037◇代官屋敷での出来事
礼儀作法の「特訓」が終わると――
「お疲れ様でした。お二人には同じ寝室を用意させますので、ごゆっくり……休めないでしょうね?」
「……あはは。何言ってるの? ドロレスちゃんたら」
ドロレスちゃんの意味ありげな言葉に、ミーヨがたじろぐ。
結局、ドロレスちゃんのお爺さんは屋敷には戻って来なかった。
この感じだと、明日も会って話が出来るかどうかは……不透明だ。
本当に、困った大人だ。
「猫みたいに自由で、気ままなチョイ悪ジジイなんです」
ドロレスちゃんはそう言うけれど、孫の贔屓目で見てるし、あきらかに庇ってる。
それだけ、お爺さんの事が好きなんだろうけれども。
「ちゃんとしたところも、あるんですよ?」
本当にちゃんとした人なら、孫に『王家の秘宝』をくすねさせたりはしないだろうよ――とは、口に出しては言えないけどな。
「まあ、面倒な事は明日に回そう。今夜は」
「3回ですか? それとも二日してないから、二日分の6回を足して9回ですか?」
ドロレスちゃんは我々の……てか、俺の性生活に、もの凄く興味津々だ。
「あたし、子供だから、そういう『めかにずむ』は良く分からないんですけど……どうなんですか? お兄さん」
「イヤ、前日の余りが、翌日に繰り越しになるワケじゃ……って、メカニズム?」
そんな言葉を、どこで覚えた? プリムローズさんからか?
「でも、常に残弾は把握しておかないと、戦場で困るじゃないですか?」
……残弾て。
『この世界』にも『魔法式空気銃』はあるけれど、「サバゲ」とか「FPS」やってるワケじゃないんだから。
「うー……どうなの、ジンくん? 9回は無理だよ?」
「お前まで素で悩むな! そんなん、俺だって無理だわ!」
もう、さっさと逃げ出そうっと。
「じゃあ、お休み、ドロレスちゃん。行くぞ、ミーヨ!」
「あっ、お兄さん! 誤魔化さずに教えてくださいよっ!」
ドロレスちゃんが、意外にしつこく食い下がる。
これ、もしかすると、一人で寝るのが、淋しいのかな?
「じゃあ、見学する?」
ミーヨが訊いた。
そんな事訊いて、俺みたいに素直に「ハイ」って言われたら、どーするつもりなんだ?
「う? う、え……」
ドロレスちゃんの目が泳いでる。
「……今回は遠慮しておきます」
おい、「今回は」って何だ?
「「じゃあ、おやすみ」」
「……はい。おやすみなさい」
ちょっとがっかりしているドロレスちゃんを残し、俺たちはその場から逃げ出した。
◇
教師役を務めたメイドさんの一人に案内された寝室は、一階にあった。
長い廊下の両側に、ほぼ等間隔で扉がずらりと並んでる。
二階の広い空間『鏡の間』を支えるために、一階が多くの部屋で区切られていて、その構造で強度を保っているのかもしれない。……イヤ、知らんけど。
「こちらになります」
そこは、夫婦あるいはカップル用の客用寝室らしく、部屋の真ん中に「しろ!」と言わんばかりに、大きな寝台があった。
「その挑戦、受けて立とうじゃないか! やってやるぜっ!!」
「えっ? どうしたの、ジンくん? ……ん? なに?」
俺の唐突な宣言に、ミーヨがびっくりしたようだったけど、すぐに何かの気配に気付いたようだった。
ふんぎゃ――――っ。
寝台の方だな。
ふっしゅ――――っ。
見ると、寝台の上には先客がいた。
メスらしい灰色の猫の背中にのしかかり、首筋に噛みついているオスは、さっきの茶トラ君だった。尻尾を太く逆毛立たせながら、こっちを睨んでいる。
なんというか、絶賛交尾中らしい(笑)。
「……わざわざ人間用の寝台の上ですんなよ」
「へ、部屋替えてもらおうよ」
俺たちが部屋から出ると、
「…………(にかっ)」
