039◇不思議の間のふしぎ
簡単な食事をとりながら色んな雑談をしていると、わりと遠くから、『七人の巫女』の一人ロザリンダ嬢が、小走りに近い速さで近寄って来るのが目に付いた。
なんというか、お胸が凄い揺れ方なので、見ててとても楽しかった。
……我ながら素直過ぎる感想だな。
俺たちの近くにまで来ると彼女は、
「シンシア。『神官長』さまはどちらか存じませんか?」
早口で、そう訊いてきた。
『神官長』って、ヒサヤが「●゛」を治したっていう人のことか?
「いえ、こちらには……」
シンシアさんが首を振ると、
「そうですか……失礼しました」
ロザリンダ嬢はあっさり立ち去った。
後ろ姿からも、美人オーラが出てる。すごい女性だ。
「ねえ、シンシアちゃん。『神官長』さまってお髭の長――いお方?」
ミーヨが手真似で、なが――い髭を作りながら問うと、
「はい。『全能神』さまの美髯に倣って、男性の高位神官はお髭をたくわえるのが慣習になっていますので」
シンシアさんが答えた。お髭を伸ばす理由も添えて。
「だったら、あっちの壁掛けの裏に入っていったよ。わたし見てた」
ミーヨが指さす方を見ると、そこには『農村の風景』を織り込んだ豪華な壁掛けがあった。劇場の舞台にある『緞帳』みたいなヤツだ。図柄が『貴婦人とユニコーン』じゃないのが残念だ。
「では、見てまいります」
「俺も行きます。プリムローズさん、ラウラ姫をお願いします」
「ああ」
「こっち」
ミーヨの先導で、俺は壁掛け目指して広間を横切る。
途中――
(見て見て、奥様。あの方がプロペラ小僧さまですわよ。……姫のお相手の)
(プロペラ小僧って、なんですの、奥様?)
(ゴニョゴニョ)
(むあああ、そ、そんな方と姫が……)
なんか、俺を知ってるらしい奥様方のひそひそ話が聞こえた。
ほっといて欲しいんですけど。
◇
「この辺で、壁掛けの絵の中に入るみたいに消えたの」
ミーヨが壁を指す。
「確かにここ、端に隙間がありますね。あちらからでは気付きませんでしたけど」
シンシアさんの言う通りに、遠目だと建物の柱が壁掛けの縁飾りみたいに見えたんだけど、近寄ると人が入れるくらいの隙間があった。
「中、見て来ます」
俺は一人で中に入ってみた。
壁掛けの後ろ側は、意味不明な「出っ張り」だった。
大き目の窓が並んでいて、廊下の一部みたいに見える細長い空間だ。窓の外は夜の闇。雲ってるのか星も見えない。
――そして、そこには誰もいなかった。
しかし、ヘンな空間だ。
でも、なんでここを隠す必要があるんだろう?
普通に長椅子でも置いとけば、座って休憩出来るのに。てか、そんな風な場所にしか見えないのに……。
「ジンくうん?」
ミーヨが壁掛けの端からぴょこん、と顔だけ出す。その上からシンシアさんまで同じように顔を出した。
「暗くてよく見えませんが……ミーヨさん、たしかにこちらでしたか?」
「うん、そうだよ。祈願。★光球っ☆ あれー? 誰もいないね、見間違いだったのかなー?」
ミーヨが『魔法』でちょっとだけ空間を明るくする。
そう言えば、俺って右目の『光眼』に「暗視機能」があるので、夜目が利くのであった。
『この世界』の建物のガラス窓って「ハメ殺し(変な意味じゃないよ?)」で開かない場合が多い。代わりにその上に換気戸がついてる。
ガラス窓が開いたとしても、いい加減お年寄りの『神官長』が飛び降りるハズがない。
……ここは二階なのだ。
ま、校舎の3階の窓から飛び降りて平気だったアニメキャラなら、何人か知ってるけれども……。一例として、ミッシェルのお友達の子……冬海さんじゃなくて「こ○ろん」とか。
「誰も居なかったし、戻ろう」
「そうですね。戻りましょう」
シンシアさんはあまり気にしていないようだ。
子供じゃあるまいし、別段危険な事はしないだろうしね。
「うーん?」
まだ納得してないミーヨの手を引っ張る。
なんとなく釈然としないまま、俺たちは引き返した。
壁掛けから出ると、会場の注目が真ん中に集まっていて好都合だった。
人の輪の中に、昨夜全裸で怒られてたロベルトさんがいた。ちゃんとした料理人の恰好をしてる。
その前には、大きなワゴンがあって、デッカい銀色のアイロンみたいなヤツが乗っていた。
イヤ、これって料理が冷めないようにするための「保温用のカバー」だろうな。正式名称知らないけど。
昨夜全裸で怒られてたロベルトさんがそれを持ち上げると、軽い喚声が起きる。
「「「「「……おおぉぉっ!」」」」」
カレーの匂いだ。
◇
一気に『不思議の間』全体に広がったスパイシーな香りから、ふと『食○のソーマ』の「カレー料理対決」を思い出しつつ、姫の許に戻る。あれは『秋の選抜』だったっけ?
