062◇馭者台の退屈しのぎ
『俺の馬車』は、のんびりと進む。
『魔法』の風 防のせいか、物音がほとんどしない。
嵐の暴風って物凄く騒々しいはずなのに、馭者台に居ても不気味なほど静かだ。
「でも、遅くないっスか? その気になれば、もっと加速出来るのに。馬で牽くのと変わりない速度なんですけど」
退屈なので、そう言ってみた。
「いや、安全第一でいこう。こんな嵐の中、先に進めるだけでも『御の字』だよ」
慎重というよりは消極的だ。
こういうのを「老成してる」って言うじゃなかった?
てか、『御の字』って何?
先刻も『自分よりもず――っ年下の若い男性と接する機会がなかった』って言ってなかった?
怖くて訊けないけど、プリムローズさんの『中の人』は何歳なんだろう?
……でも、広い道では飛ばしたいのが、俺の性質。
「セシリア、祈願。最大加速っ!」
「セシリア、祈願。★最大加速っ☆」
「あっ、こら!」
プリムローズさんの不意を衝いて、素早くセシリアと手を繋いで、『合体魔法』を発動させた。
セシリアには、俺と手を繋いだら、「耳コピ追従」するように言ってある。
ミシミシミシっ、と馬車全体が軋み、加速しだした。
『守護の星』のキラキラ星を、おっぱ……イヤ、ロケットの先端部のフェアリングのような形状で展開しているせいか、進むと時々「前方にあった何か」にぶつかって、キラキラと虹色の星が舞い飛ぶように見える。
これって「キラキラ星」同士が衝突してるせいで、発光してる気がする。
「おお、いい感じ」
「おお、いい感じ」
「と、飛ばすなって言ったろ?」
てか、めっちゃ早い。
――時速は、ゆうに100㎞を超えてるだろう。
ずっと前に、ミーヨの『とんかち』に、赤いゴロゴロダンゴムシ(もちろん3倍速い)を取り付けて、この『永遠の道』を爆走したことがあったけど、それよりも、ずっと速い。
馬車の軸受には、俺が『液体錬成』で錬成った高性能な「潤滑油」を使用している。
なので、他の馬車には耐えられないような高速走行も可能なはずだ……たぶん。
そして、その時…………ハイ、回想。
◆◇◆
今朝の事だった。
『馬車ごと旅亭』の『(おトイレの)個室』から出ると、ミーヨが待っていた。
「あれ? またレンチン術で何か作ってたの?」
慣れているとは言え、俺様の『錬金術』を舐め切ってるな。
そんで『前世』で、どっかの料理研究家が生放送中に電子レンジで調理したお肉の肉汁の事を「○ン汁」呼ばわりしてた事を、ふと思い出したぞ。
「ああ、ちょっとな」
「ふうん、なになに?」
俺が手に持っていた陶器の中身を覗き込むと、
「うわっ、なんか、どろどろ。ねとねとしてる。コレ何なの?」
ちょっと引いてた。
どうも、機械の稼働部分につける『潤滑油』の事をよく知らないらしい。
「車軸……って分かんないか、『棒』の滑りの具合を良くする液体……油だよ」
俺がそう言うと、ミーヨの顔が青ざめた。
「うええっ!」
いつもの悲鳴を上げられた。またそれか?
「棒の滑りの具合を良くする……って、やっぱり……次郎君を狙ってるの?」
ミーヨの思考が、完全に暴走している。
誤解だ。変なローションとかグリスではないのだ。
次郎氏には、ロザリンダ嬢の『ロケットおっぱい』があるのだ。
「男の子同士で、そんな事するなんて……」
「イヤイヤ、しない。しない」
「男の子同士で、そんな事しようとするなんて」
「言い直しても、しない。しない」
「もおー、ジンくんの変態っ!!」
思いっきり叫ばれた。
そして、走って逃げて行った。
おーい、お前トイレの順番待ちだったんじゃないのか?