ドロレスちゃんが楽しそうに笑っていた。
「「仕返し?」」
◇
ドロレスちゃんも一緒の部屋で寝ないか? と俺とミーヨの二人で熱心に誘ったけど、さすがに身の危険を感じたようで、辞退されてしまった。
二番目に案内された部屋も、最初の部屋と同じようなつくりだった。
部屋の真ん中に「やんのか?」と言わんばかりに、大きな寝台があった。
「ミーヨ」
「……ジンくん」
二人で見つめ合って、さあ、これから! というタイミングで――
「……うっ、ぎゃぁぁぁあああああ!!」
どこかで、悲鳴が聞こえた。
「……ミーヨ」
「ジンくん? そんなことしてる場合じゃないよ。今の声」
「ほっとこう。おっさんの声だったし」
「服、脱いじゃう前で良かったね。行ってみよう!」
「イヤ、俺はすでに……こんなになってるのに」
仕方なく、確認する事にした。
廊下に出ると……炎に赤く染まってるワケでもない。火の粉が飛んでるワケでもないし、煙も無い。とりあえずは火災じゃなさそうだ。良かった。すると泥棒とか侵入者にでも鉢合わせしたとかか? イヤ、まるで何者かの襲撃を受けた時のような悲鳴だった。
(ああ、なんてこった)
廊下は暗かったけど、『光眼』の「暗視機能」を持つ俺には、それが見えた。
ミーヨには見せたくない。
俺も、見たくはない。
残酷な現実。
そこに居たのは……全裸のおっさんだった(泣)。
「「「……どうした? どうした?」」」
廊下に人が出て来た。
「誰か明かりを――」
「点けないでくれ!」
闇の奥で、全裸のおっさんが叫んだ。うん、全裸だもんね。
「その声、ホセか?」
「いや、ロベルトだ」
誰でもいいよ。夜なんだから、静かにしろよ。
「何があったんだ? ロベルト?」
「い、いや……女だと思ってたら『化物』だった。売り子に化けてやがった」
ケモノ……『化物』の方か?
そんで「売り子」って何? ビールか? 車内販売か?
「こ、この馬鹿野郎! お屋敷の中に売り子を連れ込む馬鹿がいるか!」
「いや、だから『化物』だったんだよ。もう一匹……猫に化けてやがって、そいつら目を合わせた途端に、化けの皮が剥がれて正体を現わしやがったんだ」
「「「……『化物』だとう!?」」」
『化物』が、猫に化けてた?
『化物』って、たしか「タマゴから孵化して最初に見た物の姿カタチを真似して生きていくモノ」って話じゃないの?
そんで、「気になる異性を見つけた時にだけ、化けの皮を脱いで、正体を現わして繁殖のために交尾する」って、前にドロレスちゃんが言ってたよ?
そんで、どれくらい昔の事かは知らないけど『女王国』で『化物混入事件』とかがあったんじゃねーの? 前にラウラ姫が言ってたよ?
それって、どんななの?
「そいつら、どこに居るんスか?」
ちょっと興味がわいたので、会話に割り込んだ。
「いや、まあ、俺の部屋に……」
「……とにかく、明かりだ!」
「祈願! ★励光っ☆」
「あ、いや。止めて。お願い」
虹色のキラキラ星が飛んで行って、天井の『水灯』が青白く光り出すと、それは姿を現した――って全裸のおっさんの方だけど(泣)。
「きゃああっ! 護身! ★痺れムチっっっ☆」
ミーヨの声だ。悲鳴も可愛い。
パンッ!
「がふっ!」
「ロ、ロベルトォォォ――ッ!」
公然わいせつの人が、瞬殺されたようだ(※直視は不可能だ)。
「ジ、ジンくうん!」
ミーヨがしがみ付いてくる。
よしよし、ナデナデっと(※肩です)。
「とりあえず……ここの部屋だよな? 開いてるし」
明るい照明の下でナニかするつもりだったらしい。室内は明かるかった。
関係ないけど「ジャカルタ・カル○ッタ 軽田」はアニメーターさんだ。
あと、関係ないけど「ガフの部屋」って何だっけ?
