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037◇代官屋敷での出来事



 礼儀作法の「特訓」が終わると――


「お疲れ様でした。お二人には同じ寝室を用意させますので、ごゆっくり……休めないでしょうね?」

「……あはは。何言ってるの? ドロレスちゃんたら」


 ドロレスちゃんの意味ありげな言葉に、ミーヨがたじろぐ。


 結局、ドロレスちゃんのお爺さんは屋敷には戻って来なかった。

 この感じだと、明日も会って話が出来るかどうかは……不透明だ。


 本当に、困った大人だ。


「猫みたいに自由で、気ままなチョイ(わる)ジジイなんです」


 ドロレスちゃんはそう言うけれど、孫の贔屓目(ひいきめ)で見てるし、あきらかに(かば)ってる。


 それだけ、お爺さんの事が好きなんだろうけれども。


「ちゃんとしたところも、あるんですよ?」


 本当にちゃんとした人なら、孫に『王家の秘宝』をくすねさせたりはしないだろうよ――とは、口に出しては言えないけどな。


「まあ、面倒な事は明日に回そう。今夜は」

「3回ですか? それとも二日してないから、二日分の6回を足して9回ですか?」


 ドロレスちゃんは我々の……てか、俺の性生活に、もの凄く興味津々だ。


「あたし、子供だから、そういう『めかにずむ』は良く分からないんですけど……どうなんですか? お兄さん」

「イヤ、前日の余りが、翌日に繰り越しになるワケじゃ……って、メカニズム?」


 そんな言葉を、どこで覚えた? プリムローズさんからか?


「でも、常に残弾は把握しておかないと、戦場で困るじゃないですか?」


 ……残弾て。

 『この世界』にも『魔法式空気銃』はあるけれど、「サバゲ」とか「FPS」やってるワケじゃないんだから。


「うー……どうなの、ジンくん? 9回は無理だよ?」

「お前まで()で悩むな! そんなん、俺だって無理だわ!」


 もう、さっさと逃げ出そうっと。


「じゃあ、お休み、ドロレスちゃん。行くぞ、ミーヨ!」

「あっ、お兄さん! 誤魔化さずに教えてくださいよっ!」


 ドロレスちゃんが、意外にしつこく食い下がる。

 これ、もしかすると、一人で寝るのが、淋しいのかな?


「じゃあ、見学する?」

 ミーヨが訊いた。


 そんな事訊いて、俺みたいに素直に「ハイ」って言われたら、どーするつもりなんだ?


「う? う、え……」


 ドロレスちゃんの目が泳いでる。


「……今回は遠慮しておきます」


 おい、「今回は」って何だ?


