053◇六本指の猫と四本指の神さま
夜なのに、変に明るい。
広場に敷き詰められた白い石畳に、街灯やら星明りが反射しているせいらしい。
プリムローズさんから揶揄われた俺は、さっさと寝てしまいたかったけれど……ミーヨの命令で入浴を言い渡された。今は、その帰り道だ。
『馬車ごと旅亭』から妙に遠かった『公衆浴場』でひとっ風呂浴び、丸い貯水槽のある広場で火照った体を冷ましつつ、ブラブラさせ……ブラブラしていると、白い石畳の隙間から「二本指」が突き出ているのを発見した。
なんてこった! どんな猟奇事件だよ?
……と思ったけど、何かが違う。違和感があった。
まるっきり指にしか見えない物だけど……爪も無いし、色も生っ白い。
そして決定的に違うのは、放射状に広がった緑色の葉っぱの中心から突き出ているところだ。
ナニコレ?
「これってなんスか?」
通りすがりのおばちゃんに訊いてみた。
「ああ、これかい? スケベダイコンだよ。まだ小さいけどね」
事もなげにそう言われた。
スケベダイコンは『この世界』の珍野菜のひとつだ。
二股の大根で、秋の収穫時には、女性の下半身そっくりになる――と話には聞いてるけれど。
……手の指が二本突き出てるようにしか見えない。
てか、『地球』の「大根」みたいに地中で育つものなんじゃないの?
出てるよ? 下半身……。丸出しだよ?
そんで、何故そんなものが、こんなところにあるんだ?
一応「町の中」だぞ。畑じゃないぞ。
植物の成長には「リン(リン酸)」と「カリウム」と「窒素」が不可欠なハズだけど……石灰岩(炭酸カルシウム)の隙間だよ?
俺は『前世』で、「肥料の三要素とは……少し下品だが」と前置きされた上で、「◎輪」と「カ○首」と「○」と憶えると絶対に忘れないぞ、って教師に教わった事があったけど……たしかに異世界に転生してもおぼえてたよ(笑)。
「たまたま種がこぼれ落ちて、それが芽吹いて、ここまで育っちまったんだろうねぇ」
おばちゃんがそう言って、愛おしそうにソレを見守っている。
つまりは『地球』の日本でもたまにある「アスファルトを突き破って生えてるタンポポ」とか「コンクリートの割れ目に育ったダイコン」とか……そんなようなモノらしい。
いわゆる「ど根性シリーズ」ってやつだ。
これは「ど根性スケベダイコン」か……って、なんなんだソレ?
……なんか変な風に疲れたよ。
早く宿に戻ろうっと。
◇
真っ白い『俺の馬車』がいい目印になってるので、俺たちが泊ってる『馬車ごと旅亭』はすぐ分かった。
ここって『大型多輪馬車』も入れるくらいの車庫なので、馬車の後ろに牽引してる『とんかち』もきちんと車庫内に納まってる。
馬車の見張り当番のプリムローズさんとドロレスちゃん。そして上の寝台を使わせてもらえない猫耳奴隷のセシリアに、軽くお休みの挨拶をする。
そして階段の下から二階を見上げると、そこはもう暗かった。
誰かが眠ってしまってるかもしれないので、足音を立てないように階段を上り、二階の大部屋に入ると――
そこにはミーヨとシンシアさんがいて、
「「……(し――っ)」」
二人とも、くちびるの前に小指を立てていた。
『この世界』での「お静かに」の合図が「これ」なのだ。
人差し指じゃなくて小指なのだ。なんか可愛く約束をせがまれてるみたいだ。
でも「指切り」の慣習は無い。「じゃんけん」はあるのに。
二人とも『この世界』の寝間着である『夜の服』を着ていた。
背中の紐で閉じる『昼の服』と違って、前合わせのバスローブみたいな服だ。
なので寝相の悪い子の場合、朝起きるとめっちゃセクスィーな状態になってる事もある。
ちなみに二人とも、とってもお行儀よく眠る子たちなので、先生は悲しいぞ(泣)。イヤ、誰だよ、先生って。
「……(4)」
ミーヨの隣にいたシンシアさんから、親指を折った四本指を示された。
ん? 罰金ですか?
昼間、俺様が披露した「プロペラ・ダンス」が罰金の対象だったんですか?
それが『月面銀貨』4枚?
まさか『明星金貨』4枚なんですか?