なんかで聞いたな……と思いつつ、その部屋の中に入る。
「ぐっはー、ナニコレ? キモイ!」
「うええっ」
ぬめりのある銀色でつるんとしたヒトガタが、2体。絡み合っていた。
何て言うか、こう。ハリガネみたいな細いヒトガタだ。なんだろう……『ほし○こえ』の「アガルタ人」……あ、違うか。「タルシ○ン」みたいだ。
「「「「「……うげえ」」」」」
みんな気持ち悪がってるよ。
「うええっ?」
むにゅんっっ――
突然、2体が融合して「銀色の球体」に成った。
そこに、「割れ目」が出来た。
タテ……ヨコ……タテ……まるで「卵割」みたいだ。
不意に、分裂が止まった。
そして、割れ目からバラバラになって……またたくさんの銀色の球体に成った。
十数個……イヤ、16個だろうな。
「タ……タマゴ産みやがった」
誰かが、呆然と呟いた。
これを、「産む」って言うの?
本体が消えて、まるっとタマゴになってるやん。
「化けの皮って……アレ?」
ミーヨが、寝台の横を指差す。
使い終わった特殊メイクみたいな、シリコンゴムみたいなのが、でろーん、と床に落ちてる。人間の女性っぽいのと、毛の付いた猫っぽいのが二つ……。
どうでもいいけど、『全能神神殿』の「お風呂掃除」した時に、似たような「モップ(?)」があったような気がするんですけれども……。
タマゴの方は……これもなんか、「石」に化けてようとしてるみたいだ。
球体が、いびつに変形していく。
「「「「「……(呆然)……」」」」」
出来上がったは、地味な石だった。ジミー・ス○ーンだ。
ゲームの登場人物じゃなくて、アニメーターさんだ。メカデザインとか、いろいろやってるけど。
「「「「「……(呆然)……」」」」」
みんな、あっけにとられて呆然としてるよ。
「うー……話に聞いて、知ってはいたけど……『化物』の正体って、こんななんだ?」
ミーヨが、ちょっと幻滅したような声だ。
俺は何も期待してなかったから、がっかり感は無いけれども。
「はい。ちょっと失礼」
そこに、前にも会った年配の男女が、ホウキとチリトリを手にあらわれた。
そして、ごく当然のように、タマゴと化けの皮を片付け始めた。
チリトリは四角い箱状で、ラーメン屋の出前に使うヤツに似てる。
いま思い出した。たしか「岡持ち」とかいう名前だった。上にスライドする蓋が付いてるとこまでソックリだ。
「……(さっさっさ)……」
手際よく、片付け終えた。
にしても、まったく動じた様子がない。タマゴなんて、結構大きいのに。
「どーするんスか? それ」
訊いてみた。
「その辺に放っておけば、ゴロゴロダンゴムシが食べてくれるよ」
「……へー」
完全に、「生ゴミ扱い」だ。
タマゴが孵化するところ……見てみたい気もするけどな。
「「「「「……はい。寝るべ、寝るべ」」」」」
みんな、もう寝るらしい。
たしかに、死人や怪我人が出たわけでもないし、物も建物も壊れてない。泥棒でもないし……後はもう、寝るしか無いわな。向こうの方では、ロベルトさんが全裸のまま怒られてるけど……。
俺とミーヨも、あてがわれた部屋に戻った。
◇
「ミーヨ。『化物』のコト、どんくらい知ってんの?」
ちゃんと訊いた事は無かったな。
彼女、ヌルッとした感じのモノがキライらしいから、俺が躊躇ってたんだけど。
「んー……とね」
ミーヨの話によると――
かなり昔に、学者だか博士だか誰だかが、実際に実験した事があったらしい。
タマゴは孵化までには○○日かかる……とかじゃなくて、ある程度にまで「育つ」と孵化するらしい。
……イヤ、タマゴが「育つ」って、なんなの?
ないでしょ、そんなの。
「……でね」
孵化した直後には、デッカい目玉がついていて、その「巨眼」で初めて見たモノをコピーして、それソックリの「化けの皮」を被るらしい。
ただ、生まれた直後は、魂の入ってないような、腑抜けた感じらしい。
そんで、しばらくのあいだ「学習」のために「初めて見たモノ」に、ベッタリと付きまとうらしい。
その「学習」によって、「初めて見たモノ」の生態や行動まで完全にコピーしてしまうらしい。
そして、ある日ふいに行方を眩ますらしい。
そして、あっちこっちで色々仕出かして、「初めて見たモノ」(※この場合はその学者の事だろう)に、めっちゃ迷惑かけるらしい……。
ドッペルゲンガーとかじゃなくて、実体あるもんな。
なんでまた、『この世界』には、そんな謎生物がいるのやら。
……やれやれ。
「そんで、『売り子』って?」
「もー……ジンくんのえっち」
どうやらエッチな事らしい。ほほう?
