005◇永遠の道
「こっち」
手を、しっかりと握られて、引っ張られる。
ミーヨに連れられて、『永遠の道』の脇の綺麗に刈り取られた草地に行くと、たしかに『とんかち』に見えなくもないモノがあった。
両端に二つの大きな黒い車輪が付いた人が乗れそうな大きな円筒形の物体。そこから長い棒が直立してる。その先端は何故かT字形になってる。ハンドルか?
『道』の脇の草地には、古タイヤみたいなのがいっぱい落ちてるけど……コレのタイヤが使い捨てられてたのかな? 似た感じの車輪だ。
「これって……どっかで……」
もし二輪で立ち乗りするんなら、『地球』にもあったな、こんなのが。セグ○ェイ?
これが、この異世界の移動手段なのか? 馬とか馬車じゃねーのか? ファンタジー感無ー。イヤ、待てよ。材質は木製っぽいな、これ。そんで、なんかの『魔法』で走るのかも。
「ちょっと持ってて」
ミーヨは円筒部の革製っぽいフタを開けて、中から色々と取り出し始めた。
確認したところ、内部に動力源らしきものは無い。やっぱ『魔法』で走るのか?
「ジンくんが村を出るって言ったら、餞別にって特別に焼いてくれたの」
まず、丸くて大きなパンを受け取る。
ムギがあるから、パンもあるだろうとは思ってたけど、この世界での初めてのパンだ。どっしりしてて重い。
「木の実入りパンだよ」
「……へー」
たぶん、昨日すこしだけ食べた胡桃に似た木の実かな?
ただ、これ俺一人で丸かじりしちゃダメなヤツだ。早く切り分けてほしい。
「あと、ジンくんのお母さんから着替えとか預かってるから」
「え? 別に全裸でいいけど?」
「だ、ダメだよ。人前ではダメ」
「……ちぇっ」
「ちぇっ、じゃないでしょう?」
なんか、この世界で目覚めてから、長いこと全裸だったので、ちょっと価値観とか倫理観が狂ってるかも?
「あとこれ、ジンくんのお父さんが使ってたものなんだって」
「再婚するから、前の男の廃品処分か?」
「そんなこと言っちゃダメでしょ? じゃーん! 『旅人のマントル』~っ!」
ミーヨが言って、デカい革のマントを広げてみせた。
マントだよな? なんでマントルなの?
そして何故『ドラ○もん』風?
頭巾付きで、足元まですっぽり覆えるような大きさがある革のマントだ。内張りがビロードみたいな感じで肌触りがよさそう。
これなら、中身が全裸でも大丈夫じゃん――と思った俺はどうかしてるのか?
『旅人のマントル』って言うからには、たぶん、これにすっぽりくるまって寝袋みたいにして野宿するんだろう――夏場はむしろ暑苦しそうだけど。
「内側の一部がカピカピになってるけど、まだ充分使えるからって」
「…………」
俺の行方不明の父親は、一体なにやってんだ?
◇
ミーヨが、パンの上で「十字」を切った。
「その仕草って?」
「これ?」
ミーヨが空中に描いたのは「X」だった。
「うん。その仕草。どんな意味があるの?」
「意味はいろいろ。食べ物への感謝だったり、魔除けのおまじないだったり。腸詰め肉に刻んだり、魚に切れ目入れたりもするけど……ホントのとこ、わたしにもなんなのか分かんない」
「……ふうん」
旧い宗教的な何かって、時間が経つとなんでそうするのかも分からなくなっちゃってる事も多いだろうから、突っ込んで訊くだけ無意味かな?
てか、ソーセージとか魚に入れる切れ目って、フツーに破裂防止とか飾り包丁なんじゃねーの? そんで、そんなコト考えてたら、めっちゃ「魚肉ソーセージ」食いたくなってきたな……好物だったのかな? 前世で。
ミーヨは少年誌くらいのまな板の上で、ナイフでパンを切り分けてる。
真剣な表情だ。切り終えると、ほっとした顔になる。
「はい。ジンくん」
「……ありがとう」
「……(によによ)」
パンを受け取って礼を言ったら、なんか「によによ」と照れくさそうに笑ってる。
「あと、ミルクもね」
ミーヨの言葉でも、『ミルク』はミルクのままだな。
俺の『脳内言語変換システム』は何をどういう基準で日本語に翻訳してるのか……謎だ。
にしても、この世界にも、乳を搾れるような生き物「哺乳類」が、人間以外にもいるってわけか?
