054◇カッパのひとちがい
「すんません。朝早くに」
朝食前なのに、お馬さん到着だ。
「おはようさん」
俺は、その日の「牽き馬」二頭を届けに来てくれた『馬蹄組合』の少年に挨拶した。
ついでに、ちょっとお話しようとしたら、
「これ次の『駅』までの預かり札っす。あと、今回は二頭とも若い牝馬なんで『オウジサマ』には気をつけてください」
少年は事務的態度のまま、俺に馬と札(アルミの小判みたいなカタチだ)を渡して、さっさといなくなってしまった。
なんだか忙しそうで、配送が何件もあるらしい。
それとも何か、俺のコミュニケーション能力が低いのか?
イヤ、そんな事はないぞ。俺って、おば……年上の女性にはわりと人気あるぞ(泣)。
てか、二頭ともメスなのね。
なんか革製の馬具着けたらボンテージみたくならね?
にしても朝食もまだだからな。馬たちを拘束するのは可哀相だ。
どうしよう? 水路のとこの草地で自由にさせとこうかな?
何かの妖怪に、水の中に引きずり込まれたりしないよな?
てか、ソレって何だっけ?
あと……『オウジサマ』って何だっけ?
◇
「「「「いらっしゃいませ!」」」」
この『駅』の名物料理を食わせるという、ランクの高い「お食事処」に入店した俺たち11人と一匹の猫は、長テーブル席に案内され、それぞれ席に着いた。
ペット同伴で、なおかつ獣耳奴隷同伴でもOKだったので、いいのかな? と思ったけど、なんのことはない――付け耳の猫と六本指の猫の席は「床」だった。
……ひどい。
「ジンくんのおごりだから、好きなもの食べてね!」
ミーヨはセシリアに対する扱いには気付かずに、景気よく言った。
そうやって俺の名前を出しとけば、俺が怒らないと思っているんだろう。
珍しく真向かいの席に座った、澄まし顔のミーヨに、他のみんなには見えないように、食卓の下でこっそり足を伸ばしてイタズラ……イヤ、制裁を加えてやろうとしたら、何かに足が当たった。
「あ、て」
人のようだった。
「あ、すみま」
せん――と言いかけて、食卓の下に潜んでるヤツに謝罪なんて必要はない――と思い直して、ソイツを引きずり出した。
「あ、て、て、て」
俺より少し年下くらいの、モンゴロイド系……と言うか、はっきり日本人顔の少年だった。
「「「「「えっ?」」」」」
みんなに驚かれた。
まさか自分たちのテーブルの下に、隠れ潜んでいるような変態が居るとは、思ってもいなかったんだろう。
何が目的か知らないが、俺も仲間……イヤ、俺の仲間たちに対して、許し難い!!
「おい、お前、なんだ? こんなとこで何――」
問い詰めようとして、黒髪の頭部にある「犬耳」に気付いて、はッ、となった。
昨夜いろいろあったし、なんか「奴隷虐待」みたいでヤだったのだ。
「ごめ、さ。おらこんちょ」
滅茶苦茶な言葉遣いだった。
怯えて縮こまるような仕草だ。本物の犬なら耳を折りたたんで、尻っ尾を股間に挟んでるに違いない。
「……」
俺が処置に困っていると、
「申し訳ございません。お客様!」
フロアのチーフっぽい店員が駆けつけて来た。
「この者は、わたくし共の店で下働きをしております獣耳奴隷に御座います。仕事をさぼって、ここで寝ていたのでございましょう。本当に申し訳ございませんでした」
犬耳君を地べたに這いつくばらせ、自身も頭を下げた。
そして、
「お詫びといっては、なんですが……こちらのお席の方々のお食事代は無料にさせていただきます! いかがでしょうか?」
とまで言い出した。
俺ってそんなクレーマーに見える? ただの「小市民」なのに。
てか、いいのか?
こっちには、ラウラ姫とドロレスちゃんの大食い姉妹がいるんだぞ?
