041◇ダイヤをめぐる攻防
「あれ? 『巫女』さまだ」
立ち去ったはずのロザリンダ嬢が、お胸を激しく揺らしながら、戻って来た。
どうしたんだろう?
しかし、凄い揺れ方だ。完全にノーブラだな(笑)。
でも、つい先刻抱きついたまま、火災時の緊急脱出装置の「滑り台」を「転げ落ちた」時には、胸の膨らみは感じられなかったんだよな。なんでやろ? ……謎だ。
こうして見る限りは、すんごい巨乳なのにな。
てか、この「乳ゆれ」って、俺の『光眼』の「カメラ機能」の「連写モード」で撮って、高速で連続表示すると、動画みたいにならないかな?
俺がそんなバカな事を考えていると――
近づいて来た彼女が、
「正面玄関が開いてませんでした。中に入れません」
硬い表情で言った。
「「「ええっ?」」」
外側に締め出されたのか?
「ドロレスちゃん、鍵持ってませんでした?」
シンシアさんが、白い祭服の長い袖の中に、上手にダイヤモンドを仕舞いながら言うと、
「いえ、あたしが持ってるのは『不思議の間』の鍵だけです」
ドロレスちゃんも、ごそごそとダイヤモンドをどこかに隠しながら答える。
「む。朝食はどうするのだ?」
ラウラ姫が、ロザリンダ嬢から見えないように、ダイヤモンドを胸元から服の中に落とし込む。
残念ながら、胸の谷間には留まらずに、おへそのあたりまで滑り落ちたらしい。そのあたりが不自然に膨らんでる。
「手荷物も中です。誰か人を呼びましょう」
プリムローズさんは……既にどこかに隠したらしい、落ち着いて言った。
「……(ごそごそ)」
ミーヨがロザリンダ嬢から死角になる位置で、スカートを捲り上げて、ダイヤモンドをパンツの中(またか?)に仕舞い込む。
ありがたい事に、俺からは丸見えだ。ホントにいつもありがとう。
『光眼』の、「カメラ機能」で、パシャッとな。
何気に五・七・五だ。ハイ、いただきました。
「……(あ、痛っ)」
どことは言わないけど、ミーヨが痛がってる。
そんなものパンツの中に入れるからだろ(笑)。
そして、みんなして『巫女』さまから目を逸らし気味だ。
――つまり、俺があげたダイヤモンドを、ロザリンダ嬢には「絶対に見せたくない」のね? 全員。
◇
「この滑り台って……下からでも……開けられるんでしょ? 言ってたよね? ドロレスちゃん」
ミーヨが、なにやらもぞもぞしながら言う。
きっとパンツの中のダイヤモンドが、ちくちくして痛いんだろう。
「はい。まあ、防犯上、隠しておきたいところではありますが……みなさんになら良いでしょう。こっちです」
ドロレスちゃんは、そう言って歩き出した。
それを追って、みんなでぞろぞろ歩く。
一階部分にもいっぱい窓はあるし、ガラス窓だからダイヤモンドで切って中に入れるけど……って犯罪だな、それ。
建物の外から見ると、例の細長い空間は、後から増築された出窓的なものであることが、はっきりと分かった。
ただ、建物の北側なので、目立つことはない。
張り出しの真下に来ると、ここにいたら誰かが乗って、床が下がって来るんじゃないかと、ちょっと恐怖を感じてしまう。
そしたら、本当にそれが起きた。
下に居る人間への警告音だろう。
ガコン、という音のあと、床が開いて、誰かが滑るのではなく、ごろごろと回転しながら、床の傾斜を転げ落ちて来た。
「きゃ――――っ!」
「みぎゃ―――っ!」
ぼふっ。
俺が抱き止めると、
「……あ、お早うごさいます。お兄様? あれ? どうしてここに居らっしゃるんですか?」
「……なぁぁぁああ゛あ゛」
この猫屋敷のボス猫の茶トラ君を抱きしめた『巫女見習い』ヒサヤだった。
年齢の割に大人びた感じのする、明るいライトブラウンの瞳を見開いてる。
「「「えいっ!」」」
声がしたので振り向くと、ミーヨとプリムローズさんとシンシアさんが、下がって来た床が再び上に戻らないように、端の方を足で踏みつけていた。
なるほど、みんなGJ。
ここから中に戻れるもんな。
でも……なんか絵面が『も○○け姫』のタタラ場の「ふいご踏み」みたい。
それはそれとして――
「ヒサヤ……なんで、ここに?」
事情を訊いてみると、ロザリンダ嬢に従って、壁掛けの前で待機していたところ、『巫女』さまの悲鳴が聞こえたために、あの細長い空間に入ってみたらしい。
「私一人では動かなかったのですが、あの猫ちゃんが来たら、突然床が沈んでいきまして、驚きました」
そう言うヒサヤは、あまり驚いたようには見えない。
平然としている。物に動じない子らしい。この子も大物だな。
で、結果から鑑みるに、ラウラ姫は「ヒサヤ+茶トラ君」よりも軽いのか?