てか、言ってたな。
ミーヨが「んー……どこからかは知らないけど。ずーっと昔々に『方舟の始祖さま』が色々な生き物と一緒にこの世界に降り立ったんだって」って、まるでコピペのように思い出したよ。
『前世』では、牛乳飲むのは苦手だったけど……チーズとかバターといった乳製品は、むしろ好物だから、近いうちにぜひ食べたいな。
とにかく、二人でパンを分け合って、何かのミルクと一緒に食べる。
パンは美味しかったけど、昨夜の出来事もあって、ミルクに対して微妙な気持ちになったのはナイショだ。
食べながら、今後の話をする。
「これからどうするの? 行く当てあるの?」
「俺、この道がどこに続いてるのかも知らないんだけど」
「あ、『永遠の道』ってね。どっちに行っても、結局最後には同じところに戻って来るらしいよ?」
――え?
「それって、この惑星をぐるっと一周してるって意味か?」
「うんっ」
信じられないような事を、さくっと言ってくれるなあ。
……そんな無茶な道路あるんか?
海あるはずだし、いくらなんでもそれは無いんじゃ……そういう意味でも『永遠の道』なのか?
てか、「惑星」って言って通じたな。
その惑星を周回するようなとんでもない規模の道路を誰が造ったんだ? あの神様か? 情報足りねー。
「この『道』っていつからあるの? 誰がどうやって作ったとか聞いてる?」
訊いてみた。
「『方舟の始祖様』が住み着いた時にはもうあったらしいよ。だから誰が作ったのかは分かんない」
「いつ頃の話なんだ、それ?」
「大昔ってしか判んない」
「……そっかー」
人間が住み着く以前に「超古代文明」みたいなのがあったのかな? その「遺産」?
「で、これからどこに行くか、決めた?」
ミーヨが、また聞いてきた。
なら、この際「運まかせ」ってどうだ?
「道に棒を立てて、倒れた方に行こうか?」
ちょうど異世界だし。
そんな展開が『G○TE』でもあった気がするし。
「うー……村の方を指したら村に戻るの? 今、二人で村に戻ったら、すっごくカッコ悪いよ?」
ミーヨが可愛い顔をしかめた。
「だよなー」
とすると、他に「当て」と言えば――
「『伝説のデカい樹』のことを知ってる人が居そうな大きな街ってあるか?」
「んー……『王都』とか、『銀の都』とか、『鐘楼の街』とか、『万緑の紅』とか、『美南海の水都』とか、『死の廃都』とか?」
いろいろあるらしいけど、最後のが物騒すぎる。
「この道左に行くと、『冶金の丘』がいちばん近い街かな」
ミーヨが可愛く小首をかしげる。
左……って方角じゃないだろ?
「『冶金の丘』? それって……金属加工業が盛んな鉱山都市って感じの理解でいいのかな?」
質問してみた。
そこに行って、金属の調合比率が分かれば……『錬成』で魔法合金とか作れるようになるかも。
ま、『錬成』って言っても、材料(?)は俺のウ○コだろうけど(笑)。
「『こうざん』? よく判んないけど……金属製品作ってるのは間違いないよ」
「鉱山を知らないのか?」
カタカナ英語以外なら、この世界の言葉にスムーズに変換されてるはずなのにな。
もしかすると……「鉱山」って、概念そのものが無いのか?
「そこに行って、冒険者ギルドに登録か……最低ランクはなんだろ?」
ミーヨの反応を見るために言ってみた。
「『ぎるど』? 『らんく』?」
ミーヨが理解に苦しんで、対応に苦慮してる?
どうやら、この世界には、そういう異世界テンプレ的なのは無いみたいだ。ちょっと残念。
「食べられそうな野生動物捕まえたりする人たちって、いないの?」
「『お肉連合会』傘下の『狩人互助会』とか『王都防衛軍団』の『狩猟特化兵』とか? あと『密猟者組合』とか?」
なんじゃそれ?