めちゃくちゃ食うぞ。この二人。舐めんじゃねーぞ。
俺が威張るのも、どうかとは思うけれども。
「「「……(じ――っ)」」」
みんなに黙って見つめられてる。
この場の裁定を期待されてるんだろうけど……寝たふりしたい。
その時だった。
「おねさ!」
不意にセシリアの声がした。
ちょうど床に居たので、這いつくばってる犬耳君の顔が見えたらしい。
セシリアが「おねさ」って言う事は……女の子だったのか?
なにしろ髪型がベリーショートなので、そうは見えなかった。
「いもと!」
犬耳君改め犬耳ちゃんは言った。
てか、セシリアの本名って「アヤコ」じゃないよね?
二人はひし、と抱き合った。
感動の姉妹再会だったようだ? ……てか、何、この展開?
「これ! お客様のお連れ様に……」
言いかけて、その「お連れ様」も獣耳奴隷だということに気付いたらしい。店員は戸惑っている。
俺はそこに付け入る隙を見つけた。
「お詫びに、その子売って! 『太陽金貨』4枚!」
なんとなくノリで言ってみた。
「えっ?」
「見ての通り、姉妹らしいし、売って! 『金貨』3枚!」
どさくさに紛れて、競り値を下げてみた。
「あ、はい」
「よし、買った! 『明星金貨』3枚だな。ミーヨ君!」
「うええっ」
ミーヨが呻き声を上げた。
だから、それ、いくら没落して貧乏だからって貴族令嬢にはふさわしくないってば。
「あ、いえ。今のは……すこし、お待ちを……店の主人に相談してみますので……」
混乱気味の店員が、奥の方に走っていった。
「おい、ジン。また増やすのか?」
プリムローズさんが、こめかみを押さえている。
前から思ってたけど、偏頭痛持ちなんだろうか?
「むう」
ラウラ姫は、将来の人口増加よりも、現在の食料問題に強い不満を抱いているようだ。
「ねえ、セシリア。その子は本当にお姉さんなの?」
ミーヨがようやく、セシリアが床に座らされていた事に気付いたらしい。
店のやり方にも、気付かなった自分にも、憤慨してる感じだ。でもってさらに、妹分として可愛がっていたセシリアに「実の姉」登場で、がっかりしてる。そんな複雑な感情の動きが、いい加減付き合いが長いので、よく分かる。
「あた、あね。んにゃ」
「$&%Mじゃいな゜」
犬耳ちゃんの言葉が滅茶苦茶すぎる。
俺の『脳内言語変換システム』が、一部翻訳を放棄してる。
◇
「……というわけらしいです」
ヒサヤにセシリアの言葉を意訳してもらいながら、事情を聞いてみると、同じ『奴隷の館』で育った「姉貴分」だったそうだ。
二人とも名前が無かったために、お互いに「あねさ」「いもと」と呼び合っていたらしい。
で、年上の犬耳ちゃんは、去年買い取られてこの店に来たらしい。
ヒサヤも同じ『冶金の丘』の『奴隷の館』に居たはずだけど、入れ違いみたいで面識はないそうな。
「……そうだったんだ」
ミーヨがどことなく、ほっとしてる。
「セシリア、なんで食卓の下に居たのか? って訊いてみて」
なんとなく、一連の流れが奇妙だったので、そう頼んでみた。
「あい。『姉様、なにゆえこのようなところに居りましたか? 皆様にご迷惑でしょう』」
セシリアが、他の子たちには意味不明な言語で、すらすらとしゃべった。
「『あいすまぬ。先刻の男衆に、ここに潜って、膝に黒子がふたつ並んだ黒髪の女子を見つけるように、言われておった』」
犬耳ちゃんも、その言語を操るのは得意なようだった。
――驚いた。
二人の会話は、『日本語』だったのだ。
ちょっと時代がかってる上に、文法もヘンな感じもするけど。
俺も驚いたけど、同じく日本からの転生者であるプリムローズさんも驚愕していた。
ただし、俺が驚いた理由は、プリムローズさんとは違うと思う。
(膝に二つ並んだ黒子って……シンシアさんがそうなんだけど?)
先日の『脱毛エステ』の時に、右の膝の上にそれがあったのを――俺は一生忘れない!