「んー……とね」
前にミーヨから聞いた「独身男性用の野菜」ヨメイラズウリの「女性販売員」らしい。
「ソレって、秋に採れるじゃあなかった?」
「うー……だから、今の時期はつまり……」
……販売員そのものが売り物になるらしい。
デリヘ○みたいな感じ?
でも、今回は本物の女性じゃなかったらしいし……スルーしようっと。
◇
「……へー、そんな事があったんですか?」
翌朝、ドロレスちゃんに話してみたら、ぜんぜん気にもしてない様子だ。
なお、彼女は別棟に居たので、騒ぎにはぜんぜん気付かなかったそうだ。
「あんなのが、人間の中に混じってたら。めっちゃ怖いよ!」
「でも、見分け方はありますよ」
ドロレスちゃんが、さくっと言う。
「どんな?」
ミーヨが訊ねる。
「化ける相手の、服までソックリにマネしますから、ずっと同じ服を着てるとか……夜なのに『昼服』を着てるとか……冬なのに夏服着てるとか」
ドロレスちゃんは、指折り数えつつ、特徴をあげていった。
「でも、そんな奇人とか変人なら、いそうだけど。てか、裸を見られて化けられたら? フツーに服着るんじゃあないの?」
俺は突っ込んだ。
昨夜のケースが、まさにそれっぽかったのだ。
そんで、脱ぎ捨てられた「化けの皮」って、何かに再利用出来るのか?
ちょっと違うけど……『甘○ブリリアントパーク』に、「魔法の肉襦袢」だかで「他人に変装」するエピソードがあったぞ?
「そうだと思いますが、見たまんまを丸写しで真似るんですから……鏡みたいに、左右が逆さになってるハズですよ?」
「……鏡面反転か」
『宝探し』の時の「鏡のような床」を思い出してしまうな。ぐへへへ。
ま、アレは上下反転だったけど。
「でも、人間の体なんてだいたい左右対称で、同じなんじゃないの? ホクロでもない限り……あ! ああ、そのための『魔法の黒子』かあ」
ミーヨが、何かに思い当たったようで、ひとりで納得してる。
「はい。だから、身分証として『魔法の黒子』を入れるのが習わしになったそうですよ」
「アレって、体の真ん中の『心中線』を外した位置につけるもんね」
ミーヨも、あのホクロの事を知ってるのか?
いろいろと訊いとけば良かったな。知らない事多すぎるもんな、俺。
「それって『化物混入事件』キッカケじゃないの? その『事件』ってどんななの?」
訊くと、何故かミーヨとドロレスちゃんが、チラチラとお互いを見合ってる。
「言っていい?」
「どーぞ」
「んー……とね。昔々に、王家に生まれた赤ちゃんが『化物』と取り替えられた事件……なんだけど」
なるほど、ミーヨが気を遣うハズだ。
養女に出されてるけど、ドロレスちゃんは王家出身。元・第七王女だもんな。
「取り替えっ子か」
童話の『みにくいアヒルの子』とかとは……違うだろうな。
てか、どんなストーリーだっけ? 白鳥に変身するんだっけ? イヤ、もともと白鳥なんだったかな。
「子供を産めない女官さんが、どーしても赤ちゃんが欲しくって、『化物』のタマゴを孵化させて、すり替えたんだって。……そして、その残された方の赤ちゃんが……」
ミーヨが言葉を切ると、継いだのはドロレスちゃんだった。
「『成長しない赤ん坊』として、10年以上も赤ん坊の姿のままだったそうなんです」
「……怖い怖い怖い。めっちゃ怖い」
『地球』にも「永遠の仔猫」とかいなかった?
完全に、別物だろうけど。
で、その後、どーなったんだ?