てか、どう考えても非合法そうな『密猟者』に『組合』て。
「とにかく、その『冶金の丘』って、人がいっぱい住んでる大きな街だよな?」
「うん。村からムギとか畑で出来た物を運びこむ先がそこなの。わたしも何度か行ったことあるよ」
「じゃあ、まずそこに行こう」
「うんっ」
なんとなく現実感もなく、ふわふわと決めちゃってる。
大丈夫か、俺? と思わなくもないけど――そんな不安も、楽しそうなミーヨを見てると、まあいいかという気持ちになる。
◇
で、いよいよ出発だ。
あの『とんかち』とかいう乗り物をどういう風に動かすのか、ものすごい気になる。
エンジンは無いし(在りそうな箇所が物入れだもんな)、座席がないから「立ち乗り」だろうし、並列の二輪で立ち乗りだとバランスの保持とかどうすんだろ?
「じゃあ、ジンくんも捕まえるの手伝って」
「捕まえる? 何を?」
「んー……ジンくん、覚えてないの? 本当に記憶なくしてるんだね? 二人でよく遊んだのに……」
すごく残念そうにそう言われた。
「イヤ。だって、いっぺん死んでるし……」
しかたなく俺がそう答えると、ミーヨがハッとしたあとで、神妙な顔で謝ってきた。
「……ごめん、そうだよね。分かった。何でも訊いて。わたしが教えられることならなんでも答えるから」
「うん。で……何捕まえるの?」
「ほら、あれ」
『永遠の道』の脇の草むらが、綺麗に刈り取られているような場所にある、なんか黒くて丸いものに、ミーヨは近づいて行った。
てか、昨日から気にはなっていた「捨てられた古タイヤ」だ。
何すんだろ? タイヤ拾って。
よく分からないまま、俺も傍に立つ。
「入ってますかー?」
トイレか!
ミーヨは、古タイヤを爪先でかるく突くと、ドーナツ状に丸まっていたものが、がばっと広がって、本来の姿を見せた。
なんというか……もの凄くでっかい「ダンゴムシ」だった。
「ナニコレ?」
「当たりだ。抜け殻じゃない」
ミーヨが笑顔だ。
ハズレのスカ……と言うか似たような「抜け殻」もあるらしい。
「ところで、ナニソレ?」
「ゴロゴロダンゴムシだよ」
間抜けな名前を口走ったあと、ミーヨがそれをがしっと捕まえた。
持ち上げた時、腹部にわさわさと足がいっぱい見えた。キモい。
「ジンくんも、そこの捕まえて」
「……おう」
女の子だけに虫を捕まえさせるわけにもいかないので、気持ち悪さを我慢しつつ俺も一匹持ち上げた。そこそこ重い。
甲虫みたいに硬いかと思ったら、妙な弾力があって、触った感じもゴムタイヤっぽい。
「これ、何すんの?」
「ゴロゴロダンゴムシは丸い棒にしがみつかせるとグルグル回り続ける習性があるから、それを利用して『とんかち』を牽いてもらうの」
「……(唖然)」
――さすがは、異世界。
こんなものを「動力付車輪」にするとは……ナナメ上の展開だ。
「よい……」
ミーヨは一度ダンゴムシを足元に置いて、俺がなんとなくハンドルだと思ってたT字の棒に手を掛けて、全体を横に倒した。
単に重心の問題で、軽いほうの長い柄の部分が上を向いていただけみたいだ。
「……しょっと」
そして、再び上を向かないように柄の部分をお尻で押さえつけながら、T字の棒の右側にゴロゴロダンゴムシをしがみつかせる。
ソイツはぐるんと丸まり、いっぱいある脚をわしゃわしゃ動かして、グルグル回り出した。
「――ホントに回ってる」
丸い棒の周りで丸まったまま脱出しようともがくから、結果的に回転してしまってる。
なんというかアホな生き物だ。
でも……ダンゴムシの周りに、虹色のキラキラした小さな星が見える。
これって、女神『全知神』が『魔法』を使った時に、見えてたやつと同じだ。
やっぱり『魔法』で「回転」してるんだな。こんな生き物まで『魔法』使うのか?