「あむっ」
ラウラ姫は完全に目を覚ましていた。
『満腹丸焼き』の巨大な腿肉を持って、かぶりついていた。凄いカレーの匂いだ。
でっかい金属のトレイには、添え物なのかいっぱい野菜があって、肉汁と香味野菜から出たスープで煮詰まったみたいにカレー色になっていた。「そこ」だけでいいから、俺も食いたい。ライスもちょうだい。
「あむっ……もぐもぐ……ジン。どうであった?」
一応の説明は受けたらしい。事情は分かっているようだった。
「いえ、特に何も見つかりませんでした」
「うむ。であるなら、みなも食べよ。……がぶっ……もぐもぐ」
ラウラ姫が睡眠欲を満たしたので、今度は性……それは後のお楽しみか。今度は食欲を満たすべく、爆食いしてる。
俺たちも取り分けて貰い、『満腹丸焼き』を食べた。
うん、お肉メインのチキンカレーだ。ライスちょうだい!
「(パキン!) ★対飛沫・服飾品防護星装っ☆」
指を鳴らす音がしたので、見たらプリムローズさん独自の『魔法』のエプロンだった。
虹色のキラキラ星が服に張り付いて、カレーの「飛び跳ね」を防ぐらしい。御大層な名前の割に、なんて「平和」な『魔法』なんだ。
「……はぐはぐ」
シンシアさんが白い『巫女見習い』の祭服に気を使いながら、優雅に食べてる。
ああ、あのスプーンになりたい。
プリムローズさんは……え?
パンをカレーに? 浸すの? あ、浸した。あ、食べた。うわー、未知の領域だ。
『前世』でカレーパンなら食ってたけれども……でも、アレは完全に別物だしな。
「ふぁにほ?」
ガン見してたら気付かれた。――失礼しました。
「いえ、あの、前々から不思議だったんですが、こういう場所での食事って『毒見』しないものなんスか? ラウラ姫のを」
色々誤魔化すために、そんな事を訊いてみた。
「(ごっくん)……ああ、平気よ。解毒の『魔法』もあるし、今夜は『癒し手』のシンシアもいるから、多少の毒では死にはしないから。それに『この世界』じゃ――食べずに後悔するよりも食べて後悔しろ――って考えが普通だしね」
そんなノリだったのか……。
みんなバクバク食うハズだ。
ちらっとラウラ姫を見ると、『満腹丸焼き』の巨大な腿肉を完食したところだった。骨は、そのまま棍棒として使えそうな感じだ。
「うむ。では他の物も軽く」
ラウラ姫が言った。
ただ、姫ともなると、自分では取らずに人に任せる。
「うむ。これとそれとあれとそっちとこっちとついでにそれも」
生ハム似の塩漬け豚腿肉と、魚の三枚おろしのグルグル巻きと、三種の果実入り薄皮重ね焼き(パイ)と、船型クッキーにナッツのヌガー盛りと、魚の揚げ物と、またしても『満腹丸焼き』だ。
ちっとも軽くない。
「はい、ただ今っ」
ミーヨが銀の大皿を持って、あたふたしてる。
筆頭侍女のプリムローズさんじゃなくて、侍女のフリをしてるだけのミーヨがこき使われている……不憫だ。
「はむっ」
ラウラ姫がミーヨが盛った料理をバクつきだした。
◇
「「「「「……(ざわざわ)」」」」」
なんか向こうの方が騒めいてる。
ちょっとした騒ぎが起きようとしていた。
「組合長ーっ! 組合長――っ! みなさん、『鍛冶職人組合』の組合長を見ていませんかな? 見当たらんのです」
