061◇双子星とロケット馬車
「みよねさ、ため、きん」
「はい。セシリアはいい子」
せっかく、お駄賃にあげたのに……。
猫耳奴隷のセシリアは、『地球銅貨』をミーヨに預けて「貯金」しちゃうらしい。
串焼き肉くらいなら買えるのに。それとも何か目的があって貯めてんのかな?
「あた、いく、そと」
セシリアは水路の『守り人』にチップを渡すために、店から出て行ってしまった。
◇
――とりあえず、手紙を見てみよう。
拝啓
『荒嵐』の荒れ狂う季節となりましたが、
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ご依頼の件について、様々な情報が集まりましたので、
早速ではありますがそちらにお送りいたします。
内容をご精査いただけますよう、お願い申し上げます。
あらあらかしこ
名もなき犬耳奴隷より
2枚目は、特に要らない文面だった。
俺が密かに情報収集を頼んでおいた「犬耳ちゃん」は、この『荒嵐』のせいで、俺たちが数日間は足止めされると思って、こんなカタチで手紙を出してくれたんだろうな。
俺たちが、この『駅』に居るあいだに届いて良かった。
危うく行き違いになるとこだったよ。
ん? 端っこに「代筆・文責/マルグリット・ジレッタ」とある。
代筆か? 人形……じゃなくて人間に頼んだのね? って、そりゃそうか。
てか、誰なんだろ? この人。
ま、いいか。先を見てみよう。
3枚目の紙を見ると、
『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』について分かった事
黒髪……………黒い頭髪。下も黒い場合が多い。私は秘密。
女………………人間のメスと思われるが、男性同性愛者
の女性役をあらわす場合あり。
足に双子星……素直に二つ並んだ黒子か?
『双子星』ではなく『二つ星』と考えた場合、
軍隊なので階級を表す。
『道の警備隊』では足に階級章を付ける。
『二つ星』は三人隊長。でも給料は安い。
休みも少ない。便秘もきつい。
三人……………三人。ちなみに『道の警備隊』の三人隊も三人。
六点……………時刻の「朝の六打点」でない場合は
「弔いの鐘」か?
その場合、六点は「平民階級」。
あの『駅』の中に『双子星』という名のお店はありませんでした。
薄紅色と水色の髪の双子のお人形も売ってませんでした。
それと、広場の貯水槽の横っちょのやつは無事でした。
4枚目に、犬耳さんの描いた絵もあるので、そちらも参照の事。
※ご注意「自分で書いていて思ったのですが、これらの点から
私を連想されるかもしれませんが、私はあの店の主人とは、
なんの関係ありません。本当ですよ。代筆者・マルグリット」
そうか……あの広場の貯水槽の横っちょの「ど根性スケベダイコン」。
まだ無事か……良かった良かった。
じゃなくて……つまりは、この手紙を代筆したのは、太ももに「二つ星の階級章」をつけた『道の警備隊』の、黒髪の女性『三人隊長』さんか……思い出したよ。
俺がシンシアさんと間違えて助けちゃった女性だよ。
あの「犬耳ちゃん」……なんてひとに代筆頼んでんだ?
