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045◇掛け声のなぞ


「お兄さーん! あたしも乗せてもらっていいですか?」

「あれー? ドロレスちゃんだ? 『神殿』に何の用だったの? ……ひょっとしてアレ?」

「はい。アレです」


 アレって何だよ?


      ◇


 いよいよ明日には『王都』へ出発となるので、一緒に『王都』に向かう『巫女見習い』のシンシアさんとヒサヤ。そして『七人の巫女』ロザリンダ嬢を『全能神神殿』にまで迎えに行った。


 俺とミーヨも宿無し状態を救って貰ったりしてるので、『神殿』関係者のみなさんに挨拶回りをして、最後に『神官長』さまに『冶金の丘』での宝探しで見つけた『王家の秘宝』ならぬ「余った小銭」の詰まった宝箱(ホントは衣装箱だけど)を寄贈した。

 まあ、姫の名義でだけど。


 「神殿組」の三人も今夜は『代官屋敷』に泊まり、そのまま『王都』へ旅立つことになってる。


 ……のはいいけど、何故か『神殿』にドロレスちゃんもいたのだ。

 しかもまたまた『巫女見習い』に変装してるし。怒られないのか?


「今日は『お肉の日』で、『御振舞(おふるまい)』があったんです」

 ドロレスちゃんがさくっと言う。

 アレってそれ? でも、ナニソレ?


「……おふるまい?」

 振る舞い?

 フリ○ンで踊るのか(笑)? 俺、貢献出来そうだけど……違うよね?


「美味しくいただいて来ましたよ。今回も全お肉を完全制覇でした!」

「……へー?」


「「「……」」」


 「神殿組」の三人が微苦笑してる。


 なんでも各地の『神殿』では、「一巡ひとめぐり(8日間)」に一度。『お肉の日』ごとに『御振舞(おふるまい)』と言う貧者救済的なイベントがあるそうで、彼女はそこにお肉を食べに来ていたと言う。


 ……元・第七王女の貴族令嬢がなにやってんだか。


      ◇


 『俺の馬車』を車庫小屋に入れて『代官屋敷』に入ると、みんなは二階の食堂『鏡の間』に向かった、とメイドさんに告げられた。


 俺たちも猫階段(※まだ居るのだ。猫たちが)を登って、そこに向かう。

 またしても馬車の中で寝ちゃったラウラ姫をお姫様抱っこしてるから、「俺たち」なのだ。


 みんなは『鏡の間』で軽い食事を摂っているようだった。

 夕飯にはまだ早いのに……と思ってたら、腕の中の姫が目覚めた。

 食べ物の匂いを嗅ぎつけたらしい。王子様のキスはいらないのね?


 俺の腕から下りて、『鏡の間』に向かうラウラ姫を、

「殿下。お待ちしておりました」

 筆頭侍女のプリムローズさんが待ち構えていた。


「発注しておいた剣ですが、既に仕上がったらしく、こちらに届いておりました。のちほどご確認を」

 台の上にうやうやしく置かれた、細長い木箱を示した。

 明日の早朝に引き取りに行く予定だったけど、手間がはぶけたわけか。

 そしてこの様子だと、すでに代金の支払いは済んでるらしい。良かった。またまた俺のとこに回って来るのかと思ってたよ。


「うむ。今、確かめよう!」

 ラウラ姫が木箱に近寄る。


 く、食いしんぼうの姫が、食事を後回しにするなんて!


「む? むむむ……ジン!」

 姫に呼ばれた。なんだろう?


「開かない。開けて」

 泣きそうな顔でそう言われた。子供か?