――と思ったら、違うみたい。
(4人寝ちゃってます)
と小声で言われた。
メイドのマルカさんとジリーさんが「早寝早起きも仕事のうち」と言って、入浴から戻って速攻寝台に入ったのは知ってるけど。
そのうちの一人はラウラ姫のようで、
(殿下も『安眠』の術をかけましたら、すぐに休まれました)
ずっと体調不良気味だったので、早目に「おねむ」して貰ったらしい。
(シンシアさんこそ、体調はいかがですか?)
現在「お月様」らしくて、ちょっと顔色が悪いのだ。
(私、痛みはそんなでもないんですけど、生理の時は体が重く感じるんです)
(……)
困るなあ。そんな事を正直に告げられても。
(でも、『れーざーだつもう』の後で良かったです。せ、生理が始まったのが)
(ハイ。えーっと……お大事に)
(ありがとうございます)
子供の頃のトラウマのせいで、血が極端に苦手らしいシンシアさんは、「生理」という言葉を、お化けの名前のように怯えながら口にする。
前にも、自分の血が怖いって言ってたな。
今まさに、それと戦わないといけない(?)んだもんな。
……そう言えば、ミーヨのソレっていつだろう?
さすがにその最中に、えっちなことは出来ないから、きちんと……ん?
俺って『この世界』で目覚めて、もう何十日も経ってるぞ。
その間に……ミーヨにそんなのあったかな? 記憶にないな。
何かの『魔法』で「まるで何事もない」みたいに隠蔽出来るのか? シンシアさんもフツーにお風呂行ってたしな……。
てか、『この世界』って『月』がないから、地球からコピーされて「貼り付け」された生き物の体内時計って、どうなってるんだろう?
最初の『方舟の始祖さま』から数千年は経ってるらしいし、そのへんの「調整」は済んでるのかな?
なんだかんだで生き物って環境に「順応」するだろうしな。
(もう一人、寝ちゃった子がいるの)
ミーヨが近づいて来て、俺の右の耳元で囁いた。
実は俺の『光眼』の「暗視機能」で、もう一人起きてる人がいるのは見えていた。
『七人の巫女』ロザリンダ嬢だ。
部屋の奥の窓際の寝台の上で横になり、シーツを口元まで寄せながら、こっそりとこちらの様子を伺っている。
ただ『巫女』さまが、他の皆と雑魚寝ってのも、どうなんだ? って気もするけど……特に苦情は言われてない。
それを言ったら、『女王国』の第三王女殿下も同室だしな。
聞いたら、こういう『馬車ごと旅亭』って『長距離馬車』に乗り合わせた客たちが、男女同室で雑魚寝するらしいのだ。
もちろん『俺の馬車』は、そんなんじゃないけど、ありようは似た感じになっちゃってるしな。
「……(くうくう)」
なので、「寝ちゃった子」とは、ヒサヤのようだった。
しっかりした子でも、まだ11歳だしな。
それはいいけど、ヒサヤのちょうどお腹のあたりには、猫の茶トラ君が居た。
――こいつ、ドロレスちゃんじゃなくて、ヒサヤに懐いて、ついて来たのか?
一度抱きしめられながら「シューター」から落っこちて来た事があったけど「アレきっかけ」で、茶トラ君の「お気に入り」に登録されたのかな?
「……(ううう)」
なんとなく、ヒサヤが寝苦しそうな表情してる。
体が圧迫されて、悪夢とか見ないといいけどな……。
んんん?
ふと、気付いた。
茶トラ君は歩くと、物凄くふてぶてしくて、物凄く偉そうに見えるけど……なるへそ。そういう事だったのか。
――こいつ、「ヘミングウェイの猫」だ。
20世紀の作家アーネスト・ヘミングウェイは、猫好きで猫をたくさん飼っていて、その中には、突然変異で生まれた「六本指の猫」がいて、それが21世紀にまで子孫を遺していて、「ヘミングウェイの猫」と呼ばれてるそうな。
茶トラ君がその血筋なのかどうかは不明だけど、とにかく「六本指の猫」なので、普通の猫よりも前脚の幅が広くてがっちりしてて、歩くと、なんか物凄くふてぶてしくて、とんでもなく偉そうに見えるのだ。
肩の骨の動きとかも、なんか小型のトラみたいなのだ。
にしても六本指か。
ま、猫で良かったよな。
アニメキャラが六本指だったら「作画崩壊」呼ばわりされて、フルボッコだもんな。
そんな風に、猫を見てたんだけれども。
(えっち)
(えっち)
ミーヨとシンシアさんに、左右からソフトに突っ込まれた。
バイノーラル録音みたいで、気持ちいい(笑)。
(小っちゃい女の子の寝顔ジロジロ見て、もー)
(ジンさん。ヒサヤが気になるんですか?)