しかし今さら何言っても遅いので、ま、いいか。
にしても、端に代筆者の弁明が書いてあるな。
しかも、本文中には余計な私見や愚痴が混じってるし。
「これってホントに信用出来る内容なのか?」
ついつい、そんな事を呟いていると――
「最後の『六点』については、合ってるかもしれません。確かに『神殿』で『時告げの鐘』以外で鐘を鳴らす場合、お祝い事は奇数回。葬儀・追悼などの弔いには、偶数回鳴らします。その対象となる方の、社会的地位によって鳴らす回数は増えていきます」
シンシアさんだ。
『神殿』に仕える『巫女見習い』だもんな。詳しそうだ。
実は左手傍から、ずっと手紙を見られていたのだ。
ちなみに反対側からはミーヨが見ている。美少女二人に挟まれてるのだ。
背後にも誰かの気配を感じるな。誰だろ? お肉を食べてるような咀嚼音がする。
「ちなみに『時告げの鐘』やお祝い事の場合は、小さい鐘も鳴らすので『リン、ゴ――ン。リン、ゴ――ン』と聴こえますが、弔いの鐘では大きい鐘だけで、長めに『ゴ――ン。ゴ――ン』と鳴らします」
綺麗なお声だ。
鐘の音の擬音が「銀の鈴の音」みたいだ。こう言うと『リ○ロ』のエ○リアみたいだ。
「はむはむ……(ごっくん)。『弔いの鐘』から転じて『死』または『殺害』を意味する隠語になってますので、『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』が『平民階級で双子星の付いた三人の黒髪の女を殺せ』という指示書になってるかもしれませんよ?」
ドロレスちゃんだ。
俺の後頭部近辺で何かを飲み込んだ後で、ぞっとするような事を平然と言った。
俺はお気楽な異世界転生組なので『女王国』の「隠語」とか全然知らないしな。
『地球』の日本の「淫語」なら、それなりに詳しいけれども……。
「物騒な話だが……本当にそうだったかも知れないな」
俺と同じく異世界転生組のプリムローズさんだ。
いつの間にか、俺の背後に回って、ドロレスちゃんとプリムローズさんが、手紙をのぞき込んでいたようだった。
「「えっ?」」
両サイドから、同じセリフが聴こえる。
「「ドロレスちゃん、なんで、そんな事知ってるの?」」
いつの間にか、いいコンビになりつつあるミーヨとシンシアさんだった。
「あたしは『代官屋敷』で育ってるので、裏社会の情報とかも自然に耳に入るんです……(あれ?)」
ドロレスちゃんが悪女ぶってニヤリと笑い、髪をかきあげようとして……変な顔になる――そう、残念ながら今朝の髪型は、ツインテールなのであった。
「はぐ……はむ……むぐ」
俺の真向かいのラウラ姫は……食欲全開だった。
金髪ツインテールをぴこぴこ揺らしながら、ポッポ鳥(地球の「鳩」の子孫かもしれない)の焼き鳥を食べている。
「ところで『双子星』の方は、どんな意味か知ってる?」
金髪ツインテールのドロレスちゃんに訊ねてみた。
「……(赤面)」
なぜか俺を見つめたまま、顔を赤くして黙っている。
はて? なんか、エロい事なの?
そう言えば、さっき――
◆◇◆
『おトイレ』でドロレスちゃんと会った。
「……」
ちょうどツインテールで、「王家の姫」の証の「★」が入ってるという「うなじ」が丸見えだったので、ついついスケベ心からそれを見ようとして、背後からこっそり近づいた。
「な、なんですか? ムズがゆい」
なんでやねん。
俺の気配を敏感に感じて、ドロレスちゃんが振り向いてしまった。
「……イヤ、なんでもないよ」
あくまで秘密裏に調査(?)したかったのに、気付かれちゃったら警戒されるだろうな。
「ははん、さてはあたしの『尻割れ髪』を見て、興奮しちゃったんですね? それだけ男性にとっては魅力的なんですね? この髪型。無理もありません」
なんか突っ込みどころ満載な事を言われた。
「てか『尻割れ髪』ってナニ?」
知らないので訊いてみた。
「この髪型です。後頭部が二つに割れてて、お尻みたいじゃないですか?」
ドロレスちゃんがさくっと言う。
「……まあ、見えなくも無いけど」
「ツインテール」が『この世界』では、がっかりするような呼び方で呼ばれてたよ……。
なんだよ「尻割れ」って? 最初から割れてるよ(笑)。
そんで、『この世界』で『尻割れ髪』は、男性を誘惑するような時にする髪型らしい。
よりにもよって王家の姫たちが、朝っぱらからそんな髪型すんなよ。
てか「尻尾」の部分は無視かよ。
「あ、そうだ。頭の後ろで一つ結びにしてると何て言うの?」
好きだったゲームキャラを思い出しつつ、訊いてみた。
「『馬●(固体)飛ばし』の事ですか?」
「……」
河馬とかサイじゃないんだから、飛ばさないと思うんだけどな。ウ○コ。
「……フツーに『馬の尻尾』じゃダメなの?」
ポニーはあくまでも「ポニー」だけれども。
◇
そんな回想から帰って来ると――
ドロレスちゃんの代わりに答えてくれたのは、シンシアさんだった。
「単純な話で……双子の赤ちゃんが生まれた時に、取り違えのないように、体の対になっている部位に『魔法』で黒子を入れるんです。見分けがつくように、左右に。私がそうです」
それは彼女の右膝にある、双つ並びの黒子の事だろう。
『脱毛エステ』の時に拝見しました。画像もあります。俺の脳内に。
ん? あれ?