漏らすなよ、俺みたいに……。
◇
そんな回想から戻ってくると――
「やれやれ、異常な速度だ。『荒嵐』のお陰で他の馬車がいないから、見られる心配は無いとはいえ……」
プリムローズさんが、呆れたように呟いてる。
でも、この人。
なんだかんだ言ってたわりには、高速走行にも慣れちゃってるじゃんか。
しかしまあ、牽き馬なしの『魔法の馬車』が、確実に時速100㎞オーバーで走ってるからな……相当に非常識なんだろうな。
「この馬車の『軸受』やら『車輪』って、物凄く精巧で、手作りしてる感が無いんですけど……一体、どこでどうやって作ってるんスか?」
今朝がた潤滑油を注そうと、改めて『俺の馬車』下部の構造体を見て気付いたのだ。
なんとなく、『この世界』の機械加工のレベルを『地球』の産業革命以前かな? くらいに侮ってたけれど……とんでもない。相当に高度な工業部品だった。
材質とか、全体の複雑な加工とか、表面の仕上げとか、人が触って怪我とかしないように、カドの面取りまでしてあるし。
元々が「王家の馬車」だったらしいから、最高品質の部品が使用されてるのかもしれないけれども。
「両方とも『西の七国』からの輸入品よ。『西の七国』って農業に適さない土地でね。その代わりに各種製造業が発達していて、そこで作られた製品が『女王国』に輸出されて、逆にこちらからは農産物を主にした食料品を輸出してるのよ」
「ああ、この国って『農業国』だって言ってましたもんね。そう言う事だったんですか」
いつだったか『星葉樹』の下で、話を聞いたっけ。
でも、その時には訊けなかったな。
「『西の七国』って、どんな国なんスか? 前に四角いとか聞いてますけど」
「『七か国永久同盟』で結ばれてた、それぞれに特徴ある都市国家群ね」
「永久同盟……?」
なんか胡乱な。
「昔、その七国は仲が悪くて紛争ばっかりでね。それで調停と仲裁を頼まれた『全知全能神神殿』が、面倒臭がって『七か国永久同盟』を結ばせて、さらにその領域全体を四角く九分割したのよ。『碁盤の目』と言うか……『るーびっく・きゅーぶ』みたいにね」
「……雑だなー」
あれ? でも……。
「七国なのに、九分割なんスか?」
「まあ、当然不思議に思うわよね。余った二つのうち、ひとつはちゃっかり『全知全能神神殿』が頂いて『神殿領』。もうひとつは……何だと思う?」
訊かれてもな。
「緩衝地帯と言うか……共有地みたいな?」
「内海だそうよ。『東の円』みたいよね」
「……はあ」
内海って事は、淡水じゃないんだ? 海水なんだ?
てか、そのブロック1個って、どのくらいの広さなんだろ?
「それぞれの国はどんななんスか?」
「こんな感じね。★思念転写っ☆」
指パッチンで、紙に文字が浮かんだ。
そんな『魔法』あるのか? ペンもプリンタもいらんやん。
◇瑠璃玻璃洲……ガラス産業
◇機器械界………器械産業
◇窯炉霊峰………窯業
◇珍竹林…………竹製品製造
◇円環輪…………回転装置・車輪製造
◇羽生布之府……繊維産業
◇夢夫婦乃府……?
「……なんか狙い過ぎてて、全部ハズしてる感がハンパ無いんスけど?」
そんで、最後のやつはナニ?