イヤ、そんなことを力強く宣言している場合じゃない。
まさかとは思うけど、シンシアさんの事を探していたのか?
なんでまた、シンシアさんを?
「まったく……人と会う約束があるのに……」
ぶつぶつと不満を漏らしながら、近づいてくる人物があった。
この店の主人らしい、軽薄そうなおっさんだ。苦労知らずの二代目か三代目って感じだ。
「わたくし共の下働きがこちらの皆様にご迷惑をおかけしたようで」
一応、営業スマイルだ。
さっきのフロアチーフらしい店員はいない。仕事に戻ったらしい。
その主人に向かって、
「私に、何かご用ですか?」
シンシアさんが突然、席から立ち上がって、凛とした声で言った。
え?
シンシアさん、さっきの獣耳奴隷同士の会話、理解してたのか?
もしかして『東の円』って、みんな『日本語』を話してるの?
「な、なんのことで……しょう」
主人がキョドってる。怪しい。怪しすぎる。
「この子が探していた女性とは、私の事のようです。話してください。どのような理由で私を探していたのか?」
長い黒髪を揺らしながら、シンシアさんは主人に詰め寄ろうとした。
「ダメだ。シンシアさん! ソイツに近づいちゃいけない!」
単純な嫉妬と、おっさんに対する嫌悪感から俺はそう言った。
しかし、それは別な意味で大当たりだった。
俺の拡張された視界の隅に、そいつが映っていた。
ドスッ!
鉄の杭が、壁に突き刺さった。
つい一瞬前まで、シンシアさんが居た位置だ。
「えっ?」
シンシアさんが驚いている。
壁の鉄杭が、まだビィィイインと振動している。
俺が左手で彼女の右手を引っ張り、間一髪で、それを逃れたのだ。
(……あいつか!)
店の出入り口の近くで、狙撃者が『魔法式空気銃』を構えているのが見えた。
(俺が、捕まえてやるぜっっ)
ヤツに向かって突進する俺を無視して、まだ銃を撃つ気だ。
銃口がはっきりと、俺の右手の方を、黒髪の女性の方を向いている。
ん? 何故そこにシンシアさんが? 逃げるために移動したのか?
なんか違和感があるな。
でも緊急時だ。細かい事を考えてる暇なんて無い。
ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ。
遠慮も手加減も無い連射だった。
「……!」
俺は横に飛び、シンシアさん(?)の前に立ち、それを体で受けた。
「ジンくんっっ!!」
平気だ。ミーヨ。
俺には、お前にもらった「愛の奇跡(笑)」がある。
『★不可侵の被膜☆』は「俺」を守るための「ミーヨの願い」だ。
そして、その願いを叶えた女神『全知神』さまの加護(?)なのだ。
なので「俺が着てる服」を守るためには、発動されないのだ(泣)。
なので敵(?)と戦う時には「全裸」じゃないといけないのだ(笑)。
今回は、薄い布のトガを着ていたせいで、無敵のバリアー『★不可侵の被膜☆』の発動がズレて、鈍い痛みがあった。
けど……シンシアさん(?)を守るためだ。
少しの痛みが何だ。トガの穴がどうだって言うんだ。
当たらなければ……てか、思いっきり当たってるけど(笑)、どうという事はない。
キン、カラン、コロコロコロ――
俺の体に浅く食い込んだ鉄杭は、運動エネルギーを失って、一瞬静止したあとで落下し、硬い金属音を立てて、床に転がった。
……しかし毎回思うけど、このバリアーの仕組みはどうなってんだろ?
『魔法』の「実行部隊」である『守護の星(普通サイズ)』が、よくある「多重積層構造」で防いでくれてんのかな?
「……ちぃっ」
舌打ちらしい音がして、さっきの店員が、鉄杭を撃ち尽くした猟銃タイプの『魔法式空気銃』を投げ捨てて、逃げ出すところだった。
これで2度目だな。『魔法式空気銃』での襲撃。
俺にはどうせ効かないから、別に何度来てもいいけど……俺にはね。
しかし、今回狙われたのは『俺の聖女』なのだ!