寝てるヒサヤを起こしたくないので、
(イヤ、見てたのは、この猫。……前脚の指数えてみて)
小声で教えてあげた。
(?)
(……?)
二人は、不思議そうな顔をして、それぞれ指を数えている。
そして、
(あ、六本ですね。こんな猫いるんですね?)
(すご――い。初めて見た)
寝てるヒサヤに気を使って、二人はこっそり小声で驚いていた。
なお、ラウラ姫は睡眠欲が満たされるまでは、多少の物音では起きない。
(ね?)
小声で言うと、二人は頷いた。
(それにしても……四本指の神様が居る世界に、地球から『コピー』された六本指の猫が居るなんてなぁ)
声に出さずに、そう思った。
「んッッ」
「「んッ」」
んんん?
☆☆
『そうだったのか? それは知らなんだ』
とある駅の、『馬車ごと旅亭』二階客室に『全知神』があらわれた。
まるで俺様の思考を読んだかのように……てか読んだな。確実に。
『気になってしもうてのう』
とある駅の、『馬車ごと旅亭』二階客室に『全能神』があらわれた。
室内が、光輝に満たされた。
てか眩しいよ。
(『光眼』。減光。無駄な明るさをカット)
出来たよ。サングラスみたいだよ。
『おお、すまんすまん』
気さくに謝られた。
そして何かを「調整」したらしい。眩しさがすう――っとダウンした。
二人(?)とも、半透明で虹色のキラキラ星を身にまとった姿だ。「アストラル・ボディ」とは違う意味で「星体」と呼びたくなる見た目だ。
「「「…………!」」」
見渡すと、ミーヨとシンシアさんと、ついでに部屋の隅で、ずっと無言だったロザリンダ嬢が驚愕していた。
『1・2・3・4・5・6! 本当に六本指の猫だな』
若い女性形の『全知神』が、興味深そうに呟いた。
『こいつ欲しい! 全能神、こいつ、コピーしといて!』
『やれやれ、またかいのう』
長い白髭の老人のような姿の『全能神』が、そう言って、茶トラ君を……たぶん「スキャン」した。
キラキラした虹色の星の輪が、茶トラ君の周囲を、頭から尾へと、す――っと動いたのだ。
あとでどっかで「ペースト」するんだろう――俺を蘇らせたみたいに。
『できたかい? じゃあ、帰ろうか? おっと、お邪魔したね、お詫びにコレをあげよう』
女神『全知神』が、いつの間にか目を覚ましていたヒサヤに、何か手渡した。なんだろう?
『じゃあ……』
また逃げられる前に、
「待った!」
俺は慌てて、ねじ込んだ。
『なんだよ?』
迷惑そうだ。でも遠慮なんて、してられない。
「『この世界』の『獣耳奴隷制度』の根拠になってる『奴隷の印』って、ホントに『前世の罪』で付くんスか?」
『……さあ?』
知らないのかよ?
『君らニンゲンが言ってる事だろう? 私たちは知らないよ』
投げやがった。
『知らない事は、答えようが無いよ。じゃあ、もういいよな?』
『元気でのう、ジン君。ミーヨちゃんも、体に気イつけてのう』
最後の部分はどこの言葉なんだ?
てか『全能神』だから「語尾」が「のう」なのか? そんなキャラ付けいらんやろ。
「あ、はいっ」
神様との遭遇は、通算3回目のミーヨが、わりと平然としてる。
『『では、また』』
二人……イヤ、二柱の神さまたちは消え去った。
また来る気満々なのね?