「そ、それで?」
「たまたま『王都防衛軍団』の『特派旅団』の兵士の一人が……戦争が恐くて『化物』を『替え玉』に仕立てて……」
「そこで、運命的な出会いを果たした2頭の『化物』は、お互いに『化けの皮』を脱いで、繁殖のために」
「あー、ハイハイ。わかったわかった」
阻止性交……イヤ、阻止成功。
「そんで、その連れ去られた方の赤ちゃんは? どーなったの?」
江戸時代の日本でも「将軍のご落胤」とかが名乗り出て来る事件があった気がするな。てか、その手の「詐欺師」って、世界史的にも何人もいた気がするな。
「「……(無言)……」」
「ん? 知らないの?」
「伝わってない、と思うよ」
「あたしも知らないです」
二人とも、素っ気ない反応だ。
「そっかー、残念」
どうなったんだろうな? その赤ちゃん。
子供欲しさに取り替えられたんだから、そのまま大事に育てられたんだろうけれども。
「でも、わたし分かるな。どうしても子供が欲しいって思う事……あるかもしれない」
ミーヨが、そんな事を言い出す。
彼女だって、もうすぐ17……まだ16歳なのに。子育てとか、きっとタイヘンだぞ?
「そう言えば、『女王国』の女王様って、『経産婦』じゃないと即位出来ないんですよ。知ってました?」
ドロレスちゃんまで、変な事を言い出した。
「お兄さんには、もっともっと頑張って貰わないと(ニヤリ☆)」
ナニを頑張るんだよ? ナニか? ナニだな(笑)。
「でも、お兄さん。『化物』の交尾って、あっ、という間に終わるそうですから、それに巡り会えたのは、スゴイ幸運だと思いますよ? しかも、その直後に産卵だなんて……一生に一度あるかないか、くらいの奇跡だと思いますよ?」
「……嬉しくないよ、そんなの」
産卵ってより「散乱」だったよ。最後、バラバラになってたよ。
そして、また言わせちゃったよ。「交尾」って。まだ12歳の子に。
「……それで、その流れでお聞きしますが、結局昨夜は何回したんですか?」
そっちの方が、かなり気になるみたいだ。
「うん。さん」
「ハイ、そこまで! お二人とも、お止しなさい。はしたないったら、ないですわ!」
これ、プリムローズさんの仕事なのに、俺かよ。
てか、何で俺こんな口調? 昨夜のメイドさんの影響かなあ。
「今夜は夜会のあとに、おねーちゃんと……ですから。残弾は大丈夫ですか?」
「いつも通りだったから、大丈夫だよね?」
ミーヨさんや、およしなさいな。
「イヤ、あのね、君たち……頼むから」
本当に困りますう。
「あたしはまだ子供なので、夜会には出れませんけど……お兄さんたちは、社交界に華麗に初登場ですからね。頑張ってください!」
ドロレスちゃんが、俺たちを無責任な感じに激励した。
でも、「社交界に初登場」とか。
たしか「デビュタント」ってヤツか? そんな大層なこっちゃないと思うんだけどな。
「……わたし、出ない」
ミーヨが、ぼそっと呟いた。
「えっ? なんでだよ」
「夜会とか、社交界とか……そういう場には出れないよ。お父さんのこともあるし……」
ミーヨは自信なさそうに、口ごもった。
「……イヤ、でも……」
俺が、なんと言おうか迷ってると――
「こちらにございます。旦那様」
遠くで、メイドさんの声がした。
「おう、なんでぇ! テメエら、誰の許しを得てここに居やがんだ? このク○ッタレ!」
朝の食卓に不似合いな、下品な「がなり声」が響いた。
◇
ほぼ、一ヶ月(※地球感覚)ぶりに会ったドロレスちゃんのお爺さんは、まったく変わってなかった。
『冶金組合』の事務所で会った俺たちの事を、全然覚えてなかった。
説明がめんどいので、もう「初対面」で通すことにした。
「ラウラっ子の『愛し人』だあ?」
ドロレスちゃんに、そう紹介されてしまったのだ。
父親じゃなくて「祖父」の立場なので、俺の扱いに困っているらしい。なにか奇妙な表情で、じーっと見られた。
てか、この人自身も先代の女王陛下の『愛し人』だったせいか、自分自身がそうだった時の事でも思い出したのか……あるいは、俺に対して何か同情してるか……ホントに妙な感じに見られまくった。
で、俺たちが『王家の秘宝』を発見し、その不自然な減少を問うたところ、ドロレスちゃんが自分がやった事を認めた――と話すと、じろっ、と孫娘を睨んだあとで、お爺さんは言った。
「ドロん子は悪くねーぞ!」
「…………」
ドロレスちゃん、家じゃ「ドロん子」って呼ばれてるのか?