「む?」
ラウラ姫が、何かを察したのかちょっと不機嫌になる。
「ねー、まだー? どうするの? これから」
下がって来た床は、ミーヨとプリムローズさんとシンシアさんと、さらにはラウラ姫までもが参加して、上に戻らないように足で踏みつけている。
みんな美少女なのに、ちょっと残念なポーズだ。
……大きく足を広げたガニ股なのだ。
いつの間にか裸足になって靴を手にしたドロレスちゃんが、
「こうします!」
そう言って、だだだだだっ、と滑りやすい斜面を駆け上がっていった。
「あたしが、正面玄関を開けますから、みなさんはそちらに回ってください!」
上からそんな声がした。
◇
連れ立って正面玄関に向かう事になった。
「うむ。すまぬ」
みんなが圧さえつけていた足を離し、す――っと上に戻っていく床板に、面白がってぶら下がったラウラ姫が、そのまま上に持ち上げられてしまい、それをみんなで助け下ろす……という一幕もあったけれども。
みんなでぞろぞろ歩く。
なんとなく、ず――っとロザリンダ嬢に見られ続けてる気がするけれど、他のみんなの手前、余ったダイヤモンドをプレゼント、ってわけにはいかないのであった。
「「「「「……(沈黙)」」」」」
会話も無くて、雰囲気が悪い。
あ、そうだ。ヒサヤを褒めておこう。
シンシアさんの話では、長患いしていた『全能神神殿』の『神官長』の「●゛」を『癒し手』として治療したそうなのだ。
「ヒサヤ、『神官長』さんを治して大活躍したんだって?」
なんとなく、親子のように手をつなぎながら、ヒサヤに話しかける。
そう言えば……俺、この子の「名付け親」だよ。
「大活躍というほどでは……大袈裟です」
まだ11歳かそこらで謙遜とか――凄いな、この子。
「それで、『王都』に行く事になったんだろう? 俺たちも一緒に行くんだよ」
「そうなのですか?」
ロザリンダ嬢の方を見て、確かめるようにする。
「昨夜話した同乗させていただく馬車とは、この方のものなのです」
ロザリンダ嬢が言うと、
「そうでしたか。みなさんと一緒なら安心です(にっこり)」
ヒサヤは微笑んだ。
笑うと年相応の幼さが出て、ほっこりする。
……イヤ、俺ホントに○リじゃないよ?
◇
「それでは、これで……」
シンシアさん。ヒサヤ。ロザリンダ嬢。三人の「神殿組」が、『神官長』さんの元に向かうらしい。
大階段のある広間でいったん別れた。
朝食後には、関係者全員が馬車で送られて『神殿』に戻るらしい。
ラウラ姫と筆頭侍女のプリムローズさんも、いったんそれに同行して、荷物をまとめて『全能神神殿』から『代官屋敷』に移る予定だそうだ。
元々は最初から代官屋敷に『三巡り(24日間)』の滞在予定だったのが、自由奔放な猫ちゃんたちの狼藉によって、散らかり放題に荒れ果てていたために、最後の『ひと巡り(8日間)』だけ滞在して、超尻合わせ……って『競○!!!!!!!!』か!!!!!!!!
……えーっと、「帳尻合わせ」をすることになったらしい。
もし、そうでなかったら、黒髪の美少女シンシアさんとは出会えなかったかもしれないし、ラウラ姫と決闘して、その『愛し人』になるなんて展開はなかったろうから……ここの猫ちゃんたちは、俺様の運命を劇的に変えたわけだ。
予定では、7日後に『王都』に向けて出発だ。
旅の間は一緒なので、いろいろ話す機会もあるだろう。
……ん? あれ? 大事な事がすっぽ抜けてる気がする。
良く考えたら、旅の支度とか……なんにもしてないな。
とりあえず、『冶金の丘』から『王都』までどれくらいあるんだ?
