040◇薔薇とダイヤモンド
夜会も終わり、人々は家路に向かう。
それとは別に、そのまま『代官屋敷』に宿泊する事になった人々もいる。
俺たちと、『全能神神殿』の人たちだ。
なんでも、ラウラ姫とプリムローズさんたちが長いあいだ食客となっていたので、その返礼として『神殿』の関係者を別枠で「おもてなし」するそうな。
ま、そっちはドロレスちゃんのお爺さんに任せて、飲酒も出来ない中途半端な「成人」の俺たちは、就寝となる。
「では、ジン殿。殿下と共にこちらへ」
やけに白々しくプリムローズさんが先導する。
「うむ!」
あれ? 姫がなんか張り切ってないか?
ああ、ドロレスちゃんも言ってたけど、今夜はラウラ姫のターンなのか?
俺には、何の主導権も選択権も無いの?
完全にシェアされてるのね?
「みなさん、お休みなさい」
シンシアさんは立ち去ろうとするけれど、
「すまん、シンシア。殿下がまだ経験が浅い故、痛みを生ずるかもしれない。傍で見守ってくれ」
プリムローズさんに無情にも引き止められた。
先日の『破瓜の儀』では、俺の『白い花』と、姫の「真っ赤な薔薇」が咲いたからな……シャレになんないか。
「……またですか?」
「頼む」
「では、ミーヨさんもっ」
「うええっ」
ミーヨも引きずり込まれた。
てかミーヨさんは「非常任」じゃなくて「常任」の『見届け人』なのだ。
いつも俺と一緒なのだ……っていいのか? それで。
で、結局またこの5人なのか?
俺とラウラ姫、見世物じゃないよ?
◇
ラウラ姫は、『姫剣士』らしく、まず抜刀術の訓練を行った。
さらに、『姫騎士』にも憧れを感じているらしく、不得手だという騎馬の騎乗訓練にも熱心に取り組んだ。
出来はまだまだだったけど、これから訓練を積めば、どんどん上達していくだろう。
充実した夜の特訓を終えた姫は、すぐさま寝てしまった。
――このくらいボカしとけば大丈夫だよね?
◇
(……うん、これは来たな……)
深夜に●(固体)意を催して、目が覚めた。
夜会もあって緊張していたせいか、明るいうちはまったく無理だったのに……どうやらこのタイミングで来たらしい。
とにかく、チャンスだ。『錬金術』で、俺の体内にある固体……ウ○コを、他の物質に再構築するのだっ!
……ああ、カッコ悪い。
というわけで、寝てるラウラ姫を起こさないように、そ――っと寝台から脱け出す。
『見届け人』だったミーヨとシンシアさんまで、隣の寝台に寝てた。
こっちも起こさないように、そ――っと、と思ったら、長椅子に座って腕組みしながら寝てるプリムローズさんを発見して、びくっ、としてしまった。物音は立てずに済んだけど。
とにかく、そ――っと、
「……(抜き足)」
そう言えば俺、足でヌかれた事一度もないな。
「……(差し足)」
そして挿された事もないな……足は。矢はあるけど。
……イヤ、なんでもないよ。こっちの話だから(笑)。
「……(忍び足)」
『生○会役員共』の「シノ」はスラっとした「美脚」だよね。
そう言えば2期目のタイトルは、尻に『*』だよ(笑)。
……それはそれとして、俺は昨日(もう深夜だから一昨日かも?)屋台で手に入れた「あるもの」を手にして、部屋の隅にあるトイレの個室に入った。
まず、これから錬成するモノが落っこちないように、ミスロリ製の漏斗状●器の穴をボロ切れで塞ぐ。
そして、目を閉じて念じる。
(固体錬成。ダイヤモンド)
屋台で手に入れた「あるもの」とは、炭――ダイヤの元になる「炭素」の塊だ。
値引き交渉に応じなかった屋台の主人に「じゃあコレもくれ」と言って、貰って来たのだ。
そんで話を聞いたら、屋台で使っていた「炭」は、木炭や石炭ではなくて、『冶金の丘』の地下で人工的に製造されている「バイオ・コークス」だった。
『丘』に運び込まれていた使用目的不明の、端材やら枝や樹皮のついたままの木材が、粉砕されて固められて、さらに高熱と高圧をかけられてコレに生まれ変わっていたらしい。
屋台や『店馬車』や軍隊の野営とかの野外調理を行う時に使う「熱源」はコレだったのだ。
何かの『魔法』だと思ってたのに……ちょっとがっかりだ。
スウさんとこのパン工房では、フツーの木を切って乾燥させた「薪」だったから、『この世界』にキャンプ用の固形燃料か練炭みたいなものが存在するとは思ってなかった。
なんにしろ「炭素の塊」だから、ダイヤモンドの原料にこれほど好都合なものはないのだった。
(あ、でも待てよ! キャンセル!)