――後で、これをネタにからかってやろうっと。
「…………」
「…………」
双方とも、しばらく無言が続いた。
お爺さんが「悪いのは自分だ」と言い出すのを待ってるのに、認めてくれない。
ドロレスちゃんに罪がないのなら、じゃあ誰が? という点について、完全に口を噤んでる。
困った大人だ。
「で、彼女に『王都』に行ってもらって、その件について女王陛下に直に釈明をしてもらおう――というのが、我々が出した結論でして」
「…………」
お爺さんは、腕組みしたまま黙りこんでる。
寝て……ないよな?
「話はわかった。『王都』でもどこでも連れてきな! ドロん子、余計なコトはしゃべんじゃねーぞ!!」
「おう!」
……イヤ、そういう相談は、裏でコッソリやって欲しい。
結局、「二の四分」のあいだ、ドロレスちゃんの「『王都』行き」が決定した。
ちなみに、「二の四分」は、一年間を四分割した第二の季節で……ああ、ややこしい。
カンタンに言うと、「夏」だ。
『地球』の感覚だと、6月から8月だ。
言ったら、「夏休みのあいだは東京に滞在」みたいな感じだ。
なお、旅費は保護者が負担するように! と、声を大にして言いたい。
……言えないけどね。
言いたい事があっても、実際に口に出して言えないのは、からかい上手な、おでこが広くて声が可愛い女子中学生だけじゃないのだ。
◇
ふだん『代官屋敷』に居るのは、住み込みの使用人だけらしい。
ちなみに、昨夜全裸で怒られてたロベルトさんは、お屋敷の料理人だそうだ。
朝と昼のあいだの微妙な時間帯に、事務方の官吏と、『番兵隊』の隊長さんが定期報告にやって来た。
ちなみに、『王都』から派遣されて『塔』に詰めている『対空兵団』と、この街の『番兵隊』は意外と仲良しらしい……って、どうでもいいわ。んなこと。
でも、実はこの話。当の隊長さんから雑談の中で聞いた。
ヒマだったらしくて、向こうから話しかけられたよ。
なんか、こう……のんびりしてる。
部外者ながら、女王陛下の「直轄領」なのに、こんなにゆるゆるでいいんだろうか? と思ってしまう。
官吏も隊長さんも、なんというか「上司」であるドロレスちゃんのお爺さんに染め上げられていて、いい加減で大雑把な人たちばかりだった。とても、「お役人」には見えない。
で、この人たちの部下を含めた全員が、ドロレスちゃんが言うところの『手下』だったらしい。
緊急時に動員しても、何もしてくれなさそうな人たちだったよ。
◇
「「「「「……(ドヤドヤドヤ)……」」」」」
お昼を過ぎると、急に人の出入りが激しくなった。
今宵、『代官屋敷』では、第三王女ライラウラ姫(※ラウラ姫は愛称だ)を主賓とした「夜会」が催されるそうなのだ。
本来、ラウラ姫が到着してすぐに、歓迎の宴を行う予定が、館の猫屋敷化によって、ずっと延期されていたらしい。
屋敷内の清掃は、「職務上の機密を守るため」に外部には頼めなかったそうで、内部の少人数だけでは人手が足らず、なかなか完了しなかったらしい。てか、まだいるよ。猫たち。
『冶金の丘』の代官屋敷では、そう滅多に「パーティー」とか「晩餐会」とか「舞踏会」とかはやらないそうで、会場の設営やら飾り付け、食事まで、ほぼ「丸投げ」に近いかたちで、街の『飲食店組合』に任せてしまったらしい。
それで、そこから「夜会」の準備のために、大量の人員がやって来たのだ。
屋敷内のそこかしこに居る猫ちゃんたちは、「夜会」の前後だけ、豪華なエサで釣って、外に追い出すらしい。
なお、「夜会」には、主賓であるラウラ姫ご本人と、さらにその『破瓜の儀』のお相手の『愛し人』も出席されるそうだ。
てか、他人事みたいに言ってるけど、俺の事だ。
……やれやれ。
◇
「それでは……ポチっとな!」
ドロレスちゃんが言うと、虹色のキラキラ星が飛び去って、『★密封☆』されていたクローゼットが開いた。
「お爺ちゃんの服ですが、着れそうなやつを好きに使っていいって話でした」
ドロレスちゃんが、さくっと言う。
「そりゃどうも」
俺は「夜会」に着れそうな服を持っていなかったので、『女王国』の男性が着る「正装一式」を借りる事になったのだ。
「これは……派手。これも……派手。ぜんぶ……派手」
ミーヨが物色してる。
てか、ぜんぶ派手なのか? お爺さんの服なのに?