「……いや、私が名前つけたんじゃないから」
プリムローズさんが困惑気味だ。
俺の脳内では『この世界』の文字の上に、日本語の文字列が思い浮かぶのだ。
その『脳内言語変換システム』が、誤変換か誤訳してるのかもしれない……。
「たしか君の父君であるキ・コーシュ氏は、『西の七国』のどこかの出身らしいよ」
そんな事を言われた。
「プリムローズさん。『手回し式回転双筒圧延器械』ってどこの製品かご存知っスか? ミーヨの実家にあったヤツは、俺の父親が売りつけたヤツらしいんスよ」
『手回し式回転双筒圧延器械』は、二つの金属製ローラーで挟んで、いろんなものを薄く引き延ばすパスタマシン似の器械だ。
製紙工房で使ってたり、料理屋でパイ生地作ってたり、皮革工房で皮をなめしたり、菓子工房で飴を練ったりもするらしい。あとは洗濯物の脱水したり……めっちゃ多用途に使われてる。
とにかく、ブラックボックス化された歯車機構が凄いらしくて、力のない人でも軽々回せる。中には『★剛腕☆』とか言う『魔法』を上乗せして、ハンドル部分を壊しちゃう人もいるそうだけど。
『なの器械』という別名があるけど、それは『この世界』の長さの単位「なの(約1㎜)」刻みで間隔を調整可能という意味らしい。目的に合わせた「谷間」を設定出来るのだ。
「なら、多分『機器械界』じゃない?」
奇奇怪怪? 違うか。
でも、その俺の父親って人は、成人前の15歳だった俺の母親を孕ませて、そのまま逃げ去ったらしいんだよな……ひでーな。俺の『この世界』での父親。
◇
『女王国』を縦断ツアー中の『荒嵐』をガン無視し、『永遠の道』を驀進中だ。
ちなみに「驀進」って、「まっしぐらに突き進む」って意味らしい。
てか、『永遠の道』そのものが、ひたすら真っすぐな直線路だ。
前にミーヨに聞いた話では、道幅100m以上ある『永遠の道』の真ん中は、日本の神社の参道みたいに「神様の通り道」と信じられているらしい。
そんで、色々な『都市伝説(?)』があるらしい。
曰く「炎の尻尾を持つ『焔尾鳥』が轟音を立てて飛び立ったり、舞い降りたりする」
曰く「見たこともない謎の物体が、爆音と共に地面すれすれを走り去っていく」
曰く「パンツ落ちてた」
曰く「車輪が二つしかないのに直立して走る何かに誰かが乗ってた」
曰く「潮吹いてた」
曰く「どっかの国の小銭拾った」
曰く「とんでもなく大きい羽ばたかない巨鳥が路面すれすれを飛んでた」
曰く「全裸の女が走ってた」
――などと言う目撃談が聞かれるらしい。
最後の「全裸の女」にはちょっと心惹かれるけど……他は、どことなくヤンキーぽかった『全知神』さまが、地球から「コピー」して来た「戦闘機」やら「レーシング・カー」やらで遊んでるだけなんじゃないのか? って気がするし、たぶんそうなんだろう。
そう言えば、セシリアの「姉貴分」の犬耳ちゃんから送られてきた手紙の4枚目部分には、
『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』について分かった事・その2
女………信仰心の薄い不信心者が『全知神』を指す隠語
という記述があった。
でも、その紙には稚拙な絵で「男性器」がデカデカと描かれていて、下の大きなUの字部分を指した矢印の後ろには「これも双子星(笑)」と書かれていた……。
あまりにも下品なので、他のみんなには見せられなかったんだよな……この4枚目。
今朝、どこかから調達してきた『ロバ耳』を俺に装着する時に、ミーヨに覗き見られたけど――
◆◇◆
「あー……確かにそうだよね。『女。足に双子星』じゃなくて『男。双子星』だったら、もお、アレしか思い浮かばないよね」
と、どことなく楽しそうに言っていた。
アレとは何か? と問い詰めると、
「もー……たま○まだよ。袋入りの」
と恥ずかしそうに言われた。
――どうやら、睾丸in陰嚢の事らしい。
もお、ミーヨさんまで、お下品。
てか、俺が追い込んで、強制的に言わせたんだけど(笑)。
まあ、俺のは、もう双子じゃなくて、片方が『賢者の玉』になっちゃってるけどな(泣)。
◇
で、もう一度『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』だ。
昨夜の実験(?)で判明したけど、俺って『身体錬成』で「女体化」出来るらしい。
その時は、今のまんまの「黒髪の女」に成るだろうな。
あと、ドロレスちゃんに「双子星」について訊いた時、妙に恥ずかしそうにしてたけど、俺って実は、お尻に双つ並びの黒子があるそうなのだ。
それを思い出して、彼女は照れてたらしい。
にしても、いつ見られたんだろう?