「……シンシアさん、双子だったんですか?」
お姉さんがいるとは聞いてたけど、双子の姉妹だったのか?
「はい、私には姉が1人と弟が2人いまして……どちらも双子で生まれてきたんです。ついでに言うと、亡くなった私の母も双子の一人でした」
いつもながら、潔い明快さだ。
「「「へえー」」」
遺伝的に、双子は双子を生みやすくなるんだっけ?
にしても、こんな黒髪美少女がもう一人いるのか?
お会いしてみたいけど……どっちがどっちか見分けられないと、シンシアさんの俺に対する好感度が大きく低下するだろうから、気をつけないとな。失敗して「攻略不可能」になるとか、ヤだしな。
「シンシア。君、姉と叔母さんだかが『前世の記憶』持ちって言ってなかったか?」
プリムローズさんがシンシアさんに訊ねた。
「はい。姉は12歳の時に大怪我をして瀕死の状態から生き返り、『前世の記憶』を取り戻しました。そして……居なくなりました。最後に言い残したのは『双子の片割れを捜しに行く』って……姉は、前世でも双子だったようです」
シンシアさんが淡々と言った。
表情は……沈痛だ。
……淋しそうだ。
そりゃそうか。
12歳まで一緒に暮らしていた双子の姉が、『前世の記憶』のせいで、いきなり他人みたいになって、家出しちゃったって言うんならな。
シンシアさんは、その時に、怪我したお姉さんを救いたくて『癒し手』として『覚醒』したらしいんだよな。
今、このタイミングでは訊けないけど……。
「「「「…………」」」」
みんな、かける言葉もなく黙り込んでる。
そんな時、声を上げたのは、次郎氏だった。
「美月! 日向なら『東の円』に居るぞ」
日向……ってシンシアさんのお姉さんか? 月と太陽か?
「えっ? 初めて聞きました。本当……なのですか?」
シンシアさんは、疑わしそうだ。
次郎氏の事を、全面的には信用出来ないのかも。
「……いやー、黙っていようと思ってたんだが……仕方ないな。俺が『東の円十二単王国』の使者に選ばれたのは『縁戚』だからだ。意味は分かるか?」
次郎氏の言葉には、何やら底意が含まれている。
「分かりません。はっきりと言ってください」
シンシアさんがきっぱりと言った。
「つまり……『東の円十二単王国』の女王『火巫女』とは、お前の双子の姉の日向の事だ。ただし、今は違う名前を名乗ってる」
次郎氏が言った。
「姉が……? 『東の円』の女王に? 信じられない、です」
何か支えになるものが欲しかったのかもしれない。
シンシアさんが俺の腕をぎゅっ、と掴んだ。意外と握力があって……かなり痛い。
こうなったら『★不可侵の被膜☆』全開! ……って、実は俺の任意には発動しないのだ。痛いっス。
「最初は『巫女』だったんだが……『神授祭』で『奇跡』を起こしてな。それで上手く豪族どもに乗せられて、『女王』に祀り上げられてしまったんだ。まあ、政治の実権は年寄り共が握ってるし……お飾りみたいなものだけどな」
『神授祭』って、『この世界』のクリスマスみたいなものらしいけど……『奇跡』ってなんだろ?