しかも、前の時とは違って、殺傷力の高い鋭く尖った鉄杭型の『弾頭』だ。
ガチで『ケモノ』や『空からの恐怖』と戦うためのヤツだ。
許せん!
(絶対に逃がすか! レーザー眼。天罰モード)
俺は、ヤツに向けて、それを放った。
「ぐああああっ!」
ヤツは苦悶の声を上げて、床にうずくまった。
すぐさま、駆け寄り、取り押さえる。……ちょっと焦げ臭い。
男の後頭部には、『太陽金貨』ほどの「丸いハゲ」が出来ていた(笑)。
◇
俺は男を立たせて(ヘンな意味じゃないよ?)、みんなの所に連行した。
そこでは、わしゃわしゃとした癖のある金髪を無造作に垂らしたままのラウラ姫が、すでに抜刀していて、主人に突き付けていた。
『冶金の丘』で造った5本の佩刀のうち、今日はまだら模様の地肌が冴える『ダマスロリ鋼』の刀だった。
いちばん凶悪に見える刀だ。
「ひいいいい、お、お助けを……」
店の主人がガクブルしてる。
「むう」
ずっと「乗り物酔い」だので体調が芳しくないラウラ姫が、不機嫌そうだ。
「★戒めの枷っ☆」
パキン! と良く響く指を鳴らす音もした。
「「ぐぎゅっ」」
姫の筆頭侍女が、『魔法』で二人まとめてふん縛ったらしい。
店の主人と店員が、男同士なのに抱き合うように向き合って、「不可視の何か(たぶん空気だ)」で拘束されている。
「「……(むふふ)」」
ん?
でも、なんか二人とも微妙に嬉しそうだぞ。なんなんだ? キモいよ?
「さて、事情を説明してもらおうか?」
波打つ赤毛のプリムローズさんが、得物を前にした肉食獣のようだった。怖いっス。
◇
「ジンくん、怪我は? 痛くしてない?」
おでこ丸出しの栗毛の三つ編みを揺らして、ミーヨが駆け寄って来た。
「おにさ、け、は?」
おかっぱ髪に黒い猫耳をつけたセシリアも、心配してくれてたようだ。
「おう! へーきだよ。心配しなくていいぞ」
俺は明るく言った。
ぜんぜん無事だ。●(気体)の河童だ。
「ご無事でしたか? 危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
見知らぬ女性も心配してれていたようだ……って、誰?
「……えーっと、どなた?」
「先ほど、わたしの前に立ち、銃弾を受けていただいた者です」
ちょうどシンシアさんくらいの、長い黒髪の女性だった。
なるほど、後ろ姿だけだったら、間違えそうな雰囲気だ。
でも年齢的にはずっと上だ。二十代半ばって感じの、きりっとした女性だった。
「本当に助かりました。私は急ぎますので、これで失礼します」
それ以上の会話を交わす暇もなく、あっさり立ち去られてしまった。
……どんな役回りの人だったんだ? この女性。
てか、勘違いしてシンシアさんじゃない人を庇ってしまったのか?
この俺様としたことが、間違うだなんて……「河童の川流れ」ってやつか? ライフガードのラフティングってやつか?(※違うと思います)
「ジンさん。危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
こちらは本物のシンシアさんだ。
動揺して、しばらく言葉が無かったようだけど、平静を取り戻したらしい。
天使の輪が輝く長い黒髪を揺らす彼女の潤んだ黒い瞳には、感謝の輝きが宿っていた。
「貴女が無事でよかった」
俺はそれだけ言った。
余計な事言うと、さっきの人違いもバレちゃいそうだし……。
「……はい。ジンさんのお陰です」
シンシアさんが、本気で感激しているみたいだ。
今ならすんなり抱けそう……とか言ったら、怒られるか。ミーヨも見てるしな……。
それに俺は、「『七人の巫女』になりたい」という彼女の夢を叶えてあげたいしな。
「生理で動きが鈍くなってましたので……ぼそぼそ(普段なら、あれくらい躱せるんですけど)」
「……そうでしたか」
なんでこの黒髪の美少女は、俺に向かって軽々しく「生理」「生理」と言うかな?