いいけど。
まだまだ訊きたい事はいっぱいあるから。
なにしろ居所知らないから、出て来た時に訊かないといけないもんな。
◇
「祈願。★励光☆」
神様たちが去って真っ暗になった室内に、そんな声がした。
シンシアさんだ。少し声が震えていた。
キラキラした虹色の星が飛んで、天井の『水灯』を青白く光らせた。
「ごめんなさい。明るくしました」
気付いて目を覚ました丸齧りさんたちに向けて、そう言った。
「…………(くかー。くかー)」
ラウラ姫はこの期に及んでも、まだ起きない。やっぱり小っちゃいのに大物だ。
「……あわあわ……あわ……あわあわあわあわあわ」
『この世界』の洗剤『泡の実』を入れ過ぎた洗濯桶みたいに、泡立ちが激しいロザリンダ嬢に比べて、
「お兄様。今の方々はもしかして……『全知神』さまと『全能神』さま?」
ヒサヤは洗濯板(大丈夫。まだ11歳!)のように平静だった。茶トラ君を抱いたまま上体を起こした。
「寝てたのに、ごめんよ。ちょっと、俺たちと知り合いなんだ」
詳しく説明するのも面倒なので、俺はざっくりとそう言った。
「知り合い!?」
ヒサヤが本気でびっくり目になってしまった。
「何をお話しておられたんですか?」
シンシアさんに、そう訊かれた。
「聞こえなかったんですか?」
「はい。ただ、何かしら会話しておられたような感じだけしか」
「……そうでしたか」
みんなに聞かせるつもりで、ちゃんと口に出してたのにな。
何かの『魔法』で遮音されてたのかな? イヤらしいコトしやがる。
「『知らない』って言われました。『奴隷の印』の事」
「……そうなんですか?」
「つまり、神様とは無関係に、人間が言ってるだけなんですよ」
「「……」」
シンシアさんとヒサヤが、二人で目を合わせている。
「確かに『神行集』にも『獣耳奴隷』の事は、まったく触れられていませんが」
「ひぃぃぃいいっ!」
突然シンシアさんの言葉を断ち切った悲鳴は、ロザリンダ嬢のものだった。
「あわ……あわ……あわわ」
何かに怯えてるような反応だ。
せっかくの『ご光臨』だったのに、シーツを被って寝台に横になってしまった。
『七人の巫女』なのに、直接神様たちを見たのは初めてだったのかな?
それとも猫耳奴隷のセシリアにキツくあたってたから、何らかの神罰が下ると思って怯えてんのかな?
そんな事はしないと思うけどな。
そこまでニンゲンに干渉しないと思う。
先刻みたいに、どーでもいいようなトコにえぐり込んで来そうな気はするけれど。
にしても……ロザリンダ嬢は何らかの方法で神様の『ご光臨』を感知出来るらしい。
『ご光臨』の直前にも、短い悲鳴のような声を上げていた。
そして、もう二人。
声を発していたのは、シンシアさんとヒサヤだった。
三人とも「神殿組」だ。
気になるので、訊いちゃおう。
「ところで、シンシアさん。神様たちが現れる前に、ちょっと声を出してましたけど、『ご光臨』があるのが事前に分かったんですか?」
「はい。『神授の真珠』が震えるのです」
明快な答え方だった。
とくに秘密じゃないっぽい。
一瞬「魂が震える」のかと思っちゃったけれども。
『神授の真珠』は『巫女見習い』が常に身につけてなきゃならない装身具らしい。
『この世界』では1日を等分に16分割して、その度に『時告げの鐘』を鳴らす『定時法』だけど……それも『神授の真珠』の「お告げ」だってウワサを聞いた事がある。
一緒に旅してみて分かったけど、「神殿組」って時々、ピクピクと体を震わせて、俺を悩ましい気持ち(笑)にさせるのだ。
それって、つまりは神様たちからの「時報」をキャッチしていたらしい。
ヒサヤも反応してたようだけど、それを身に着けてたわけか。
「そうなんですか? ひょっとして……この前の時も?」
「はい。『全能神神殿』での事ですね? そうでした」
『神授の真珠』……ちゃんとは見せてもらった事ないな。
「それって、見せてもらってかまいませんか?」
俺が言うと、
「…………『神授の真珠』ですか」
物凄く躊躇われた。
しかも、お顔が真っ赤だ。
「お、お兄様! 『神授の真珠』は女性の『巫女見習い』が肌身離さず、身に着けているものです。男性が軽々しく見せて、なんて言っていいものではありませんよ!!」
ヒサヤに強い口調で言われた。
何故かひどく慌ててる。凄い禁止事項だったらしい。
11歳の女の子に、怒られましたよ。
「……ごめんなさい」
「……いえ」
シンシアさんの頬から赤みが退かない。
そう言えば……普段は「お胸」にあるんでしたね。てへ。
そして向こうでは、
「……あわわ……あわわわ」
まだ、軽く泡立ってる。
そう言えば前に一度、どさくさ紛れにロザリンダ嬢のを、触った事があったな……って『神授の真珠』の話だけど。
「……あわわ……たわわ」
たわわ? うん、確かに見た目はそうなんだけど……何故か抱きつかれると、膨らみを感じないんだよな。当たらないのだ。……謎だ。
左右に間隔あいてて、離れてるのかな?
