038◇不思議の間の夜会
「アリスかッ!?」
突っ込んだのは俺ではなく、プリムローズさんだ。
それと言うのも、「夜会」の会場が、食堂だった『鏡の間』の対の棟にある『不思議の間』という広間だったからだ。
元・地球人としては、抑えきれないものがあったんだろう。
気持ちはよく解る。「不思議」とか「鏡」とか……アレが思い浮かぶよ。
それはそれとして、今宵の彼女は、いつもの黒い侍女服姿ではなかった。
夜会でラウラ姫に随伴するために、艶やかな光沢の水色のドレス姿だ。ちなみに、白いエプロンは付属してない。
波打つ赤毛を、右側頭部でひとつにまとめて垂らしてる。
それがまるで、炎みたいだ。
「む。何か? プリムローズ」
「……いえ、なんでもございません、殿下」
やーい! 突然叫んだから、怒られてやんの(笑)。
「ジン」
ラウラ姫は、主賓らしく、華やかな赤いドレスだった。
『宝石』のルビーみたいな、透明感のある、ふしぎな色味の生地だ。
わしゃわしゃとした癖のある金髪をアップにして、銀のティアラをのせてる。
銀じゃなくて、プラチナかもしれないけれど……その中で、キラキラと輝いてるのは、小粒のダイヤモンドっぽい。
そう言えば、先日の『宝探し』の時、ふと『響け! ユーフォ○アム』の「川島姉妹」のことが脳裏に浮かんだけれども。
今日もそうだ。「ルビー」とか「プラチナ・ダイヤモンド」とか。
ただ、アレは想像上の姉妹だ。でも、個人的にあの妄想シーン大好きだ。
ま、それはそれとして、ラウラ姫は、全体的に小柄で小さい。
ドレスの短い袖とスカートがぽわん、と膨らんでる。
背中に、大きなリボンもついてる。
すごく幼く見えるデザインだけど……まさか「子供服」じゃないよね?
とにかく、見事なまでの「こどもプリンセス」だ。かわいい。
……てか、怒られるか。
その微笑ましい姿を、ぼ――っと見てたら、
「……(あいて)……。まことに美しゅうございます。姫殿下」
後ろからミーヨに「膝カックン」され、そのまま片膝をつき、王族に対する礼をとった。
うん。一昨日の授業内容を、完全に忘却してました。
「うむ」
ラウラ姫は恥ずかしそうだ。
なんだ、照れてるのか? 可愛いじゃねーか?
よし、こうなったら後でたっぷりと(以下略)。
……てか、俺ってこればっかだな。
俺自身は、無理矢理着せられた『女王国』での男性の正装――前開きのハーフコート(スペインの闘牛士が着る『ボレロ』の裾を長くしたみたいなカタチだ)――のせいで、動きがぎこちない。
ラウラ姫とドロレスちゃんのお爺さんが、若い頃に着てたヤツらしい。
『★密封☆』とかいう『魔法』で、ある意味時間を停めていたみたいに、古びた感じは全然ない。
ただ、俺は全裸に慣れているので、服の布地で全身の肌がざらつく感じが微妙にイヤだった。
早く脱ぎたい。全裸になりたい。
――でも、きっとプリムローズさんに怒られるだろうから……やめとこ。
とにかく、自分でも笑ってしまいそうになるけど……「騎士の如く」姫のエスコートをしつつ、大階段を上る。
◇
初めて来た時には猫がいっぱい居たT字型の大階段を左折すると、現れる大扉。
その奥が『不思議な間』だ。
なんとなく体育館みたいな天井の高さと、床の広さだ。
ただし、左右で対になってる建物の、西の棟なので、室内は細長い。
キラッキラなシャンデリアの輝きの下に、夜会の支度は整っていた。
俺たちが先に入って、来客の出迎えを行う。
そこに『全能神神殿』の関係者が、地味目の祭服で現れた。
その中の一人――
「……(ぺこり)」
シンシアさんが俺たちの方に会釈する。
ローブのような純白の祭服姿が、彼女の清楚さを際立たせていた。
白く大きなヴェールを独特な折り方で整えて、長い黒髪とお顔を隠してる。『巫女見習い』としての慎みらしい。
ただ、今日の「夜会」って立食形式なんだけど……食べる時はどうすんだろ?