「「じゃあ、おやすみ」」


「……はい。おやすみなさい」


 ちょっとがっかりしているドロレスちゃんを残し、俺たちはその場から逃げ出した。


      ◇


 教師役を務めたメイドさんの一人に案内された寝室は、一階にあった。


 長い廊下の両側に、ほぼ等間隔で扉がずらりと並んでる。

 二階の広い空間『鏡の間』を支えるために、一階が多くの部屋で区切られていて、その構造で強度を保っているのかもしれない。……イヤ、知らんけど。


「こちらになります」


 そこは、夫婦あるいはカップル用の客用寝室らしく、部屋の真ん中に「しろ!」と言わんばかりに、大きな寝台(ベッド)があった。


「その挑戦、受けて立とうじゃないか! やってやるぜっ!!」

「えっ? どうしたの、ジンくん? ……ん? なに?」


 俺の唐突な宣言に、ミーヨがびっくりしたようだったけど、すぐに何かの気配に気付いたようだった。



    ふんぎゃ――――っ。



 寝台の方だな。



    ふっしゅ――――っ。



 見ると、寝台の上には先客がいた。


 メスらしい灰色の猫の背中にのしかかり、首筋に噛みついているオスは、さっきの茶トラ君だった。尻尾を太く逆毛立たせながら、こっちを睨んでいる。


 なんというか、絶賛交尾中らしい(笑)。


「……わざわざ人間用の寝台の上ですんなよ」

「へ、部屋替えてもらおうよ」


 俺たちが部屋から出ると、

「…………(にかっ)」

 ドロレスちゃんが楽しそうに笑っていた。


「「仕返し?」」


      ◇


 ドロレスちゃんも一緒の部屋で寝ないか? と俺とミーヨの二人で熱心に誘ったけど、さすがに身の危険を感じたようで、辞退されてしまった。


 二番目に案内された部屋も、最初の部屋と同じようなつくりだった。

 部屋の真ん中に「やんのか?」と言わんばかりに、大きな寝台があった。


「ミーヨ」

「……ジンくん」


 二人で見つめ合って、さあ、これから! というタイミングで――


「……うっ、ぎゃぁぁぁあああああ!!」


 どこかで、悲鳴が聞こえた。


「……ミーヨ」

「ジンくん? そんなことしてる場合じゃないよ。今の声」

「ほっとこう。おっさんの声だったし」

「服、脱いじゃう前で良かったね。行ってみよう!」

「イヤ、俺はすでに……こんなになってるのに」


 仕方なく、確認する事にした。


 廊下に出ると……炎に赤く染まってるワケでもない。火の粉が飛んでるワケでもないし、煙も無い。とりあえずは火災じゃなさそうだ。良かった。すると泥棒とか侵入者にでも鉢合わせしたとかか? イヤ、まるで何者かの襲撃を受けた時のような悲鳴だった。


(ああ、なんてこった)


 廊下は暗かったけど、『光眼(コウガン)』の「暗視機能」を持つ俺には、それが見えた。


 ミーヨには見せたくない。

 俺も、見たくはない。

 残酷な現実。


 そこに居たのは……全裸のおっさんだった(泣)。


「「「……どうした? どうした?」」」


 廊下に人が出て来た。


「誰か明かりを――」

()けないでくれ!」


 闇の奥で、全裸のおっさんが叫んだ。うん、全裸だもんね。


「その声、ホセか?」

「いや、ロベルトだ」


 誰でもいいよ。夜なんだから、静かにしろよ。


「何があったんだ? ロベルト?」

「い、いや……女だと思ってたら『化物(ケモノ)』だった。売り子に化けてやがった」


 ケモノ……『化物』の方か?

 そんで「売り子」って何? ビールか? 車内販売か?


「こ、この馬鹿野郎! お屋敷の中に売り子を連れ込む馬鹿がいるか!」

「いや、だから『化物(ケモノ)』だったんだよ。もう一匹……猫に化けてやがって、そいつら目を合わせた途端に、化けの皮が剥がれて正体を現わしやがったんだ」


「「「……『化物(ケモノ)』だとう!?」」」


 『化物(ケモノ)』が、猫に化けてた?


 『化物(ケモノ)』って、たしか「タマゴから孵化(ふか)して最初に見た物の姿カタチを真似して生きていくモノ」って話じゃないの?


 そんで、「気になる異性を見つけた時にだけ、化けの皮を脱いで、正体を現わして繁殖のために交尾する」って、前にドロレスちゃんが言ってたよ?


 そんで、どれくらい昔の事かは知らないけど『女王国(このくに)』で『化物(ケモノ)混入事件』とかがあったんじゃねーの? 前にラウラ姫が言ってたよ?


 それって、どんななの?


「そいつら、どこに居るんスか?」


 ちょっと興味がわいたので、会話に割り込んだ。


「いや、まあ、俺の部屋に……」

「……とにかく、明かりだ!」

「祈願! ★励光(れいこう)っ☆」

「あ、いや。止めて。お願い」


 虹色のキラキラ星が飛んで行って、天井の『水灯(すいとう)』が青白く光り出すと、それは姿を現した――って全裸のおっさんの方だけど(泣)。


「きゃああっ! 護身! ★痺れムチっっっ☆」


 ミーヨの声だ。悲鳴も可愛い。



    パンッ!



「がふっ!」

「ロ、ロベルトォォォ――ッ!」


 公然わいせつの人が、瞬殺されたようだ(※直視は不可能だ)。


「ジ、ジンくうん!」


 ミーヨがしがみ付いてくる。

 よしよし、ナデナデっと(※肩です)。


「とりあえず……ここの部屋だよな? 開いてるし」


 明るい照明の下でナニかするつもりだったらしい。室内は()かるかった。

 関係ないけど「ジャカルタ・カル○ッタ 軽田」はアニメーターさんだ。


 あと、関係ないけど「ガフの部屋」って何だっけ?