「あ、いけない! 生理の事、忘れようとしてたのに、思い出しちゃった。生理。うううっ」
「……お大事に」
お顔、青いっスよ。血が苦手って、ご自分でおっしゃってましたよね?
◇
「……ほう、それで?」
向こうでは、プリムローズさんによる尋問が進んでる。
血のような赤毛が燃えるように揺らめいて見える。尋問してる相手を脅すために、何かの『魔法』を使った視覚的演出なのかもしれない。なんにしろ、めっちゃ怖い。
そして、こっちではいろいろと急な事態の展開に、対応しきれていなかった面々が、落ち着きを取り戻し、現実に目覚めたようだった。
「お腹空きましたね」
ドロレスちゃんが、わしゃわしゃとした癖のある金髪を、わしゃわしゃと掻きながら言った。
「もー……ここじゃ食べれないね。名物の『鯉ずくし』食べたかったのに」
ミーヨが、栗毛の三つ編みの尻尾を手でパタパタと泳がせてる。鯉のつもりか?
そう言えば『冶金の丘』を取り囲んでた『濠』にもいたな、鯉。
なんか泥くさそうなんだけど……美味いの?
てか妊婦じゃあるまいし、そんなもの食いたがるなよ。
「コイ? 聴いたことがありません。どんな鳥なのですか?」
ロザリンダ嬢が、ねっとりとした艶のあるクリーム色の金髪を揺らしている。
でも、整った美人さんなので、ただ「美人」という印象しか受けない。首から上は。
「『巫女』さま。鯉は魚です」
同じ金髪でも、ヒサヤのは淡い、儚い感じがする。
この子はまだ11歳だそうだけど、髪の色って年齢で変化するそうだしな。
「『あの乳はなんであろう。突き出しておるな』」
黒髪短髪の犬耳ちゃんは、ロザリンダ嬢の首から下に興味津々のようだ。
だよね? 普通はお胸の方を見ちゃうよね?
「『左右に広がっておりました。八の字のようでした』」
黒髪に黒い猫耳が似合ってしまう、まだ10歳のセシリアは、『日本語』だと流暢だった。
――以上、ハゲが出来てしまった店員の彼に、哀悼の意(※死んでません)を捧げる意味から、みんなの頭髪について言及してみた。
◇
ところで、セシリアはロザリンダ嬢の「ロケットおっぱい」を、いつどこで見たんだろう?
俺もまだ直接は見た事ないのに。ぜひ見たいのに。てか撮りたいのに。
「『むふう、その乙π、辰と未を指すが如し』」
犬耳ちゃんが変な言葉を創り出す。なんだよ「乙π」て。
そして辰と未って干支の話か? 意味わかんないぞ。
「『はい。八の字のようでした』」
セシリアが繰り返す。
てか、やっぱりそうなんだ?
ロザリンダ嬢の「ロケットおっぱい」って、左右に開いてるんだ?