◇
「5日から6日くらいね」
訊ねると、プリムローズさんがそう教えてくれた。
俺もそれは知ってる。だいたいでいいから、距離を知りたいのに……と言うか、プリムローズさんも正確には知らないのかもしれない。
「その間の食べ物とか……考えませんでした」
今のところ8人。
その6日分となると、水と食料だけでも凄い量になりそうな気がする。
「別に心配ないわよ」
「うむ」
既に「往路」を経験済みの、王女主従は気軽に言うけれども?
「ここから『王都』までの『永遠の道』には『駅』がいくつもあるし、『店馬車』も『馬車溜まり』をつくって道端で商売してるし」
「えっ、そうなの?」
ミーヨがびっくりしてる。
ボコ村から『冶金の丘』までの『道』には、逆になーんにもなかったからなあ。
「ただ、旅の資金がどこからどうなるかは知らないけどね」
プリムローズさんが意地悪く言う。
「やっぱり、この余ったダイヤモンドをお金に換えないと……そんな店あるんかな?」
若くてお金の無さそうな俺とかミーヨが、高価な『宝石』を売ってる店に行っても、マトモに相手にしてもらえないんだよな。
「私はそういうの詳しくないわよ」
プリムローズさんがすかさず予防線を張った。
この様子だと、本当に知らないんだろうな。
「そう言えば、これって俺が作ったわけですけど、ニセモノの疑いかけられませんか?」
俺がプリムローズさんに訊ねると、
「この間、みんなで『工房めぐり』した時に見たでしょう?」
そう問い返された。
「えーっと、何を?」
「ホラ、あの黒い『魔法合金』を『魔法』で作ってる人たち」
「あ? あー、ハイ」
黒い『魔法合金』ロリマンタイトを、地味ーに、ちょびっとずつ成長させてるおっちゃんがいたな。『魔法職人』とか呼ばれてるらしいよ、あの手の人たち。
「だから、はっきり『魔法』で作ったと言えば、何の問題ないと思うよ。専門家は品質を正確に見抜くだろうし、ニセモノ扱いはされないんじゃない?」
『この世界』では「ダイヤモンド」は「ダイヤモンド」で、「天然」と「合成」……というか「魔造」の区別が無いらしい。
重要なのは「品質」だけってコトか?
ダイヤモンドは、『この世界』でもいちばん硬い物質という認識があるらしいし、すぐにホンモノかどうか解るだろうから、鑑定はカンタンなハズだけど。
とにかく、いろいろな店がある円形広場を探してみるか。
◇
ミーヨと一緒に円形広場に来た。
『宝石』を買い取ってくれる店を探してる。
この街『冶金の丘』に住んで、すでに30日以上、だいたいの「あたり」はつく。
来た初日に寄った『両替商』のあるあたりが、ちょっと格の高い店が多いのだ。
でも、俺たち、入れてもらえるのか? ……ちょっと心配だ。
で、そのあたりを歩いていると、
「おや、昨夜はどうも……」
脂ぎってスケベそうなおっさんだった。
「あ、どうも」
適当に答えながら、記憶を探る。
誰? このおっさん。
「昨夜は災難でしたね。お怪我はありませんでしたか?」
ミーヨがお嬢様然として話しかけている。
「いや……それは……なぜ、ご存知で?」
言われたおっさんは、汗を流して慌ててる。
「あの女性と知り合いなものですから」
ミーヨがにっこりと微笑する。
ああ、そうか。
ドロレスちゃんにセク○ラしようとして、ケツを蹴られて「シューター」にポイされたおっさんか。
「なにとぞ、他言無用にお願いします。で、こちらで何をお探しで?」
「宝石を買い取ってくれるお店を探してます」
訊かれたので、言うだけは言ってみる。
「おお、それはちょうどよい。わたくしどもの店にどうぞ。昨夜の事を内緒にしていただければ、多少なりと便宜をはからせていただきますよ」
おっさんは商売モードにはいったらしい。俺たちを丁重に店まで案内してくれた。
◇
おっさんの店は、宝石商でも宝飾店でもなく、わりと大きな「骨董品店」だった。
「買い取りをお願いします」
買取もやってくれる古物商なら気が楽だ。
小売りしかやらない店で、剥き出しの『宝石』を買ってくれとは言いづらい。
キラキラと煌めくダイヤモンドをふたつ、台の上に乗せると、おっさんから異様にギラつく目を向けられた。
「こ、これは……凄い。では、鑑定させていただきますので、その間、ごゆるりと店内をご覧ください」
「お願いします」
平静を装って、そこを離れた。
「……ぼそぼそ(見た事も無い細工だ。何という煌めき)」
なんか聞こえた。
ダイヤの大きさよりも「カット」の方を驚いてるみたいだ。
そう言えば『地球』でも20世紀に「ブリリアントカット」が発明されるまでは、ダイヤモンドって人気がパッとしなかったらしいけど……『この世界』でもそんな感じ? また「やっちゃった」かな?