 なんかで聞いたな……と思いつつ、その部屋の中に入る。


「ぐっはー、ナニコレ? キモイ!」

「うええっ」


 ぬめりのある銀色でつるんとしたヒトガタが、2体。絡み合っていた。

 何て言うか、こう。ハリガネみたいな細いヒトガタだ。なんだろう……『ほし○こえ』の「アガルタ人」……あ、違うか。「タルシ○ン」みたいだ。


「「「「「……うげえ」」」」」


 みんな気持ち悪がってるよ。


「うええっ?」



    むにゅんっっ――



 突然、2体が融合して「銀色の球体」に成った。


 そこに、「割れ目」が出来た。

 タテ……ヨコ……タテ……まるで「卵割(らんかつ)」みたいだ。


 不意に、分裂が止まった。

 そして、割れ目からバラバラになって……またたくさんの銀色の球体に成った。


 十数個……イヤ、16個だろうな。


「タ……タマゴ産みやがった」


 誰かが、呆然と呟いた。


 これを、「産む」って言うの?

 本体が消えて、まるっとタマゴになってるやん。


「化けの皮って……アレ?」

 ミーヨが、寝台の横を指差す。


 使い終わった特殊メイクみたいな、シリコンゴムみたいなのが、でろーん、と床に落ちてる。人間の女性っぽいのと、毛の付いた猫っぽいのが二つ……。


 どうでもいいけど、『全能神神殿』の「お風呂掃除」した時に、似たような「モップ(?)」があったような気がするんですけれども……。


 タマゴの方は……これもなんか、「石」に化けてようとしてるみたいだ。

 球体が、いびつに変形していく。


「「「「「……(呆然)……」」」」」


 出来上がったは、地味な石だった。ジミー・ス○ーンだ。

 ゲームの登場人物じゃなくて、アニメーターさんだ。メカデザインとか、いろいろやってるけど。


「「「「「……(呆然)……」」」」」


 みんな、あっけにとられて呆然としてるよ。


「うー……話に聞いて、知ってはいたけど……『化物(ケモノ)』の正体って、こんななんだ?」


 ミーヨが、ちょっと幻滅したような声だ。

 俺は何も期待してなかったから、がっかり感は無いけれども。


「はい。ちょっと失礼」


 そこに、前にも会った年配の男女が、ホウキとチリトリを手にあらわれた。

 そして、ごく当然のように、タマゴと化けの皮を片付け始めた。


 チリトリは四角い箱状で、ラーメン屋の出前に使うヤツに似てる。

 いま思い出した。たしか「岡持ち」とかいう名前だった。上にスライドする(ふた)が付いてるとこまでソックリだ。


「……(さっさっさ)……」


 手際よく、片付け終えた。

 にしても、まったく動じた様子がない。タマゴなんて、結構大きいのに。


「どーするんスか? それ」

 訊いてみた。


「その辺に放っておけば、ゴロゴロダンゴムシが食べてくれるよ」

「……へー」


 完全に、「生ゴミ扱い」だ。

 タマゴが孵化するところ……見てみたい気もするけどな。


「「「「「……はい。寝るべ、寝るべ」」」」」


 みんな、もう寝るらしい。


 たしかに、死人や怪我人が出たわけでもないし、物も建物も壊れてない。泥棒でもないし……後はもう、寝るしか無いわな。向こうの方では、ロベルトさんが全裸のまま怒られてるけど……。


 俺とミーヨも、あてがわれた部屋に戻った。


      ◇


「ミーヨ。『化物(ケモノ)』のコト、どんくらい知ってんの?」


 ちゃんと訊いた事は無かったな。

 彼女、ヌルッとした感じのモノがキライらしいから、俺が躊躇(ためら)ってたんだけど。


「んー……とね」


 ミーヨの話によると――


 かなり昔に、学者だか博士だか誰だかが、実際に実験した事があったらしい。


 タマゴは孵化までには○○日かかる……とかじゃなくて、ある程度にまで「育つ」と孵化するらしい。


 ……イヤ、タマゴが「育つ」って、なんなの?