胴体の断面が丸い人って自然に左右に開くらしいしな。
でも、おっぱいは、ふたつでひとつの『アブ○リュート・デュオ』のハズなのに。
接触系だけじゃなくて、視覚的なラッキースケベ・イベントの方も発生して欲しいな。誰かとの百合画でもいいから。
それが今の俺の、山……イヤ、希望。
てか、ユ○エは、銀髪で無口な貧乳キャラだったよな?
ヤー(小声)。
そんな事を考えていると――
「ヒーサーヤーちゃん!」
没落貧乏貴族令嬢のミーヨさんだ。子供みたいだ。
しばらく、ぼけ――っとしていたけど、復活したらしい。
イヤ、俺もバカな事を考えたお陰(?)で、通常モードに復帰したけれども。
「何貰ったの? お金?」
どうでもいいけど、子供にタカるなよ?
「えっ、はい。これ、何でしょう?」
俺が貰ったのと同じような『金貨袋』だった。
ちょうど俺の金○袋と同じような大きさだ(笑)。
「開けてごらん」
別に俺からのプレゼントじゃないけれども。
「……うい(小声)」
何故か手がOKマークだ。『ハイ○クール・フリート』のタ○ちゃんか!
「……(ぷるぷる)」
緊張してるみたいだ。それとも何かに怯えてるのかな?
「……(ぷるぷる)」
手が震えて、上手く紐を解けないようだった。
指先が「OKマーク」になったまま固まって震えてる。
文化の違いで、南米だと危険なNGマークらしいけど。
ちゃりん
もう既に、金属の擦れる音がしてる。
「貸して、紐は俺が解くから」
「はい」
俺が言うと、ヒサヤは素直に従った。
別に俺がまだ「ご主人様」ってわけじゃないんだけどな。
紐を解いて、袋を渡すと、ヒサヤが小さな手で、それを開けた。
「金貨でした」
また『太陽金貨』だった。今度は8枚だ。
猫のコピー代(?)にしては、大したもんだ。
「まさか、本当にお金なんて……」
シンシアさんが、ちょっと呆れてた。
でも、俺から言わせて貰えば、「そういうひとたち」だしなー。
「ですが、この猫ちゃんはもともとドロレス姉さまの猫なのでは? 私がこのお金をいただくわけにはいきません」
ヒサヤがしっかりとした口調で、そう言うと、いつも神出鬼没なあの子が、
「でも、あたしの飼い猫ってワケでもないんですよね」
「「「ドロレスちゃん!?」」」
「ども、 こんばんは」
俺たちの驚きとは正反対に、本人はいたって平然としてる。
「もともと野良猫が勝手に『代官屋敷』に住みついて、親分みたいになってただけなので」
と言って、にかっと笑った。
いつもいつも、どうやって嗅ぎつけるのやら?
「ドロレスちゃん、なんで?」
俺の問いに、
「おおっ、本当に六本! ぜんぜん気付かなかった!」
ドロレスちゃんは茶トラ君の前脚をしげしげと見た後で、そう答えた。
「ああ、あのですね、プリマ・ハンナさんに、上で『守護の星』が大騒ぎしてるから、ちょっと見て来い、って言われまして。本人眠そうだったので、代わりにあたしが」
プリムローズさんには、そういう事を感知する能力みたいのものがあるのか?
イヤ、あの雑な感じの人に、それはないだろうな(失礼か)。
でも、それなりに用心深い人ではあるから、何らかの防犯用の『魔法』を常時発動的に張りめぐらせてんのかな?