その後ろからは『七人の巫女』の一人、ロザリンダ嬢もご来着だ。
『巫女』は『巫女見習い』と違って、素顔を晒してもいいみたいだ。白いヴェールは付けてない。
美貌と巨乳で、めっちゃ目立ってる。
派手なロザリンダ嬢の後ろには、幼少の『巫女見習い』が付き従っていた。
なんとなく、見覚えのある感じがしたので、よーく見たら、なんと俺たちが助けて、俺が名付け親になってしまった元・獣耳奴隷のヒサヤだった。両手で大き目の白い手箱を重そうに持ってる。
ヒサヤはド緊張して、俺たちがいるのに気付いてないみたいだ。
あとで気付いた時に、めっちゃ驚く事だろうな。
来客全員の出迎えもつつがなく終わり、あとは姫のご挨拶らしい。
「あの小っちゃい『巫女見習い』。ヒサヤちゃんだったね」
ミーヨがこっそりと近づいて来て、そう言った。
キラン☆ とおでこが光ってる。
いつもの三つ編みじゃなく、つややかな栗毛をアップにまとめているので、全開のおでこだけが凄く目立つ。
「うん、そうだったな」
俺はそう応えて、ミーヨを見る。
髪型はともかく――今日、いちばん普段と違うのはこの子かもしれない。
普段のプリムローズさんと同じような、地味な侍女風の装いなのだ。
自分の実家が『王都大火』の火元になった事に引け目を感じているらしくて、華やかな社交の場に「オ・デコ家」の令嬢として立つ事を拒んだのだった。
俺がなんと言っても、これだけは聞いてくれなかった。
ミーヨ自身に罪はないはずなのに、こんな「日陰の身」扱いは本当に可哀相だった。
もし、その『大火』の真相を突き止めて、ミーヨの一家に罪がないことを証明出来るのであれば、そうしたい。
でも、12年前の事だしな……俺らの仲間は、当時みんな4歳とか3歳だよ。
誰にどう訊ねれてみればいいのやら……。
◇
一通り、儀礼的な段取りが終わると、自由な立食になった。
豪華なシャンデリアがたくさんある大きな広間には、気品あふれる紳士淑女が――と言いたいところだけど、女王陛下直轄領なのでエライ貴族がいるワケでもなく、街のお偉いさんと言っても、普段は金属製品扱ってる職人や商人たちなので、あまり気取った雰囲気はなくて、気が楽だった。
なので、立食と言ってもビュッフェ形式と言うより「食べ放題」みたいなノリだ。
今回の夜会の食事の仕出しは、街の『飲食店組合』にほぼ丸投げしてあるらしいので、豪華な宮廷料理というよりも、ちょっとお高めのディナーくらいの内容らしいので、そう言う意味でも気楽だった。
見ると、やっぱり食器が「船」のカタチに似てる。
先日会った『全能神』さまと『全知神』さまが言ってたけど、『この世界』の人間は、『地球』で「船」に乗ってるところを神様の謎パワーで「コピー&ペースト」された人たちの子孫らしいので、そのせいか色々なところでボート型の容器を見かける。
大きな木製の「船型食器」は、日本の「船盛」みたいだ。
でも、乗ってるのが「肉料理」だ。
ああ、刺身食いてー。しそ(大葉)食いてー。お醬油飲み……イヤ、それはいいや。
俺たちはまだ飲めないけれど、アルコールのコーナーもある。
テイスティングも許して貰えないので、『この世界』にどんなお酒があるのか、まだ不明だ。
ビールはあるけど……パーティーだからか置いてないな。
でも、葡萄はあるから、葡萄酒は確実にあるだろうな。
てか、俺たちの育ったボコ村でも葡萄酒造ってるって聞いたな。
バーのカウンターみたいになってるところを見てみると……色彩豊かな果実酒が多い。
凄く甘い良い香りがする。何かのリキュールかも?