 ないでしょ、そんなの。


「……でね」


 孵化した直後には、デッカい目玉がついていて、その「巨眼」で初めて見たモノをコピーして、それソックリの「化けの皮」を被るらしい。


 ただ、生まれた直後は、魂の入ってないような、腑抜(ふぬ)けた感じらしい。

 そんで、しばらくのあいだ「学習」のために「初めて見たモノ」に、ベッタリと付きまとうらしい。


 その「学習」によって、「初めて見たモノ」の生態や行動まで完全にコピーしてしまうらしい。


 そして、ある日ふいに行方(ゆくえ)(くら)ますらしい。

 そして、あっちこっちで色々仕出かして、「初めて見たモノ」(※この場合はその学者の事だろう)に、めっちゃ迷惑かけるらしい……。


 ドッペルゲンガーとかじゃなくて、実体あるもんな。


 なんでまた、『この世界(アアス)』には、そんな謎生物がいるのやら。


 ……やれやれ。


「そんで、『売り子』って?」

「もー……ジンくんのえっち」


 どうやらエッチな事らしい。ほほう?


「んー……とね」


 前にミーヨから聞いた「独身男性用の野菜」ヨメイラズウリの「女性販売員」らしい。


「ソレって、秋に採れるじゃあなかった?」

「うー……だから、今の時期はつまり……」


 ……販売員そのものが売り物になるらしい。

 デリヘ○みたいな感じ?


 でも、今回は本物の女性じゃなかったらしいし……スルーしようっと。


      ◇


「……へー、そんな事があったんですか?」


 翌朝、ドロレスちゃんに話してみたら、ぜんぜん気にもしてない様子だ。

 なお、彼女は別棟に居たので、騒ぎにはぜんぜん気付かなかったそうだ。


「あんなのが、人間の中に混じってたら。めっちゃ怖いよ!」

「でも、見分け方はありますよ」

 ドロレスちゃんが、さくっと言う。


「どんな?」

 ミーヨが訊ねる。


「化ける相手の、服までソックリにマネしますから、ずっと同じ服を着てるとか……夜なのに『昼服』を着てるとか……冬なのに夏服着てるとか」


 ドロレスちゃんは、指折り数えつつ、特徴をあげていった。


「でも、そんな奇人とか変人なら、いそうだけど。てか、裸を見られて化けられたら? フツーに服着るんじゃあないの?」

 俺は突っ込んだ。


 昨夜のケースが、まさにそれっぽかったのだ。


 そんで、脱ぎ捨てられた「化けの皮」って、何かに再利用出来るのか?

 ちょっと違うけど……『甘○ブリリアントパーク』に、「魔法の肉襦袢(にくじゅばん)」だかで「他人に変装」するエピソードがあったぞ?


「そうだと思いますが、見たまんまを丸写しで真似るんですから……鏡みたいに、左右が逆さになってるハズですよ?」

「……鏡面反転か」


 『宝探し』の時の「鏡のような床」を思い出してしまうな。ぐへへへ。

 ま、アレは上下反転だったけど。


「でも、人間の体なんてだいたい左右対称で、同じなんじゃないの? ホクロでもない限り……あ! ああ、そのための『魔法の黒子(ホクロ)』かあ」


 ミーヨが、何かに思い当たったようで、ひとりで納得してる。


「はい。だから、身分証として『魔法の黒子(ホクロ)』を入れるのが習わしになったそうですよ」

「アレって、体の真ん中の『心中線』を外した位置につけるもんね」


 ミーヨも、あのホクロの事を知ってるのか?

 いろいろと訊いとけば良かったな。知らない事多すぎるもんな、俺。


「それって『化物(ケモノ)混入事件』キッカケじゃないの? その『事件』ってどんななの?」


 訊くと、何故かミーヨとドロレスちゃんが、チラチラとお互いを見合ってる。


「言っていい?」

「どーぞ」


「んー……とね。昔々に、王家に生まれた赤ちゃんが『化物(ケモノ)』と取り替えられた事件……なんだけど」


 なるほど、ミーヨが気を遣うハズだ。

 養女に出されてるけど、ドロレスちゃんは王家出身。元・第七王女だもんな。


「取り替えっ子か」


 童話の『みにくいアヒルの子』とかとは……違うだろうな。

 てか、どんなストーリーだっけ? 白鳥に変身するんだっけ? イヤ、もともと白鳥なんだったかな。


「子供を産めない女官さんが、どーしても赤ちゃんが欲しくって、『化物(ケモノ)』のタマゴを孵化させて、すり替えたんだって。……そして、その残された方の赤ちゃんが……」


 ミーヨが言葉を切ると、継いだのはドロレスちゃんだった。


「『成長しない赤ん坊』として、10年以上も赤ん坊の姿のままだったそうなんです」


「……怖い怖い怖い。めっちゃ怖い」


 『地球』にも「永遠の仔猫」とかいなかった?