男性の声が響いた。
(まあ、場も弁えず、なんてガサツな)
(仕方ありませんわ。普段、鉄板を叩いている方々ですもの)
奥様方からそんな囁きも聞こえる。
なんていうか、『王都』行ったらこの何倍も面倒くさいんだろうなあ……。
「組合長ーっ! 組合長――っ!」
そして、広間の別の方からも同じような声があがった。
「おおっ! 会頭がいない! 会頭どちらに?」
そっちでも人探しが始まったらしい。
「「「なんだなんだ?」」」
広間全体がざわつきだした。
――三人の行方不明者か?
なにやら、事件の匂いがしないでもないけど……狙われた(?)のは、全員おっさんとか爺さんらしいので、あまり真剣になれない。
俺の理想は「乙女のピンチ」を華麗に救って「俺のチャンス」にする展開だ。男はいいです。いらないです。
しかし……
「む?」
「また行方不明か?」
王女主従が気にしだした。
「あのー、ジンさん」
「なんですか、シンシアさん?」
「私、なんとなく気になって壁掛けのあたりをうかがっていたんですけど……先刻、二人の方が中に入っていって……そのままですよ」
「とすると事件解決じゃないですか。その二人はあの壁掛けの裏側で……」
「ち、違うんです」
「違う?」
「二人の方と言いましたが、一人は女性でした。給仕の……こちらのお屋敷の方かと思います。そんな服装でしたから」
つまり片方はメイドさんか。
そこに、ずっと聞き耳を立てていたらしいミーヨが口をはさむ。
「あの裏側で、えっちなことしてるかもしれないってこと?」
「……そんな、はっきりと。ミーヨさんたら」
シンシアさんが赤面する。
「照れたシンシアちゃん。可愛いねー」
「うむ」
ラウラ姫口調で同意する。
その時だった。
「……うっ、ぎゃぁぁぁあああああ!!」
悲鳴だ。
「今のって――あの壁掛けのあたりからですよ?」
「ジンくん。行ってみようよ!」
「イヤ、あきらかにおっさんの悲鳴だよ? 女の子の悲鳴ならすぐ行くけど……」
昨夜も同じような事があったよ。もーやだよ。
「うむ。ジンらしいな」
ラウラ姫の同意も得られたし、ここはスルーだな。
と思ったら、
「行ってきなさい」
「ハイ」
プリムローズさんにキツく言われると、ついつい従ってしまいます。
◇
俺の他に、駆けつけて来た礼装の番兵隊長や、何人かの関係者と問題の壁掛けを開けて見る。
――そこには誰もいなかった。
今回のメイドさんも入れると四人が失踪? 行方不明?
『不思議の間』の「不思議」ってこういうこと?
◇
夜会会場である『代官屋敷』二階の『不思議の間』から消えた四人の人間――彼らは、しばらくするとあっさりと戻って来た。
最初に消えた『全能神神殿』の『神官長』(俺たちに昼食を勧めてくれたチャンポン方言の爺さんだった)は、最後に消えたメイドさんらしい女性に介添されながら戻って来た。どこかしら痛めているらしい。出血はないようだけど。
『癒し手』のシンシアさんが急ぎ駆け寄り、光る白い手で『神官長』を治療している。
その脇で『七人の巫女』の一人のロザリンダ嬢が、ただ様子を見守ってる。なんで、彼女が治療しないんだろう?