おや? あのお方がいた。
「オラオラオラ、呑め呑め呑め、このク○ッタレ」
「ご隠居……お戯れ……を……げぼげぼげぼげぼ」
この街の『代官閣下』だと言うドロレスちゃんのお爺ちゃんが、冶金組合の組合長さんに絡んでいた。
面倒な事にならないうちに、そーっとその場から離れる。
広間の一隅には楽団がいて、なんとなく『地球』のクラシック音楽風の曲を奏でている。
楽器は奇妙なカタチの、見慣れない物ばっかりだ。
でも楽団員の中に、なんとなく見覚えがあるような人たちもいる。
俺とミーヨが『冶金の丘』に着いた初日に、街の外でみんなで野宿する羽目になった時に、焚き火を囲んで演奏していた旅の楽団の人たちかもしれない。
もう夜なのに、室内は煌々と明るい。
スウさんのパン工房は朝が早かったので、夜はすぐに真っ暗くして早めに眠りにつかされていたし、『全能神神殿』の『宿泊房』も日が暮れると、そのまんま室内も暗くなる無照明の部屋だったので、夜に室内が明るい事に妙な違和感がある。
あのでっかいシャンデリアって、光源は蝋燭でも電灯でもなく、『魔法』で光る謎液体が詰まったガラス球『水灯』らしいけど……。
「あのー、ジンさん。何を見てるんですか?」
神秘的な白いヴェールを被った『巫女見習い』の女性に、そう話しかけられた。
「あのシャンデリアって、なにで光ってるのかなー、と思いまして。ご存知ですか? シンシアさん」
なんとなく訊いてみた。
「『しゃんでりあ』? ああ、あの懸垂式眩惑照明水灯の事ですか?」
シンシアさんに逆に訊かれた。
『この世界』では、シャンデリアがなんかエラい名前で呼ばれてるようだ。
てか、俺の『脳内言語変換システム』が変なのか?
「ハイ。あの『水灯』って中身はなんだろう? と思いまして」
ミーヨに訊いたら「美南海で採れるんだよ」としか教えてもらえなかったのだ。
でも、ガラス球そのものも、透明な貝の貝殻だと聞いてる。
「海にいる『ヒカリちゃん』の体液だそうです」
シンシアさんは明快に言った。
「えっ?」
ナニソレ? 体液って。
「……ヒカリちゃんの体液ですか?」
――ここは異世界。ここは異世界。ここは異世界。
よし! 話を聞く準備が出来た!
「その、ヒカリちゃん――を知らないんですけど、どんな生き物なんですか?」
俺はシンシアさんに訊ねた。
「『美南海』には、人間の女性に似たカタチの植物が棲んでまして、そのひとつが『ヒカリちゃん』です。夜中に海を漂いながら光る性質があるんです。私も見た事がありますけど、幻想的で綺麗ですよ」
きっと本当に綺麗なんだろう。シンシアさんは夢見るように言った。
「ただ……その……あのー……」
シンシアさんのトーンが、ちょっと下がる。
「裸の女性そっくりなので、男性には目の毒らしいですけど」
「そーなんですか」
こんな返ししか出来ない。
「それで、海を漂ってるところに投網を投げて、網に掛かったヒカリちゃんから二人がかりで体液――あ、植物ですから『樹液』が正しいかもしれませんけど――とにかく、液体を採取するんだそうです。一人が後ろから羽交い絞めにして、もう一人が『ヒカリちゃん、ゴメンね』って言いながら腹部に拳を入れる……つまり殴ると、ちょうど人間の口みたいな部位から液体を吐き出すんだそうです。それを採取して、不純物をろ過した物が、『水灯』の中身だそうです」
シンシアさんは言い終わると、俺をじっと見た。
白いヴェールのせいで、その奥の表情がよく読み取れない。
「そーなんですか」
また、こんな返ししか出来なかった。
何かの生物由来の液体だとは聞いてたけど、なんなんだ、その話?