 完全に、別物だろうけど。


 で、その後、どーなったんだ?


「そ、それで?」


「たまたま『王都防衛軍団』の『特派旅団』の兵士の一人が……戦争が恐くて『化物(ケモノ)』を『替え玉』に仕立てて……」

「そこで、運命的な出会いを果たした2頭の『化物(ケモノ)』は、お互いに『化けの皮』を脱いで、繁殖のために」


「あー、ハイハイ。わかったわかった」


 阻止性交……イヤ、阻止成功。


「そんで、その連れ去られた方の赤ちゃんは? どーなったの?」


 江戸時代の日本でも「将軍のご落胤(らくいん)」とかが名乗り出て来る事件があった気がするな。てか、その手の「詐欺師」って、世界史的にも何人もいた気がするな。


「「……(無言)……」」


「ん? 知らないの?」

「伝わってない、と思うよ」

「あたしも知らないです」


 二人とも、素っ気ない反応だ。


「そっかー、残念」


 どうなったんだろうな? その赤ちゃん。

 子供欲しさに取り替えられたんだから、そのまま大事に育てられたんだろうけれども。


「でも、わたし分かるな。どうしても子供が欲しいって思う事……あるかもしれない」


 ミーヨが、そんな事を言い出す。

 彼女だって、もうすぐ17……まだ16歳なのに。子育てとか、きっとタイヘンだぞ?


「そう言えば、『女王国(このくに)』の女王様って、『経産婦(ははおや)』じゃないと即位出来ないんですよ。知ってました?」


 ドロレスちゃんまで、変な事を言い出した。


「お兄さんには、もっともっと頑張って貰わないと(ニヤリ☆)」


 ナニを頑張るんだよ? ナニか? ナニだな(笑)。


「でも、お兄さん。『化物(ケモノ)』の交尾って、あっ、という間に終わるそうですから、それに巡り会えたのは、スゴイ幸運だと思いますよ? しかも、その直後に産卵だなんて……一生に一度あるかないか、くらいの奇跡だと思いますよ?」


「……嬉しくないよ、そんなの」


 産卵ってより「散乱」だったよ。最後、バラバラになってたよ。

 そして、また言わせちゃったよ。「交尾」って。まだ12歳の子に。


「……それで、その流れでお聞きしますが、結局昨夜は何回したんですか?」


 そっちの方が、かなり気になるみたいだ。


「うん。さん」

「ハイ、そこまで! お二人とも、お止しなさい。はしたないったら、ないですわ!」


 これ、プリムローズさんの仕事なのに、俺かよ。

 てか、何で俺こんな口調? 昨夜のメイドさんの影響かなあ。


「今夜は夜会のあとに、おねーちゃんと……ですから。残弾は大丈夫ですか?」

「いつも通りだったから、大丈夫だよね?」


 ミーヨさんや、およしなさいな。


「イヤ、あのね、君たち……頼むから」


 本当に困りますう。


「あたしはまだ子供なので、夜会には出れませんけど……お兄さんたちは、社交界に華麗に初登場ですからね。頑張ってください!」


 ドロレスちゃんが、俺たちを無責任な感じに激励した。


 でも、「社交界に初登場」とか。

 たしか「デビュタント」ってヤツか? そんな大層なこっちゃないと思うんだけどな。


「……わたし、出ない」

 ミーヨが、ぼそっと呟いた。


「えっ? なんでだよ」

「夜会とか、社交界とか……そういう場には出れないよ。お父さんのこともあるし……」


 ミーヨは自信なさそうに、口ごもった。


「……イヤ、でも……」


 俺が、なんと言おうか迷ってると――


「こちらにございます。旦那様」


 遠くで、メイドさんの声がした。


「おう、なんでぇ! テメエら、誰の許しを得てここに居やがんだ? このク○ッタレ!」


 朝の食卓に不似合いな、下品な「がなり声」が響いた。


      ◇


 ほぼ、一ヶ月(※地球感覚)ぶりに会ったドロレスちゃんのお爺さんは、まったく変わってなかった。


 『冶金組合』の事務所で会った俺たちの事を、全然覚えてなかった。

 説明がめんどいので、もう「初対面」で通すことにした。


「ラウラっ子の『(いと)(びと)』だあ?」


 ドロレスちゃんに、そう紹介されてしまったのだ。

 父親じゃなくて「祖父」の立場なので、俺の扱いに困っているらしい。なにか奇妙な表情で、じーっと見られた。


 てか、この人自身も先代の女王陛下の『(いと)(びと)』だったせいか、自分自身がそうだった時の事でも思い出したのか……あるいは、俺に対して何か同情してるか……ホントに妙な感じに見られまくった。