俺はある事に思い当たって、一時停止をかけた。
キチンとカタチも想像しないとダメだな。
先が丸くて、後ろが尖った長――いダイヤモンドが出てきたら……泣くぞ。
うーん、ちゃんとしたカタチか……。
『宝探し』で見つけた『宝石箱』の中の、ダイヤモンドってどんなんだっけ?
宝石の種類が多すぎて、ひとつひとつはテキトーにしか見てなかったな。
多面体でキラキラな感じにしないと、売る時に高く売れないだろうしな。
『宝石○国』の「ダイ○モンド」みたいなカタチにしたら……イヤ、それ完璧にただのフィギュアだな。個人的には欲しいけれども。
じゃなくて『甘○ブリリアントパーク』……でもなくて「ブリドカットセーラ○美」(※声優さん)でもなくて「ブリリアントカット」か。
おお! そうだ。
夜会の時にシンシアさんから『ヒカリちゃん』とかいう謎生物の話を聞いたけど、それは元々『不思議の間』の天井からブラ下がってた豪華なシャンデリア(懸垂式眩惑照明水灯)からの流れだったっけ。
アレに付いてたガラス飾りの、キラキラした感じをイメージしよう。
俺は、改めて「カット済みのダイヤモンド」を脳裏に思い描いた。
(固体錬成。ダイヤモンド)
よし、あとは頼むぞ!
『世界の理の司』と『守護の星』! って感じだ。
にしても、分子結合やら結晶構造やら元素の組成やら……一体どうやっているのやら。
そもそも『体内錬成』はいいけど俺の体内に、どこから出入りしてんだろ?
鼻の穴か? それもダイレクトに「*」?
もう不思議いっぱいの「ファンタジー仕様」として、深く考えるのはやめておこうっと。
…………。
長い間があった。
そして、
チン!
この音は、俺が昔(前世だ)使ってた電子レンジの音。
――錬成成功の音だ。
目を開けて確認してみると、炭は消えてなくなっていた。
予想通りだったけど、ちょっとびっくり。
そんで、出来上がったダイヤのせいで、直腸付近に違和感がハンパない。
早く体外に出してしまいたい。
何故かは不明だけど『固体錬成』で作ったものであれば、脱●(固体)中はどんなに硬いものを排●(固体)しようとも、不思議と痛みは感じない。
『★不可侵の被膜☆』とは違う防御機能が働いているらしい。
ホントに謎だけど……事が事だけに詳しく検証する気にもなれないしな。
「いくぜっ! 脱●(固体)っっ!!」
毎回毎回、どう考えてもカッコよくない。
ソレは、カラン、コロンと軽い音を立てて、金属製の漏斗状●器の傾斜を転がり、最後にはボロ切れの上に溜まった。
キズいったろうな、今ので。金属ってステンレスだしな。
「…………」
目を開けて、下を見てみると、思ったよりも大漁(?)だった。
カラットとか詳しく知らないけど、親指の先くらいのが七個も出て来てた。
デカい。てかデカ過ぎ……。
デカ過ぎた。
『前世』では、せいぜいネクタイピンについてるような、ちっこいヤツしか知らなかったのに。
デカルチャーな大きさだ。巨人のネクタイピンみたいだ。
……イヤ、言い直そう。
グレートだぜ。
狂ったような大きさのダイヤモンドだけに。
大きすぎて、マトモなルートじゃさばけない気もする。どうしよう? コレ。
とりあえず、水で洗いました。後でミーヨに『★滅菌☆』かけてもらおうっと。
さ、寝よ寝よ。
◇
翌朝。
いつぞやと違って、これといったボケもなく、普通に無理矢理叩き起こされた。
「ホラ、ジンくん。行くよっ!」
「うむ。参ろう!」
ミーヨとラウラ姫が俺の手を引っ張る。
「……え? どこに?」
まだ眠いのに、なんなの、君たち?