心当たりがあり過ぎる……。
でもって、俺は名前に貴族のD音がない『平民』らしいし、死んだら弔いに『六点』の鐘が鳴るんだよな。
てか、俺って一度『ふしぎなわっか』の出来る麦畑の中で、『女(全知神)』に殺されて、死んでるのだ。
またそれとは別に、『この世界』で最初に見たのが、三人の女性のおっぱいだった。
当然、◎首は六つだ。「三人に六点」だ(笑)。
こんな風に色々と、こじつけて考えると、「もしかして俺?」って気もするけど……完全に「牽強付会」ってヤツだろうな。
実は、手紙には5枚目があって、そこには「事件のまとめ」というべき報告が記されていたのだ。
貴殿がどのような理由で今回の件について、追加の調査を
すすめているのかは知りませんが、私ことマルグリットが
職権を濫用して、当該店舗の被疑者2名を聴取したところ、
貴殿と一緒に居た侍女らしい女性に話したのがすべてであ
り、唯一の真実だそうです。
その他には「不愛想で小柄な金髪の少女に、無表情で剣を突き付けられて、とてつもない恐怖を感じていたため、嘘や偽証はまったくしていないそうです」ともあった。
ラウラ姫、あの時体調不良で不機嫌オーラ丸出しだったもんな……。
最後に「この件に関する調査と、この手紙の代筆に対する謝礼として、とても綺麗な『真珠』をいただきました。私の名前に因んだものでしたので、遠慮なく受け取りましたので、ご報告までに」とあった。
あ、「マルグリット」って「マーガレット」の事で、「真珠」の事でもあるらしい。
そう言えば、お花の「マーガレット」って「春菊」に似てるのかな?
……って、これもまた『マリ○て』の原作ネタだけど。
……それはそれとして、どうやら犬耳ちゃんも、真珠の価値が分からなかったらしいな。
豚耳に付け替えな。
◇
「……(すうすう)」
黒髪の猫耳奴隷セシリアは、俺の右肩に寄りかかって寝ちゃってる。
「今回のこれ|(カッパのひとちがいによるシンシアさん襲撃事件の事だ)って、結局のところ、その相手の女性の正体がまったく分からなかったじゃないっスか?」
手紙によると、あの黒髪のマルグリットさんは完全に無関係のようだし。
「……確かに。そうだったね。その女性が登場してくれていれば、スッキリしただろうけど。出て来なくてスッキリしないな」
プリムローズさんも、●秘……イヤ、消化不良のようだった。
「その相手って……シンシアさんの双子のお姉さんとかじゃないっスよね?」
なんとなくふと思いついて、言ってみた。
黒髪だろうし、足に『双子星』の黒子はあるだろうし……。
「いや、次郎氏はその人は『東の円』に居るって言ってたよ。流石にそれは考えすぎじゃないのかな?」
果たして……本当にそうかな? なんかまだ謎が残ってる気がする。
「…………」
考え込んでしまった俺に、
「休んでる?」
「……いえ、考え事です」
「そう……(ニヤリ)」
悪い笑顔だ。なんだろう?
「まったくもって下らない。最低だと思っていた一昨日の事件だったけど……。実は意外なウラがあったんだよ」
プリムローズさんが読み終わった手紙を俺に渡しながら、そんな事を言う。
「えっ? ドコかにウラなんてありました?」
つい手紙を裏返して、見ちゃったよ。
さっきの『西の七国』の国名が書いてあるけどさ。
「……(ニヤリ)」
また悪い笑顔だ。なんなんだろう?
もしかすると、俺が『一日奴隷』のロバ耳着けてるのが、おもろいのかもしれない。視線がそのへん見てるし。
「ここに『侍女らしい女性に話したのがすべて』と書いてあるだろう? これはつまり私の事だけど……実は君たちに開示していない話があるんだよ」
「……なんか、黙ってたワケっスか?」
別にもういいけどさ。
みんな無事にあの『駅』から遠ざかってるから。
「あの『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』って走り書きだけど……あのお坊ちゃん主人が書いた物じゃなくて、その父親の遺品を整理してたら出て来た物だったって話なんだ」
――いったい何年前の話なんだ?