そんで「網にかかるは雑魚ばかり」ってことわざがあるけど、メイン・ヒロインが網にかかるアニメもあるよね?
「でも、わざわざ謝るんですか? 植物に?」
「ええ、人間の女性に似ているのに、採取方法が非人道的なために、なんとなく良心が咎めて罪悪感に駆られて、ついつい謝ってしまうんだそうです」
非人道的……って、でも「腹パン」だもんな……。
「そーなんですか」
やっぱり、こんな返ししか出来なかった。
「そんな話をしてたら、喉が乾いてしまいました」
今の話の流れでですか?
「飲み物が飲みたいので、これを上にめくりあげて貰えますか?」
シンシアさんが白いヴェールを指して、俺にそう言った。
「俺がですか?」
海の謎生物のゲ○の話の直後だけど……女性の顔を隠してるヴェールをめくり上げるとか、まるで結婚式で新郎が花嫁にキスする時みたいなシチュエーションだ。
「いいんですか?」
なんかドキドキします。
「? はい、お願いします」
ただ『この世界』にはそういう文化がないらしい。シンシアさんは気にもとめてなかった……。
「それで、ヒカリちゃんは、最後はどうなるんですか?」
ちょっと不安になったので、訊いてみた。
「すっきりして、海に還っていくそうです」
ようやく素顔を見せてくれた黒髪の美少女シンシアさんが、にこやかに笑いながら言った。
「なら、良かった」
「はい」
とりあえず、二人で他のみんなのところに向かう事にする。
……謎な時間だった。
◇
「――て話なんだよ」
「うええっ」
先刻聞いたばかりの「ヒカリちゃん」の話をすると、ミーヨが何とも言えない表情になる。
そして、「腹パン」の部分に感応したんだろう。なんか、自分のお腹をさすってるし。
でも、昨夜も『化物』なんてものを見ちゃってるせいか、それほど動揺はないようだ。
俺も、いろいろと耐性が付きつつあるよ。
もう、どんな謎生物の話を聞いても平気だ。
ちょっと離れたところでは、
「……(ぱくぱくぱく)」
シンシアさんが実に健康的な感じで、次々とお料理を食べてる。
お腹が空いてたようだ。
どうやら、シンシアさんの「喉が乾いてしまいました」は「お腹が空いた」と言う意味らしい。試験に出るかもしれないので、覚えておこうっと。
てか、『この世界』って「カレー」無いのかな?
今回のメニューには見当たらないけど「シチュー」はあるんだけどな。
両方とも、「飲み物」なのにな(※人によります)。
お昼に匂いだけ嗅いだ『満腹丸焼き』って、まだ登場しないらしい。
匂いは完全にカレーだったけど……鳥の丸焼きらしいんだよな。
それはともかく、ひとつ気になる事がある。
シンシアさんはさっき「『美南海』には、人間の女性に似たカタチの植物が棲んでまして、そのひとつが『ヒカリちゃん』です」と言ってたのだ。
どうやら、似たようなのが他にも居そうなのだ。
「他にも、何か変な植物っているんスか?」
プリムローズさんに訊いてみた。
「私も直接は見た事ないけど……『ミドリさんたち』ってのが居るらしいわよ」
ミドリ……さん……たち?
なんで敬称付きで複数なんだろう?