「……『奇跡』? 違う名前とは?」
シンシアさんは硬い表情で次郎氏に訊ねる。
「ああ、詳しくは知らないが、『奇跡』を起こして、捜していた『双子の片割れ』を見つけたらしい。そして今は、『ユヒ・ホノカ』と名乗っている。『片割れ』の方は……俺は会った事がないけど、『ユヒ・カオリ』だってさ」
一人でか?
一人で「ゆ○かおり」なのか?
待てよ……ユヒだから、「由比」さんかな? 「ガハマさん」じゃないよね?
どんな字なんだ? 伝わってこないな。
てか、「ゆ○かおり」って、もう別々に活動してるよ?
「それで二人は『前世の記憶』で結ばれた『魂の双子』だってさ」
次郎氏はそう言って、かすかに笑った。
にしても、その二人、よく『前世』の名前とか憶えてるな……俺、まったく思い出せないのに……。
プリムローズさんも過去の……『前世』の自分を事を話したがらないから、そんな話しないしな。
イヤ、そんな事考えてる場合じゃない。
シンシアさんの事だ。
「……」
シンシアさんは……深く沈んでいる。
「シンシアさん」
思わず俺が手を握ると、彼女はきゅっと握り返して、
「大丈夫です。もう気持ちの整理はついていますから。誰が悪いという事ではありませんし……姉が元気にしていれば、それでいいです」
そう言って、静かに微笑んだ。
「うー……」
その声で、シンシアさんが慌てて手を離した。
「うー……どんどん話がずれてるけど……最初は何の話だったっけ?」
ミーヨだ。別に怒って唸ってたワケじゃなさそうだ。
確かにズレてる。
ガターもいいとこだ。もう隣のレーンかも?
ちなみに、『て○きゅう』の亀○戸高校・新聞部の近藤うどん○さんの実家は、元ボウリング場のうどん屋だ。
そして近藤さんの中の人は「ゆ○かおり」の関連人物だ。てか当該人物だ。
ついでに言うと、謎の宇宙人ト○リン・トンプソン・トマリンソンもそうだ。
ト○リンの頭の双つの赤い玉の正式名称は「ト○リン・ゴールデン・ボール」だ。
どうでもいいと思うかもしれないけど、ウィ○ペディアにも載ってない貴重な情報だ。
それはそれとして、
「えーっと、確か『荒嵐』のせいで、馬車の牽き馬が貸して貰えない……って話だな」
言ってみた。
「「「戻し過ぎ!」」」
かもね。
◇
「話を戻しますと、『双子星』は本当の双子じゃなくても、入れる場合があるらしいですよ。ね、ロザリンダ様」
ドロレスちゃんが突然そんな風に、『巫女』さまに話を振った。
「……そうですね。親しい、とても親しい友人同士が、お互いの体に刻む場合があります。深い友情の証として」
ロザリンダ嬢が見たこともないような表情だ。
遠い記憶を、追想してんのかな?
この女性にも、そんな過去があったのか……。
「見して」
「えっ?」
「その口ぶりだと、あるんでしょ? 見して」
「な、何を言い出すんですか?」
「おっぱい見して!」
「そんなところじゃありません! 膝です!」
「そう? んじゃ、どれどれ」
「いやーん!」
これ、俺じゃないよ。
次郎氏とロザリンダ嬢だよ。
「わ、分かりましたから、ちょっと落ち着いてください。次郎様」
ね?