周りを見渡すと、目つきの悪い店員が数人居た。
万引きみたいなのを警戒してるのか、ホントに目つきが悪い。
そのうちの一人に、
「気になる物がありましたら、どうぞ、お手にとってご覧ください」
そうは言われても、宝石や装飾品も、高価な感じの物は、客が直接触れられない場所に、用心深く陳列されてる。
でもせっかくだから、色々見ておこう。
店内には『地球』でも見かけるような古道具、絵画や美術品の類が、雑然と並べられて、売られていた。
探せば『超古代文明』の遺産みたいな魔法道具もありそうな感じもする。
物凄く複雑な、金属管の塊みたいなものがある。
多気筒の自然吸気エンジンのミニチュアみたいな感じだ。
なんかの魔法道具かな? 正体とか使用目的はなんなんだろう?
ミーヨに訊いたら、
「楽器だよ」
「楽器? 管楽器か?」
なるほど、『地球』の吹奏楽器も、細部をよく見ると凄いメカニカルだもんな。
イヤ、実を言うと実際に実物の楽器を「よく見た事」なんてないけど……『響け! ユーフ○ニアム』とかでしか。
とにかく『この世界』の管楽器は設置型で、携行出来ないみたいだ。「サン○イズ・フェスティバル」には出れなさそう。
その一方で、「トランペット」にそっくりなカタチの『魔法式真空銃』もある。
『魔法』で銃身内部をほぼ真空状態にしてから、瞬間的に密閉を解除して、口の広い方からの大気圧で弾丸を飛ばすらしい。
「銃」ってよりも「魔法の吹き矢」みたいだ。
吹き矢が得意な某アニメキャラをふと思い出したよ。
そんで、ここには売って無いけど、大ぶりな「無反動砲タイプ」もあるらしい。逆に反動大きそう。
あんまりいい思い出のない『魔法式空気銃』も、大量に売られている。
旧式の年代物らしい。耐久年数とか無いのか? そんな昔のもの撃って、暴発事故とか起きないのか?
『魔法』を使えない俺は、どうせ撃てないから……興味ないけど(※ちょっと悔しい)。
それと……目立つのは、街中のあちこちで見かける「お守り」みたいなヤツだ。
めっちゃたくさんある。
『全知神の瞳』とか言う「目」を形象った丸いオブジェクトだ。
砲身付きのヘヴィーなオブジェクトじゃなくて、鳥よけ用の「まん丸い目玉」でもなくて、トロンとした眠そうな「半目」だ。
ストラップの飾りみたいな大きさから、バレーボールくらいまで、豊富なサイズが取り揃えてある。
……って、骨董品店だから全部中古品のはずなのに、やたらといっぱいあるぞ。不人気な売れ残り商品か?
『全知神』さまから『光眼』なんて「魔眼」を貰ってる俺としては……かなり微妙な気持ちになるな。
他にも色々ある。
陶磁器らしい食器にティーセットに花瓶。
ここは金属工房の多い『冶金の丘』だからか、金属製品は大小数限りない。ありがたみが無いのか雑に積み重なってる。
照明用の卓上水灯台は、なんとなくアール・デコ風だ。ミーヨの家名はオ・デコ家だ。あ、そーだ。
ふと思いついて、
「ミーヨ。ついでだから、例の『赤い石』に似たヤツないか、見ておいて」
俺がそう言うと、すぐに察した。
「うん」
ミーヨは一人じゃ怖いのか、俺の手を引いて『宝石』の陳列棚の方に向かった。
「「…………」」
しばらく、俺も見て回る。
いろいろな部位に着けるアクセサリがたくさんあった。そのへんは『地球』と同じだ。
『宝石』の種類に関係無く「色」で分類されてるようだ。どれも『石』そのものは小さくて、飾りや意匠で豪華に見せかけてる感じだ。
どっちかと言うと「貴金属製品」ばっかりだ。
俺が持ち込んだような、巨大な『石』がついたものは……見当たらない。
(やっぱり、なかった)
ずっと陳列棚を探していたミーヨが、小声で言った。
(そっかー)
やっぱりないのか?