前に抱きつかれた時に、ふっくらした柔らかみとか、先端部の突起物を感じなかったのは、そのせいか。
おっぱいに挟まれてたんだな。
つっても「PZ」じゃないよ? てか俺までヘンな造語を……。
とすると『往復ちちびんた』とかされたら、めっちゃ凄いだろうな。
……絶対にしてはくれないだろうけれども。
俺が、中学生みたいなエッチな妄想を抱いていると――
「ちょっと厨房を見てまいります!」
マルカさんが行動を起こした。
そう言えば、まだ丸齧りさんたちがいたっけ。
彼女は黒髪だけど、俺と同じく中央アジア的な混血が進んでる感じだ。
ジリーさんも実は印象が似ている。お二人とも30代後半と思われるけど、この人の方がちょっと年上の感じがする。
「皆様は、こちらにお座ってお待ちに……あ、あなたたちはダメですよ」
疲れたのか椅子に座りたがってる猫耳奴隷のセシリアを、ジリーさんが制した。
「あい」
セシリアはしょんぼりと椅子に掛けた手を離した。
「『ぐぬぬ、奴隷扱いしおって』」
犬耳ちゃんが腹を立てている。
そうだな。
普段は大人しくしてる『獣耳奴隷』の人たちだって、内心では絶対にイヤに違いないんだ。
「『ごめんなさい』」
シンシアさんが、『日本語』でそう言った。
「『なんと? 今、貴女さまが?』」
犬耳ちゃんが驚いている。
「『私は卑怯ですね。本来ならあなたたちと同じように獣耳奴隷に落とされるはずの身を、父に救われ、『東の円』で育ち、それから逃れたのですから。あなたたちに、申し訳なく思います』」
シンシアさんが、そんな心情を告白するのを初めて聞いた。
◇
「事情は理解した。……まったくもって下らない。最低だ。あーあ」
プリムローズさんが「尋問」を終えて、俺たちの方に説明にやって来た。
なんか、物凄くうんざりしている波動が伝わって来る。
「まず、シンシア」
「はい」
名を呼ばれたシンシアさんが、真面目に返事をした。
「今後は安心して欲しい。君が狙われていたわけではなかった。人違いだそうだ」
プリムローズさんの言葉に、一同脱力した。
「「「……人違い?」」」
一体、誰と間違われたんだよ。迷惑な。
「君は『東の円』育ちだから、彼女(と犬耳ちゃんを示す)の言葉が理解できたために勘違いしたようだが、彼女が探していた黒子の二つ並んだ黒髪の女子とは、君ではない、と判明した」
「……そうでしたか。お騒がせしました」
シンシアさんは、複雑な表情だ。
「「「……?」」」
他の子たちは腑に落ちていないようだった。『日本語』知らないんだから、しょうがないけど。
「それでも、襲撃を受けたのには、間違いないしな。怪我はなかったとはいえ、災難だった」
プリムローズさんがシンシアさんを気遣う。
「いえ、ジンさんに助けていただきましたから」
シンシアさんが、熱い瞳で俺を見つめる。
その一方で、
「「……(じ――っ)」」
ミーヨとラウラ姫が冷たい視線で俺を射る。
人命のかかった緊急事態だったから、文句は言われないけれども。
「君がその気なら、あの二人を番兵詰め所に突き出して、罪に問えるが」
シンシアさんに向けたプリムローズさんの言葉には、微妙な含みがある。
「しかし、こちらも色々と事情を聴かれて、足止めされてしまうのではないですか?」
シンシアさんが言葉の裏を察したらしい。
「そうだね。一日二日はかかるだろうね。マトモにやればね」
「……」
シンシアさんは考え込んだ。
俺たちは『王都』への旅の途中なのだ。自身の事で、日程に影響が出るような迷惑はかけたくないんだろうな。
「ただ、こちらには殿下がいらっしゃる。『三人の王女』として裁断を下す事が出来る」
『三人の王女』は、独自の警察権か裁判権みたいなものを行使出来るらしいのだ。
「……では、姫殿下にお任せします」
形式的に、そう言った。
実際に事を運ぶのは、そこの筆頭侍女様だもんね。
「このまま何の罰も無しに、釈放ってわけにもいかないな。ジン、さっきのアレまだ使えるよね?」
プリムローズさんの問いに、
「さっきのアレ?」
俺はトボケた。イヤ、分かっちゃいるけど。