俺も抱えたゴロゴロダンゴムシを同じようにしてみると、
「あ、ダメ」
ミーヨに注意された。
「え?」
「向きが逆。頭を進む方に向けないと。左右で逆回りだと、おんなじとこグルグル回り続けることになるよ」
「……ああ」
戦車の「超信地旋回」みたいになるわけか。
言われた通り、目がついてる方を前に向けて、棒にくっつける。
二匹でグルグル回り出した。
まだ完全に接地していないので、『とんかち』が進みだすことはない。
これを接地させれば、前輪駆動の小型の四輪バギーみたいになるわけか。
ミーヨが柄を跨いで、そのままお尻を滑らせて円筒部に移動する。
服の腰に付いていた「地べたに座るための革の尻当てみたいなもの」を上手くクッションにしてる。コレ、なんて言う名前だっけ? 尻皮?
ちなみに彼女の靴も、しんなりした皮製の足袋みたいだ……と思ったら、座ったまま器用に木靴に履き替えてる。
変わった靴だ。靴底が途中で折れ曲がってる。それにまず爪先を入れて、その後でかかと部分を「中折れ式の銃」みたいにカチャンと装着した。なんかカッコイイ。
「靴替えるの?」
「『皮沓』だと破れちゃうでしょ?」
その口ぶりだと……ブレーキは「足ブレーキ」なのか?
「乗って」
「え、抱き着くことになるけど?」
「もー……何をいまさら」
OKだそうです。じゃあ、遠慮なく。
俺が跨ってみると、『とんかち』の荷物入れの革製のフタみたいなものは、乗った時の座席になるものらしかった。
「じゃあ、出発!」
ミーヨが長い柄を両手で押さえながら、思い切りよく、上体を前傾させる。
後ろから抱き着いていた俺も、ミーヨの背中に顔がくっつく。あ、いい匂い。
「むぎゅ」
俺たちの重みで、二匹のゴロゴロダンゴムシが回転したまま接地して、横倒しになった『とんかち』がゆっくりと進み出した。
◇
とんでもなく広い『永遠の道』の端には、正体不明の「白線」があって、「路肩」をあらわす区切りの線みたいになっていた。
と言っても、その「路肩」も、数mはあったけど。
転がっているゴロゴロダンゴムシたちには、その白線――走行中ミーヨに聞いたら「お塩」と言われた――から『永遠の道』の内側に入るを嫌う性質があるらしくて、ずっと「路肩」ばかりを進んでいく。
左右の回転数が違って進路がひん曲がってしまっても、右側(『道』を左側通行で進んでるのだ)のゴロゴロダンゴムシが、『道』に侵入するのを嫌って、回転を上げるので、自然に「路肩」を進んでいく。
ようするに、操縦(?)の必要がないのだった。
生物特有の弾力性があって、ゴムタイヤみたいな衝撃吸収力で、振動はほとんど無かった。
丸まってる、って言ったって「C字形」なのに、ガクガクしなかった。
そして、『永遠の道』そのものが、真っ平らで、デコボコが全然ない。
こんなアホみたいに広い舗装道路を、いったい誰が、どうやって維持・管理してるんだろう?
ひび割れも陥没もないし、草も生えてない。
出来立てみたいに、つるんとした印象だ。
◇
「……あんまり、早くないな」
でも、速度は期待していたほどじゃなくて、せいぜい自転車くらいだった。
どう見ても『魔法』で回転してるのに……なんかショボい。
そして、このゴロゴロダンゴムシの周りに見えてる虹色のキラキラ星って、人によって個人差があって、「見えるひと」と「見えないひと」がいるらしい。
ミーヨは「見えないひと」らしい。「夜になら、はっきり見えるけど」って言ってたけど。
俺は……右目に埋め込まれた魔眼『光眼』のお陰か、はっきりと見えてるな。
「二人乗りだし、荷物多いし」
「そっかー、そうだよな」
この『とんかち』そのものも重そうだし、そこに俺とミーヨが乗って総重量は百数十㎏を超えてるだろうし、引っ張る方も大変か……。『道』は真っ平らだから、推して進む方がラクな気もする。
そして最初のうちは順調に進んでいた『とんかち』――というか、その動力源のゴロゴロダンゴムシたちは、走り始めて30分くらい過ぎたあたりから、徐々に勢いが無くなっていき、数分後には回るのを止めてしまった。
体力の限界らしく、力尽きたらしい……って、死んではないけど。
で、そこでお別れとなる。
「はい、ご苦労様でした」
ミーヨが解放してやった二匹のゴロゴロダンゴムシに、なにか赤くて丸いものをあげてる。あ、あれポタテだな。しかも、皮も混じってる。残飯やん。いいのか?