ふと、某漫画家先生や魔女っ子が思い浮かんだよ。
「緑色の長い髪をした女の人みたいな植物で、日光を求めてさ迷い歩くと言われてるわ。……それも集団で」
「怖っ!」
どう考えても怖い。植物はじっとしてろよ。
てか、やっぱ『この世界』って謎生物多いんだな……。
「怖いって……私たちが吸ってる空気を作ってくれてるワケだから、感謝されてる生物なんだけどね。葉も実も汁も有用な生物資源になるのに」
プリムローズさんがちょっと鼻白む。
「ああ、『光合成』っスか。で、ミドリ『さん』って呼ばれてんだ」
宇宙船の乗員が光合成する話はアニメで観た事あるけれども。
『シド○アの騎士』の星○とか緑○とか、あのシリーズとか、あんな感じの美少女たちなら、俺も一緒に『光合成』したいけれども。
「昨夜君たちが見たって言う『化物』のタマゴに、何らかの植物の種子が付着すると、何故か人間の女性に似たカタチの、『女体樹』に成るのよ」
プリムローズさんが驚くべきことを言ってる……けど、
「……へー、そーなんですか」
別にもうどうでもいいや、って気もする。
でも、それって「寄生」とも違うしな、なんなんだろう? 融合?
植物の生体情報……じゃなくてゲノムが『化物』側に奪われてる?
「『女体樹』には色々あってね。『アカリさん』とか『ユカリちゃん』とか『嗅ぐや姫』とか『泡立ち姫』とか『マグロさん』とか『脱衣亜麻ちゃん』とか『菜っちゃん』とか『スケスケちゃん』とか『毒毒婦』とか『辛口師匠』とか『甘えん棒』とか『恥ずかしカタメちゃん』とか『ゆるめにカタメちゃん』とか『ゆるゆる油っ子ちゃん』とか『泣かせジョーズ』とか『お壺根さま』とか『ハックション大女帝』とか『朝ガオー!!』とか『ぞんびれら』とか『おまー樹』とか『まりあー樹!!』とか『悲願成樹』とか」
どんだけあんねん!
「……もー、いーです」
ちょっと泣きたい気持になって来たよ。
無差別に、大量にバラ撒いて、全部「回収」出来んのかよ?
「……もっとあるのに(しょんぼり)」
んな事で、そんなに残念そうにしないで欲しい。
「『美南海』には島が沢山あって、島ごとの固有種みたいな変な動植物が色々といて、その種子を意図的かつ人工的に『化物』のタマゴに植え付けるような事をして、『女体樹』を誕生させているのよ」
「……なんで、そんなに詳しいんスか?」
「殿下のご領地が、その中の島ひとつまるごとなのよ。色々と調べたわ」
「……へー。ご領地っスか」
如何にも王族とか貴族っぽい。
ラウラ姫、領地なんて持ってたのか。
「昨夜見たタマゴは、生ゴミ扱いされてましたけど……なんか育てればいいのに。もったいない」
如何にも庶民的で小市民的な発想でそう言ったら、
「でも『女体樹』って寒いトコが嫌いだから、『温室』でもない限り、この辺りじゃ育たないらしいわよ。タマゴの状態でないと冬を越せないらしいの」
ちょっと肩をすくめるみたいな仕草で、そう言い返された。
「そーゆーものなんスか?」
植物だから、熱帯とかの温暖なトコがいいのかな?
関係無いけど、『前世』でアボガドの種を庭に捨てたら、謎な植物が生えて来て、ネットで確認してみたらアボガドの若木だった事があったよ。冬に枯れちゃったけど。
てか、『女王国』の「冬」ってどんな感じになるんだろう?
経験無いし……さっぱり分かんないな。
雪が降って、寒いのは確実らしいんだけど……冬眠する生き物とか居るのかな?
アレって「氷河期の影響」って聞くけど『この世界』ではどうなんだろう?