「だから……ぷっ……あのハゲのやつ……くっくっくっ」
プリムローズさんのツボに入ったようだ。
◇
――天罰は下され、彼らの頭頂部から毛根ごと頭髪が失われた。
「『犯罪奴隷』になるよりはマシでしょう?」
プリムローズさんたら、冷たい声だなあ。
『女王国』って刑務所が無くて、犯罪を犯すと期限付きの『犯罪奴隷』って事になるらしいんだよな。
それよりかはずっとマシだろう。言ったら「殺人未遂」だったのだから。
「まるで河童だな」
プリムローズさんが呟き、微笑む。
こんな時、美少女の笑顔はひどく残酷に見える。
「……ふふふ」
笑ってますよ。怖っ。
◇
ドロレスちゃん付きメイドの一人、マルカさんが確認したところ、厨房の方は問題なく機能していて、騒ぎにも関係なかったらしい。
なので俺たちは、場所を変えることなく、同じ店で朝食を摂った。
ちなみに、本当に無料にしてもらってる。全員分。猫耳も猫も犬耳もだ。
って犬耳? 見ると、ちゃっかり犬耳ちゃんが混ざってやがる。
問題を起こした二頭のカッパは、目障りで不愉快なので、奥に引っ込んでもらって、事件と無関係な店員に給仕してもらってる。
「胡瓜と塩漬け豚腿肉の煮込みの冷製にございます」
何の巡り合わせか、カッパの好物のキュウリ料理を出された。
あるのだ。『この世界』にもキュウリが。
いま夏だから、ちょうど旬なんだろうけれども。
その代わり、トマトやトウモロコシは無いらしい。あればそっちの方がいいのに。
てかキュウリの煮込みなんて初めて食うよ。
よーく煮込んであって、とろけそうに柔らかかった。
なんかの香辛料のお陰で、キュウリの青臭さは消えてる。
不味くはない。ひんやりと冷たくて、体の芯から冷やしてくれる。
そんで、掻きタマゴが入ってる「玉子スープ」だと思って頼んだ「玉子入りの汁物」は、丸のまんまの「ゆで玉子」が入った塩味のスープだった。
みんなは無言で平然と、それを食事用のナイフで二つに割ってから、スプーンで細かく千切って、黄身をスープに溶かし込みながら食べてる。
俺も釈然としない気持ちを抑えつつ、そうして食べたよ。
これも不味くはないけど……なんかこう納得出来ない。スッキリしないな。
そう言えば、タマゴってニワトリの「*」から出て来るんだっけ?
こっちは言ったら「尻子玉」か? カッパにゆかりのあるものばっかだな。
そう言えば、俺『さら○んまい』って観てないな。
録画したヤツを一気観しようとしてるうちに、『異世界』に来ちゃったしな。
あれって、どんな内容だったんだろう?
観たかったのに……。
◇
今は食後のティータイムだ。
みんなで『赤茶』を飲んでいる。
なんというか、みんな「豪胆」だ。あるいは単に「無神経」なのか?
よくこの店でそのままメシ喰って、食後のお茶まで飲む気になるな?
ただ、ミーヨが食べたがってた『鯉づくし』は夜のメニューで、朝食の時間には出ないらしい。
近傍の人造池で飼ってるヤツなので、泥臭さを抜くのに時間がかかるそうだ。
で、色々とがっかりしてるミーヨが、
「でー……誰とシンシアちゃんを人違いしてたって言うの?」
すこし乱暴に訊ねる。
それを受けて、プリムローズさんから依頼があった。
「その前に、ちびっ子たちの耳を塞いでくれ」
何だろう? 大人な話か?
「ちびっ子」というと、ラウラ姫とヒサヤとセシリアか……イヤ、姫は違うか。
「ごめんね」
ミーヨがセシリア。シンシアさんがヒサヤを担当する。
こほん、とわざとらしく咳払いした後で、
「いいかな? 実はあの二人が男色関係にあって、店員の方が、主人が女性と浮気していると誤解して、シンシアの事をその浮気相手だと思い込んだらしい」
他人の色恋沙汰にもBLにも特に興味を示さないプリムローズさんが、げんなりしながら言った。
「え? 男性同士でですか?」
あ、いけね。ドロレスちゃん忘れてた。
彼女もまだ12歳だった。……見た目は俺たちと変わらないからな。
「……(うぐぐ)」
ロザリンダ嬢が酸っぱい顔をしてる。美人には似合わない表情だ。
ま、確かに酸っぱい気持ちにもなるな。
――男性愛好家同士の痴話ゲンカに巻きこまれたのか?