 しかし、俺にも開けられなかった。

 妙に精巧な作りで、ぴったりと閉じている。

 後で聞いたら、箱の密閉性を高めるために、中の空気を少し抜いてあったらしい。開くワケねーよ。


 で、大気圧で押さえつけられた木箱の蓋はどんなに頑張っても開かず、ついに最終手段の発動となった。


 プリムローズさんの『魔法』だ。


「『守護の星』よ! 『世界の理(ことわり)(つかさ)』に働きかけよ! ★空気爆弾☆ ウン・ポコ!」


   ぼふんっっ。


 木箱は内部から膨らんで、フタがはじけ飛んだ。


「「「「「おおっ!」」」」」


 見守っていたみんなから、かるい歓声が上がる。


 ……イヤ、どうでもいいけど、プリムローズさんが最後にへんな事を言ってたぞ。


「プリムローズさん。ウンポコって何なんスか? まさか……」

「変な想像しないでよね、『地球』の音楽用語よ。『魔法』に細かい強弱をつける時に付ける事にしてるのよ。「すこし」って意味。『全知神』さまが地球の音楽が好きらしくて、『世界の理(ことわり)(つかさ)』に登録されるみたいなのよ」

 言い訳がましく、説明してくれた。


 よく知らないけど……そうなの?

 「ウ○コ」と「○ンポコ」の『合成語』かと思ったよ。


 そうこうしてる間に、包まれていた布をのけて、ラウラ姫が剣を取り出した。


 あ、あれはッ……。

 あのカタチはッッ!?


「ジンくんの、カタチ?」


 そう、忘れてたけど……姫の新造された剣の(グリップ)は、俺様の○ンポコをモデルにしていたのであった(笑)。


「さすがはプリムローズさん。お上手です」

 俺は感心した。深く感銘を受けた。


「……いや、誤解しないでよ。狙って言ったんじゃないわよ? ネタじゃないのよ」

 プリムローズさんが、珍しく慌てたように弁明してる。


 で、後で訊いたら、箱の隅に(キリ)で穴をあけて、空気を入れるのが正しいやり方だったらしい。


      ◇


「はッ!」


「えー、では今後の日程を説明する」


 教師か!


 内心で突っ込みながら、プリムローズさんを横目で見る。

 本人にボケたつもりはないらしく、いたって真面目なご様子だ。


「今夜はここに宿泊。明日、朝の六打点に全員馬車に乗車」

 「朝の六打点」は『時告げの鐘』で、六回鐘を()く六点鐘のことで、地球感覚でいうと午前8時ちょっと前くらいだ。


 『この世界』では1日約25時間を、16分割してる。


 朝の一打点から八打点までが午前中で、昼は一から四打点。夕方に夜の一打点が鳴って、深夜の四打点が最後の鐘。

 そしてまた朝の一打点から始まる。8・4・4だ。まだ慣れないので、めんどくさい。


 みんなが寝てる夜間に、迷惑にならないよう、鐘を鳴らす回数を少なめにするために、そんな風にしてあるらしい。


「はッ!」


 実は現在『冶金の丘』の『全能神神殿』の『時告げの鐘』は壊れていて、それを新しく造り直しているために、代わりに円形広場にある『物見の塔』の『空からの恐怖』に備えた警鐘が鳴らされてる。


 でも、大雑把にカンカンカンカン! と打ち鳴らすだけなので、はっきりした時刻が分からなくて、みんな難儀しているらしい。


「はッ!」


「その後、ここの正門から東進。途中、街の番兵隊の騎兵と合流。そのまま円形広場に出て、そこを3周」


「え? ちょっと待ってください。円形広場を3周? って何の事っスか?」

 あんな屋台やら露店のあるところを3周も回るってあり得ない。

 あと騎兵と合流って、いまさらだけど警備か?


「要するに『ぱれーど』だよ。街の有力者から依頼されたんだ。殿下は街の番兵隊の騎兵と共に市民の前を馬車で行進。明日はその時間帯の円形広場の出店は禁止となった」


「はッ!」


 まじか?

 パレパレード……じゃなくて「パレード」なんてやるの?

 てか、いい曲だよね。『月がき○い』OP曲の『○マ○コ』。

 ……ちょっと伏せる箇所を間違えた気もするけれども。


「その間、わたくしどもは?」

 ロザリンダ嬢が質問すると、

「『七人の巫女』であるロザリンダ様も、行進の主役のお一人ですよ」

 プリムローズさんが、巫女さまのプライドをくすぐっている、のか?