子供に叩き起こされる休日のお父さん、ってこんな感じ? 自分のタイミングで目を覚ましたいです。
「昨夜、滑り台で遊べなかったでしょ?」
「む。いざ!」
「だそうですよ? お兄さん」
ドロレスちゃんまで居るのか。
「あ、お目覚めですか?」
爽やかな微笑みをたたえるシンシアさんと、
「うあ゛あ゛、長椅子で寝るのって辛い」
寝起きらしく、どこかしらおっさんくさいプリムローズさんだ。
しょうがないな。朝だし、起きるか。
俺はシーツをバサッと除けた。
「「「きゃ――――っ!」」」
誰と誰かは知らないけど、悲鳴がユニゾンした。
しょうがないよ、朝だし。起きてるよ。
◇
昨晩、遊び足りなかった子供たちが、再びやってきました『不思議の間』。
ドロレスちゃんが用意した小さな短剣みたいなカタチの鍵で扉を開けると、広間にはまだ昨日の残骸が散らばっていた。
後片付けは今日に後回しにされていたらしい。
たしかに、今がチャンスと言えばチャンスだけど。
火災時の緊急脱出装置の「シューター」で遊ぶ……って不謹慎な気もするなあ。いいの?
「ところで、ドロレスちゃん。滑り台の下ってどうなってるの?」
広間を歩きながら、ミーヨが確認している。
「危なくないかどうか? ってことですか?」
「うん」
「どのみち建物二階の高さしかありませんし、滑り過ぎたら、植木の植え込みが座布団代わりになって受け止めてくれます」
座布団? まあ、クッションの事だろうな。
もっと働け、俺の『脳内言語変換システム』。
「みんなして物好きだなあ」
保護者代わりについて来たプリムローズさんが、ちょっと呆れ気味だ。
◇
で、例の細長い空間だ。
朝日に照らされて、明るく、昨夜とはかなり雰囲気が違って見える。
床は妙にテカって見える。滑りやすくしてんのかな?
ここの床部分って要するに「重さのバランスで平衡になっている左右の長さが違うシーソー」だ。
ただ、右側にストッパーが付いてて、そこを踏んでもなんともない。
釣り合いの真ん中より左側に立つと、そっちに向けて傾斜するのだ。
「じゃあ、安全確認のために、まず俺から行くよ」
俺が言うと、すぐにミーヨが不服を申し立てた。
「えーっ、わたしが先。ジンくんって不死身だから安全もへったくれもないじゃない」
「……」
俺の『★不可侵の被膜☆』をなんだと思ってる? 雑に扱うなよ。
その隙に、
「うむ。では一番手は私だ!」
ラウラ姫がすばやく床に乗っかった。
し――ん。
「む?」
ちっちゃいから、右側の「重し」より軽かったらしい。機構が作動しなかった。
「「「「…………」」」」
みんな、笑いを堪えてる。
「姫ちゃん、一緒に行こう!」
ミーヨが右側の床に乗って、そろそろとラウラ姫に近寄る――と、ぐぐっと床が傾いた。
でもミーヨが履いてる「皮沓」の高い摩擦力のせいで、ヘンな風に粘って、滑り落ちない。
ついには二人とも尻餅をついて、そのまま斜めになった床を、お尻で滑っていく。そこは低摩擦らしい(笑)。
「「きゃ――っ!」」
かなりのスピードだ。危なくないか、コレ?
床の隙間から、外が見える。植物の緑が眩しい。夏だなあ。
「「んぎゃっ!」」
なんかガサガサした音がした後、二人は「滑り台」の上から退いたようだ。
軽くなった左側が、右側の「重し」によって音もなく持ち上げられて、ばふんっ、と空気が押し出される音がして、床板は自動的に元に戻った。
うん、確かにデッカい「ししおどし」みたいだ。
「「「「おおっ」」」」
よく知ってるはずのドロレスちゃんまで驚いてるし。
「では次は俺が」
「いや、君は最後にしなさい。下で次の子の服の裾がめくれるのを待ち構えられててもかなわんし」
プリムローズさんが正確に真実を突く。
「ハイ」
俺は素直に従うしかなかった。
残念ながら、今回はラッキースケベは諦めるしかないようだ。しょんぼり。
「では、お先に」
シンシアさんが意外と楽しそうだ。
「……きゃっ!」
そろそろと進んだシンシアさんは、上手に受け身を取ってお尻を打たずに滑り落ちた。
どこかしら、清楚で優雅だった。さすがは『俺の聖女』。
「……ぼそぼそ(階段がいきなり平らになって滑り落とされるネタとかあったわー。最後に金ダライ降ってきーへんやろな?)」
プリムローズさんが何やらぶつぶつ言ってるのが、聞こえたよ。
ならば、最後は大爆発で、みんな焼け焦げてボロボロの姿で、口から「ケホッ」って煙出すのが「完成された様式美」ってヤツなのでは?