あの捕まった二人。一緒に抱き合わせで縛られて、なんか嬉しそうにしてたから、ヘンだなー、とは思ったけど、元々そういう関係だったのか。
『女王国』って女性優位の社会のせいか、そんな人たちが他にも沢山隠れ潜んでる気がしてならないんだよな……。昨日も一人いたし。
俺様得意のプロペラ・ダンスで「天罰」を与えてやろうか? とも一瞬思ったけど、それだと逆に「ご褒美」になっていたわけか……。
ま、これに関しては、もう突っ込んだり、深く掘り下げたりしないようにしようっと。
「女の子同士ならともかくなあ」
俺が何気なく言うと、何故かミーヨとシンシアさんが顔を見合わせた。
「「…………」」
視線が絡み合っている。
二人の背景には白い百合の花が……おいおい、君ら。俺も仲間に入れて欲しいぞ。
「「…………」」
そして離れた場所では、30代後半のマルカさんとジリーさんが見つめ合ってる気もする……けど見なかった事にしたい。
こういう時は『光眼』の広い視界がジャマだ。
プリムローズさんは、俺たちの反応(?)を見届けた上で、言葉を続ける。
「なんでも店員の方が、主人の机の上に『黒髪の女。足に双子星。三人に六点』という紙片を見つけて、その相手を確認させるために、あの犬耳の子を食卓の下に潜ませていたらしいよ」
核心部分を言い終えると、手近に有った『赤茶』をくいっと飲んだ。
「「「「「…………」」」」」
みんな、上手く話が飲み込めないみたいで、黙り込む。
「黒髪の女。足に双子星」が「膝に黒子の二つ並んだ黒髪の女子」か?
残りの「三人」って人数だろうけど……俺たちの中には、黒髪の女性は4人いる。シンシアさんとセシリアと丸齧りさんたちだ。ひょっとして奴隷差別的なアレで猫耳奴隷のセシリアはカウントされないかもしれないけれども。
ああ、でも俺が間違えて助けちゃった女性も黒髪だった。ぜんぜん人数合わねーじゃん。
そんで「六点」って時間かな?
『この世界』の時刻で言うと「朝の六打点」は、前世の感覚での午前8時前くらいか? もう過ぎてる。
ところで『双子星』って何だろう? 宇宙に浮かぶ「連星」じゃなさそうだ。
でも、みんなは普通に納得してるようだ。俺だけが知らない何かなのかな?
てか、俺が『双子星』って聞いて真っ先に頭の中に思い浮かぶのは、ピンクと水色の髪をした双子だぞ。
む? ラ○とレ○じゃないよ? 『リ○ロ』作中では赤髪と青髪って呼ばれてるしね。
『リトル・ツ○ン・スターズ』……「サン○オ」の「キ○と○ラ」じゃないのか?
てか異世界でそんなものを思い浮かべてしまう俺様は……いったい何者なんだ?
「……双子星。三人に六点……ですか」
ドロレスちゃんが、ロザリンダ嬢の方を見ながら呟いている。
どう見ても、何か知ってるようなので、あとで食べ物で釣ろうっと。
「……それにしても、『魔銃』で射るのはどうかと」
そのロザリンダ嬢は、どこか落ち着かない様子だ。そわそわしてる。
おトイレ我慢してるのかな? なんだかんだで「襲撃」続きで、集団行動を採るように言われてるから、一人じゃ行き辛いのかもしれない。
「主人に詰め寄ろうとしたシンシアを浮気相手と思い込んで、か――っとなったそうです。アレは狩猟用だそうで、この辺り、『ケモノ』も出るらしく、普段から使ってる物なので、咄嗟につい撃ってしまったそうです」
それもなんか言い訳がましいな。
てか深読みしようとすれば、いろいろと怪しいな。
◇
――しかし、先を急ぐので、事件はこのまま、うやむやになりそうだ。
それと、結局、セシリアの「姉貴分」である「犬耳ちゃん」は、売って貰えなかった。
でも、居場所がはっきりしたので、二人とも、また会えると確信しているらしい。
機会があれば、俺も二人が会えるようにしたいし、実は彼女――犬耳ちゃんには、セシリアを通じて、ここでの情報収集を依頼した。
色々とすっきりしないので、幾つかの事を調べてもらおうと思っている。
なので、もう今日みたいなヘマはしないで欲しい。
◆
今後、ちょっとずつ謎は解けます――まる。