見ると、スパンコールとかビーズみたいなので、キラキラと色彩が乱舞してる。
なるほど、派手だ。
いまどき、芸人だってこんな服着ないよ。
「これちょっと着てみて」
おとなしめのやつを、手渡された。
「おう」
俺は、手渡された服に袖を通す。
ん? 袖に腕を通す? あれ? 日本語表現がよく分からん。
そんなんはいいとして、「長い間しまってあった服」って、「防虫剤の匂い」が浸みついてそうなイメージがあるけれど。
「……くんかくんか……」
でも、特にそんな事は無かった。
お爺さんの「若いころ」だから、何十年も前のものなのに。
『魔法』で『★密封☆』されてただけある。素直にスゴい。
「……ん?」
でも……どこからともなく漂ってくるこの匂いに、めっちゃ嗅ぎ覚えがある。
カレーの匂いだ。
「……くんかくんか……」
「確かに匂うね。『神授祭』の匂いがする。なんで今頃?」
ミーヨが、ふしぎな事を言う。
『神授祭』って「冬至」の時にやる年に一度のクリスマスみたいなお祭りのハズだ。それと「カレー」がどう結びつくんだ? 俺なんて『前世』では確実に週一ペースで食ってたぞ。
「『神授祭』の匂いって?」
訊いてみた。
「この匂い。『満腹丸焼き』の匂いだよ」
「満腹丸焼き?」
ナニソレ? 美味しそう。
でも、カレーの香りだし、味だってそうに違いない。
てか、「はちみつ抜き」なのか? 「ガラムマサラマシマシ」なのか? それだと、どっかの秘密基地に案内されそうだな。ああ、『師匠』!
「季節外れなんですけど、おねーちゃん……いえ、姫殿下に『夜会で食べたい料理は御座いませんか?』と御聞きしたところ、『うむ。ならば』とご所望されたのが『満腹丸焼き』だったんです」
「ああ、そーなんだ」
イヤ、君らだけで納得してないで、俺にも教えて。なんなの?
「『満腹丸焼き』って?」
「大きな鳥のお腹に、色んな香辛料や香味野菜をギッチリ詰め込んで、満腹にするの」
「それを大きな窯で、まるっと丸焼きにするんですよ」
ミーヨとドロレスちゃんが「連携技」で教えてくれた。
「時々窯から出して、上から汁を回しかけながら焼くそうですから、匂いが漏れてくるんでしょう」
「……へー」
クリスマスの「ローストチキン」みたいなものらしい。
『地球』由来のハーブや香辛料がいくつか『この世界』にも根付いてるらしいけど……スパイスの配合がカレーに似てるのかな?
「ああ、『神授祭』かあ」
ミーヨがうっとりと呟く。
なにやらロマンティックなイメージを思い描いているらしい。
「『神授祭』の頃は、街の中がこの匂いでいっぱいになりますもんね」
ドロレスちゃんまでうっとりしてる。
てか、そのロマンティックなシーズンに、街中が「カレーの匂い」でいっぱいになるの?
どーなの? それ。
◆
満腹丸焼き。そんなものホントに作れるのかは不明――まる。