 で、俺たちが『王家の秘宝』を発見し、その不自然な減少を問うたところ、ドロレスちゃんが自分がやった事を認めた――と話すと、じろっ、と孫娘を睨んだあとで、お爺さんは言った。


「ドロん子は悪くねーぞ!」

「…………」


 ドロレスちゃん、家じゃ「ドロん子」って呼ばれてるのか?

 ――後で、これをネタにからかってやろうっと。


「…………」

「…………」


 双方とも、しばらく無言が続いた。


 お爺さんが「悪いのは自分だ」と言い出すのを待ってるのに、認めてくれない。


 ドロレスちゃんに罪がないのなら、じゃあ誰が? という点について、完全に口を(つぐ)んでる。


 困った大人だ。


「で、彼女に『王都』に行ってもらって、その件について女王陛下に(じか)に釈明をしてもらおう――というのが、我々が出した結論でして」

「…………」


 お爺さんは、腕組みしたまま黙りこんでる。

 寝て……ないよな?


「話はわかった。『王都』でもどこでも連れてきな! ドロん子、余計なコトはしゃべんじゃねーぞ!!」

「おう!」


 ……イヤ、そういう相談は、裏でコッソリやって欲しい。


 結局、「()四分(しぶん)」のあいだ、ドロレスちゃんの「『王都』行き」が決定した。


 ちなみに、「二の四分」は、一年間を四分割した第二の季節で……ああ、ややこしい。


 カンタンに言うと、「夏」だ。

 『地球』の感覚だと、6月から8月だ。

 言ったら、「夏休みのあいだは東京に滞在」みたいな感じだ。


 なお、旅費は保護者が負担するように! と、声を大にして言いたい。


 ……言えないけどね。


 言いたい事があっても、実際に口に出して言えないのは、からかい上手な、おでこが広くて声が可愛い女子中学生だけじゃないのだ。


      ◇


 ふだん『代官屋敷』に居るのは、住み込みの使用人だけらしい。

 ちなみに、昨夜全裸で怒られてたロベルトさんは、お屋敷の料理人だそうだ。


 朝と昼のあいだの微妙な時間帯に、事務方の官吏(かんり)と、『番兵隊』の隊長さんが定期報告にやって来た。


 ちなみに、『王都』から派遣されて『塔』に詰めている『対空兵団』と、この街の『番兵隊』は意外と仲良しらしい……って、どうでもいいわ。んなこと。


 でも、実はこの話。当の隊長さんから雑談の中で聞いた。

 ヒマだったらしくて、向こうから話しかけられたよ。


 なんか、こう……のんびりしてる。


 部外者ながら、女王陛下の「直轄領」なのに、こんなにゆるゆるでいいんだろうか? と思ってしまう。


 官吏も隊長さんも、なんというか「上司」であるドロレスちゃんのお爺さんに染め上げられていて、いい加減で大雑把な人たちばかりだった。とても、「お役人」には見えない。


 で、この人たちの部下を含めた全員が、ドロレスちゃんが言うところの『手下』だったらしい。


 緊急時に動員しても、何もしてくれなさそうな人たちだったよ。


      ◇


「「「「「……(ドヤドヤドヤ)……」」」」」


 お昼を過ぎると、急に人の出入りが激しくなった。


 今宵(こよい)、『代官屋敷』では、第三王女ライラウラ姫(※ラウラ姫は愛称だ)を主賓とした「夜会」が催されるそうなのだ。


 本来、ラウラ姫が到着してすぐに、歓迎の宴を行う予定が、館の猫屋敷化によって、ずっと延期されていたらしい。


 屋敷内の清掃は、「職務上の機密を守るため」に外部には頼めなかったそうで、内部の少人数だけでは人手が足らず、なかなか完了しなかったらしい。てか、まだいるよ。猫たち。


 『冶金の丘』の代官屋敷では、そう滅多に「パーティー」とか「晩餐会」とか「舞踏会」とかはやらないそうで、会場の設営やら飾り付け、食事まで、ほぼ「丸投げ」に近いかたちで、街の『飲食店組合』に任せてしまったらしい。