俺もそれ知ってるよ。
『ゴールデン○ムイ』だな。『○人ホテルだよ、全員集合!』だ。
「……ぼそぼそ(『どりふ』の『○時だよ、全員集合!』やったな)」
あれ? 食い違いが……。ジェネレーション・ギャップってやつか?
でも実は、俺がこの異世界の麦畑で目覚めた時に、ミーヨが歌ってた「スコットランド民謡」の日本語版が『どりふ』に繋がってるのだ。
昨夜雑談の中でプリムローズさんに訊いてみたら、そう教えてくれたのだ。
なので、さっきの彼女の呟きも、その「記憶の繋がり」みたいなものに引きずられて出て来た言葉なのかも。
「おおっ、これはッ?」
見るとプリムローズさんは、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されるのに抵抗するように、両足で踏ん張って、立ったままの姿勢で滑り落ちていった。
サーファーか?
「ゲボッ!」
下で異様な呻き声が聞こえたけど……大丈夫っスか?
お次はドロレスちゃんの番だ。
「では、お先に」
上級者のテクを見たかったけど、ドロレスちゃんは最善の安全策を採った。
真ん中へんで体育座りすると、お尻を浮かせてちょこちょこ歩いて、機構を作動させたのだ。
そのまま、ホントにフツーの滑り台のように滑り落ちていった。
わりと怖がりなのか?
よし、俺もさくっと滑ろう――と思った瞬間。
いきなり壁掛けがめくられて、
「あなた! いったいこんなところで何をしてるのです?」
『七人の巫女』の一人、ロザリンダ嬢(巨乳)が入って来た。
「ロザリンダさん? どうして?」
「あなた方がまとまって階段を登っていくのを見かけたので、ついて来たのです。ここで何を……」
知らないとはいえ、ずかずか歩いてくる。
「ダメですって、ロザリンダさん!」
もう遅い。復元不能な傾き方だ。もう滑り落ちるしかない。
「きゃっ、なにこれ?」
傾いた床のせいで、姿勢を崩したロザリンダ嬢が俺に抱きついてくる。
香り立つような女性のニホイだ。何となく頭がくらくらする。
「いやぁ――っ!」
耳元でうるさい。
そして、そのまま絡みつくように滑り落ちた。
◇
「「あたたた………」」
みんなの前に現れた俺とロザリンダ嬢は、がっつりと抱きついたままだった。
「「「「……なにしてるの?」」」」
みなさんの声が冷たい。
「む。下も同じ色か?」
でもって、ロザリンダ嬢の下着が全開に見えていたらしい。え、下も?
「『巫女』さま、お怪我は? ジンさん、手を退けてください」
シンシアさんが近寄って、スカート……というかローブの裾を直してる。
手を退けろって言われても……俺の手はどこにあったんだ?
なんか丸くて硬いモノを触ってたんですけど……女性の身体にそんなパーツ無いハズ……ああ、分かった。
これってアレだな。『巫女』が身に付けているって言う『神授の真珠』ってヤツだ。多分。
「ああ、なにこれ? お腹に硬いモノが当たってる……」
ロザリンダ嬢が切なそうな声で言う。
ナニ言ってるの? 誤解されるからやめてー。
「ちょっ、ちょっと、ジンくん!」
ミーヨが俺を引き離そうと手を引っ張る。
「おい、ジン! 相手は純潔を求められる『巫女』だぞ!」
「むう?」
誤解だってば!