「もう、仕方ありませんね」
ロザリンダ嬢は嬉しそうだった。
てか彼女の「ロケットおっぱい」の方なら、俺も見たかったけれども。
「「「「……(冷気)」」」」
もちろんみんなで冷気魔法発動中だよ。
感情のベクトルが違うけど、どっかの学校のお兄様大好きの○雪ちゃんみたくなってるよ。
「ジンさん。ちょっといいですか?」
シンシアさんに、左腕にしがみつかれた。なんか、ぷるぷる体が震えている。
「……殴りたい。殴ってやりたいです」
怒りのこもった小声が聴こえる。
次郎氏を力の限り、ぶん殴りたいんだろう。
なるほど、その気持ちは痛いほど理解できる。
てか今現在左腕が痛い。
じんわりと握られてるので『★不可侵の被膜☆』が発動しない。
「えーっと、暴力は『戒律』に触れないんですか?」
「触れます。特に『癒し手』でもある『巫女見習い』が、故意に、他人を傷つけるような事があってはいけません」
ギリギリで我慢してるんですね?
てか今「故意に」を強調しましたけど、「事故」はいいわけですね? 「事故」はありましたもんね?
「シンシアさんは亡くなられたお母さんに憧れてて、『七人の巫女』を目指しているんですよね?」
「そうです。はい!」
俺を見上げるその顔は、とても美しかった。
思わず、見つめ合ってしまう。
「「……」」
黒い瞳に、吸い込まれそうだった。
俺は……いつの間にか「愛のシュワルツシルト半径」(なんだそれ?)を越えていたらしい。
も、もう、ダメだ!
「だったら! 今ここでキスしていいですか?」
「ええっ? か、『戒律』がっ!?」
「「「「こら――――――ッ!!」」」」
いつの間にか「ヘイト」がこっちに回って来てた。
「あれ?」
俺?
◇
「おにさ、なかま」
「うん。似合うだろ? ロバ耳」
「あい!」
「清き乙女」である『巫女見習い』に接近し過ぎたようです。
罰として、ついに『一日奴隷』になりました。
獣耳つけてみました。
ロバ耳です。
ロバ耳って、なんか王様ぽいじゃないですか?
ちょっと気に入ってます。
「俺はなんで豚耳なんすか?」
次郎氏もでした。
この人も堂々と『巫女』さまに対して胸部露出を強要してましたしね。充分、ブタ野郎じゃないっスか?
そんで『真珠』見せても、あんまり興味なさそうだったじゃないっスか?
「さ、みんなで馬車を、牽くでがんす!」
「「ふんがー!!」」
イヤ、セシリアは馭者台だけどね。
◇
親切に引き止めてくれた『駅』の人々の忠告を笑顔で無視し、荒れ狂う暴風雨『荒嵐』の中を、俺と次郎氏の「人力」で『俺の馬車』を牽き、『永遠の道』に出る。
そこで、豚耳をつけた『一日奴隷』次郎氏には、車内に戻ってもらう。
前に、獣耳奴隷の同乗に難色を示したロザリンダ嬢や、二人のメイドさんたちは、今回は何も言わなかった。そりゃそうだよね。
彼は目障り……というか、これから発動させる『合体魔法』を部外者に見られると、いろいろと支障があるのだ。
今回は、ある程度事前に準備しておいた。
悪天候をものともしない「全天候型魔法走行」を実現するために。
プリムローズさんと相談の上、いくつかの魔法の要素を組み合わせ、新たに創出した『オリジナル合体魔法』を発動させる事にしたのだ。
そのキーになるのが、セシリアだ。
『この世界』の『魔法』に精通したプリムローズさんに言わせると、「蒙古斑」のせいできちんとした言語教育を受けられず、ついこの間まで『魔法』を使えなかった純真無垢な猫耳奴隷セシリアは、『魔法』に対する凝り固まった固定概念がまったく無いので、「今までにない」タイプの『創作魔法』を編み出すのに適しているらしい。
今朝早く『魔法の馬車』云々と言ってたのはこの事だったのだ。
と言っても、俺と手を繋いだ『耳コピ追従式合体魔法』じゃないと発動しない。
残念ながら、セシリア単独では『魔法』の使用は無理なのだった。
どうにか一人でも『魔法』を使えるようにしてあげたいけれども……それは今後解決すべき課題として、とりあえず今回問題になったのが、『俺の馬車』全体を覆う「風 防」の形状だった。
『守護の星』と呼ばれる、虹色のキラキラ星を張り巡らせて、それを「不可視の外装」とし、進行方向の空気を掻き分けて進むための。
それは……鋭く尖った戦闘機の機 首のようなカタチか、むしろ新幹線の先頭車両みたいなカタチが望ましいのだけれども……まだ10歳で、しかも『奴隷の館』で育ったセシリアに、上手く形状を伝えられる言葉が見つからなかった。
鳥のような姿を想像されて、翼を付けられると、空飛んじゃうしな。
「ええっと、丸くて、先が尖ってて…………はッ!」
――俺の脳裏に、天啓が閃いた!