「はッ!」


「……そうですか」

 特に異論はないようだ。

 王女の馬車に同乗とか、なんらかの打算が働いてるのかもしれないけど。


「ミーヨ。シンシア。ドロレス。ヒサヤ……君たちには悪いが――行進の後でここまで戻るのは体裁が悪いので、乗りっぱなし……行進のあいだは、馬車の中に隠れていてもらう事になる」


「はッ!」


「「「「……(こくん)」」」」


 みんな素直に首肯した。

 まあ、パレードの後でここまで戻って来て、乗ってないメンバーをピックアップ――って面倒だし、乗ったままでいてもらえれば、そのまま街の外に出れるからな。


「はッ!」


 なお、会話とは無関係に、あいだあいだに聴こえてる「はッ!」という掛け声は、ラウラ姫のものだ。


 姫が新しく出来上がった佩刀で、抜刀術の練習を始めちゃったのだ。

 もう、新しい玩具(おもちゃ)を手に入れて、はしゃいでる子供と同じなのであった。

 さすがのプリムローズさんも処置なしのようで、ちびっ子姫剣士は、いま放し飼い状態なのだ。


 筆頭侍女の、SAN値がピンチなのであった。

 名曲『恋は渾沌(カオス)の○(なり)』なのであった。

 『W』の主題歌なのであった(※『ガン○ム』ではありません)。


「……ぼそぼそ(ううっ、『すとれす』が……『ぷりん(たい)()らないようにしないと)」


 なんかぶつぶつ言ってる。

 『ぷりん体』って何? 女性の特定部位?


「……ぼそ(●酸値(さんち)が)」


 ●(液体)酸? 乳酸とどう違うんだっけ?


 ピンチなのはそっちの「酸値」なんだ?

 プリムローズさん、『前世』で何かのやまいに苦しんでたのかな?

 てか、『中の人』はともかく、いま現在の肉体年齢は、俺たちと同じ16歳でしょ?


 ――そっちは放置だ。


「うむ。やはりこのカタチにして良かった。抜きやすい」

 ラウラ姫が愛しそうに、俺の亀……イヤ、剣の柄頭(ポメル)を撫でている。


「うむ。この先っぽが手にかかるのがいいな。弾力もある」


 何でも当初頼んだ『樫材(オーク)』では、素材としては硬すぎたようで、男性……イヤ、弾性を求めたラウラ姫の最中揉んで……イヤ、再注文で、どっか東の方に棲息しているという大きな鹿の角を削り出したものに変更したそうだ。


 そのため、独特のしなりと弾力が加わって、まるでホンモノのような握り心地に仕上がっているらしい。


 専門的知識を有する(笑)ミーヨ先生もそう言ってたから、間違いないのだろう。

 シンシアさんも「これなら戒律破りになりません」と小声で呟きながら、剣の(グリップ)を握っていた。なんか嬉しい。


 ロザリンダ嬢とヒサヤは、『白い花事件』の時に居合わせてなかったので、まったく何の事か分かっていないようだ……。あ、でもヒサヤが何かに気付いたように、頬を赤く染めている。明敏な子だから、分かっちゃったかな? てへ。


      ◇


「――何か質問は?」

 プリムローズさんが話のまとめに入ろうとしている。


「明日の日程とはまったく関係ないですけど、いつもプリムローズさんが『魔法』を使う時の『掛け声』ってどんな意味があるんですか?」

 訊いてみた。

 なんとなく先日の「講義」の続きみたいな感覚になっていたのだった。


「掛け声?」

 心当たりがなさそうな顔だ。


「他の人たちは『祈願!』って言う場合が多いのに、えーっと、こう……『守護の星』よ! 『世界の理(ことわり)(つかさ)』に働きかけよ! って先刻(さっき)も言ってたじゃないっスか?」