「うくっ、男くさい。なんで……どうして?」
なんか、俺が変な事したみたいな感じになってるし。
「……い、一体なんなんですか? あなたは……」
お腹に「硬いモノ」を押し付けられたショックが大きかったのか、『巫女』さまは半泣きだ。
「先程のアレは、火災時の緊急脱出装置の滑り台です。その動作確認のための試験中だったのです」
俺は一気にまくし立てた。
「火災!? 滑り台? あの硬いモノはなんなんです? はっ……まさか」
ロザリンダ嬢の顔がぎこちなくこわばる。
「違いますってば! ……ああ、しょうがないな。コレです!」
俺は、着ていた古代ローマ貴族風「トガ」のお腹の部分から、夜中に『錬成』したダイヤモンドを取り出して見せた。
キラン☆
朝日を浴びて、それは必要以上にキラキラと輝いてた。
「「「「「……(わあっっ)!」」」」」
みんなめっちゃ驚いてる。声にならないような喚声がした。
昨夜は暗くて確認出来なかったけど、こうして見ると、ほぼ完全な無色透明で、不純物が混じってないのが解る。
うん、今回の『錬成』は大成功だな。
本物の『宝石』としてのダイヤモンドを、先日の『王家の秘宝』探しの時に、直に手で触れられたお陰で、悲願の「換金アイテム」が爆誕したのだ!
そう言えば、ついさっきどさくさに紛れて触っちゃった『巫女』様の『神授の真珠』も、錬成可能になってるかも? あとで試してみようっと。
「……(ギラリ)」
ふと見ると、そのロザリンダ嬢の目の色が変わってる……。怖い。
「金剛石ってやつです。俺がれ……『魔法』で作ったものです」
この人の前では『錬金術』とか言わない方がいいような気がする。
ロザリンダ嬢がごっくん、と唾を飲み込んだあとで、
「ち、ちょっと見せていただいても?」
ダイヤモンドに手を伸ばそうとする。
彼女の指が触れる寸前で、
「待ってください。祈願。★滅菌ッ☆」
ミーヨが手慣れた感じで「滅菌」してくれた。
阿吽の呼吸というヤツだろうか? ちなみに彼女の耳元で俺が呼吸すると、「阿吽」に近い感じの甘い声を漏らす……って、それは今はいいか。
「どうぞ」
「……すっごーい、おっきい。硬――い」
ロザリンダ嬢がダイヤモンドを手に、魅入られたように陶然としている。
てか、なんか言い方エロいっスよ。止めましょうよ。
確かに大きくて、硬度10ですけど、誤解されるから。
「プロペラ小僧さま。いいえ、ジンくんね? 私は――『巫女』なので家名を名乗るのは控えますけど――私はロザリンダ。『銀の都』生まれの19歳よ」
ロザリンダ嬢が唐突に自己紹介を始めた。
なんの最初のミッションだ? 『キズナ○ーバー』か? 別に何の感覚も繋がってはいないよ?
「『赤』のいちばんの『お豆の日』生まれよ」
イヤ、どこのお豆がどんな風に赤くなってるかは知らないけれど……てかソレって「誕生日」なんだろうけど、いつなんだ?
『赤の日々』って『地球』の10月だったかな? その8日?
逆算すると真冬の寒い日だったんですね……受胎。
「『七人の巫女』の一人ではあるけれど、次代の『巫女』を選ぶ『巫女選挙』が終われば、恋愛禁止が解かれるの。もうすぐ自由に恋愛出来るようになるのよ」
何をアピールしたいんだろう?
「この貴方が作ったという、この宝石。とっても素敵ね。これってもっと作れたりするのかしら?」
なるほど、アピールポイントは「物欲」か……ってダメじゃん!!
「いえ、あの……」
俺に何も言わせない気なのか、言葉を遮られる。
「この宝石、こんなにいっぱいあるっていう事は、ここにいる貴方の愛人みんなに配るつもりだったんでしょう?」
「はあ?」
プリムローズさんが俺の「愛人」呼ばわりされて、切れそうになってる。
「…………」
ドロレスちゃんは無言のまま、じ――っとロザリンダ嬢を観察してる。
「あのー、『巫女』さま。違いますよ、私たち全員がそうではなくてですね」
シンシアさんも、弁明を試みるけど、『巫女』さまは黙ってなかった。
「つまり、その方だけが、一人ひとつずつではなく、2つあるいは3つずつ貰えるという事かしら?」
「むう……ぼそっ(剣があればな)」
ラウラ姫が物騒な呟きを漏らしている……斬っちゃダメだよ?
「ジンくんは、欲張りな女性はキライですよっっ!」
ミーヨがズバッと言う。
「貴女、今なんと言いました?」
ロザリンダ嬢にキツく睨まれて、
「ひゃうっ」
ビビって俺の背中に隠れやがった。情けない。
だがしかし、ミーヨは俺が守る!