二番目に消えたらしい『鍛冶職人組合』の組合長は――偵察に行った侍女風ミーヨによると、頑固そうな職人風のおっさんで、近寄って事情を訪ねる周囲の人たちに対して、ずっと沈黙を守っていたそうだ。
そして、三番目に消えた『会頭(どっかの商会のトップらしい)』という脂ぎってスケベそうなおっさんは、何かに対して激しく怒っているようだけど、こちらも終始無言を貫いていた(こっちは俺が直接見てた)。
なんとなく、『この世界』の成人男性は、「自身の恥や失敗は絶対に他人には話さない」というダンディズムを持つらしい。
ミスやヘマは、面白おかしく話を盛って、ネタにしてしまう元・日本人の俺は、見習った方がいいのかもしれない。
俺はこの先も、『この世界』で生きて、年をとっていくのだから。
――それはともかく、彼ら四人は、広間の入り口から戻って来た。
『不思議の間』は細長く、西の端は大き目のトイレと、ちょっとした休憩スペースになっていて、通常は外には出れない。
そして東の端が入り口となっていて、中央の猫怪談……イヤ、大階段に続き、その向こうは『鏡の間』だ。
入り口の扉は閉じられていたし、扉の外には、警備のために駆り出されていた街の番兵隊が、人の出入りをチェックしていた。
◇
「つまり、四人はいったんこの『不思議の間』から直接建物の外に出た。問題はその手段が不明――という事か?」
プリムローズさんが事件(?)のポイントを絞ると、ミーヨが感想をもらす。
「ふしぎだよねー」
「訊いても答えてくれないんですよ」
俺は直接質問したりしなかったけど、全員黙したままなのだ。
――居なくなった四人がすぐ戻って来たことで、夜会は何事もなかったかのように続いている。
一連の出来事は、「事件」にはならなかったのだ。
「うむ。では、秘密の抜け穴か」
ラウラ姫が腕組みして自信たっぷりに言うけど……。
「ご存知なんですか?」
「うむ。『王宮』にはいくつもあったぞ」
「殿下。ここでは構いませんが、他ではそのこと他言無用に願います」
姫の放言に、プリムローズさんがちょっと慌ててる。
「この屋敷にもあるんですかね? ドロレスちゃんなら詳しそうですけど……居ないしな」
俺がぼやくと、ミーヨが提案する。
「やっぱり、すっきりしない! もう一度あの『壁掛け』の裏よく見てみようよ」
「いいですね。今度こそしっかりと確かめてみましょう」
ちょうど戻って来たシンシアさんまで乗り気だ。
もう一度「現場」の確認か……『氷○』の折木○太郎君なら、行くの嫌がるだろうな。前髪いじるだけで推理しちゃいそうだ。
とにかく、ちょっとした探偵ごっこだ。
みんなで、壁掛けまで移動する。
ラウラ姫がいるので、わりと目立ってたけど、まあいいだろう。
◇
「★光球っ☆」
プリムローズさんが人差し指と親指をパキン! と鳴らす。
白い光球が出現して、物凄い明るさで、壁掛けの裏の細長い空間が、隅々まで照らされる。
この『魔法』は、『水灯』とどう違うんだろう?
「別になんもないんだよなぁ」
「不審な点は……といいますか、そもそもここって何のための場所なんでしょう?」
「外に向かって、出っ張ってる感じだけど?」
「ふーん、建物から張り出しているのか? この下はなんだったかな?」
言いながら、一人ずつ奥に進んでいく。
――と、床が傾いた。
「む。浮くぞ」
ラウラ姫が短く呻く。
「マズイ、みんな戻って! 床が下がってる!!」
俺が警告し、シンシアさんを押し戻すように抱きつく。
「きゃっ」
イヤ、緊急事態だし。
みんなして、急いで入った方に戻ると、床は水平に戻った。
「「「「「…………」」」」」
びっくりして、みんなしばし無言だ。
「……あの、ジンさん」
俺が抱きついたままのシンシアさんから、控えめな声がする。
「あ、すみません」
言われるまで、たっぷり堪能しました。ハイ。
「今のって……重い方に傾いたよね? 天秤みたいに……」
ミーヨがなかなか鋭い。
しかし、俺とシンシアさんの方には、注意が向いてなかったらしい。よかった。
「いや、天秤なら、誰かが一人入った時点ですぐに下がったろう」
プリムローズさんがミーヨ説を否定した後で、一人ぶつぶつ言ってる。
「これって……なんだったかな? こっちに転生して長いしな、うーん」
何かを思い出せないようだ。
「ししおどし……ですか?」
シンシアさんが言うと、プリムローズさんは合点がいったようだ。
「おお、そう! 『鹿威し』!」
竹筒にちょろちょろと水が溜まって……カッポ――ン! のヤツか?