何しろ「神様」の『ご光臨』だしな。きっとなんか凄いんだろうな。
……俺、まったく感知出来なかったけど……。
「お兄さんが、この猫を連れて来たんですから、お兄さんが貰っておけばいいんじゃないですか?」
ドロレスちゃんは、重そうに茶トラ君を持ち上げると、俺に押し付けた。
「…………」
男に抱かれたオス猫の茶トラ君は、不本意そうな様子で、不満気で不機嫌そうだ。尻尾をぶんぶん振り始めた。
「――俺が連れて来た? ……そう言えば、そうか。俺が馭者台に乗せちゃったんだっけ」
「それがいいと思います。そうしてください、お兄様」
ヒサヤにまでそう言われ、2個目の『金貨袋』を手渡された。
「じゃあ、そうしようか」
俺が言って、それを受け取ったところで、茶トラ君が暴れ出して、寝台の上に飛び乗った。
猫の爪が引っかかっていたらしい。
俺が身にまとっていた短い「トガ」が、ペロリと外れて、ポロリと(以下略)。
「「「「「「「……あ!」」」」」」」
(し――っ!)
俺は、先刻のミーヨやシンシアさんみたいに、口の前で小指を立てる。
拳をアゴに付けるのがコツだ。ま、男がやってもぜんぜん可愛くないけどね。
「「「「「「「……」」」」」」」
叫びかけた7人が、寝てるラウラ姫を気遣って、慌てて口を押えてる。
そう、マルカさんとジリーさんと、ついでロザリンダ嬢も起き出して来て、見ちゃったらしい。俺様の俺様を。
◇
これが、みんなにとっての「ラッキースケベ・イベント」だったらいいな――そんな事を思いながら、俺は危険人物扱いされてひとつだけ隔離された寝台の上で、涙を拭った。
金貨は「罰金」として没収された。
で、その翌朝――
「ふわーあ」
「おはようございます。プリムローズさん」
筆頭侍女様が眠そうに、不機嫌そうに現れたので、丁寧にあいさつしましたよ。
「昨夜はヒドい目に遭ったぞ。寝入りばなに起こされて、『魔法でジンくんを閉じ込めてくれ』って言われて……あのあと、よく眠れなかったぞ」
いきなり愚痴られた。
「『魔法』で快眠すればいいじゃないッスか?」
「その手の『魔法』は自分自身には効かないんだよ。そして『魔法』には精神の覚醒と集中が必要だし、夜寝る前に使うもんじゃないんだよ」
オリジナル色の強い『魔法』って術者本人のイメージの組み立てが重要になるから、寝ぼけた状態では失敗するらしい。
そんで使ったら使ったで、今度は「脳が覚醒」しちゃうらしい。
人間の脳内にまで入って共生してる『守護の星(極小サイズ)』の働きだろうな。
「カフェインみたいですね」
それで酔っ払うみたいになっちゃう某アニメキャラを思い出しつつ俺が言うと、
「いや、君。私に『こーひー』の話はするなって言ってあるだろう?」
いきなり怒気を露わにされた。
プリムローズさん。『前世』ではコーヒー好きだったらしい。
でも『この世界』には無いから、禁断症状からの、八つ当たりですか?
「……言ってないです」
ちょっとビビったっス。
コーヒーじゃなくてカフェインとは言いましたけれども。
それに、聞いてないです。そんな話。「コーヒー」が禁句なんて初めて聞きましたよ。
それとも、まさか「それしか飲めない」のか?
でも彼女は人間だし、関西ご出身ぽいから某『○種』とは無関係のハズだが?
「まあ、いいけど。とりあえず、朝食はみんなで、この『駅』の中の食事処でとろうって話になったよ。ミーヨが『資金は潤沢だから』って言ってたけど……なんなんだろう?」
それは、昨夜の「あの金貨」の事だろうな……。
「ところでプリムローズさん」
「なに?」
「『この世界』って『し――っ』の合図が小指じゃないっスか? なんでなのか理由をご存知ですか?」
訊いてみた。
「ああ、これと混同しないようにだね」
彼女はピッと人差し指を立てた。
「?」
ナニソレ?
「つまり、この人差し指を立てる仕草が、女性が身の危険を感じた時に発動出来る女性専用の『護身魔法』の、男性への事前の警告の合図になってるんだよ」
「……へー」
ついつい気の抜けた声が出た。
要するに「ええ加減にしとかんと、耳の穴から手ぇ突っ込んで、脳みそガタガタ揺さぶったるぞ、ワレ」っていうハンドシグナルになってるらしい。
それと勘違いされないように、別の指……つまりは小指を立てるらしい。
可愛い仕草の裏に、あんまり可愛くない理由があったよ。
とりあえず、昨夜みんなから喰らわなくて良かったと思う事にしようっと。
◆
「デジタル」の「digit」って「指」って意味らしい――まる。