「ぶつしけですが、『巫女』さま、何かお金にお困りなんですか?」
俺は訊ねてみた。
なんか、事情があるようにも思えるのだ。
俺もほとんど金ないから、他人の心配してる場合じゃないけどな。
「ぐっ……違います! そして『ぶつしけ』ではなく『不躾』です」
二重に否定された。
もちろん『この世界』の言葉で間違えたんだけど、俺の脳内ではそう日本語に変換されてる。
とにかく、俺の黒歴史に新たな一ページが刻まれたな。別に気にしないけどな(※強がり)。
そんな時、ドロレスちゃんがすたすたとロザリンダ嬢に近寄って行って、何事かを耳元で囁いた。
「……ぼそぼそ」
俺は耳の後ろに手をあてて「集音モード」でその声を拾った。
(薔薇。落ち着きなさい。私が分かる? リンダよ)
薔薇?
『この世界』の夜空には、『真っ赤な薔薇』って呼ばれてる赤いガス状星雲が見えるけど……それ?
「…………? ……!!」
しばらく黙り込んだ後で、突然何かに衝撃を受けたように、劇的にロザリンダ嬢の様子が変わった。
「い、今までのは……聞かなかったことにしてください。こんな大きな宝石には、きっと魔性が宿っているのでしょう。少し……自分を見失っていました」
ロザリンダ嬢は、自制心を取り戻したようだった。
てか、俺の「*」から出て来た宝石に、魔性もク○もないんだけどな(笑)。
「…………」
ドロレスちゃんは、何を知っているんだろう?
『巫女』ロザリンダ嬢を、冷たい青い瞳でじっと見つめている。
「本当に、失礼……しました。では、私はこれで……」
醜態を晒したことが悔しいらしい。俯いたまま、逃げるように去っていった。
その後ろ姿を見送ってから、ドロレスちゃんに声を掛けた。
「さっき、何を言ってたの? 薔薇とか、リンダとか言ってたよね?」
「……お兄さん、耳がいいんですね。でも、ロザリンダってあの人の名前じゃないですか? 何か変でしたか?」
ドロレスちゃんは、特にいつもと変わりはないようだけど……『巫女』ロザリンダ嬢と個人的に何か特別な関係なのかもしれないし……突っ込んでは訊きづらい。未消化でモヤモヤするものはあるけれども、ほっておくしかないか。
「で、ジンくうん。コレ、みんな一個ずつ貰えるの?」
ミーヨが、ダイヤを物欲しそうに見ながら言う。
「お前、つい先刻、『巫女』さまを欲張り呼ばわりしてなかったか?」
「わたしは欲張りじゃないよ」
無垢な表情で言う。
「じゃあ、なんなん?」
「貧乏」
「どうぞ、お持ちください」
俺はダイヤモンドを差し出した。
そう言われると、責任の一端を感じます。
「わーい! キラキラしてる。ありがとう、ジンくん!」
ミーヨが遠慮なくあっさりと受け取って、朝日に照らして輝きを楽しんでる。
先日の『王家の秘宝』探しで見つけた『宝石』は、なんだかんだで一個も自分たちの物にはならなかったしな。
「みんなにも、もちろんあげるよ」
製造原価はほぼゼロなので、俺は軽い気持ちで言った。
いちばん小っちゃいラウラ姫には、いちばんデカいヤツをあげよう。
「姫。これを」
「うむ。『王都』で首飾りに仕立てよう。ありがとう、ジン」
気に入ってくれたようだ。
側に居たドロレスちゃんにも差し出す。
「お兄さん。太っ腹ですねー!」
ドロレスちゃんが、びっくりしながら受け取ってくれた。
つづいて、プリムローズさんにも。
「私にも? 何か企んでない?」
「未来への投資です」
「……やっぱり、企んでるじゃない」
「これからもいろいろ教えてもらったり、助けてもらったりしたい、って意味ですよ」
「そう? じゃあ」
プリムローズさんが疑い深そうに、ダイヤを摘まむ。
なんとなく彼女が持つと、宝石に見えなくなるのはどうしてだろう?
「シンシアさん?」
「…………」
シンシアさんは遠慮して手を出さない。
「なんでしたら、後で『神殿』に納めて貰っても構いませんよ」
受け取って貰えないかもしれないので、納得してもらえるように言うと、
「そういうことでしたら」
両手で、丁寧に受け取ってくれた。
良かった。一人だけ仲間はずれみたいにならなくて。
で、2つ余った。どうしよう? ……コレ。
◆
ストックは意外な時に役に立つ――まる。