「じゃあ、店員の男は、二重に勘違いしてたワケですか……そんで、父親の遺品って、いつの物なんスか?」
「思い込み」と「勘違い」は、人の行動を大きく狂わせるだろうけれども。
てか、その二つって「コメディーの基本」とも聞くけれども。
「いつの物かははっきりしないけど、12年前の『王都大火』の後で、反乱騒ぎがあったらしくてね。その時に色々と『反乱の指令書』やらそれに似せた『怪文書』が出回ったらしいんだ」
「……へー」
そんな歴史秘話みたいなコト言われてもなあ。
「反乱って、王制廃止のクーデターみたいな話っスか?」
市民革命じゃ無さそうなので、なんとなく想像がつく範囲で訊いてみた。
「正確には『女王制』の廃止だね。ここ『女王国』だから、男も王様に成らせろって感じの反乱だったらしいよ」
「ん? でも、この国の王族の男子って16歳で成人したら『聖剣』引っこ抜く儀式やるんじゃなかったっスか?」
「『選王剣・抜刀の儀』だね。だから、それは大昔の策士の罠なんだよ。そもそも一体化してるものを、抜けるハズないよ。男を王位につけないための陰謀なんだよ。この前ちょっと話したろ?」
「ランチア・ストラトスでしたっけ?」
覚えてないので、言ってみた。
「ヘルメス・トリスメギストスだよ。と言うか、よくそんな古い自動車知ってるね?」
プリムローズさんも知ってるのか。
意外だ。イヤ、『前世』ではクルマ好きだったのかも。
「ゲームで覚えました。某リアル・ドライビング・シミュレーション・ゲームです」
「……ふうん。あの時代のヤツで言うと、私はミウラが好きだね。ランボルギーニ・ミウラ。黒い睫毛があるヤツね」
だから今、ラウラ姫に仕えてるのか?
「黒い睫毛と言うと……初期型ですね?」
黒い睫毛……ってのは、ポップアップ式ヘッドライトの周りについてる黒いグリルのコトだ。初期のP400とP400Sにはあるけれど、後期型のP400SVにはついてないのだ……って、俺も好きなのだ。ランボルギーニ・ミウラ。
だから今、ラウラ姫の『愛し人』なのか?
「あ、ゴメン。また話が脇道に逸れるところだった。いや、私が子供の頃に『すーぱーかー・ぶーむ』ってのがあってね」
……いったい何十年前の話なんだ?
「話を戻すと、その『反乱の指令書』やらそれに似せた『怪文書』ってのに共通の特徴があってね。その『めも』は『魔法式空気銃』の『空薬莢』に詰めてあったそうなんだ」
「……そーなんスか?」
それも、昔の話なんだろうな。
「それでその、いつの物かはっきりしない、あの店の主人の父親の遺品の中に『空薬莢』があって、中を見てみたら、あの『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』って『めも』があった。それが本当に『反乱の指令書』だったとしたら……想像だけど『要人の暗殺指令書』だったかも知れないよ」
でも、今更だ。
「……そんな『過去の亡霊』みたいなモノに、操られるように、動かされるなんて……ヤですよね?」
「そうだね。『過去』ね。『亡霊』ね」
物思いに沈んでる……と思ったら、
「まあ、私も上手く解決出来れば、『星』が獲得るかもと思ったけど、モトが男同士の痴話げんかだったしね」
不意に笑って、プリムローズさんがそんな事を言った。
「ラウラ姫のためにも『星』を獲らないといけないワケですか?」
訊いてみた。
この場合の『星』は、『魔法』のキラキラ星の事でも『双子星』の事でもなく、「国家への貢献度」の意味になる。
『女王国』では、第一から第三王女までの『三人の王女』の中で、『星』をいちばん多く獲得した王女が、次代の女王に即位するそうなのだ。
ラウラ姫の場合、元々は『四の姫』だったのが、お姉さんの『二の姫』が亡くなって、『三人の王女』の一人「第三王女」に「繰り上がった」のだそうだ。
……あれ?
……なんか、怖い推測が成り立たないか?
亡くなった『二の姫』って、双子ではないだろうけど……そのひとって「髪の毛の色」は何色だったんだろう?