――そう言えばそんな感じだ。
片側に「ストッパー」と「重し」が付いてるようで、向かって右側の床を踏んでもなんともない。左奥の方に重みが掛からないと、床は動かない。そして重みが去ると、自動的に水平に復元する。
……ただ俺には「忍者屋敷」の「絡繰り」の「仕掛け床」みたいにも思えてしまうけれども。
シンシアさんはどうして知ってたんだろう?
「……『ししおどし』?」
「む?」
ミーヨとラウラ姫が置いてきぼりにされて、不満そうだ。
「畑を鳥や獣から守るために、音を出す道具です。竹という植物で出来ていてですね。水を流して……」
シンシアさんは、二人に鹿威しの構造を説明してる。
そう言えば、この辺でも「竹製品」は色々と見かけるけど……地面に植物として生えてる『竹』は見かけないな。
どっか、遠くからの輸入品なのかな?
ところで、
「……畑を守るため?」
俺の呟きが聴こえたようだ。プリムローズさんが説明してくれた。
「日本庭園にある『いめーじ』だろ? 元々はシンシアの言う通り……というか名前の通りの害獣除けの『鳴る子』みたいなものだったらしいよ。日本庭園に組み込まれるようになったのは江戸時代かららしいよ」
「へー……そうなんですか」
つまりシンシアさんの知識は、もっと古い時代の日本のものということらしい。
「む? 落とし穴の罠か」
姫。それはちょっと違うと思います。
「つまり、片側にだけ下がる『しーそー』? あの四人は『滑り台』みたいに外に落っこちたの?」
ミーヨは、こういう時、理解が早い。
きっとその通りだな。
あの人たち、よく怪我しなかったな。
下に、衝撃吸収マットでも置いてあんのか?
「わたしも、やってみたい」
ミーヨがうずうずしてる。
「うむ。いざ!」
ラウラ姫も完全にその気だ。
こらこら、二人とも。
「お止めください、殿下。殿下が消えたら大騒ぎになります」
「「むう」」
プリムローズさんの制止に、二人でむくれてる。
「でも、何の目的でこんなものが設置されてるんでしょう? 泥棒除けにしては意味のない場所ですし」
シンシアさんがそう言うと、壁掛けが動いて誰かが入って来た。
「あたしがお教えしましょう」
「む?」
「「「「ドロレスちゃん!?」」」」
――この子、神出鬼没すぎる。
◇
ドロレスちゃんは、メイド姿だった。
しかも、わざわざ茶髪のウィッグで頭髪の色を誤魔化し、頬にはソバカスまで描きこんであった。
いつから紛れこんでたんだろう?
イヤ、たぶん最初から居たんだろう。
「「「……ぜんぜん気付かなかった」」」
「なんで、そんな格好?」
訊いてみた。
「あたしも色々と反省しまして……お手伝いです」
ドロレスちゃんはさくっと言う。
「「「「……(疑惑の目)」」」」
みんな信じてないよ?
