!!
◆
こらこら――まる。