「ところで、こいつらなんで丸まって回転するの? 『道』の外を移動するときは、開いて普通に歩いてるよ?」
謎なので、一応訊いてみる。
「『永遠の道』の上を飛んでる鳥から逃げるためだって。あとね、棒に捕まらなくても、ひとりで勝手に転がるよ」
「……へー」
単体でも、ゴロゴロと回転移動するらしい。
似たようなのを、なんかのアニメで見たな。
『この美○部には問題がある!』のコ○ット……は、ちょっと違うか。
『アル○ノア・ゼロ』のダンゴムシは回転しないし……『ダン○ち』か『ガン○イル○ンライン』のモンスターだったかな?
でも、コイツらは小型車のタイヤくらいの大きさで、大人しい。
人間を襲うような事はしないし、残飯とか食べてくれるらしい。
変な生き物だ。
「あと、棒につかまってグルグル回ると『お通じ』が良くなるから……って説があるらしいんだけど、ホントのところは誰も知らないと思うよ。みんなゴロゴロダンゴムシじゃないから」
「ふーん」
としか言いようがない。
「それに寒くなると、南のあったかいところに集団で移動するんだよ」
渡り鳥みたい。
でも、みんなしてゴロゴロゴロゴロと転がって移動するんだろうなあ……。
「じゃあ、次のを捕まえよう。さっきのはメスとメスみたいだったから、今度はオスとオスがいいなぁ」
なんだ? 百合はダメでBLがいいのか?
俺的には百合の方がいいんですけど。てか、BLはナシの方向で。
「フツーにオスとメスは?」
訊いてみた。
「んー……それだとオスだけが張り切っちゃって、左右の回転がべつべつになって、すんごいフラフラするの。――きっと女の子の前でカッコつけたいんだと思うけど」
ゴロゴロダンゴムシがか?
「みんな同じ大きさに見えるけど、オスとメスで差はないの?」
「成虫は大体おんなじ大きさ。『永遠の道』にいるのは何度か脱皮して成虫になったのばっかりだから……ここは大人の社交場って感じ?」
ゴロゴロダンゴムシのか?
「オスとオスだと、なんていうかお互いに敵愾心燃やしてスゴい勢いで回転するの。逆にメスとメスの組み合わせは、さっきみたいになんかのんびりしちゃうのね」
ゴロゴロダンゴムシなのにか?
女の子から謎生物ゴロゴロダンゴムシの講義を受けてる俺……異世界だなあ。
◇
何回かゴロゴロダンゴムシを交換しつつ、『道』を進む。
『道』の両脇の景色はぜんぜん変わり映えしない。ずっと麦畑が続いてる。収穫が近いのか、ほとんどが黄金色だ。
『太陽』という金貨と同じ名の太陽が、空のてっぺんあたりに来る。
つまりはお昼時なので、また朝と同じメニューで軽く食事を摂る。
「このパンに使われてるムギって、あのデカい麦?」
俺が目覚めた麦畑のムギはやたらと背が高かったし、現在お昼休憩のために停車した場所の傍の農地のムギもそうなのだ。
「違うよ。アレはオバケムギ。家畜の冬越し用の飼料だよ」
「へー、そんなものが植えてあるのか」
「パン用のコムギは、続けて植えると『連作障害』が出るから、『輪作』って言って毎年植える物を変えるんだよ」
「……へー」
異世界の女の子から「連作障害」について教わるとか……フツー逆じゃね(笑)?
何か他に食べ物ないの? と訊いてみたら、
「あとは『食用煉瓦』しかないよ」
とミーヨに言われた。ナニソレ? 食えるの?