「そう言えば、甲羅の無いハダカリクガメとか、飛べないダメドリとか言う使役動物も見かけた事あるんですけど……あれは?」
『冶金の丘』に到着した日に『永遠の道』で見かけたけど、さすがに街中では、その手の珍獣は見かけないんだよな。普段はどこで何してんだろ、あの珍獣ども。
「ハダカリクガメは農耕用よ。農地を耕すための重たい鉄の犂を牽くのよ」
「へー……そうだったんですか。力ありそうですもんね」
アレはレアで、俺も一度しか見てない。
たしかに低重心で、トルクが有りそうな感じだった。
『地球』の感覚で言うと、「農業用のトラクターで公道走って、そのまま街に乗りつけた」みたいなノリだったのかな?
「あんなんで冬越せるんスか?」
訊いてみた。何しろ「ハダカ」だしな。
俺みたいに、寒さとかをキャンセル出来る『★不可侵の被膜☆』があるワケじゃないだろうに。
「寒くなると深い穴を掘って冬眠するそうよ」
「……へー」
その「穴堀り能力」を人間に利用されて、完全に農機具扱いらしい。
「それとね。普段から『重いコンダラ』を牽いて特訓してるらしいわよ(ニヤニヤ)」
なんか冗談で言ってるらしい。
半笑いだ。モトネタなんなんだろ? やっぱ昭和ネタ?
「犬の群れや、鹿みたいな角のある馬は?」
そんなもいたのだ。
「両方とも『北』ね。冬場はソリを牽いてるのよ。イヌゾリやトナカイみたいにね」
「ああ……なるほど。『地球』の極地地方みたいですね」
納得。
「この大陸の北の果てに『北の帝国』の租借地があってね。そこから来てるのよ」
「……仲悪いって聞くのに、土地なんて貸してるんスか?」
「交易用の拠点になってるそうよ」
「……へー」
とすると、俺とミーヨの「旅立ち」の時に「右」に曲がって、『永遠の道』をずーっと北東に進んでいたら、そこに着いてたのかな?
でも、その辺りには『東の円』に行ける小さい港町もあるらしいんだよな。
「あ、あとね。ダメドリは食用に連れて来られてたんだと思うわよ? 前にも串焼き食べたでしょ?」
「……そーなんスか?」
どうやら、何度も食ってる串焼肉の正体だったらしい……。
「お昼に言ってた『満腹丸焼き』だってそうだよ」
何か飲み物の入った硝子の杯をいっぱいトレイに載せてやって来たミーヨにも、そんな事を言われた。
「……へー、そーなんか」
ラウラ姫のリクエストで、無理矢理作った真冬の『神授祭』用の料理か。
だとすると『地球』の「ローストチキン」よりも二回りはデカいだろうな……もっとだな。
飛べない鳥「ダメドリ」は、その気になれば人が乗れそうな大きさだったし。
◇
「……姫殿下は……眠ってらっしゃるんですか?」
お食事を済ませたらしいシンシアさんがやって来て、そーっと訊ねた。
「いつものことよ」
筆頭侍女が諦めきってるみたいに言った。
実は、ひと通り挨拶と儀礼が終わると、ラウラ姫が椅子に座ったとたん寝ちゃったのだ。
主賓が爆睡というのもアレなので、誰も近寄らないように、筆頭侍女とミーヨがガードしていたのだった。
「ところで、ドロレスちゃんがいませんね?」
合流したばかりのシンシアさんが、意外そうだ。
「昨日の件で謹慎してるのかな? まあ、彼女はあまりにも殿下とそっくりだから、同席されると混同されてややこしくなるから、居ないならその方が助かるが」
プリムローズさんは分かっていないようだな。
欠席の真の理由を。
「なに言ってるんですか、あの子まだ12歳ですよ。夜会に出れるわけないじゃないですか?」
俺がそう指摘すると、
「「……それもそうでした」」
と納得された。
ドロレスちゃんは背が高くて大人っぽいけど、年齢的にはそうなのだ。
いちおう、この「夜会」って16歳以上じゃないと出れないらしいのだ。
「あれ? じゃあ、ヒサヤちゃんはいいの?」
ミーヨがそう言いながら、まるで給仕役のように、シンシアさんに綺麗な緑色の果実水を手渡した。
一応、ラウラ姫付きの『侍女』という設定のはずなのに……キャラブレしてる気がしないでもない。
「ありがとうございます。あの子は控え室です。今頃は疲れて寝てるかもしれません。姫殿下みたいに」
シンシアさんが美味しそうにグラスを傾けてる。
透明な硝子貝のガラスの殻に、透かし細工の銀の「脚」がついてる。
「……そう言えば、ヒサヤの件、通りそうです」
不意に、シンシアさんが細部をぼかしてそう言った。
ヒサヤの件とは、俺が彼女を『奴隷の館』から購入した時の代金の返金の話だろう。
『癒し手』として覚醒した人間は、たとえ奴隷であっても、その身分から解放されるそうなので、俺が払ったお金が戻って来るのが正しいのだ。
「彼女も一緒に『王都』に行く事になるようです」
あれ?