これから行く『王都』の、大きな店を探す方がいいのか?
でもミーヨが本当に欲しいのは、「似た宝石」じゃなくて、オ・デコ家の家宝だったという『紅い卵』そのものだろうしな……。
◇
「一つにつき、『明星金貨』60。いかがで?」
妙に底光りする瞳で見られながら、そう言われた。
「じゃあ、それで」
俺はここで「価格交渉」をするべきだったんだろうな。
……でも、この時は思いつきもしなかった。色々と甘かった。
結局、俺様特製の『魔造ダイヤモンド』2個を、『明星金貨』120枚で買い取ってくれた。
「魔法で作った」旨を告げたし、鑑定と査定を受けての値段だった。
もともとタダみたいなものなのに、日本円で1個300万円くらいだ。
いともあっけなく、計600万円とか。
『錬金術』怖っ。
「出来ましたら、もっと譲っていただきたいのですが」
おっさんは、上機嫌だった。
この様子だと、どこかに転売すれば、かなりの儲けが出るような感じだ。
ひょっとして……逆に買い叩かれたのかも知れない。
「是非、もっと譲っていただきい。いくつでも買い取りますよ?」
帰りぎわまで、もっと作れないか? としつこく言われた。
何となく恐怖を感じて、
「ひと巡り(8日間)に一個作るのがやっとなんです」
と言っておいた。
「わたしたち、もうすぐここを離れて『王都』に向かうんです」
ミーヨがしつこくされるのを嫌って、そんな事も言った。
「ほう、『王都』! 実はわたくしどもは、『王都』にも店舗を持っていましてね。よろしければ、そちらもご利用いただければ幸甚です」
おっさん――この商会の会頭らしい――はそう言った。
「では、これで」
俺たちは、その店を後にした。
店内には、微妙に不穏な空気が漂っているように感じられた。
◇
(むー……お金は手に入ったけど……ヤな感じだったね)
ミーヨが俺のすぐ傍で、そんな感想を囁きもらす。
おでこが近い。汗ばんだ湿った匂いがする。
(もう、今回かぎりにしようよ。なんか凄いズルしてる気がしてしょうがないし)
ミーヨの健全な考えに、ほっとする。
確かに、どうしても「『王都』までの旅費」が必要だったとはいえ、こんなやり方での「資金作り」って――「小市民」の俺には向いてない気がする。
店の人間全員にじろじろ見られて雰囲気は悪かったし、お金を手に入れた後の、後味が悪すぎるのだ。
(うん、なるべく今回かぎりにするよ。お前のおでこにかけて誓う)
俺は小声で誓った。
と言って、お金に困って追い詰められたら、どーなるか分からないけど……。
(えっ、おでこ? いいけど。……ところで、ジンくん?)
(――いいのか? で、なに?)
(わたしたち、何で二人で『個室』に入ってるの?)
ミーヨに今さらながらに訊かれた。
そう、ここ実は円形広場から『全能神神殿』に行く途中にある、公衆の『おトイレ』の中なのだ。
こういう公衆トイレには、『この世界』での廃品回収ステーション『ガチャ屋』が併設されてるので、すぐ傍には金属の破片や硝子の破片がいっぱいある。
ガラスと「水晶」って、成分が近いらしい。
先日の『宝探し』で、色とりどりの「水晶」を見て、触ったから、俺様の「ラーニング能力(?)」で、『体内錬成』で錬成り出せるようになってるハズだ。
でも、いま●(固体)意は無い。『個体錬成』は無理だ。
てか、いま現在ここにいるのは「それ目的」じゃないのだ。
(で、ここに入った目的は?)