ちょっと興味があったので、例の「路肩」を区切る白線に近寄ってみた。
これ、この世界ではそのまま食用の塩として利用されてるらしい。
『とんかち』で走行中に、この「お塩」に何か生き物が来て、舐めてるのを見かけたけど……そんなんを人間が口に入れて大丈夫なのかな? 塩そのものに殺菌力はあるだろうけど。
ヤツら、近寄ると逃げてくから、どんな生き物なのか細部までは確認出来てないけど、小型の哺乳類っぽかった。『道』の脇の草むらに住んでるっぽい。
「ん? ナニコレ?」
白線の近くで、なにか米粒みたいな小さな白いツブツブが動いていた。
最初は塩粒だと思ってたら……よく見ると動いてる。
「このツブツブなに?」
ミーヨに訊いてみると、
「シオアリ。『道』の外から『お塩』を採って来て、その白い線のとこに置いていく生き物なんだって」
謎だ。何のためだ?
『永遠の道』には、他にも変な生き物がいくつもいるらしい。
◇
「あの『道』の真ん中へんにいっぱいいる白いソフトボールみたいなヤツは?」
まるで「中央分離帯」の目印みたいに、白いソフトボールみたいなものが、いっぱい転がっていたのだ。
『永遠の道』は灰白色だし、そいつらも完全に同じ色なので、完璧に溶け込んでる。かなり見つけづらい。
「『そふとぼーる』?」
ミーヨはきょとんとしてる。
この世界には無い言葉なので、通じないみたいだ。
でも察してくれたようだ。
「ああ、あれは『陸棲型』って言われてる生き物。『永遠の道』が永遠なのは、あの生き物がいるかららしいよ」
「……陸戦型?」
ガン○ムか? ガ○ダムなのか?
「ちがくて……陸棲型。あの丸い球の中から、なんかデロンとした舌みたいな生き物が出てくるの」
ミーヨは、ソレを好きじゃないらしくて、可愛い顔をしかめてる。
白くて丸い殻の中に、カタツムリみたいな軟体動物が入ってるのかな?
「あとね。地面を掘ると、アレの殻がいっぱい出てくるらしいよ」
「……へー」
なんで? 大量絶滅?
……って、そこら中にいるらしいから、それはないか。
そんで、陸棲って事は……もともと海で生きてたヤツが、陸で生きてるのか?
『地球』のカタツムリも、元は海の巻き貝らしいけど。
『永遠の道』が永遠なのは……って、何か掃除屋的な生物なのかな?
ちょっと興味がわいたので、近寄ってひとつ持ち上げてみようとしたら……持ち上がらなかった。
なんか殻の中の軟体動物的なヤツが、吸盤みたいに『道』に吸い付いてるようだった。
敵というか捕食者に食べられないようにするためか、必死でしがみついてる感じだ。
◇
「たまーに、ぴょんぴょん飛び跳ねてる白いのは、ウサギだろ?」
遠くに、真っ白いウサギを見かけた。かなり大きい気がする。
この惑星、月は無いけど、ウサギは居るみたいだ。人間と一緒にやって来たのかな?
「あれは、アタリヤ。ここを人間が走ってると、向こうからぶつかってくるらしいよ」
なんなんだ、それ?
縄張りの主張か? それとも何かの詐欺か?
「わたしは食べた事ないけど、美味しいんだって」
「……へー」
地球でもウサギって食べるよな。
でも、「うさぎおいしかのやま」ってそう言う意味じゃないよな?
◇
「向こう側に、白い馬みたいなヤツが見えないか?」
「あれはオウジサマ。野生化した馬だからワガママで凶暴らしいよ?」
馬いるんだな、この世界。
てか、白馬が「オウジサマ」なのか?
「オヒメサマはいないの?」
試しに訊いてみたら、質問とは無関係に、
「……オウジサマにはね。切ない悲話があるんだよ」
しんみりとそう言われた。
そして、それ以上の詳しい話は聞けなかった。
話すのが、058らしい。
てか、058って何だよ? なんかの話数か? だいぶ先だぞ。
◇
にしても、白ばっかだ。
空を見上げると、エサを探してるっぽい鳥……みたいな飛行生物が、ゆっくりと旋回してる。
天敵から身を守るために、棲息域の『永遠の道』に合わせた「保護色」として、みんな色が白いのかもしれない。
……ゴロゴロダンゴムシは黒いけど。
てか、ヤツらは道端に捨てられたゴムタイヤみたいな感じで存在してる。丸まって。
本体とそっくりな「抜け殻」も、いっぱい放置されてる。
背中が割れるんじゃなくって、内側から出てくるらしいので、抜け殻もますますゴムタイヤっぽく見える。
もしかすると、この抜け殻を「囮」にして、身を守ってるのかも知れない。
ミーヨによると、6割くらいはただの抜け殻らしいし。
「ホントにタイヤみたい」
「『たいや』? よく分かんないけど、脱皮した殻は車輪に使われてるよ。『とんかち』の車輪もそう。あと切り取って靴底とかにも使われてるよ」
通じてるやん。
脱け殻が生物素材として有効利用されてんのか?