 毎回ではないけれど、よく言ってるのであった。


 『守護の星』と『世界の理の司』については以前「解説」してもらったけど、なぜそう言うのか? という理由については聞いてないのだった。


「ああ、アレね」

 やっと腑に落ちたようだ。

「例えば……そうだね。君だって『ちょっと、そこのお兄さん』って言われるのと『ジン!』って言われるのでは、反応の仕方が違うでしょ?」

 そう問い返された。


「つまり……本名で呼ばれると、あいまいさが無くて、反応が速く、大きくなると?」

 当てずっぽうに言ってみた。


「そう、それだけの話なんだけど……結構違うよ。特に『魔法』の効果……というか効力が」

 プリムローズさんが言う。

 意外と単純な事だったんだな。『この世界』の『魔法』って「音声入力」だもんな。


「どれくらい? 1.5倍くらい?」

 ミーヨが口を挟む。

 一体ナニが1.5倍だと言うのかね、この子は。


「1.5倍? ……うーん、そうだね。あくまで体感的な比較だけど、それくらいは行くかな」

 でも肯定されてしまった。


「でも、ただ『祈願!』って言うより、ずっと尺取るよ? 八倍くらい?」

 ミーヨがそんな事を口にした。

 ところで「尺取る」って何だよ? 「八倍」って何だよ? 妄想が膨らむよ(笑)。


「うん。だから、効力を大きくしたい時とか、効果範囲を膨らませたい時とか、細かい制御が必要な時に、そう唱えるんだよ」

「……ふうん。大きくしたい時に」

 でもミーヨの事だから、面倒くさがって言わないだろうな。なんとなくそんな気がする……って、え?


「ところで、何か意味ありげだけど……1.5倍って何の話?」

「あー……話してなかったっけ? あとで教えてあげる」


 教えるな! 他人ひと様に俺様の俺様の秘密を!!


      ◇


「それで、後はいいかな?」


 その後質問はなく、プリムローズさんが、

「では」

 解散、と言いかけたところへ、

「お兄さん!」

「なに? ドロレスちゃん」


 呼ばれ慣れてるので、即座に反応しちゃってるな、俺。


「あたしの世話をしてくれてる二人が、『王都』にまでついていくって聞かないんです。どうしましょう?」

 二人のメイドさんを連れて来ている。

 俺とミーヨに、礼儀作法の講師をしてくれた、30代後半の二人組だった。


「お嬢様のお世話をしとうございます」

「どうぞ、わたくしどもも『王都』にまでお連れ下さいませ。プロペ……若旦那さま」

 イヤ、若旦那も違うと思うよ。


「「お願いいたします!」」


 思いっきり頭を下げられる。背中まで見えてる。

 年上の女性にそこまでされるのは心苦しい。


「じゃあ、『じゃんけん』で勝った方、一人だけ」

 俺は仕方なく言った。


「「えっ?」」


 顔を上げた二人が、心底驚いていた。


      ◇


 『この世界』の『じゃんけん』は、誰がいつ広めたのかは知られないけれど、グー・チョキ・パーの完全な日本式ルールだ。


 ――今から、『王都』行きを賭けた世紀の一戦が始まる。


「マルカと申します」

「ジリーと申します」

 二人合わせて、丸齧(まるかじ)りさんですか? 覚えやすいです。


「では、行きますよ! じゃーん、けん……」


「「「「待って!」」」」


 え? なに?


「ジンくん、何その『掛け声』?」

 ミーヨが愕然としている。


「違うのか?」

「もー……こうだよ! 『やきう』すーるなら、こーゆー具合にしやさんせ。『あうと』『せーふ』ヨヨイのヨイ!」

「…………」

 ――それってたしか、昭和の脱衣野球拳だろ? 負けたら脱ぐのか?

 君ら、総当たりでやって見せてくれ。


「……ぼそぼそ(覚えてたのか)」

 そして、何やらプリムローズさんが呟いてる。教えたのはアンタか?


「違いますよ、ミーヨさん。『最初はグー』でしょう?」

 それも微妙に古いです。シンシアさん。


「他は知りませんが、ここ冶金の丘では、兜と金づちを用意して『叩いて! かぶって! じゃんけんぽん!』が主流ですが」

 ドロレスちゃんはそう言うけど、一歩間違うと確実に死人が出るよ?


 本当に、誰がいつ広めたんだ? 『この世界』に『じゃんけん』を?


「……ぼそぼそ(叔母さまはそう言ってたのに)」

 シンシアさんが珍しくしょんぼりしながら、何やら呟いてる。叔母?