「セシリア。ロザリンダさんの『おっぱい』見た事あるよね?」
おととい「姉貴分」の犬耳ちゃんと『日本語』で話してた時、そんな事言ってたよね?
「あい!」
「……おい、ジン。何を言い出す?」
元気よく答えたセシリアと違い、プリムローズさんは冷たい疑念の表情だ。
「それを思い出してごらん。どんなカタチだった?」
「さゆ、おっぴろ、がってる」
全体の「八の字」展開の事だろう。見た事ないけど、そうらしいのだ。
「……ああ、確かに」
そんなとこ同意しなくていいです。プリムローズさん。
「片方だけ、思い浮かべて」
「まる、ぼーん、とびで、てる」
「先っぽは?」
「とが、てる。どんぐ、り、みた、い」
「よし、それを『ロケットおっぱい』と名付けよう」
「ロケットおっぱい!」
おお、何故そんなワードだけスルっと言えるんだ、セシリア?
「……あのなあ」
露骨に呆れないで下さい。プリムローズさん。
だがしかし、挫けず続行だ。
こーゆー事は「やりきる勇気」が大事なんだ!
たとえ人にバカにされても、負けず、挫けず、恥ずかしがらず、何としても最後までやりきるんだ!!
負けるな! 俺!! 頑張れ! 俺!!
……てかもう、誰に言い聞かせてるんだ? 俺??
兎に角、
「やりきる勇気!」
「やき、にく、じゅうし!」
何を重視しているんだ? セシリア。
君のその、つぶらな黒い瞳は何を見つめているんだ?
それはそれとして、
「そのカタチ……焼き肉じゃないぞ。違う方のカタチを思い描きながら、後ろの方に空気を押し流す感じだ!」
「あい!」
「……やれやれ」
俺は、両手でプリムローズさんの手とセシリアの手を握った。
プリムローズさんに補助してもらいながら、俺とセシリアで『合体魔法』を発動させるのだ。
手を繋いだセシリアから、風 防の明確なイメージが伝わって来て、びっくりした。
イメージの中でも、やっぱりそれはロザリンダ嬢の『ロケットおっぱい』だったのだ。
「行くぞ、セシリア。ロケットお……イヤ、祈願。馬いらずっ!」
「行くぞ、セシリア。ロケットお……イヤ、祈願。★馬いらずっ☆」
耳コピでまったく同じセリフを言わせると、何故かスラスラしゃべれる、もうすぐ11歳のセシリアなのであった。
キラキラキラン☆ と小さな虹色の星が輝き、「牽き馬」のいない『俺の馬車』が『魔法』の力で走り出す。
「おおっ、本当にセシリアの言葉だけが『魔法』として発動するんだな。……『多重詠唱』や『協調魔法』じゃないんだ」
プリムローズさんが何やら驚嘆している。
「偉いぞ、セシリア」
俺は褒めた。
「あい!」
セシリアが誇らしげだ。
◇
でも『魔法』の名前がひどい。
せっかくの新魔法なので、ネーミング会議を開こうとしたら、
「牽き馬なしで馬車を走らせるんだから『馬いらず』でいいでしょ?」
とプリムローズさんに面倒くさそうに言われたので、そんな名前になったのだけど……。
――なんとなく古臭くて、センスのない名前だ。
しかも『この世界』には、珍野菜「ヨメイラズウリ」と言うものがあるらしいのだ。なんかソレを連想させられる。まあ、秋に収穫されるとかで、まだ見た事ないけど、独身の男性が「使う」らしいのだ(笑)。
あと、もう一個あって「ヒトリミヒョウタン」とか言うのは、独身の女性が「使う」らしい。
野菜なんだから、「食べろ」よ。
「……また何か、くだらない事を考えてるだろう?」
「あんた、エスパーかっ?」
はて? なんで分かったんだろう?