ラウラ姫とは「異父姉」って関係らしいんだよな。
姫とドロレスちゃんの「同父姉妹」は、見事なまでの金髪だし。
下のドロレスちゃんのは知らないけれど、上の姫の下の……なんでもないです。ハイ。
「でも、『星』が獲れるかどうかには『デカイ』の審査があるからね」
プリムローズさんが変な事を言う。
デカイ? 俺への賛辞ですか?
でも、違うだろうな。なんなのか訊いてみよう。
「『デカイ』ってなんスか?」
「ああ、ごめん」
彼女はかるく笑った。
「『デ会』は俗称。正式には『四分毎の領主会議』。一年に四回、領主貴族の会合が有ってね。そこで審査されるのよ」
新情報だ。そんなのあるのか。
「ただ色々と形骸化してて、一年に2回になっちゃってるし、出席者も希望者のみになってるけどね」
「……はあ」
でも、そこに参加する事は一種のステータスで、貴族連中の社交の場になってるそうだから、そこそこの家の「当主」なら必ず出席するらしい。
「でも、なんで『デ会』なんて呼ばれてるんスか?」
「貴族号よ。氏名にD音が入るでしょ? それの『デ』」
そう言えば前に、みんなを並べて遊んだっけ。
名前にダ行……D音の付く貴族は、下からダ・ヂ・ヅ・デ・ド……と位階が上がる。
最上位の「デ」クラスの人が、議長役になるので「デ会」呼ばわりらしい。
ちなみに俺は裸形だ……いらないか、そんなボケ。
で、何を根拠に位階を刻んでるかというと、領地の大きさらしい。
「というか『土地の所有』が貴族の条件なんですか? 売買で所有者が変更されたらどうなるんスか?」
訊いてみた。
「貴族号もついてくるわよ。……なんてゆうか……そうね。江戸時代の『旗本』みたいな感じね。ただ売買の対象になってるのは『ダ』だけどね」
『ダ』は村とか荘園とかを持つ最下級の貴族。
『ヂ』は『永遠の道』に沿った『駅(要は道沿いの町だ)』を所有。
『ヅ』は大き目の町を所有か、または大きな都市の代官。
『デ』は四大都市の太守の家柄。都市周辺の広大な土地も含んでるらしい。
『ド』は王族だけ。領地の広さは関係ないらしい。
「なので、王族の方も参加されると『デ会』じゃなくて『ドデ会』になるのよ」
「……」
知らんがな。
それでいくと、隣にいるプリムローズさんことプリマ・ハンナ・ヂ・ロースさんは、どこかの『駅』の領主様……と言うか「駅長さん」なのか?
でも、名前にDの音が入るのは、「当主」と「推定相続人」だけらしい。
詳しく教えてくれないけれど、プリムローズさんには、「当主」のお姉さんがいるっぽいんだよな。
そんで、その人に「跡継ぎ」になるような子供がまだいないから、仮の後継者って感じになってるらしい。
「ミーヨ・デ・オ・デコ。ミーヨの父君って、どこかの大都市を領有してたんスか?」
そういう事になるぞ?
「『冶金の丘』だよ。知らなかったのかい?」
プリムローズさんがあっさり教えてくれた。
うん、知らんかった。
そして良く考えたら、その父君の名前もちゃんと知らないな。後でミーヨに訊かとかないとな。
「でも、あそこって女王陛下の直轄領ってドロレスちゃん言ってましたよ?」
しかも、何故か「ご隠居」と呼ばれてた、あのク○爺さんが「お代官様」だった。
で、ひょっとしたら、ドロレスちゃんは「監視役」として、俺たち……というかミーヨに接近して来てたのかも?
前領主の娘が旧領に現れたら、何か画策してるのかと警戒されるだろうし。
まあ、俺たちとしては、何の実害もなかったから……別にいいけど。
……イヤ、待てよ。
とすると……俺たちがお世話になってた『代官屋敷』って、元々はオ・デコ家のお屋敷だったのかもしれない。
知らずに泊ってたけど、ミーヨに可哀相な事した気もする……。
それにしても……王家とオ・デコ家か。
この件に関して、両方の女性と性的コネクション(笑)を持つ俺の立場はなんなんだ?