「『巫女選挙』の後に、『聖女』を選ぶための『神前じゃんけん大会』では、最初に拳を合わせて『れでぃ』の後で『じゃーん・けーん・ぽん!』と言いましたが」

 ロザリンダ嬢が、巨乳美女に似つかわしくないアホなセリフだ。


 彼女は『七人の巫女』だから、去年のじゃんけん大会に参加しているわけか。


「ところで、『巫女』さま。『巫女』と『聖女』って何がどう違うんですか?」

 ついでなので訊いてみた。


「……」

 ロザリンダ嬢はだんまりだ。


 じゃんけんで敗けて『聖女』になれなかったワケだもんな。

 不貞腐れたみたいに黙り込んでるよ。大人げないと言えば大人げない。

 大人の毛はあるだろうけれども。頭髪はねっとりとしたクリームみたいな金髪だけど。


 そこも、やっぱり……じゃなくて、ここは、やっぱり――


「大人の……イヤ、経験がある人の言う通りにしようよ」

 俺がそう言うと、


「「「ええ――――っ! ぶうぶう!」」」


 不採用だった三人の、ブーイングがヒドかった。てかシンシアさんまで。『俺の聖女』なのに。


「イヤ、シンシアさんが今年の選挙で『七人の巫女』に選ばれたら、その先にじゃんけん大会があるんだから、その予習の意味でも経験者の『巫女』さまが教えてくれた方式で行こうよ?」

 俺が言うと、

「……ジンさん、お気遣いは嬉しいのですが、私に『七人の巫女』は無理ですよ?」

 シンシアさんは、自信がなさそうに自己否定した。


「そんなことないッスよ。シンシアさん! 俺、応援してるッス」

 俺は懸命に励ますけど、

「……ありがとうございます」

 シンシアさんは、困ったように微笑むだけだった。


 むむ、弱気だな。


 あとで、『巫女選挙』ってどういう投票システムなのか把握しておこう。

 そんでもって、実弾(カネ)も用意しよう……。


「とりあえず、早くしなよ」

 プリムローズさんが()れてきたんだろう、面倒くさそうに言った。


「がぶっ……はぐはぐ……ごっくんっ」

 ラウラ姫は、俺たちそっちのけで食事中だ。


「では、お二人。拳を合わせて」


「「…………」」


「レディ」


「「……」」


「じゃーん・けーん・ぽん!」


 グーとグー。

 あいこだ。


「では該当者なし、という事で!」


「「え――――っ!?」」


 二人に縋るような顔で見られた。惜しい。あと20歳若かったらな。


      ◇


 結局。二人とも同行する事になった。


 ――馬車一台に10人て。

 ナニソレ?

 『俺の馬車』はもともとは何代か前の女王陛下の行幸用馬車なのに、まるで乗合馬車じゃないですか?


 でも、よく考えたら、女の子七人に男は俺一人か(年上のメイドさん二人は対象外っス)。

 どんなラッキース……イヤ、素敵な出来事が待っているのやら。


 嬉しいな♪ ア――ンド、たのしいな♪


 確か日本じゃ「旅の恥はかき捨て」って言うよね?


      ◇


 その日の夜。

 『代官屋敷』には大きな浴場があるそうで、親睦を深めるために女子みんなで一緒に入ったらしい。


 もちろん、覗いたりはしなかった。

 人間として当然の事だ。


 てか事前の情報がまるでなく、コトが済んでから「みんなで一緒に入った」と教えられたのだ。


 ちょっとした用事で、俺が街に探し物に出ていた隙を狙ったかのように(被害妄想か?)、それ(・・)は終わっていたのだった。


「……みんな、酷いよ。どうして教えてくれなかったの? ひどいよ……うぐっ、ぐすっ」

 仲間に裏切られた気分だ。


 俺は、泣く事しか出来なかった。

 脳内BGMは『人知れぬ涙』であった。

 ドニゼッティの歌劇(喜劇)『愛の妙薬』より――であった。


 イヤ、俺そんなに音楽には詳しくないけど、鼻歌歌ってたら、プリムローズさんが知ってたらしくて教えてくれたのよ。


 で。……これ、なんのアニメで聞いたんだっけ?