「あのー、たしか会頭さんとここに入りませんでした? 一緒に落ちたんですか?」
シンシアさんだけは、ドロレスちゃんの変装姿に見覚えがあったらしい。
「いえ、三人目はあたしが落としてやったんですけどね」
ドロレスちゃんは平然と言う。
「どゆこと?」
「はい、あたし、何かあったらすぐに隠れられるように、この壁掛けの近くに居たんですけど――最初の『神官長』さんは、あたしにお手洗いを訊ねられまして……『向かって左奥です』と案内してさしあげたら、何を勘違いしたのか、この壁掛けをめくって、いきなり左側の床に乗って自沈されました」
「…………」
シンシアさんが唖然としている。にしても自沈って……。
「ほう。で?」
プリムローズさんが頭痛を感じているかのように、こめかみを押さえている。
「二人目の『鍛冶職人組合』の方は、『この壁掛けはなんだ? こんなものなかったハズだ?』と言われて……奥にズカズカ入り込んで轟沈されました。ここは『冶金の丘』なのに、壁掛けが農村風景の図柄だったのが気に入らなかったようでした」
今度は轟沈ですか?
「でも、三人目のおじさんと一緒にここに入ったんでしょ?」
ミーヨが訊くと、
「いえ、なんかイヤラしいおじさんでして、『ねーちゃん、いいケツしてるじゃねーか』とあたしを壁掛けの裏まで追いかけて来たので、闇に紛れて蹴飛ばして撃沈してやりました」
最後は自ら攻撃して撃沈してやったのか?
「む? 無事であったか?」
ラウラ姫が妹を心配する。
「あ、はい。逆にあたしがケツを蹴ってやりました」
「「「「…………」」」」
みんな何ともいえない表情で黙ってる。
こっそり彼女の足元を見たら……爪先の尖った木靴だった。「中折れ式の銃」みたいに装着するタイプのやつだ。痛そう。
「で、その時悲鳴を上げられたので、しかたなくあたしも下に降りてから、落ちたみなさんに口止めして、またここに入って来たんです」
あの三人のおっさんたち、男のダンディズムとかじゃなくて、年端もいかない女の子から口止めされて、黙ってたのか……。
「あれ? ……だいぶ、話が逸れましたね?」
「ですね。ここは一体なんなんですか?」
シンシアさんが軌道修正すると、
「ミーヨさん、気を強くもって聞いてくださいね?」
ドロレスちゃんが、同じようなメイド姿のミーヨに向かって言った。
「……なに?」
ミーヨが身構えた。
「これって、火事の時の緊急脱出装置なんです。12年前の『王都大火』を教訓として10年前に設置されたそうです」
「「「「…………」」」」
みんな、無言だった。前に『王都大火』の事で、ミーヨが気を失ってしまった事を思い出したんだろう。
本人に言わせれば、意識はあって、気絶ではなかったそうだけど身動きもとれないような状態になってたからな……。
けれど、ミーヨの口から出たのは、意外な言葉だった。
「――これって外からも動かせるよね。ここから中に入って来れるんじゃないの?」
「……あ、はい。実はそうです。なんで分かったんですか?」
「昨日の夜。ドロレスちゃん、わたしたちより先回りして、階段で待ってたよね?」
ミーヨは逞しく笑う。
もう他人に『王都大火』の事を言われても、耐えられるようになったんだろうか?
すこしずつ、人は変わっていくんだろうか。
「はい、ご明察です。ここを使って屋敷の中に入りました」
ドロレスちゃんも、ミーヨの変化に気付いたようだ。
「あたし、子供の頃からここを滑り台代わりにして遊んでたんですよ」
ほっとしたように、軽口をたたく。
「「「…………」」」
他の三人には、このやりとりが意味不明だったかもしれないけど、何かを察してくれたようで黙っていてくれた。
「ついでに言うと、夜会会場の設営は、よその人たちに頼んだのですけど……そこの人たちが、ここをただ立ち入り禁止にするのも無粋なので、この壁掛けですっぽりと隠してしまったんです」
補足説明し終えたドロレスちゃんは、不意に真剣な表情で――
「今回の件が、今後みなさんの生命を救う事になるかもしれません。よく覚えておいてください」
予言めいた言葉を口にした……と思ったら、
「――なーんて言うと、謎の女っぽくてカッコイイですよね!」
ニカッ☆と笑った。
謎の女というよりも、悪ガキの笑いだった。
◆
何かの名前の由来を辿ると、衝撃的な事件だったりする事も――まる。