ミーヨに訊かれた。
(あの店出てから、ずっと人に尾行られてたんだよ)
「えっ? ホントに?」
ミーヨは衝撃を受けたようだった。
(声、デカイって)
(あ、ゴメン)
俺の右目の『光眼』は、意識して念じれば、異常なほどの「広角ワイド視界」となるので「見えて」いたのだ。もう後ろに目が付いてるような感覚なのだ。自分でもちょっとイヤなのだ。
最悪、誘拐されて監禁されて、ダイヤモンドを量産させられるかもしれない。
こっちの手の内を見せ過ぎてしまった気がする。
(だから、もう少し隠れてよう)
(わかった)
夏場、トイレの個室に二人でぎゅうぎゅう詰めとか、かなりキツい。
狭いからぶつかるところはぶつかるし、気持ちいいと言えばそうだし、ずっと立ちっぱなしでいないといけないしな。色んな意味で。
しかし、ここで確実に尾行をまいておかないと――俺はともかく、ミーヨに手出しされると困るのだ。
もうこの際だから、今後に備えて『光眼』で、対人無力化の新ワザを開発しておいた方がいいかもな。
(なんだったら、ジンくん、俺は第三王女さまの『愛し人』だ! って言っちゃえば)
あのおっさん、その点について気付いてなかったようなのだ。昨夜会ってるのに。
俺って、きちんと服着てると、すごく印象薄いらしいのよ(泣)。
(確かに、それだと向こうも手出ししにくくなるだろうけど……)
(そーゆーの、好きじゃない?)
(そりゃそうだよ。そーゆーのに頼りたくないよ)
(そーゆートコ好きっ!)
ミーヨの好感度がUPした! って、もう色々と攻略済みだけど。
可愛い可愛い『俺のチョロイン』だしな。
◇
で、二人でハアハア言いながら――個室に籠る事30ツン(30分)くらい。
まず、俺が追跡者の有無を確認してから、二人で外に出た。
なお、ミーヨのおでこにかけて誓うけど、中でヘンなことはしてないよ?
二人でハアハア言ってはいたけれども。
「ハイ、赤茶」
へろへろになったミーヨの水分補給のために、屋台で買った『冷やし赤茶』を渡した。
この街、当然のことながら自動販売機はまったくないけれど、飲み物を売る屋台はあちこちにある。
「ありがとー」
ミーヨがカップを持って、んぐんぐ飲みだす。
『赤茶』は、美南海の島で採れるという何かの赤い花を煮出した酸味のあるハーブティーだ。
赤くて酸っぱいので疲労回復に効くクエン酸とかビタミンCとか鉄分が入ってるに違いない……たぶん。夏場の水分補給にぴったりなのだ。
俺的にはプレーンの酸っぱいヤツが好きだけど、ここのはすりおろしたアマネカブが入っていて、甘酸っぱかった。そしてほんのりと蕪風味だ。
「ん? シャリシャリ音がする。そっちは?」
「シャーロ……じゃなくて、シャーベット」
おっとイケナイ。危うく正体バラすとこだったぜ。何の話かは、ネタバレ防止でタイトル秘密だぜ。
「『しゃーべっと』?」
「氷になりかけみたいなやつだよ」
別料金を出すと、魔法で作った「氷」と『永遠の道』で採れる「塩」とで、凍りつく寸前にまで冷やして貰えるので、そうしたのだ。
同じやり方で「アイスクリーム」を作れそうなのに、『冶金の丘』って乳製品をあまり見かけない。
俺の好物のチーズもまだ食べてないな。こっちに『転生』してから。
「欲しかったら、やるよ」
「うん、ちょうだい! ……(シャリシャリ)」
匙が無いから、容器の傾斜で口の中に滑り込ませてる。今朝の「シューター」みたい。てか「ウォータースライダー」か? 「プールで水着回」の定番だな。
それはそれとして、この支払で、中途半端に残っていた少額の銅貨がぜんぶ無くなった。
あと、ついでなので、トイレ籠城戦の最中、俺たちは所持金の分散を行った。
ずっと、お金の管理はミーヨに任せていたけど、二人で分担することにしたのだ。
理由は単純で「サイフ」が重くなったのだ。
『錬金術』で手にしたあぶく銭とはいえ、それなりの大金になったので、金貨だけで1㎏以上ある……イヤ、言い直そう。
『この世界』の重さを表す単位は「ダモンネ」だ。
金貨だけで、120ダモンネ(約1.3㎏)もある。
そろそろミーヨにだけに持たせるのは、無理があるのだった。