「やっぱり考えてんじゃないかっ!」
すぐ隣に座っているので、グリっ、と腰骨を押し付けられた。
……硬くて痛い。
やっぱり馭者台に3人はキツい。狭苦しい。
俺なら出来るけど、プリムローズさんには走行中の馭者台から車内に移るのは不可能なので、そのまま残ってしまっているからな。
プリムローズさんは全体的にはスリムなのに、意外に幅のあるヒップをしている。
まだ16歳で成長期のはずだから、もっと胸が大きくなったら、とんでもないセクシーな体形になりそうな気がする。
そう言えば、『王家の秘宝』探しの時の「おっぱいを見せる」という約束も、結局うやむやにされちゃったな……うーむ。
そんな事を考えていたら、プリムローズさんと目が合った。
「何か私に関する性的な事を考えているだろう?」
「だから、あんた、エスパーか?」
なんで分かるんだろう?
プリムローズさんが鋭い……というよりも、俺の目線や表情でバレバレだったのかもしれないけど。
「いや、まあいいんだけど……」
いいのか?
「そう言えば、私ってどう見えるの? 男の目から見て」
「えっ?」
意外な質問をされて、そっちの方に戸惑う。
「そうっスね。見た目で言ったら、めっちゃ美少女だと思いますけど」
俺がそう言うと、
「……それはどうも」
物凄く迷惑そうに、礼を言われた。
「……プリムローズさんって、『前世』と顔が違うスか?」
言ってから、自分でも愚問だと思った。
違ってて当然だ。別人の身体なんだから。
彼女はコーカソイド系の顔立ちで、くっきりとした目鼻立ちだしね。
「そりゃそうでしょ? 日本人で、こーんな赤毛でバタ臭い顔して生まれてきたら、変でしょ」
『ばたくさい』? ナニソレ?
イカ臭いなら……イヤ、いいか。
またなんか「昭和」な言い回しらしい。「バタ」ってなんだろ?
俺が『俺』として目覚めた頃の、ミーヨの気持ちが理解できた気がする。
よく知ってる人との会話の中に、全然知らないヘンな言葉が混じってたら、そりゃ戸惑うわな。
「『前世の記憶』があるから、今の自分と違和感が半端ないと……」
てか、俺たちの、この『前世の記憶』って「魂の輪廻転生」とかとは違うんじゃないのか? って疑念があるんだけどな。
「それもあるけど、『王宮』では女官や侍女ばっかりで、最近まで自分よりもず――っ年下の若い男性と接する機会がなかったのよ」
プリムローズさんは自分の内面を言葉にして説明するのが、面倒くさそうだった。
「ま、いいや。気にしないで」
かるく言って、後はしばらく無言だった。
◆
新知の事柄を、既存のものに例えると、ややこしくなる事もある――まる。