 『前世』での先輩から借りて観た気がするな。


      ◇


「あのー」


 この掛け声は……。


「ジンさん。泣いてるんですか?」

 長い黒髪に天使の輪が輝くシンシアさんだ。

 湯上りで、ほんのりと上気した感じがセクシーだ。


「いえ、汗です。泣いてなんかないですっ」


「そうですか? あのー、実はですね、ジンさんに内密に相談にのっていただきたい事がありまして……」

「ハイ! 俺でよければ!」


 シンシアさんの言葉に、俺は生きる気力を取り戻した。


 二人で猫階段を上り、踊り場を右に曲がって大食堂である『鏡の間』の前の休憩スペースで話す事になった。


 にしてもシンシアさんたら!

 「清き乙女」で「恋愛禁止」中の『巫女見習い』なのに、男と二人きりなんて大胆な。


 こうなったら、俺も男としてもう引けないな。

 行くところにまで行く覚悟を決めよう。よし。


「……それで、相談とは?」

「私、ミーヨさんの大事なところを見たんです」

「はあー?」

 なんの報告ですかー?


「あ、大事なところって言うのは『わきのした』なんですけど」

 シンシアさんの言い方は、非常に紛らわしかった。

「はあ?」

 脇の下って大事か?


「最初から説明しますと――先刻、みなさんで一緒にお風呂に入りまして、そこでミーヨさんの大事なところ(※脇の下です)がツルツルで凄く綺麗でしたので、私が『ここ、凄く綺麗ですね』って褒めてさしあげましたら……『これー? ジンくんにれーざーだつもうしてもらったのー』とおっしゃってまして」

「……」

 ロザリンダ嬢といいシンシアさんといい、ミーヨの口調を真似するのが『全能神神殿』で流行ってるのか?


「それでですね」

「はあ?」

「あのー……その……」

 シンシアさんが恥ずかしそうにもじもじしてる。

 またこの展開か? 何度でも来い!


「私にも! その『れーざーだつもう』をしていただけないかな? と思いまして!」

 シンシアさんが恥ずかしさを誤魔化すためか、一気呵成に言った。

「ど、どこをですか?」


 そこに、ミーヨが階段をそ――っ、と上って来た。


(……黙ってて)

 くちびるの前で小指を立てて、俺に目配せする。

 『この世界』では「しーっ」のハンドサインが、人差し指じゃなくて小指なのだ。なんか可愛いのだ(※女子限定)。


「あのー、ミーヨさんには内緒で、同じところを」

 本人、すぐそばですよ。


「ねえ、シンシアちゃん。わたし全身してもらったんだけど。脇の下だけじゃなくて」

「えっ? 全身? まさか……ええっ? ミーヨさん? いつの間に? ええっ? だって髪の毛は? ええっ?」

 突然近くに現れたミーヨに、シンシアさんが泡を食ってる。

 イヤ、頭部の脱毛はふつうしないでしょう?


「ふふん。わたしを舐めないで……じゃなかった。わたしの第六感を舐めないで欲しいよ、シンシアちゃん!」

 風呂上りのミーヨのおでこは、過去最高にテカテカ輝いていた。

 そんで、いま別に言い直すこともなかったよ?


「なんか、シンシアちゃんたら、わたしの体見て、羨ましそうにしてたから、ひょっとして……と思って、後をそ――っとついて来たんだよ」

「そ、そうでしたきゃ?」

 あ、噛んだ。かわうす。


「わたしだって、シンシアちゃんのおっぱい見て、すっごい羨ましかったんだけどな」

「そういう話はジンさんの前では……」

 シンシアさんが両手で顔を覆い隠して俯いた。お耳が真っ赤だ。


「じゃあ、シンシアちゃん。今から、わたしたちの部屋に来て。……三人でしようか?」

「はい」


 あ、OKしちゃったよ。この子。


      ◆


 掛け声の中には、由来不明で謎過ぎるものも多い――まる。

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