さすがのミーヨも、これだけの金貨をパンツの中に隠すのは不可能だろう。
で、もともと『全知神』さまから貰った『金貨袋』を俺の財布にして、ミーヨの方は『裁縫魔法』で自作した可愛い巾着を財布にして、持ち金をちょうど半分こにした。
半分でも『明星金貨』60枚――60ダモンネ(約660g)。
てか「1ダモンネ」イコール『明星金貨』1枚の重さなのだ。
それより小さい単位は、その10分の1の「ダモン」だ。「ダモン」は地球の1gちょっとだもん! だから「ダモンネ」は地球で言うとだいたい11gだもんね。もっと大きい単位は「ダモンネ」の千倍の「ナンダモン」。それって約11㎏なんだもん。
――ああ、混乱する。
とにかく、ずっと持たせっ放しは可哀相だしな。
「120ダモンネもある物をパンツの中に隠したら、パンツがずり落ちてしょうがないもんな。ずっと半ケツだと、尾てい骨が風邪ひくだろうし」
ただ俺は個人的に「半脱ぎ」が大好物だから、そうなっても助けないかも……。
「……あのね、ジンくん。いくらわたしでもそんなことはしないよ。お金入れてる巾着は普通に服袋に入れてるよ?」
「なん……だと?」
呆れたようなミーヨの言葉に、俺は強い衝撃を受けた。
ちなみに「服袋」って「ポケット」の事らしい。俺の『脳内言語変換システム』ではそんな造語を編み出しちゃってるけど。
「な、なんで、そんなに驚いてるの?」
ミーヨさんだって驚いてるじゃないですか?
「イヤ、だってあのダイヤもパンツに隠してただろ? 貴重品はみんなパンツの中に隠してるのかと思ってた」
「もー……しないよ。そんなこと。あ、でも確かに『大事なものはパンツの中にしまっておけ』って教わった!」
昔のことを思い出したように、ミーヨは言った。
「誰にだよ?」
「ジンくんのお母さん」
「すみませんでした」
◇◇◇
そんな俺たちの、夫婦漫才みたいな様子を見ていた少女がいたことに――この時はまだ、気付かなかった。
この展開二度目。
ちなみに、前回見てたのはドロレスちゃんでした。
時間軸的に、プリムローズさんじゃないのでした。
◇
『神殿』に着くと、裏手に回るように、と年老いた守衛さん(?)に言われた。
事情がよく分からないまま、そっちに行ってみると、そこには『俺の馬車』と『とんかち』が運び込まれていた。
「あっ、プロペラ小僧さまっ!」
馬車工房の女主人さんだけど、その呼び名いい加減止めて欲しい。
「申し訳ありません。急な修理の依頼が入ったために、工房で保管出来なくなりまして……ご迷惑かもしれませんが、こちらにお持ちしました」
女主人さんの後ろには、馬耳奴隷のケンタロウ氏と田中さん(仮)がいた。ここまで馬車を、人力で牽いて来たんだろうな。
ミーヨが二人に近づいて、娘さんと会って、元気でしたよ、と伝えてる。ええ子や。
「それでですね、プロペラ小僧さま。改装費と保管代の支払いをお願いしたいのですが……」
……そんな予感はしていたけれども。
「それは……王女殿下のお付きの侍女の方が」
「はい、その方が、プロペラ小僧さまから頂くようにと仰せで」
なんだとう?
周囲を見回すと、『神殿』の列柱の横にあった人影が、さっと隠れた。
イヤ、赤い髪の毛が見えてたよ?
あれ、プリムローズさんだよ。
まあ、『俺の馬車』だから仕方ないか……。
「えーっと、おいくらで?」
ドキドキしながら訊ねる。
「はい。しめて『明星金貨』55枚となります」
はうっ!
◇
「では、ごきげんよう」
女主人は、明朗な会計をすませた俺に、にこやかな笑みを残して去っていった。
ミーヨと半分こした俺の所持金が、ほぼ消滅しました。
なんか、「悪銭身につかず」とかいうことわざ通りに、あっという間でした。
「ゴネると思ったら、簡単に支払いを済ませたわね? ……ということはあの『だいや』は高く売れたのかしら?」
プリムローズさんが姿を現した。
「なによっ、ずっと柱の陰で見てたくせにっ! ひどいわっ。ひどいったらないわっ!!」
てか俺なんでこんな口調に?
◆
メインヒロインとのイチャラブ回のつもりが変な流れに――×