 それで、そこから「夜会」の準備のために、大量の人員がやって来たのだ。


 屋敷内のそこかしこに居る猫ちゃんたちは、「夜会」の前後だけ、豪華なエサで釣って、外に追い出すらしい。


 なお、「夜会」には、主賓であるラウラ姫ご本人と、さらにその『破瓜の儀』のお相手の『(いと)(びと)』も出席されるそうだ。


 てか、他人事みたいに言ってるけど、俺の事だ。


 ……やれやれ。


      ◇


「それでは……ポチっとな!」


 ドロレスちゃんが言うと、虹色のキラキラ星が飛び去って、『★密封☆』されていたクローゼットが開いた。


「お爺ちゃんの服ですが、着れそうなやつを好きに使っていいって話でした」


 ドロレスちゃんが、さくっと言う。


「そりゃどうも」


 俺は「夜会」に着れそうな服を持っていなかったので、『女王国』の男性が着る「正装一式」を借りる事になったのだ。


「これは……派手。これも……派手。ぜんぶ……派手」


 ミーヨが物色してる。


 てか、ぜんぶ派手なのか? お爺さんの服なのに?

 見ると、スパンコールとかビーズみたいなので、キラキラと色彩が乱舞してる。


 なるほど、派手だ。

 いまどき、芸人だってこんな服着ないよ。


「これちょっと着てみて」


 おとなしめのやつを、手渡された。


「おう」


 俺は、手渡された服に袖を通す。

 ん? 袖に腕を通す? あれ? 日本語表現がよく分からん。


 そんなんはいいとして、「長い間しまってあった服」って、「防虫剤の匂い」が浸みついてそうなイメージがあるけれど。


「……くんかくんか……」


 でも、特にそんな事は無かった。

 お爺さんの「若いころ」だから、何十年も前のものなのに。

 『魔法』で『★密封☆』されてただけある。素直にスゴい。


「……ん?」


 でも……どこからともなく漂ってくるこの匂いに、めっちゃ嗅ぎ覚えがある。


 カレーの匂いだ。


「……くんかくんか……」

「確かに匂うね。『神授祭(しんじゅさい)』の匂いがする。なんで今頃?」


 ミーヨが、ふしぎな事を言う。

 『神授祭』って「冬至」の時にやる年に一度のクリスマスみたいなお祭りのハズだ。それと「カレー」がどう結びつくんだ? 俺なんて『前世』では確実に週一ペースで食ってたぞ。


「『神授祭』の匂いって?」

 訊いてみた。


「この匂い。『満腹丸焼き』の匂いだよ」

「満腹丸焼き?」


 ナニソレ? 美味しそう。


 でも、カレーの香りだし、味だってそうに違いない。

 てか、「はちみつ抜き」なのか? 「ガラムマサラマシマシ」なのか? それだと、どっかの秘密基地に案内されそうだな。ああ、『師匠』!


「季節外れなんですけど、おねーちゃん……いえ、姫殿下に『夜会で食べたい料理は御座いませんか?』と御聞きしたところ、『うむ。ならば』とご所望されたのが『満腹丸焼き』だったんです」

「ああ、そーなんだ」


 イヤ、君らだけで納得してないで、俺にも教えて。なんなの?


「『満腹丸焼き』って?」

「大きな鳥のお腹に、色んな香辛料や香味野菜をギッチリ詰め込んで、満腹にするの」

「それを大きな窯で、まるっと丸焼きにするんですよ」


 ミーヨとドロレスちゃんが「連携技」で教えてくれた。


「時々窯から出して、上から汁を回しかけながら焼くそうですから、匂いが漏れてくるんでしょう」

「……へー」


 クリスマスの「ローストチキン」みたいなものらしい。

 『地球』由来のハーブや香辛料がいくつか『この世界』にも根付いてるらしいけど……スパイスの配合がカレーに似てるのかな?


「ああ、『神授祭』かあ」

 ミーヨがうっとりと呟く。


 なにやらロマンティックなイメージを思い描いているらしい。


「『神授祭』の頃は、街の中がこの匂いでいっぱいになりますもんね」

 ドロレスちゃんまでうっとりしてる。


 てか、そのロマンティックなシーズンに、街中が「カレーの匂い」でいっぱいになるの?


 どーなの? それ。


      ◆


 満腹丸焼き。そんなものホントに作れるのかは不明――まる。

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