違う話になってる……いつの間にそんなことに?
「え? そうなん?」
俺の砕けた問いかけを気にした様子もなく、彼女は至極真面目に応じてくれた。
「はい。先日ありのままを報告したところ、その真偽を確かめるために『神官長』さまが長患いしていた●゛を癒す事になりまして」
「……はあ?」
今、天使のような美少女の口からヘンな言葉が……幻聴かな?
「そこで見事に●゛を癒したために、『神官長』さまの篤い信頼を得る事となりまして」
また、聞こえた。イヤだ、信じたくない。
「それでですね。同じ●゛で、お悩みの方が『王都』にいらっしゃるらしく」
認めたくないが事実らしい。「●゛」って、3回も言ったし。
「『神官長』さまの、『地元のお知り合い』だそうで――その方のためにヒサヤを紹介したいそうなのです」
ぢ元のお尻愛?
どんな関係なんだろ……爛れた関係じゃないよね?
不気味な想像をする前に、
「それで、ジンさんにお願いです」
シンシアさんに、きゅっと俺の両手を握られた。
顔が近い。黒い瞳が大きい。
「ジンさんの馬車に同乗させていただきたいのです! ……ヒサヤを含めた私たちを…………無償で」
物凄く間近で、そう懇願された。
「…………」
いいニホイだ。
即答したかったけど、彼女の素敵な香りに、ぼ――っとなってしまっていた。
と……何故か不意に、お顔とニホイがどんどん遠ざかっていく。
「……(えいっえいっ)」
ミーヨが引き離そうと、後ろからぐいぐい引っ張っているらしい。
「俺は構いませんよ」
俺はぐいっ、ともう一度近寄って言った。
「……(どすっ)」
ミーヨが引っ張り返された勢いで、俺の背中に頭突きしてる。
ドミノ倒し的に俺までシンシアさんにキスしそうになる。
イヤ、寸前で止まったけど。
かなりの接近状態なのに、
「ありがとうございます。きっとジンさんならそう言ってくださると信じてました!」
シンシアさんはにっこり笑うと、くるっと後ろを振り返って、
「快諾していただきました。巫女さま」
そう言った。
え?
「――そう」
そこには、つんと澄ました巨乳美人が立っていた。
『七人の巫女』の一人、ロザリンダ嬢だった。
新たな『七人の巫女』を選ぶ『巫女選挙』には、前任の『七人の巫女』も出席するのが通例らしい。
『王都』までの同乗を申し込まれてしまった。
「それでは、よろしくお願いいたします」
ロザリンダ嬢は、一礼すると、そのまま去っていった。
一人かと思ったら、うしろからもう一人出て来るとか……悪質なヒッチハイクみたいな展開だ。
――でも、出てきたのが男じゃないだけマシか……。
◇
「ごめんなさい、ジンさん。先日の『神前決闘』の際に、老朽化していた『時告げの鐘』が落下して壊れたので、その新造のために、『神殿』に金銭的な余裕がないそうなんです。旅費どころか同乗出来るのなら、みんなまとめて乗せてもらえ――と上に言われまして……」
シンシアさんが申し訳なさそうに、裏の事情を告げる。
「あー……あったね」
侍女風ミーヨが、おでこを擦りながら言った。
そう言えば、俺とラウラ姫との『決闘』の時に、そんなことがあったようななかったような……。
「イヤ、俺のせいじゃないよ?」
「もちろんです。そして、こうして私たちが逢えたのも、『王都』までタダで馬車に乗せてもらうのも、すべて巡り合わせというか、運命でしょう」
大きな黒い瞳がキラキラしてる。
「そうですよね」
シンシアさんの言葉に感動していると、彼女からもう一度、きゅっと両手を握られた。
「それでですね、ジンさん」
今度はなんだろう?