でも、あいだを取り持つとか、双方の架け橋とか……そんなん絶対に無理だぞ。
「うん、女王陛下の側近に『王都大火』の責任を問われてね。なにしろ先代の女王陛下も、その孫にあたる殿下の姉君も亡くなられてるから」
プリムローズさんにも、色々な思いがあるようで、少し辛そうだ。
『王都大火』って、火災そのものよりも、真冬に住む場所を失った事による二次的被害の方が大きかったらしいのだ。
『永遠の道』の上で、凍死した人がたくさんいたらしい。
そう言えば……シンシアさんが、
「『永遠の道』の上で亡くなった人の魂は、必ず『この世界』に『前世の記憶』を保ったまま生まれ変わる」
――という伝説があると話してた。
その人たちの「魂」も、どこかに生まれ変わって、また別な人生を歩んでいるのなら、少しは救いがあるのかもしれないけれども……。
「……(すう、すう)」
もうすぐ11歳になる猫耳奴隷のセシリアが、眠りこけてる。
……まさかね。
「それでミーヨの父君は、自ら領地を返上して、辺境の村に逼塞したんだよ。どうも原因は失火らしいのにね」
プリムローズさんが同情気味に言った。
「それって、裏に謀略じみた事はないって事ですよね?」
さっき言ってた『反乱騒ぎ』やら『要人の暗殺指令書』とは関係ないのかな?
てか、あったらあったでエライ事になるだろうな。
「知らないよ。私も当時の記憶はないからね」
「こじつけようとすれば、色々と……」
「だよね。だから、その『めも』と言うのがコレだよ」
「……コレが?」
丸まった小さな紙片だ。
確かに中には『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』とある。
「証拠品として、押収してたんだよ(ニヤリ)」
またまた悪い笑顔だなあ。
「さっさと湮滅しましょうよ?」
「お主も悪よのう」
時代劇みたいな事言われた。こんな場合の「返し」は何だっけ?
「…………眠い」
とりあえず、いろいろ考えてたら、なんか眠くなってきた。
「ああ、それはきっと『はいうぇい・ひゅぷのーしす』ってやつだよ」
カタカナ変換すると「ハイウェイ・ヒュプノーシス」?
直線の高速走行が続いていると、ふわ――っと寝落ちしそうになる事を、そう言うらしい。
自分で運転してるワケじゃなく『魔法』で勝手に走ってるので、やる事がなくてホントに眠い。
そう言えば某リアル・ドライビング・シミュレーション・ゲームで『耐久』走ってる時に寝落ちして、壁にガンガン当たりっぱなしになってた事があるな。
ホントのリアルじゃなくて良かったよ。
「にだ、てん、たたた」
ちょっと前から目を覚ましていたらしいセシリアが、何か言った。
「ああ、そうかい。二打点(約3時間)経ったらしいよ」
プリムローズさんも、その気になればセシリアの言ってる事が理解出来るらしい。
ひょっとして俺だけか? 「ご主人様」なのに……。
「てか、二打点?」
「検証のために『合体』の持続時間を計っていたんだよ」
「ああ……『合体魔法』のですね?」
聞いたら、セシリアが、「時計機能」付きの便利アイテム『神授の真珠』を所持する『巫女見習い』ヒサヤと、何かの『魔法』でリンクしてて、時間を教えて貰っていたらしい。
「なるほど、効果が消えかかっている。『馬車』が止まりそうだ。惰性で走ってるだけだね、これは」
言われてみれば、速度はガックリと落ちてるな。
「結果は二打点。普通だね」
約3時間で勝手に効果が切れるのは、『この世界』の『魔法』の「仕様」なのだ。
ただ、プリムローズさんに「普通」とか言われると、何故か微妙に腹立たしい気持ちになってしまうけれども。
「……あ」
「どうしたんスか?」
「ま、まさか……こんな……」
プリムローズさんが、行く手に、信じ難い、有りうべからざるモノを見つけたらしい。
◆
妙な感じの「説明回」に――×