あの弾力のあるゴムっぽさが、車輪の外装に適してるんだろうな。そんで靴底とか、完全にゴム扱いだ。
「あっ! あのモッコリした黒いかたまりは?」
「……ゴロゴロダンゴムシが合体してるとこ」
「……そ、そっかー」
「……うん」
イヤ、合体って「交尾」のコトらしいけど。
「あっ! あの白いヤツなに? 色違い? アルビノ?」
まるで突然変異みたいに、白いゴロゴロダンゴムシもいたのだ。
「『あるびの』? ああ、あれは脱皮してすぐのヤツだよ。触っちゃダメだからね。柔らかくてブヨブヨしてて、強く圧すと潰れちゃうから」
「……怖いよ、それ」
しかも、脱いだ殻を、本人(?)が食べてるし……。
脱ぎたては美味いのか?
「卵を産むメスは、お腹が大きくなるから、その前に脱皮するんだって」
「……へー」
合体……じゃなくて「交尾」の結果、妊娠(?)した個体らしい。栄養補給のため食ってるんだろうな。
てか、してすぐ妊娠判るのか? 百発百中じゃなくて「一発必中」か?
「のど乾いたね。『赤茶』持って来れば良かったな」
ミーヨがちょっと後悔してる感じで、そんな事を言う。
「赤ちゃん?」
「昨日飲んだでしょ? 赤いの」
「……ああ、あれね」
酸っぱくて赤いハイビスカスティーかローズヒップティーみたいなヤツだな。俺も飲みたい。
「そう言えば、ゴロゴロダンゴムシって、赤とかいないのか? 赤って速そうだけど、ポタテの食い過ぎで赤くなったヤツとか」
「あー……いることはいるけど、めったに……あ、いた!」
本当にいました。赤いゴロゴロダンゴムシ。
で、速攻GETして、『とんかち』に装着。
◇
「すごい! はや――――い!」
ミーヨがはしゃいでる。
たしかに、めっちゃ早かった。
確実に、最初の三倍以上速い。
さすがは『赤い○星』。
おそらく、進行方向右側の赤いゴロゴロダンゴムシがシ○アで、進行方向左側のがフル・○ロンタルに違いない。
フル・フ○ンタル――意味は「丸裸」か。いい名だ。
でも、速いといっても「体感速度」は時速50㎞くらいだ。
前世の感覚でいうと、普通の道路を自動車で普通に走ってる感じだ。
このスピードじゃ、手のひらを横に突き出しても、おっぱいの感触を楽しむことは不可能だろうな。
てか、バイクの二人乗りみたいな感じで、女の子に背中からしがみついているので、手を少し上にズラせば「今そこにある胸囲」なんだけど。
ま、事故るの怖いから、我慢して触らないけれども。
「……」
ミーヨの栗毛の三つ編みが、風で流されて、俺の顔をベシベシ叩く。
それにしても、いい匂いだ。
「…………」
なんか、ずっと女の子に後ろから抱き着いているので、なんというか、こう……アレだ。
窮屈さを感じてきたので、ちょっとポジションをリポジショニングしようと思って、ミーヨの体から両手を離した。
そこへ、不意の向かい風が襲った。
スカートひるがえり系のラッキースケベ・イベントでも起きそうな風だったけど、起きたのは俺の上半身だった。
突風+時速50㎞の風圧を上半身でまともに受けて、俺はそのまま後方へと全身を持っていかれた。
「えっ?」
手を放した俺に気付いたんだろう。ミーヨが叫ぶ。
「ジンくぅぅぅぅぅぅ……………!?」
そして、その声がどんどん遠ざかっていく。
俺は、『永遠の道』の路面に投げ出されていた。
バカかって?
バカですが、なにか?
◆
油断も予断も大敵――まる。