「ハイ?」
「あのー……その……」
シンシアさんが、本気で言いにくそうに躊躇っている。
美少女に、至近距離でもじもじされるとか、スゴイ楽しいです!
「なんでも、『神殿』の鐘って、大衆のみなさんの善意と『真鍮』とか言う金属で出来ているらしいんですけど……その材料に銅貨が適しているらしいんですね?」
「えー……さすがにイヤな予感が」
ミーヨが割り込もうとする。
「ジンさんて、昨日銅貨をいっぱい手に入れられたじゃないですか? もし喜捨とかいただけたら、私も嬉しいのですけど」
「シンシアさんが嬉しいなら、俺も嬉しいです。喜びを一緒に分かち合いましょう!」
俺は男らしくそう言った。
先日ラッキースケ……イヤ、天の配偶によって、素敵なお胸を見せていただいたので、シンシアさんのお願いを断ると言う選択肢はないのだ。
「うええっ」
ミーヨが貴族令嬢にあるまじき呻き声を上げる。
「本当ですか! 嬉しいです! ありがとうございます、ジンさん」
シンシアさんは、素敵な笑顔でそう言ってくれた。
うん、この笑顔が見れるのなら……宝箱ひとつ分の小銭くらい。
「…………ぼそっ(やりました! 色仕掛けに成功です)」
シンシアさんが小声でなんか言ってるけど、彼女にとっては「顔を近づけて男の両手を握る」のが「色仕掛け」なのか?
……可愛すぎる。
(ジンくん! アレ、本気で数えたらそれなりの金額になるんだよ?)
ミーヨがシンシアさんに聞かれないように、俺の耳元で言った。
心地いいウィスパーボイスだった。
「え? そうなん?」
確かに溜まった小銭って数えてみると、びっくりするような金額になってる事があるけれども……また「やっちゃった」?
「――ジン。私は知らんぞ、殿下には君から説明しろよ」
傍にいてやり取りを聞いていたのに、しばらく無言だったプリムローズさんに、冷たくそう言われた。
でも、『王都』行きの『馬車』に同乗者が増えるとか、きっと嫌に違いないのに、割り込んで反対とかはされなかったな。
いちおう、馬車の所有権を認めてくれているという事だろうか。
「ラウラ姫のお名前で喜捨します。お二人とも長い事『神殿』にお世話になってたんだし、それならいいでしょう?」
「……なるほど、名案だ。そうしよう」
プリムローズさんは理解してくれたようだ。
俺だってこのくらいの機転は利くのだ。たまーに、だけど。
どうも、『神殿』って組織が肥大化してて、収支バランスが悪くて、慢性的に「赤字」に悩んでるらしい。
だからなのかは知らないけど、トップの『神官長』さまも「●゛」で苦しんでたらしい。
……やれやれ。
「……(にこにこ)」
すべての要求が通って、満面に笑みをたたえるシンシアさんとは対照的に、
「……(むうっ)」
ミーヨが無言で俺を睨んでいる。
――またまたいろいろと面倒事をしょいこんでしまった気もする。
◆
女性に言質をとられると後々まで大変かも……ばつ×




